179 第13話13:頂との邂逅
漂う魂は、これから
元々知っていた筈なのだが、思い出したのはつい先ほどのことだ。重い身体、いや、重い殻を脱ぎ捨てたからだろうか。
そこで魂は浄化され、また新しい自分となることが出来る。それまで、しばしの休息だ。
これもあのエルフの少年と、白虎の精霊獣のお陰である。この暖かな感謝の気持ちを、来世まで連れていけぬのは残念極まりないことだった。
ただ、その前に感謝を伝えるべき存在が近くに居る。
『誰だが知らないが、お前さんも本当にありがとうよ。お陰で、最後に礼だけでも伝えることが出来た』
これも今気づいたことだが、
いくら魔獣を心からの友とし、常にお互いが寄り添っていたとしても、種族も脳の構造も、魂の在り方さえ違う者同士がそう簡単に同調出来るなど、奇跡であっても尚不可能な事である筈である。お互いの真実、気持ちを伝え合う『念話』であっても限度はあるものだ。
ずっと不思議に思っていたのだが、『その間』を繋ぐ存在が、彼、いや、彼らの周囲に漂っていたからである。
『ウフフフ、キャハハハハハハ』
魂に礼の気持ちを伝えられ、漂う存在は嬉しそうにコロコロと笑っている。まるで人に例えるならば言葉をまだ満足に扱えぬ程の幼児のようだ。嬉しさのあまりかくるくるとダンスを踊っているかのように感じる。
『なあ、お前さんは、あの主従に縁有るもの、なのか?』
『えにしィ……?』
なにか、からだいっぱいを使って、その言葉の意味が解らないことを示しているような気配を感じる。人差し指を口元に、可愛く首を傾げている光景が幻視出来るかのようだ。
『ああ、難しく言い過ぎかな。故有る者……でも分からんだろうな。ふうむ、おお、そうだ、お前さんはあのエルフの少年と白虎が大好きなのかね?』
『ウン!』
即答だった。ここまでは予想通りである。
『何でかね?』
『あたしを生んでくれたから!』
『何!? 彼らのどちらかの子供なのか!?』
流石に驚いた。エルフの少年も、白虎の精霊獣も子を持つ親のようには全く見えなかったからだ。
だが、気配が首を横に振る。
『ううん、違うよ? あの人たちのお陰で、あたし産まれたの』
『ああ、成程。そういう事か』
それならば納得も理解も出来る。恐らく前世の己と同じく、彼らに大恩を受けた存在なのだろう。
そこで一つ、魂に妙案が浮かんだ。
『なあ、彼らが大好きかね?』
『ウン!』
『もっと役に立ちたいかね?』
『ウン! モチロン! でも、まだあたし生まれたばかりだから……』
急に今の今まで上機嫌だった気配がしぼむ。本当に、小さくて素直な子供そのままだ。
『ならば、我の力、一端でも受け継いでみないか?』
丁度彼らには礼だけで
それに、通常ならば例え親子供間でも不可能な事なのだが、このコの全てに同調出来る力ならば可能かもしれなかった。
『受け継ぐ? そうすると、もっとお役に立てる?』
『ああ、そうだよ』
『本当? いいの? どうしてそこまでしてくれるの?』
『勿論それは、我も彼らが大好きだから、だよ。彼らに少しでも役に立つことを残しておきたいのさ。受け取ってくれるかね?』
『ウン! ありがとう! あたし、絶対、もっともっとお役に立って見せるね!』
存在が花の如く笑顔を見せ、頷いた気がした。
さて、急がねばならない。一なるところへの合流を待ってもらうにも限度があるからである。
◇ ◇ ◇
男らしき人物は随分と力強い声だった。
明らかに鍛えぬいた肉体を持つ者の声音である。この系統の声音を持つ者を無視出来る者はそうそういないであろう。
「その通り、だとしたらどうする?」
相手の意図が全く分からないので、多少刺々しい対応となってしまった。
いや、本当にそうなのだろうか。それだけなのだろうか。
ハークは自問自答する。何故か心の何処かで自分でも正体不明の、謎の焦燥感があった。
確かにハークは今、戦闘不能に近い状態だ。そして眼の前に現れた敵は強い。
この世界はこの世界独特の強さがある。始めはそれが全く感知できなかったハークだったが、虎丸のように正確でなくとも経験を積み、最近『当たり』くらいはつけられるようになってきていた。
その経験によると、圧倒的に強い。自分は言うに及ばず、虎丸のレベルすら超過しているのは確実かと思われた。
だが、それだけではないのだ。もっとハークにとって分かり易い強さ、馴染みのあるもの、それが感じられる。
つまり『武』だ。『武』に精通した気配を感じ取れる。
これほどの『武』はこの世界に来て初めてのものだった。ジョゼフも中々のものであったが、それを優に超える。
歩く時の重心のブレの少なさ、単純な立ち姿。これだけでハークの前世でいうところの、只者ではない、というのが感じられた。
つまり眼の前の敵は、現時点では2重3重の意味で今のハークでは対抗の仕様が無いことを示している。この事実が焦燥感の最大の要因となっているのは確実だが、それだけではない。
ここではたと気付く。
〈敵? 何故、儂は彼を敵と?〉
見覚えの無い男の筈であった。
シアを始め、この世界の人間は兎に角背が高い。ハークからすれば前世の自分を思い起こしても、巨人の如き背丈を持つ者がこの世界には数多く存在していた。恐らく、良好な食料供給事情が個々の栄養状態に直結しているのであろう。しかし、そんな環境に慣れ始めて半年強、その中でも随一、初めて見るほどの巨躯である。どう視ても10尺(3メートル)を超えている。
服装も奇抜だ。顎まで隠れる兜は前世の南蛮のものも含め、この世界でも冒険者ギルドで幾度か眼にしてきたが初めて見る形状だ。まるで牡牛の如き歪曲した角が側頭部から天に向かって2本生えており、表情どころか顔面の形状すら窺い知ることは出来ない。
視界を確保するための隙間も僅かに『丁』の字に開いているだけで、眼の光すら捉え切れなかった。
更に、そこに全身をほぼ覆い隠すような厚手の赤い外套である。
冒険者ギルドは様々な人種や地方出身者が自然と集う場ということで、本当に千差万別の武器防具や服装恰好などを眺めてきたが、これは本当に記憶に無い。
つまり、身体的特徴及び外見的特徴どちらで考えても初見の人物であることに間違いは無い。にも拘らず、自分は何故、目前の男を敵認定したのであろうか。
ふと横を見ると、虎丸も完全に臨戦態勢を取っていた。情けないことだがハークが頼りにならぬことからいつも以上に気を張っていると判断することも出来るが、それでも敵意がその全身から溢れ過ぎているような気がする。
冷静に考えてみれば、相手は話し合いが難しいほどの間隔ではないが、一定の間合いを保ったままだ。それ以上踏み込もうという気配も無い。むしろ、『一足一刀』の間境を意識し、戦闘の発端となる行動を慎んでいる、と評価してもいいぐらいだ。
だというのに、何故ハーク達は相手の男に隔意を抱いているのであろうか。
見たところ武器さえ携えていない。前世の忍びという存在を考えると決して油断は出来ないが。
それにしても驚愕すべき肉体であることが、兜と外套の間から覗く首の太さだけで確認できる。
だが、真なる驚きはこの後だった。何と眼の前の兜男がいきなりがばりと頭を下げたのである。腰を90度まで曲げた深く丁寧な御辞儀だった。
「ありがとうッ! 本当によくやってくれたッ! 礼を言わせてもらうッ!」
突然の行動に毒気を抜かれる形となったハーク達だったが、兜男が頭を思いきり下げた拍子に外套の中心が割れ、中から鍛え抜かれた胸板が覗いたことで既視感の正体に気付く。
〈このドレイクマンモスを素手で打倒した者か!?〉
ドレイクマンモスと『思念での会話』を行った際、彼の記憶上に出てきた人物であった。
だからこそ、ハークと虎丸は揃って敵意に近いものを兜男に対して抱いてしまったのだ。
ドレイクマンモスの記憶の中で、彼と兜男は正々堂々、正面からぶつかり合って彼を倒していた。そのことには見事と素直に称賛を送るしかなく、敵意を抱く原因にはなり得ないが、その戦いによりドレイクマンモスは囚われることになり、最終的に『ラクニの白き髪針』に肉体を支配されるに至った。あの巨獣が悲運な運命を背負うに至った原因が、直接的ではないにしても間接的に、目の前の兜男にはあったのだ。
ここで虎丸から念話が入った。
『ご主人、よく聞いて欲しいッス。目の前のアイツ……、レベル50もあるッス!』
『何、50!?』
何とドレイクマンモスより10も高い。
規格外とも言えるヒュージドラゴンのエルザルドを抜かせば、ハークが出会ってきた他の者達を圧倒するレベルだ。というより……。
ハークは兜男に尋ねる。
「お主は何者だ?」
「おっとッ、これはスマンッ! 俺の名はモログ! この国一の冒険者だッ!」
予想通りだった。真偽を虎丸に問い質すまでもない。
堂々とした立ち居振る舞い、全身から醸し出す雰囲気、何より確固たる自信漲る態度、それら全てが『最強』という言葉を体現しているかのようである。同じ『最強』の地位に立ったこともあるハークだからこそ尚強く、それは確信を持って受け入れられた。
「して、その国一番の冒険者が、何故に儂に礼を言う?」
「うむッ、無論、この街の無辜なる人々を守ってくれたこともあるのだがッ、俺の事情も関係しているのだッ。少し長くなるかもしれんが良いかッ!?」
依然強い雨は降り続いているが、良くも悪くも無い。体力魔法力が尽きて立っているのも億劫であったとしても関係無い。是が非でも聞かねば、知らねばならぬことだった。
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