191 第14話09:Walk Like SUPER HEROES
良い天気だなア、などとスタンは馬の手綱に神経を通わせつつも秋の快晴を視て思う。
ここまでは今日も順調だ。
今回のお客は冒険者として一流の力を持っているのであるからある意味当然と言えば当然だが、とんでもない距離の魔物でも感知して戦闘に加わってしまうから、行程にかなり遅れが生じてしまうのではないかとも思っていた。
しかし、フタを開けてみれば連日の快晴プラス、休憩や、何処か景色の良いところにでも寄ってくれなどという要望というか我儘も一切言わないので、明日で予定の半分、辺境領ワレンシュタインへの中継地点、トゥケイオスの街に、当初の計画から遅れることなく到着出来そうだった。
それにしても、今回の客である冒険者パーティー、そのリーダーを務めるエルフの少年が従える従魔の感知能力には毎度毎度驚かされた。
古都ソーディアンと辺境領ワレンシュタインを繋ぐ、完成したばかりの新しい街道は、最初はソーディアンを囲む森を切り開いた道をずっと西へと進み、そこからは中継地点のトゥケイオスの街に向かってやや東寄りに北上する道となる。
森のど真ん中の道を踏破しても、古都を囲む森林地帯をずっと進行方向の右側に眺めながら進むのだ。そちらの方向からの魔物であればまだ分かる。森の暗闇は、ヒト族に森の外から見通すことなど許さない。従魔の、ヒト族とは比べ物にならぬ程の嗅覚、聴覚が頼りなのである。
しかしながら、逆側、見渡す限り地平線までの草原地帯であれば、ヒトの眼でも充分に索敵が可能の筈だ。
ところが、右側だろうが左側だろうが従魔が居場所を突き止める敵は方角お構いなしだ。地平線の先にさえ、指示の通りに向かえば確かに魔物がいる。恐ろしい索敵能力だ。
しかも、この従魔、話せるのである。
無論、言葉を口から発することは無い。喉の構造が違うからだそうだ。なので『念話』という特殊なSKILLを使用しているらしい。
人間同士だと中々気付くことは無いだろうが、話せるというのは、会話で意思の疎通が可能というのは、実際大きなアドバンテージだと実感する。どのくらい先に、どんなモンスターが居るのか、そして更に、ある程度の強ささえ分かるのだから。
精神というか、脳に直接届くような声が聞こえるのだ。
お陰で馬車を走行させている最中の御者の位置っていうのは案外、馬の蹄が大地を叩く音、車輪の走行音、風の音なんかで喧しく、マトモに話し合いなんて出来ないモンだが、この『念話』ってヤツはそんなことが全く関係が無い。
ただまぁ、まだまだ慣れていない所為か、急に来ると本当に心臓に悪い。今まで味わったことの無い、未知の感覚だったからだ。
そう。丁度、こんなふうに。
『スタン殿』
「おうわあっ!?」
突然のことに一瞬腰を上げそうになる程驚愕したスタンは、その拍子に馬の手綱を取り落としそうになる。
しかし、そこはプロ。事前に手首に巻いて不測の事態に備えていたことが功を奏する。無事、保持し直した。
『むう、済まぬな。驚かすつもりは無かったのだが……』
「いや。こちらこそ、いつまでもビビっちまってスイマセン。慣れねえモンですなあ……。ところで、また何かございましたか?」
『うむ、またもモンスターだ。潰しに行こう。現在の進行方向から丁度斜め45度、北西の方角だ。距離は凡そ20』
「了解です」
スタンは了承の意を示すと、自分が腰掛け背を預けていた壁に拳を作って、ゴンゴンゴン、と叩く。中の人間に注意を促すためだ。そしてキッチリ10秒後、街道を外れる。
これは、数日前に今回の客との間に取り決めたことだ。
虎丸が敵を感知したら、特に確認を取ることも必要なく、その場に向かって欲しいとのことだった。
そして大抵、道無き道を馬車でしばらく進むことになるので、その前に壁を叩いて知らせて、その後10秒後に街道を外れる。
舗装も整備もされていない草原を走行すれば、如何な高級なサスペンションを施した馬車とて揺れる。しかし、こうしておけば中の人間は大丈夫の筈だ。
「ンで、虎丸サン! 今回の獲物は何ですかい!?」
揺れが大きくなったと同時にガタつきも増えて走行音が大きくなる。この虎丸という従魔は異常に耳が良いが、流石に自分自身ですら何言っているか聴こえ難いので自然に声がデカくなってしまっている。
スタンは昨日、客人が助太刀に入った警備隊の人間が、こちらに注意を促す為に語っていた話を思い出していた。
王都の水軍がヒュドラを討ち漏らし、隣の街道に逃げて来てしまったという情報である。
モーデル王国が王都レ・ルゾンモーデルは、北に小さな国を丸々呑み込めるほどの大きさを持つ巨大湖に隣接する、湖畔の美しい都だ。
この湖は巨大すぎて隣国との国境代わりとなっているが、同時に重要な隣国との貿易路であり、旅人が行き交う航路としての水路であり、豊富な水産物を提供してくれる食糧庫でもある。
ただし、水源としては機能しない。この巨大湖は昔、海の一部であったらしく多量の塩分を含んでいるからだ。
それでも、この巨大湖の価値は王都にとって、いや、モーデル王国にとっても相当に高い。
隣国と共に巨大湖の安全と安定を維持することは、両国の経済と流通にとって非常に重要な国家的事業なのである。
それこそレベルの高い水上戦闘の専門家を数多く揃え、任務に当たらせてその安全を維持させている筈だったのだが、その質が最近急激に落ちているという話だった。
討ち漏らしが頻繁に発生するらしい。
この原因は実のところ粗方判明している。
水上戦闘はよっぽどのレベル差がなければ、大抵は数種の特定亜人種の独壇場である。特に索敵や追撃戦は、ヒト族だけでは余程の水練の達者でも難しい。
だというのに王都の水軍は、最近急激に影響力を伸ばしているという第一王子アレスの派閥に慮って亜人を排斥する流れになっているらしい。
第一王子アレスは人間至上主義を掲げる帝国に傾倒している。これに呼応しての事ではないか、ということだった。
しかし、王太子とはいえ一王族の意向が国の経済を底支えする巨大湖の安定まで脅かすとは、如何ともし難い事態だと警備兵たちは口々に語っていた。
そして今、巨大湖の湖畔街道である隣の街道、王都から湖の傍を通りトゥケイオスの街にまで到達する筈の陸路が、その問題の水軍が討ち漏らしたヒュドラによって現在通行止めの憂き目に遭っていると言うのである。
(そいつじゃあないと良いなア)
スタンは願うかのようにそう思う。
ヒュドラとは、この国に生息が確認されているモンスターの中でも一二を争う程に強力且つ危険度の高いモンスターだ。
所謂、格が高いと称される魔物の内の一種である。
水辺、もしくは沼地、或いは水中に生息するモンスターで、8つの蛇頭を持ち、巨大な胴体に地上を闊歩するための一対の脚部を備え、毒液を吐き出すことも可能な正に化け物だ。正直会いたくはない。
水中、水上はともかく、地上の移動速度は大したことないのは有名だが、それでもあまり出会いたいものではない。
出会いたくないのだが、この方角はひょっとして隣の街道、湖畔街道への方角ではないだろうか。
だが、悪い予感というものほど当たり易いというのは本当のことのようだ。
『この匂いはヒュドラのものだな』
「い!? だ、大丈夫なんですかい!? ヒュドラは相当に強いモンスターですよ!」
ヒュドラは八本首それぞれが意思を持ち、別々に襲ってくるばかりか、斬り落としたとしても次々生えてくる。数の有利が活かしにくい上に、異常にしぶといのだ。
更に特殊攻撃である毒は麻痺と継続ダメージがあり、高精神力値か、ある程度のレベル差がないと軽減や
『心配無い。我が主はトロールを二度ほど無傷で駆逐している。レベルも、これは30程度だな。我らなら瞬殺も容易だろう』
従魔が事も無げに言う。
だが、彼の言う事は今まで悉く正確だった。彼が瞬殺と言えば瞬殺だし、数が多いから時間が掛かると言えば本当に多かった。
その正確さはまるで予言の如くで、本当に感心してしまう程だった。野生の勘というヤツなのだろうかとスタンは考える。
「そ、そうですかい……。まあ、従魔さんがそう言うならそうなんでしょうが、そうなると隣の湖畔街道まで到達することになりませんでしょうかね? まぁ、あくまでも一般論なんですけど、いくら何でも街道まで跨いでまで態々魔物倒さにゃならん必要は、さすがに無えと思うんですがね」
従魔が指示した方角と距離を、スタンの頭の中に入っている地図と経験とに照合、さらに前日に街道警備隊の職員より仕入れた情報まで加えると、恐らくそうなりそうだった。
ただし、その後に語った一般論は、スタンにも定かではない。普通、何十キロも離れた隣の街道に居座る魔物を感知することなど、可能な筈がないからだ。
そちらの方が、まず一般常識的におかしい。
『ふむ、我はヒト族の使う道の位置は分からぬが、多くのヒト族が通ったであろう匂いから察するにスタン殿の言う通りなのだろうな。だが、方向的には目的地である宿場町からそれ程外れておらぬのだろう?』
「そうですなあ……、この位置からであれば距離は変わらずといったところでしょう」
『ならば頼む。我が主は今戦いたい筈なのだ。難敵であればあるほど良い』
「?」
従魔の言葉の意味はイマイチ分からないが、スタンに否やは無い。
貴重な超一流冒険者と、国内に生息するモンスターの中で一番の難敵との決戦を、タダで観戦し自らの演目のネタにすることが出来る。その上、スタンをモンスター狩猟の危険に態々付き合わせているということで、討伐賞金の一部を頂戴することにもなっていた。
30分ほどでハーク達パーティーはヒュドラの元に到達していた。
乗ってきた馬車とスタンはヒュドラに感知されない距離に待機させてある。彼が危機に陥る可能性は万に一つも無いような位置だ。
「それにしてもデカいな」
「ガウッ」
「うんッ! あたしもヒュドラと戦うのは初めてだよ」
「そうですね。もちろん、私もです」
「気合入れていきましょう!」
小山の如き大きさである。あのヒュージドラゴンたるエルザルドには及ぶべくも無いが、この前のドレイクマンモスと同等程度の大きさに見える。虎丸以外のパーティーメンバーにとっては、ここまでの巨大さを持つ魔物を相手取るのは初めての経験であろう。
「「「「シュルアアアアアアアアア!!」」」」
ヒュドラ側もとっくに気付いて、複数の首が威嚇行動に入っている。
それにしても奇っ怪な見た目だ、巨大な胴体から八つの首が生えているのだから。
いや、このような形状の化け物に聞き覚えがある。
〈かの神話の化け物、伝え聞く
だとすると、さしずめハーク達は
つまりは神話に挑む事になる。俄然、気分が高揚してきた。
ハークは上機嫌に独り言ちる。
「ふむ、
「ン? ハーク、何か言ったかい?」
「いや、何でもないよ、シア。さて、そろそろ始めるとするか。虎丸、あれのレベルは幾つだ?」
『29ッス! 残念、30までも届いてなかったッス!』
虎丸が全員に『念話』と繋げて、実に残念そうな声で答えた。
「ふ。そんなに変わりはせんよ。首は何本まで行ける?」
『5本ッスね!』
〈5本か……〉
ふと脳裏に浮かぶ。5本を虎丸が担当するとすれば残りは3本。これがつい数日前であれば、自分とシアで1本ずつ担当し、残り1本をシンとアルテオの二人に任せ、テルセウスは魔法で遊撃、といった作戦を指示していただろう。
〈いかんな〉
首を振りそうになる自分に活を入れたくなる。
ハークは未だに、サイデ村を出て以来数日経っても、ふとした瞬間にこうして、ここにシンが居るならば、と考えてしまっていた。
それは如何にハークの中で、シンの存在が大きかったのかを今更ながら証明するかのようなものであった。
失ったその時に、その存在の価値と大きさに気付く。よくある話だが、ハークであってもそう簡単に吹っ切れるものでもない。そこまで自由に切り替えらえるものでもない。そこまでハークの心は達観していなかったし、枯れてもいなかった。
それでも、そろそろ本当に吹っ切らねばならない。何故ならば。
〈こんな有様では、シンに笑われてしまうからな〉
ハークには、新たな目標が出来ていた。
一つ、己の剣を極めること。
一つ、望む限り
そして、新たに一つ。
弟子が胸張って名乗れるほどに、偉大なる師であると証明すること。
「よぉし、虎丸! 儂に一本譲れ! 儂が3本! シアとアルテオで一本だ!
『了解ッス!』
「はい!」
ハークの指示に、虎丸とテルセウスが応える。
虎丸だけは今のハークの一瞬の沈黙で、ハークがシンの事を思い出したと気付いているに違いない。
が、何も言わない。本当に良い奴だった。
「いくぞおーーーーー!」
「「「おおぉおお!」」」
「ガゥアァー!」
戦闘開始を告げるハークの鬨の声と共に、彼らは一丸となって突撃を開始する。
『斬魔刀』を抜き放ちながら、虎丸と共に先頭を駆けるハークの脳裏に、最早シンの事が思い浮かぶことは無い。
この時ハークは、漸くシンとの別離を、完全に吹っ切ることが出来たのである。
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