189 第14話07:Walk Like a Dragon
馬車の旅というのは快適なものだ。寝てる間、ごろごろしている間、話をしている間に、本日の目的地に運んで貰えるのだから。
前の生にて一度、
アレに比べれば天と地の差だ。おまけに法器による水洗トイレや暖かい湯の流れ出るシャワーすら備え付けられている。まるで高級な宿の一室ごと旅をしているかのようだ。快適過ぎる。前世の苦労が嘘のようである。こりゃあ、旅行業とやらは人気も出るし、儲かるに違いない。手配してくれたジョゼフ殿には感謝しかなかった。
唯一の欠点と言えば、窓が小さく少なくて外の景色が見え辛いことと、当たり前だが稽古が出来ぬことだ。狭い馬車内では身体を動かすにも限られている。しかし、それも考えようである。座学の時間と思い定めて、書物に眼を通す時間とすれば良い。
やり過ぎると酔うという。前世では今まで経験したことが無いのだが、船酔いと同じようなものであろうか。テルセウスはどうも弱い体質らしく、数十分続けただけで気持ち悪くなってしまうらしい。
なので、馬車内にいる殆どの時間は女性3人で話していることが多い。仲間内で秘密を共有したことで、彼女らの中で何かが進展したのかも知れない。
特にシアはテルセウスとアルテオの二人も女性であると知った事で、より開けっ広げになった気がする。実は何となく男性という事を疑っていたらしい。女の勘というやつなのだろうか。同性なればこそ解ることもあろう。
今まで彼女らの間にあった垣根が消えた感じである。今も下で、3人揃ってかしましく話しておるのだろう。最近ではこれに虎丸も交ざることが増えてきていた。ハークが書物に没頭する時は特にそうだ。邪魔をしないよう気を遣っているに違いなかった。
今もハークは走行する馬車の屋上に登って、穏やかな秋の陽光と風を受けながらソーディアンの第一校講師陣が餞別代りに用意してくれた『手製の教本』に眼を通していく。
かなり気合を入れて作ってくれたのか凄い量だ。
今日で旅も五日目に入るのだが、読み込んだ量が全然足りず、まだまだ半分にも達していない。このままだと、ワレンシュタイン領とやらに着く前に全部読み切ることは出来ないかもしれない。明日でワレンシュタイン領への行程の約半分、宿場町トゥケイオスの街に着くからだ。そこで食料や物資の補給、馬車の整備などを行う間、1~2泊くらいするらしい。
まあ、モンスターが街道近くで出現する度に自分達が首を突っ込んでいく所為でもあるのだが。
新しく整備が終わったばかりの街道にはままあることらしい。それにしたって一日に1~2回というのは多い。これは虎丸の感知能力が、本来のハーク達が普通の道筋を辿っていれば遭遇しようの無い魔物とも引き合わせてしまっているからであった。
ハークからすれば日々の運動不足解消になって丁度良い。身体を動かせば、戦闘になれば余計な事も思い起こす暇も無いし良いこと尽くめだ。事後処理に時間を取られなければ、だが。
魔物の存在を感知して現地に行くと、半分くらいは街道警備隊が既に迎撃戦闘中であることが多い。そこに許可を貰って戦闘に加わる訳だが、当然えらく驚かれたり感謝されたりするのだ。退治した魔物素材のこともあるので、事が終わったらハイサヨウナラ、などということは流石に出来ない。
馬車の御者をしているスタンには迷惑かとも思ったのだが、そういった勇壮な物語を弦のしらべに乗せて歌い聞かせる吟遊詩人というものを副業でやっているらしく、逆に戯曲のネタになって良い経験になると言われてしまったので自重もやめた。琵琶法師が歌舞伎の演目でもやるようなものであろうか。
夜の食事時に何回か披露してくれた。中々に面白いし話も興味深いものだった。
実際に起こったこととされる演目も多いらしく、昨日披露してくれた『空龍の牙』も中々に興味をそそられた。
とある国のお姫様が王位簒奪の為、家臣に捕らえられ、王宮の塔の天辺の部屋に幽閉されたお話だ。
幼いが故、寂しく一人泣いていた姫の元に、ある日一匹の空色の鱗を持つ龍が訪れるようになる。龍は姫の話を優しく聞き、毎日話し相手になり彼女の心を救ったという。
月日は流れ、姫が成人を迎えた日、龍は記念に自らの牙を折り与え、彼女はそれを生涯のお守りとした。
やがて、正しき心を取り戻した家臣達に彼女は救出され、謀反者を打倒し女王の座に返り咲く。その胸元には美しく光を放つ『空龍の牙』が輝いていたという。そういうお話だ。この世界では割と有名な御伽噺らしい。
因みにスタンが余談で語ってくれたが、この話は脚色されてはいるものの、大筋は実際に起こったことであると考えられているようだ。何分、大昔の事である故、そのお話の舞台となった国ももう存在していないが、『空龍の牙』は今も形を変えてどこかの国の王宮に安置されているとの話だった。
そういえば、前世でもそういった曰く付きな武器というのはいくつか存在していると聞いたこともあった。その頃のハークが武器に求めていたものは実用性であって、付加価値では無かったので興味は無かったが。
一応、寝る前にエルザルドに確認を取ってみた。
彼は考え込むことも無く、直ぐに断定してくれた。
『ああ、ガナハの話だな』
ガナハとは、正式名ガナハ=フサキ。話の通り、澄んだ空色をした鱗の持ち主で、生前は最古龍中の一柱であったエルザルドと同格の存在であるという。
『特徴と名に聞き憶えがあるな』
『うむ、以前語って聞かせたことがあったな。同朋の中でも最も飛行能力が高く、年がら年中大空を飛び回っているが故に人間種に『空龍』と字名されている者のことだ』
『思い出した。グレイトシルクワームの成虫のくだりだな。どんな人物、いや、龍なんだ?』
『ふむ。人間の系統種に伝わるあの話の通りであると言えるな。自由を愛する心優しい性格で、種族だ何だで差別や区別はしたりせん、良い奴は良い、悪い奴は悪い、というある意味単純な考えを持っておる。同朋の中では最もと言っていいぐらい人畜無害だな。ひとたび怒らせたりすれば、例え同朋であっても悪夢と思えるほどの実力を持っているが、まあ、怒らせること自体が難しいくらいの性格をしておる。ハーク殿が理解し易い言葉を選ぶならば、のんびり屋、といったところか』
『のんびり屋……。前にも聞いたが、龍種と一言で言っても様々な性格、性質のものたちがいるのであったな』
『その通りだ。好戦的な者から、非戦闘を心掛ける者。好奇心旺盛な者もいれば、逆に全てに無関心な存在もいる。ハーク殿のような人間の系統種に対する対応も様々だ』
『成程』
それで俄然興味が湧いたハークは今ここで龍種についての知識を深めようと考えていたのだった。
ハークの選択した教科でもないにも拘わらず、共にサイデ村近くの周辺魔物調査を行った仲という
本来であれば期の最後に、しかも魔生物科を受講する生徒たちが勉強する事柄を、この場で覗ける幸運に感謝し、ハークはその
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