181 幕間⑬ Dragon’s talk




 ダコタ=ガイアスリナムは憂鬱だった。

 もうすぐ毎年秋半ばに行われる『大陸間会議』の時期である。この会議のまとめ役及び記録係はその年ごとに持ち回りだが、今年はダコタの番なのだ。


 ダコタは同族の中で、自他共に認めるほど知的作業に秀でている。元々、様々な森羅万象の造詣に詳しく、知識蒐集欲が高いからだ。

 更に最も我慢強い存在とも評価されており、こういった作業と役目に関しては一番適すると言われる存在だった。

 だが、こういった作業に適性を持つのと、それに意欲を持って臨めるかどうかは別問題だ。御多分に漏れず、ダコタも面倒と感じるクチであった。


(さて、そろそろ今年の議題を整理せねばならんな……)


 それでも、誰に言われるでもなく自らの意思でその面倒と感じる作業も取り組めるのがダコタのダコタたる所以だった。

 いよいよ始めようと決心し、仮想領域にアクセスを行おうとした正にその時、実にタイミングよく彼に着信が入った。アクセスを取り止めて着信を見ると、珍しい相手の姿が脳内に映像となって、その名と共に浮かび上がる。

 着信に対して受諾を選択すると、すぐに相手との『通話コール』が繋がった。


『パースか。約一年ぶりだな』


『やあ、ダコタ。我々の中で、『会議』以外で頻繁に話すヤツなんて稀だからね。その挨拶、皆にも言える事なんじゃあない?』


 ダコタに『通話コール』を送ってきたのは同族では歳も近い存在、パース=キャンベラであった。

 ダコタからすればパースはまだ話し易い相手である。趣味は兎も角、趣向は全く合わないが、同族には全てに関心を示さない存在や、直ぐに激昂する存在、更には自身の興味があることにしか碌に反応を示さない存在までいる。それらに比べれば、パースはまだ建設的な会話が行える相手であった。


『まぁ、そうだな。それはそうと、どんな用件かね?』


『話が早くて助かるね。その前に確認しときたいんだけど、今度の『大陸間会議』の司会進行役はダコタだったよね?』


『まぁな。面倒だが仕方無い。皆もやっていることだしな』


『君ほどキチンと・・・・責任感持ってやってるものもいないけどね』


『いつもそう言って皆おだててくるが、これも俺がいつも言っているように毎年やるなど絶対に真っ平御免だ。好きでやっている訳じゃあないんだぞ。記録にも残る以上、恥ずかしいものを残したくないだけだ』


『その言葉、一昨年に担当したアズハにも聞かせてやりたいね』


 アズハとは、前述の引き合いに出した全てに関心を持たないヤツのことだ。正式名称はアズハ=アマラ。彼女はぶっきらぼうで面倒臭がり屋、その上無口。何を考えているのか掴み難いヤツだが、実際には何も考えていないことが多い。

 パースの言う通り、一昨年担当した際に提出したという議事録も酷い出来だった。


『フッ、思い出すな。誰の発言内容か一つ一つ網羅しておらず、エルザルド老に、これは議事録ではないぞ、と怒られていたのであったな』


 エルザルド老とは、ダコタの属する種族の中でも最も古きものにして頂点たる力を持つ存在であった。

 正式名称は、エルザルド=リーグニット=シュテンドルフ。

 ダコタたちの種族は、歳を経る毎にレベルが上昇し強くなる性質を持っている。この世界の創成から存在していたという彼は当然、生物としては図抜けた力を持っていた。同族の中でも一二を争う程である。

 それでいて性格は温和で思慮深く、この世界の良心のような存在であった。同族にも慕われる存在であり、敬意をもって接するのは当然、数多い独立個体主義的な同族の面々も彼の言葉には耳を貸さぬものはいなかった。


 ただ、同族間の中でも彼をファーストネームで呼ぶものと、セカンドネームで呼ぶものの二派に別れていた。

 まぁ、これも仕方の無いことだ。本来、ファーストネームで呼ぶのが同族間では礼儀だが、彼がファーストネームを名乗り始めたのはここ300年ほどの出来事なのだから。パースも未だにセカンドネーム呼びだった。


『……そうだったね。……そのリーグニット老だけど。残念だが、亡くなられたよ……』


『は!?』


 こいつは突然何を言い出すのだ、とダコタは思った。

 ダコタは超が付く明敏な頭脳の持ち主だ。知識量だけでなく、知能の高さも群を抜く。確実にこの世界でも五指に入る程である。

 その頭脳を以てしても尚、到底信じられない言葉だった。同族の中で一二を争う程の実力ということは、全世界で一二を争う実力であると同義なのである。しかもダコタの種族には寿命による自然死は無い。

 パースの言葉がもし真実だとすれば、エルザルド=リーグニット=シュテンドルフは何者かに弑されたことになる。


『急に一体何を言い出すんだ、パース。エルザルド老が亡くなられた、などと……信じられるワケがなかろう!』


『うん、それはそうだよね。気持ちは良く分かるよ。ケド、これを見てくれ』


 パースが言い終わるとほぼ同時に、ダコタの管理仮想領域内に一つのデータファイルが送られてきた。直ぐに展開すると、瞼の裏に数字の羅列が幾つも表示される。


『これは!?』


『弟子たちと共に共同制作したものだ。強力な魔力の持ち主をある程度感知出来る。それを記録に纏めたものだ。まだまだ位置を特定するには至らないが……』


『凄いな。こんなことが可能とは驚きだよ』


 ダコタは素直に驚嘆を示す。

 ダコタがパースと話が合う大きな理由の一つに、両名とも知的な探求心を大いに持ち合わせているということがまず挙げられる。知恵と知識を求め、それを探求することを好む同志の徒、と言った感じである。

 ただ、その興味の対象と探求へのアプローチ方法が全く違っていた。


 ダコタは自然を愛し、何故その自然現象が起こるのかとか、大地の内部構造や逆に遥か天空の先へと想いを馳せて、それを己一人で延々と思考し続け、観測と計算にて答えを導く。

 それに対し、パースは逆に実用的な技術研究ばかりを行うタイプだ。

 しかも、数多の他種族を育て鍛えた後、共同研究者として共に探求を行うスタイルを執っている。お陰で時の移り変わりに鈍感極まるダコタからすると、技術発展が日進月歩に感じられてしまう。


『自分だけの力ではこうまで早く成果は出ないよ。君も共同研究者を作ることをお勧めするよ』


『ご忠告痛み入るが、遠慮しておく。俺は単独研究が性に合ってる。そもそも俺の研究スピードに付き合えるものなんて同族以外ではほぼ無理だ』


『そうかい? まあ、それはともかく、ファイルの最も高い魔力のデータを見てくれ。一番下だ』


『む、これか。……確かに半年ほど前に反応が消失している……。しかしこれがエルザルド老のものかどうかは証明出来るものではないだろう?』


『勿論そうだね。だからリーグニット老に『通話コール』を送ってみたのだよ。君からも、今やってみてくれないか?』


『分かった。今から繋いでみよう』


 了承の意を示し、ダコタはエルザルドを『通話コール』に招待すべく発信をする。

 だが、いつまで経っても繋がる兆しも無い。同格以上の存在であれば『通話コール』の着信すらも拒絶することは可能だが、先述のアズハ=アマラぐらいしか着信拒否など設定しないし、そもそも反応が違っていた。発信先がこの世界に存在していない感覚なのだ。


 ダコタは思わずといった様子で広い額を手で抑える。


『なんということだ。これは世界の損失だぞ……』


『その意見には賛成するよ。本当に由々しき事態だ。今回、君に『通話コール』を繋がせてもらった理由は、この事を、リーグニット老が弑されたかもしれない事態を、是非次の『大陸間会議』の議題に載せて欲しいんだ』


『そして、広く情報を集めるのか』


『その通りだよ。何かの事情を知っているものもいるかも知れないし、細かい情報でも集めれば何かのヒントになるかも知れない。それに何より、我らの半分でも本気でリーグニット老の死を究明しようと動いてくれれば、最低でも手を下した相手くらいは判明出来る筈さ』


『まだ、死んだと決まったワケでは……いや、パースの言う通りか。だが、……絶対に荒れるぞ』


『でも、無視することなんて出来ないだろう?』


『そうだな。それを認めぬ、という訳にはいかんらしい。しかし、何名かは確実に取り乱すぞ? 短慮な行動に出ねば良いが……』


『差し当たって、要注意なのはガナハかな。彼女は特にリーグニット老に懐いていたからねえ』


 パースの言うガナハとは、空色の鱗と『空龍』の二つ名を持つ、同族でも随一の飛行能力を備えたガナハ=フサキのことである。

 言動がやや幼い所があるが、ダコタやパースよりも遥かに年上で、無論実力も格上の存在である。

 非常に気さく、且つどんな相手にも優しい存在で、人間の系統種たちにも善なる龍の一柱として、何度も伝説や御伽噺に語られているらしい。特に、囚われの姫の心を救ったという『空龍の牙』が有名だという。


 そんな彼女だが、まだ力の弱い幼少期の頃、エルザルドに面倒を見て貰った経緯があるらしい。彼女の鱗の色がエルザルド老の鱗に似ているのはその為だそうだ。


『仕方が無い。会議の前に俺から少し話しておく』


『頼むよ。君からの方が効果があるだろうからね。今回の用件は以上さ。それじゃあね』


 そう言って『通話コール』が切れた。

 ダコタの気分は、パースとの会話前よりも更に重いものへと変化していた。


 重い溜息を一つ吐く。

 彼の溜息は、その力の巨大さ故に、後々の吹雪へと発展する可能性が高いのだが、気にする余裕も無かった。



 2日後、そこから数十キロ離れた人里に、本格的な冬到来の遥か前にも関わらず、例年に無い季節外れの猛吹雪が襲ったという。




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