190 第14話08:Walk Like a Dragon②




 龍種に関してのことなど、エルザルドに訊けば良いことなど百も承知ではある。しかし、それではつまらない。自分で出来る限りやってみることが重要であり、役に立つのだ。

 与えられるだけでは薄い表面上の知識しか身につかず、いざという時に役立てられない。


 それに、本来人間の系統種として持っている知識とそれ以上を分けて憶える必要もある。知り過ぎは厳禁という訳では無いが、余りに詳しいと妙な勘繰りを受ける結果に成り兼ねないからだ。

 エルザルドによると人間種や亜人種が龍種に持つ知識はそれほど多くないという。そこで、一度エタンニから貰った資料を読み込んでみて、その上で注釈があればエルザルドからの知識を受ける、という形式にしてみた。



 まず、龍種と一言で言っても、とりあえずその成長段階、つまりは大きさで4種類に大別できるらしい。

 4種とは、小さい方からスモール、ミドル、ラージ、ヒュージと分けられる。ハークの分かり易い言葉に直すとすれば、小、中、大、特大と言った感じか。

 レベルに換算するとスモールは30レベルくらいまで、ミドルがそれ以上から50程度、ラージが50から上で75周辺くらいまで、ヒュージがそれ以上だ。エルザルドに確認しても、大凡おおよそそれぐらいであるらしい。

 そうなると、人間種でまともに戦えたとしても精々がミドルくらいまでであるということだ。あの時、ハークがエルザルドに対抗し得たのは、かの巨大龍の意識に重大な混乱が生じていたからに過ぎない。おまけに途中からはその半分である意識体は、エルザルド自身が戦っていたハークと虎丸が少しでも有利になれるよう行動してくれていたのだ。

 今のハークであってもあの鱗相手では『断岩』以外の技は通じないであろうし、例え『断岩』を当てられたとしても一撃で致命傷を狙う事はほぼ不可能と言えるであろう。


 ドラゴンのステータスは他と比べると圧倒的である。全てが満遍なく高い。物理攻撃力、魔法攻撃力、物理防御力、魔法防御力、更に速度能力、耐久力魔法力持久力全てに穴が無い。弱点が無いのである。

 高過ぎて人間種ではスモール相手であっても同レベル帯では単身で挑むのは無謀、とされているほどだ。

 流石に特化型魔獣や魔物の特化部分には劣る。虎丸であれば速度能力、ジャイアントシェルクラブであれば物理防御力といった具合に。しかし基本的に有利であることに変わりはないらしい。


 しかも、他生物との差はレベルアップを重ねた成長と共により顕著になっていくという。

 更に、知能も加速度的に上昇していく。ミドルからラージに達するくらいで人間種程度、それ以降もドンドン伸びていく。

 更に更に、視覚は万里を見渡し、聴覚は数キロ先から届く音すら聞き分け、嗅覚は一度捉えたら獲物を逃すことは無いという。


 ただし、ここでエルザルドからの注釈が入るのだが、視覚聴覚嗅覚に関しては耳の良い龍もいれば鼻の良い龍もいる、ということだ。因みに生前のエルザルドは眼は良いが、それ以外は誇れる程でもなかったらしい。個体差がそれぞれにある、ということであろう。



 ここまででも充分過ぎる程の身体能力を備える龍種であるが、彼らが最強種と呼ばれる所以は正にここからであるという。

 彼ら特有の種族特性能力である『龍言語魔法』である。


 エタンニの纏めてくれた『教本』によると、龍独特の言語、或いは龍だけが発することが可能な鳴き声で発動させる魔法で、無論、龍種以外は使用不可能で、成長と共に使用出来るものが増えていくらしい。

 その用途は多岐に渡り、戦闘に使用されるものは寧ろ少なく、副次的な効果であるものが多いという。


 判明しているものは6つ。

 余談だが、この研究、1500年ほど前から完全に停滞してしまっているらしい。理由は最大の情報源である筈の龍種との交流がほぼ完全に途切れてしまっているからである。

 現在、人間系統種、特にヒト族の生息区域内に侵入、或いは存在する龍種は非常に少なく、真面に交流しているのは僅か一体のみだけだそうだ。その一体も殆どは眠っており、普段の意思の疎通はほぼ不可能であるらしい。


 以下の情報は、そんな大昔の人物、高名な龍種研究家ジャック=ドレイヴンが龍種の住処にて長年滞在、生活し、信頼を得ることで漸く手に入れたものだという。

 因みに余談も余談だがこの人物、王国のとある有名人の先祖に当たる人らしい。


 それはさておき、まず一つ目『龍魔咆哮ブレス』。

 言わずと知れた龍種最大の攻撃手段。ハークもこれは知っている。進路上の物体全てを蒸発させ、岩すら融解し、地形すら変動させるもの。

 伝承では国を一撃で消滅させたこともあるとのことだが、流石に大袈裟なものであるとつい最近までは考えられていた。しかし先のヒュージドラゴン古都襲撃事件により、決して絵空事ではないことが判明している。

 エルザルドが放った『龍魔咆哮ブレス』も放たれた方向が違えば古都を全焼どころか消滅させていた。


 次に『映像記録フッテージ』。

 一度眼で視たものを完全に記憶、いや、記録する能力であるらしい。

 単体でも素晴らしい能力と思えるが、後述する別の『龍言語魔法』に繋がる能力とのことだ。


 それが『完全再現リプレイ』。

 一度見た技術や技、魔法に至るまで、その原理を完全解析し、それが自らの肉体、魔法力で再現可能であるのならば、名の通りに完全再現してしまうものである。

 ……酷い能力である。剣の達人同士の戦いであれば、一度で技をある程度見切られ、通じ難く、或いは破られることもままあることだが、この能力があるならば、一度技を見せただけで、その戦いで殺し切れなければ、技をそっくりそのまま盗まれることになるわけだ。


 『通信コール』。

 距離を問わず指定した対象と意思疎通が行える能力。複数人数と会議のようなことも行えるらしい。虎丸の『念話』の上位版のようなものであろうか。

 検証が行えないのであくまで仮説であるらしいのだが、エタンニによると『長距離双方向通信法器デンワ』はエルフ族がこの能力を解析したものではないか、ということらしい。


 『森羅万象サーチ』。

 この世のありとあらゆる既知を検索し、己のものとする能力。

 これに関しては詳細が記載されていない。最早意味が分からないからなのだろう。ハーク自身も全く意味が分からない。


 最後に『武装解除アームブレイク』。

 この能力こそが龍種を最強種たらしめる原因である。何と相手の装備している武器防具を容易に破壊する能力であるらしい。

 とんでもなく恐ろしい能力だ。基本能力で完全に勝られている相手に素手とか悪夢でしかない。エルザルド戦を思い出すと今更ながらぞっとする。


 エルザルドに確認すると概ね合っているようだが、勘違いされているものや、仔細漏れが多いし、数も少ないらしい。確かに、最初期にエルザルドから聞いた、ある程度近い未来を予測、望む結果に至る為の行動と計画を指針してくれるという『可能性感知ポテンシャル・センシング』の記述が無い。


 まず、『龍魔咆哮ブレス』は『龍言語魔法』ではなく、種族特性SKILLであるらしい。虎丸でいうところの『精霊獣の剛毛皮エレメンタルペレイジ』や『森林の王者キングオブフォレスト』に該当するものだ。故に威力は兎も角、産まれた直後からでも使用可能らしい。

 更にこれも前にエルザルドが言っていたが、火炎系の『龍魔咆哮ブレス』を放てない龍種もいるとのことである。

 身に宿る魔力を喉元の『龍魔咆哮ブレス』袋に貯蔵して放つ。故に喉元の逆鱗は、比較的柔らかい内首の鱗にして、全身を包む鱗や甲殻の中でも一二を争う硬度を誇るが、そこを傷付けられると使用不能となるらしい。


 次に『武装解除アームブレイク』であるが、武器防具問わず、触れている時間と箇所によるらしい。

 エルザルド戦でハークは都合三度刃を接触させたが、いずれも一瞬の事であったので前世から持ち込んだ刀に傷は無かった。鞘は一度でヒビが入り砕けかけたが、あの使い方ではさもありなんというべきであろう。

 ただし、エルザルドがあの時もし正常な精神状態であったり、爪や牙や角などの龍種が攻撃に使うような箇所に刃が当たっていたとしたら、確実に剛刀も無事には済まなかったらしい。


 『森羅万象サーチ』は本当にハークでは全く意味が分からなかったので聞いたところ、仮想領域に接続アクセス可能となった龍種たちが長大な時間をかけて溜め込んだ膨大な量の知識を必要に応じて抽出する魔法であるという。


『……益々分からんな……』


『ふうむ。この『龍言語魔法』を詳しく説明するならば、前段階の『龍言語魔法』である『仮想領域作成クリエイション・イマジネーション・エリア』から解説する必要があるな。我らドラゴンは成長と共に頭蓋の容量も増えていき、それに伴い中身の容積も増えていく。しかし、ある時を境に増えた容量を使用し切れなくなる。モノを考える、計算する、憶える、視る、聴く、嗅ぐ、感じる、味わう、身体を動かす、魔法を使う。これらが増えた分に使う必要が無く、余ってしまうのだ。そこで、その余った分を隔離して、知識や映像を圧縮して溜め置き、他の龍種の仮想領域とも通信で繋ぎ、再利用するのだ。この仮想領域が成長と共にさらに増える事によって使用出来る『龍言語魔法』の数が増えていくのだが、まあ、その仮想領域から必要とする事柄を適時探し当て、取り出すことの出来る能力だ』


『……済まぬ。噛み砕いて説明してくれているのは分かるのだが、理解が追い付かぬ。何が何だかといった感じで、正直お手上げだ』


『そうだのう。例えば、だ。ハーク殿所有の『魔法袋マジックバッグ』の中に、ハーク殿が自身の興味深い本を何百冊も所蔵したとしよう。『森羅万象サーチ』はその中から、50年前の人間族の事件を調べたいと思うと、それに該当する記載がある本と頁を探し出して教えてくれるといった感じかの』


『何という便利過ぎる能力よ!』


『そしてこれが、龍種の仮想領域となると、他の人間所蔵の書物にまで及ぶ、といった感じだな。例えばつまり、シア殿やテルセウス殿が持っている『魔法袋マジックバッグ』の中身の書物すら検索の対象になるわけだ』


『本当に龍種とはズルいな』


『他種族からすればそう言われても仕方が無いのかも知れんな。龍種からすればもう当たり前のことなのだが。何しろ龍種はその長い生をどのように楽しんで生きるかが難しい種族だ。殺されぬ限りは死なぬのだからな。様々なことを試したり、他種族の真似や参考にしてみたりと色々さ。ある者など、この世の全て、何故雨が降るのか、何故雪が降るのか、何故雷が落ちるのか、何故地震が起きるのか全てを解明してしまって、今は空の果ての世界を解き明かそうとしているくらいだからな』


 成程、エルザルドの言うその龍がどんな存在だかは知らないが、ひょっとすると気が合うかもしれない。

 長き生には目的が必要だ。無論、無くても生きることは容易いが、ハークは無ければ駄目な型の人間であった。


 しかし、ここまで読み込めば子供でも分かるだろうが、龍種と出会い、尚且つ戦闘という事になれば、それは確実な死と同義である。

 エルザルドの場合は本当に運が良かっただけだと確信する一方で、そんなドラゴンにも様々な性格がいるというのは既に聞いた。出会えば問答無用で戦闘に発展する者から、話し合いや何かしらの交渉が出来得る者も稀にいるという。


 エタンニは最後に特に強力で有名な龍、『最古龍』と呼ばれる者達の姿形、その性質や性格を、人間種の間の書物や伝承で判明している限りではあるが情報にまとめてくれていた。

 出会う確率など無いのであろうし、我から近付きたくも無いが、えらく興味はそそられる。続いて頁をめくろうとした時、スタンのいる運転席の方から、コンコンコン、と壁を叩く音が聞こえた。


 これは今から街道を外れ、整備された道ではない草叢を通行する時の合図であった。

 つまり、これから揺れが激しくなるので何かに捕まるなり気を付けてくれということである。

 この馬車は防音性に優れ、客室の外側で馬を操るスタンからの声は非常に届きにくい。窓を開けても風に遮られて言葉が聴こえないこともあるので、こうした方がまだわかる。


 合図からきっかり10秒後、馬車が街道を外れたようで揺れが激しくなる。


〈また、虎丸が魔物獲物の匂いを嗅ぎ付けたか〉


 スタンが街道を態々外れて馬車を走行させるときは、そういう時であった。馬車の中にいようが、虎丸の敵感知能力に衰えは無い。感知した魔物の方角と距離を伝え、スタンに向かわせているに違いない。


〈そういえば、昨日、助太刀に入らせてもらった警備隊の一人が、数日前に王都の水軍が退治に失敗して逃しちまったヒュドラが隣の街道に出たらしいから気を付けろよ、とか言っていたな〉


 お陰で王都から、ハーク達も向かっているトゥケイオスの街までの湖畔街道は、そのヒュドラとかいう魔物の退治が確認されるまで2~3日通行止めだそうだ。最近、王都の水軍は討ち漏らしが多いともボヤいていた。

 隣の街道とは最小でも30キロ以上離れているが、間は何もない草っ原なので気を付けるに越したことは無いと結んでいた。トロール並み、いや、それ以上の難敵だそうだ。


〈そいつだったら良いな〉


 屋根から下の客室へと降りるべく、ハークは広げていた教本を丁寧に片付け懐に仕舞いつつ、唇をちろりと舌舐めずりした。




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