180 第13話14終:Finale




 訥々とつとつと、国一番の冒険者モログがハークと虎丸相手に独白した内容を纏めるとなると、以下のようになる。


 話の発端は、数カ月前に遡る。

 昔、モログが世話になったとある冒険者支部のギルド長から、ある魔獣の捕獲を依頼されたことが始まりであった。

 この『ある魔獣』とは勿論、ハークが自らの手で殺めなければいけなくなったあのドレイクマンモスのことを示しているが、モログは当初、一も二も無く断ろうとしたという。理由は、モログがそれまで捕獲依頼を請け負ったことが無かったからだ。


 冒険者への依頼というものは、大きく大別すると3つの種類がある。

 1つ目、指定された魔物を倒せばいいだけの単純明快な討伐依頼。

 2つ目、特定の魔物の指定された部位を手に入れ納品するという納品依頼。

 そして3つ目の、対象の生け捕りを目的の達成とする捕獲依頼である。


 後述される依頼であるほど高難易度となり、その分報酬も高額となるが、国一の冒険者であるモログがその時まで捕獲依頼を受理してこなかった背景は、その高難易度さを理由に敬遠し続けていたからでは無論無い。

 それは、依頼を成功させた後の、対象の末路が原因だった。

 多くの被捕獲対象である魔獣や魔物の多くが、王都などの普段、魔物の脅威を感じ難い、もしくは全く感じられない土地柄の闘技場にて、その脅威を正しく理解させるが為に人間の冒険者や傭兵や兵士などと無理矢理戦闘をさせられる役目を担う。

 並べたお題目としては、仕方が無いとは言えなくともある程度は必要悪と断ずることも可能な範囲ではあろうが、それでも見世物とされることには変わりがない。モログとしては互いに命を懸けた勝負の相手を、例え魔獣であろうが魔物であろうが、そんな場に引き出させるのは真っ平御免だった。


 ハークも全く同じ考えである。

 確かに勝負に於いて敗者の生殺与奪権限は常に勝者側に有るものだ。それは間違いないし、当然と言える。

 しかし、戦闘があれば常に勝者敗者は表裏一体、環境戦況時の運様々な要因で実力差など簡単に凌駕される可能性が付きまとう以上、勝者も一定以上の配慮は絶対に必要なのだ。

 これこそが武士の情け、と呼ばれるものなのである。これを欠けばどんなお題目をひけらかそうが鬼畜の所業と窘められても仕方が無い。


 そんなこんなでモログは知り合いのギルド長からの依頼を断ろうとしていたのだが、捕獲後の目的が研究者による生態調査であったことと、その研究者が信頼できる人物だったこと、更には目標が幻と謳われた魔獣種であったことを受けて、結局は一転受諾して依頼目的も完遂することになる。

 そして本来の依頼者であるその研究者に、捕獲したドレイクマンモスを引き渡して無事報酬を得たまでは良かった。研究者も約一年ほどで元の生息地域に戻すと約束してくれた。

 余談だがここまでの話を聞いて、ハークの脳裏には何故かソーディアン冒険者ギルド所属の魔物学術調査員であるエタンニ=ニイルセンの姿が浮かんでいた。


 しかし、ここで想定外の事態が起こる。その研究者は国の研究機関に属していたのだが、何とその研究機関が何者かに襲われたのだ。

 幸い研究者は重傷を負ったものの一命を取り留めていたが、ドレイクマンモスの身は襲撃者に奪われており、モログは自分の捕獲が事の発端であると責任を感じて、ここから八方手を尽くして巨獣の行方を追ったらしい。

 奪われた巨獣の身体の大きさ的に、隠しようもなくすぐに見つかるであろうと最初は楽観的に構えていたモログだが、最終的に行方が知れたのはつい最近であったようだ。



「……そんな訳で、己の不始末をつけにこの街まで来たのだが、君らの活躍で俺の出番は無くなったという事なのだッ」


 話を聞きながらハークは、当初モログ相手に抱いていた敵愾心が急速にしぼんでいくのを感じていた。


 理由を敢えて語るならば多岐にわたる。

 一つには彼の一本気さである。モログはどう考えても嘘や韜晦などの二枚舌を得意とするような種類の男ではない。武骨で不器用で己の信念に準ずる漢、前世の『いくさ人』のような人物だった。

 二つ目には、他ならぬハーク達が彼の言葉を真実と証明出来得る記憶を持っていることだった。既に生前のドレイクマンモスとの『思念での会話』により、まるで自分が経験したかの如き映像の様なもので、特にハークは彼が辿った運命を追体験していた。疑う余地もないのである。

 三つ目は、彼の行動指針だ。

 モログの話が本当であると確信できる以上、ハークの眼から視て、此度の状況はモログに何の責任も無い。普通に考えればゲルトリウスを含めた顔しか分からぬ襲撃者共こそが此度の騒動の元凶であり、敢えて他に要因を求めたとしても百歩譲って襲撃を防げぬままドレイクマンモスを奪取されたその研究機関にこそあるぐらいである。

 それでも発端となった者として、一度拳を合わせた相手の命にけじめをつける者として、モログは持てる手段を使用し、今ここに居るのだ。尊敬の念を感じることは有っても侮蔑を向ける謂れは一切無かった。


 見れば横の虎丸もすっかり戦闘意欲を無くしていた。最早当初抱いた敵愾心を向ける必要も無い。


「無事に解決して実に良かったッ! しかも、視ればドレイクマンモスの身に配慮して、苦しまぬよう一撃で屠ってくれたことにも改めて感謝したいッ、本当にアリガトウッ!」


 そう言ってモログは再度深く頭を下げた。ハークは最早苦笑してしまう程になっていた。


「もう充分だよ、モログ殿。元々お主の為に行ったことでもないしな。そんなに気にせんでくれ」


「それでも俺としては礼をしたいッ! 何か望みは無いかッ!? 俺に出来ることであれば何でもしようッ!」


「そうは仰られてもな。特に何も無いよ、お主への頼み事など……」


 そこでハークの脳裏に、丁度良いとある事柄が頭に浮かんだ。


「いや、一つあるにはあるな……。モログ殿は高級『魔法袋マジックバッグ』を所持しておるかね?」


「ん? おおッ、モチロンだッ! 俺は一人で冒険者活動を行っているからなッ! 積載量の多い『魔法袋マジックバッグ』は必須よッ!」


 シアみたいなことを言う。ならば丁度良かった。


「ふむ、ならば、せめてこのドレイクマンモスの亡骸だけでも故郷に運んでやってくれないかね? 故郷の地で眠りにつけるなら、少しは安らかに瞑目できるであろうからな」


「何ッ!? 良いのかねッ!?」


 モログがこの時ハークに聞いた意味は、『戦利品』が要らないのか、という意味でもあったのだが、ハークは迷い無く首を縦に振るのみである。


「了承したッ! なれば俺が責任をもってこの亡骸を故郷の地まで運び埋めてこようッ! 安心してその役目を任せてくれッ!」


 言うなり即座にモログはドレイクマンモスの身体を『魔法袋マジックバッグ』に収める作業を開始し始める。ハーク達も手伝い、ごく短時間で作業は終了した。


「よしッ! では俺はこれにて失礼するッ! 今回は本当に感謝するぞッ! もし何か困ったことがあれば、遠慮なく俺を呼んでくれッ!」


「もう行くのかね? この街に着いたばかりなのだろう?」


「やる事が出来たからなッ。それに実は予定もあるのだッ。急げば間に合いそうだしなッ!」


「そうか。また会えるかね?」


「ふうむ、そうだなッ……」


 そこまで言いかけて、モログは少しだけ考える素振りをした。


「実はなッ、今日から約1か月後、辺境領ワレンシュタインが領都オルレオンにて『特別武技戦技大会』が執り行われるのだよッ! 予定というのはそれなのだッ!」


「『特別武技戦技大会』? 『ギルド魔技戦技大会』のようなものか?」


「『ギルド魔技戦技大会』は未だ半人前の雛達の模擬戦であろうッ? あれとは規模もレベルも違うものだッ。『特別武技戦技大会』は国中の冒険者や傭兵、騎士や兵士に至るまで腕自慢がこぞって参加する4年に一度の戦いの祭典なのだッ! 貴殿も武に生きる者として、興味があるのではないかなッ!? もし興味があるというのなら、そこで会えることを楽しみにしておるぞッ!」


 それだけ伝えると、モログは去って行った。台風の様な男である。

 その背を見送りながら、ハークは成り行きで向かう事になった辺境領ワレンシュタインに俄然興味が湧いていくのを感じていた。そして、同時にこの世界の『最強』という存在にも。




   ◇ ◇ ◇




 同時刻。闘技場コロッセウムの外壁から少しばかり離れた場所、まだギリギリその聳え立つ外壁を、雨の中拝める距離の裏路地にて一人の男が油断なく辺りを見回していた。

 古都ソーディアン『四ツ首』支部長たるあの男である。

 彼の役目は、この場で万一の際の脱出路を確保することであった。実際、この路地裏をあと20メートルほど奥に進めば、この地の土地神でも祀ったかのような古びた祠がそこにはある。

 御神体を収めた小さな箱のような櫓の更に奥に、人一人が漸く通れる広さしかない古ぼけた通路への入り口が隠されていた。古都の地下を通るその通路はソーディアンの城壁の外にまで繋がっている。使われなくなった昔の排水路を利用したものだ。


 治安機構側である御領主側にもとうに記録が失われているにも拘らず、裏社会組織の長である男の方が把握しているというのは、代々ソーディアンの裏を牛耳ってきた『四ツ首』ソーディアン支部長たちの用心深さの賜物であった。


 中の通路は長年の経年劣化で酷い有様となっている。ちょっとした衝撃であっても崩落しかねないだろう。生き埋めの危険が伴うが、だからこそ、追っ手を撒くには適した脱出路でもあった。


 そもそも完璧なプランであった。元々、レベル40のドレイクマンモスを倒せるものなど存在しない。

 あの女でも無理だろう。HPが高過ぎる。魔法の1発2発程度では絶対に倒し切れない。その間に近付かれて終わりだ。

 だというのに態々脱出路の確保を申し出たのは本当に万が一を考えてである。尤も、もし本当に脱出路を使う必要が出たとすれば、レベル40の巨獣が敗れ殺されたというケースだけであり、そうなればもう伯爵には一片たりとも利用価値は無くなる。見捨てることに躊躇は無く、そうすることで相手側の注意も引き付けられ、男の安全性は更に確保される筈だった。


 あの鈍い伯爵がこちらの意図に事前に気付くことは考えられないが、事前に察知されることのないように、残りの自分の配下達全ても惜し気も無く提供したのだ。

 正に三重四重の安全策。

 自画自賛の完全な策だった。だというのに、先程から胸騒ぎが収まらない。何処かから監視を受けているかのような視線も感じる気がする。


 大雨のせいで周囲の状況が掴み難く、神経が過敏になっているのかも知れない。実際、先程闘技場コロッセウムの方から大きな音が一度響いて以来、雨音が邪魔でどうなったか全くわからない。さすがに情報の伝達役ぐらいは配備したかったが無い袖を考えても仕方が無かった。


 些か不安感が込み上げてきた男は、気持ちを紛らわそうとする意味でも、もう一度だけ脱出路を自らの眼で確認しようと、路地裏の奥へと歩みを進め始めた。


 だが、路地裏の奥に安置される祠を自らの眼で収めた際、男は自らの人生に於いても最大級の焦燥感を味わう事になる。

 男は櫓の裏に存在する脱出路の入り口を、丁度蓋するかのように出現した分厚い氷の塊を発見する。


「な、何だこれは!?」


 思わず驚愕の声を上げた瞬間、男は自らの背後に何者かが近づく気配を感じた。


 振り向くと、こんな路地裏には似合わない、豪奢で且つ上品なドレスに身を包んだ黒髪の女性がゆっくりと近づいて来るのが見える。

 風の中級魔法『風の断層盾エア・シールド』を常時自身の頭上に展開させているのか、この大雨の下で全く濡れた形跡が無い。

 そのお陰で彼女の美しい姿が良く見える。凄絶な美女と呼んでも差し支えない美貌の持ち主だ。特に首から下のプロポーションは凄まじい。胸の褐色の果実が零れ落ちそうに白銀のドレスの間から垣間見えている。どう考えても初めて会うご婦人であろう筈だが、その様子にどこか既視感を抱いた。


「お久しぶりネ、支部長サン?」


「!? まさか!? まさか、その声!? まさか、貴方はヴィラデルですか!? その髪色は!?」


 支部長の男は驚きを隠せない。ヴィラデルと言えば美しいブロンドときめ細やかな褐色肌の対比が特徴だった筈だ。


「染めたのヨ。一週間は落ちないわねぇ。そして、アタシがここに来たってコトは……、こういうコトよ」


 そう言ってヴィラデルは指をパチンと鳴らす。その瞬間、大勢の男達が一斉に路地裏へと舞い降りてきた。ざっと15人はいる。


 支配人の男は知らなかったが、これはラウム麾下の影の軍団、その一部であった。ずっと彼の動向を監視していたのである。


(な、なんだと!? ハメられたというのか!? この俺の策が完全に読まれたっていうのか!? 馬鹿な!?)


 信じられぬ気持があった。認められぬ気持もあった。だが、それでも現実は変わらない。最早袋の鼠という現実は。


「サ、年貢の納め時よ。大人しく捕まる? それとも無駄な抵抗でも試みてみるかしら?」


 冷徹に褐色のエルフ美女が言い放つ。退路を断ったつもりの余裕の笑みに、精神の奥底が波打つ。自身を見下す眼差しに怒りが芽生える。


 支部長の男は右掌を押し出すようにして待ったをかけるような仕草をしつつ、一方の左手で腰帯の背中側に仕込ませた片刃の直剣に手をかけた。しかし、彼は知らなかったが、その瞬間、彼の後ろにいる影の部隊隊長がヴィラデルに目配せを送っていたのである。


 そのまま支部長は出来得るだけの己の演技力で、情けを乞うことを示すように喚く。


「待ってください、ヴィラデル! 貴方と私の仲ではないですか!? 貴方がご執心というあのエルフの少年にも、決して貴方の過去の所業を明かしたりはしませんと約束致します! ですから貴方からも先王様に恩赦を……。!?」


 だが、支部長は気付かなかった。相手の気を引こうと、引き合いに出した言葉の選択に失敗していたことを。

 そして、一方で気が付いた。自分の下半身が氷の結晶に包まれ、徐々にそれがせり上がってきていることを。


「ねェ、支部長サン。死人に口なし、って言葉、知ってるかしら? 凍りなさい……『氷の墓標アイス・トゥーム』」


 魔法が完成し、己の身体が氷壁に包まれていく中、彼の双眼はヴィラデルとのそれなりに長い付き合いでも、一度として見たことの無い彼女の表情を映し続けていた。


 そしてこの日、長き歴史の闇に暗躍し続けていた『四ツ首』ソーディアン支部は、これにて完全に壊滅を迎えたのであった。




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