163 第12話13:A Question Of Honour

(2020/3/16 1:50 書き忘れ追加)




 ギルド寄宿学校に入学してから早3カ月。

 3度目の定期試験も友人たちは誰一人欠けることなく無事通過し、もう今期は後に控える行事も無く、あと残り3週間強で補足、或いはこれまでの総まとめ授業をこなせば長期休暇へと移ることになっている。


 そう思っていたハークに、寝耳に水が如き行事の話を持ち出したのは、ここ最近、新たにハーク達と共に食事をすることが増えたロンとシェイダンのパーティーメンバーにしてシンの寄宿寮同室者、ドノヴァンの口からであった。


「そういえば、ハークさん達は『ギルド魔技戦技大会』はどの競技で出場することになると、打診されましたか?」


「む?」


「んぐ……。何それ?」


 時刻は昼の休憩時間、つまりは昼休み中である。食事中でもあり、口の中に物を詰め込んでいる所為かハークは短く、シンは一度呑み込んでから反応を返す。


「オイオイ、何だよ、その反応!? もしかしてシンもハークさんも知らねえの!?」


 大仰な驚きをやや乱暴な口調で示したのは質問を発したドノヴァンではなくそのパーティーメンバーであるシェイダンであった。彼の言葉を聞いて隣で食事を続けていたロンが苦い表情に変わる。

 シェイダンは領地持ちの貴族家出身者という、中々に高貴な産まれの人間でありながら、元々それをあまり相手に感じさせない、やや乱暴ともいえる口調で喋ることが多かったが、このギルド寄宿学校に通うようになってから更にそれが悪化している気がする。ロンはそう感じていた。


「シェイダン……、最近、少々言葉遣いが荒過ぎやしないか?」


「ン? 何カタいこと言ってンだよ、ロン。ここ寄宿学校じゃあこれぐらい普通だろお?」


 ロンはシェイダンの為に苦言を呈したが、彼は気にする様子も無かった。ロンは人知れず溜息を吐く。


「それで? その……『なんちゃら戦技大会』とは?」


「『ギルド魔技戦技大会』ですね。正確には『全ギルド寄宿学校親善魔技戦技競技大会』ですが」


「……へえ……?」


 ロンが丁寧に言い直してくれたが、シンは今一歩理解の足りない声を出す。ハークも同じ表情で、理解が追い付いていないことは明白であった。


「前から薄々思ってたけど、二人共ギルド寄宿学校に元々入学するつもり、無かったんだろ?」


 シェイダンの乱暴だが鋭い考察に、ハークはシンと二人、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。


「凄いな。当たりだ。何故わかるのだ?」


「スゲエ有名な行事なんだよ。一度でも自分からギルド寄宿学校の入学を考えたなら知ってて当然さ」


「そこに自分が出場する姿を思い浮かべるのも、であろう?」


 シェイダンの語りに、珍しくアルテオが自分から会話に参加する。アルテオは決して寡黙という訳でもないのだが、どうも一歩引いた形で、テルセウスの護衛としての自分を律しているようであり、主であるテルセウスが会話に参加してから己も加わる、という事が多かった。

 それだけに、彼女の興味ある話題であったのだろう。


「アルテオは5年前の『ギルド魔技戦技大会』を観て、ギルド寄宿学校に入りたいと思い始めたんですよ」


 テルセウスが補足する。微笑ましい話かもしれないが、どうも藪蛇だったらしい。


「5年前って言うと、辺境領ワレンシュタインの領都オルレオンで行われたヤツかぁ。いいなぁ、流石に遠すぎて俺観てないんだよ。……アレ? テルセウスとアルテオって確か王都出身だったよな?」


 シェイダンの反応に、テルセウスとアルテオは二人揃って失言したという表情を浮かべてしまっている。幸いシェイダンの顔と視線は隣のロンの方向に向かっており、彼女達の表情の変化を視界に収めてはいなかった。


「僕もそう聞いていたよ。アルテオさん、辺境領ワレンシュタインまで行ったことがあるんですね」


「あ……ああ、出身なのだ。丁度、里帰りしていてな……」


「へぇ、あっちが出身なのか」


 アルテオが咄嗟に語ったのは真実なのだろう。それだけに説得力があったが、余計な情報を漏出してしまっている。ここに居る友人たちに関しては信用出来ぬ訳など無いが、ここは食堂だ。誰が横で聞いているかも判らない。


「……それで? 『ギルド魔技戦技大会』とは何なのかね? そろそろ教えて貰えると助かるのだが……?」


「ああ、済みません!」


 やや拗ねたような口調だったのは、ハークの意図通り、ある意味の仕掛けだ。

 お陰でロンがすぐに反応してくれた。

 ハークはテルセウスとアルテオと仲間であり、パーティーメンバーでもあるが、護衛の為に雇われている立場でもある。

 彼女らの為に少しぐらい道化を演じても良いだろう、という判断だった。視界の端ではテルセウスとアルテオの二人が極小さく、ハークにしか分からない程度で目礼する。

 そんなハークにロンが説明を開始してくれた。


「『全ギルド寄宿学校親善魔技戦技競技大会』、通称『ギルド魔技戦技大会』は、正式名称の親善の文字が示す通り、元々はこの国の主要都市にある現在7つの寄宿学校同士の親善の為に設けられた大会でした。各校生徒の実力を実戦に近い場で試し合い、親睦を深め合いつつ互いに情報交換を行い合う目的で毎年一回開催されてきたのです。とはいえ今では親睦というより対抗戦といった様相となっておりまして、魔法の威力や武器SKILLなんかを見せつけ合うような見世物的な要素が強くなっておりますが、かなりの人気を誇る一大イベントでもあります」


「一大……異弁当?」


「ああ、この言い方ではハークさんは解らなかったですよね。行事のことですよ。闘技場を備える4都市、ここソーディアンに王都レ・ルゾンモーデル、軍都アルヴァルニア、辺境領ワレンシュタイン領都オルレオンにて持ち回りで開催されていて、今年はここソーディアンで行われます」


「ほう」


 ここから説明にアルテオも加わる。


「7都市にあるギルドの寄宿学校がそれぞれの特色を出しながら互いに競い合うのです。各校、代表を選出して全部で10種目程対抗戦が行われるのですが、その代表に選ばれるのもかなりの名誉なのですよ」


「ふむ、どんなものがあるのだ?」


「まず魔法競技が3つです。火力と正確さを競う競技が一つずつに、より実戦に即した形で盾役と魔法士役の二人一組で争う競技。逆に魔法抜きの武器のみで戦う模擬戦が2つ。単独で戦うものと二人で組んで戦う競技です。残りは全て実戦形式に近い魔法も武器もなんでもありの地上戦が3種、海上戦闘を想定したものが2種ありますね」


「地上戦は1対1と2対2、そして乱戦を想定した5対5のチーム戦……じゃなかった集団戦があります。海上戦闘は1対1ではお互いに船を動かすことが出来ませんから、2対2と5対5の集団戦の2種だけですね」


 補足をしてくれたのはドノヴァンであった。ハークには分かり辛いであろう言葉も言い直してくれる辺り、本当に気の利く男だ。

 彼に続いてシェイダンも口を挟む。


「因みにドノヴァンは俺と一緒に魔法の実戦形式のタッグ戦、盾役と魔法士役二人一組のヤツと、更に海上戦闘を打診されていたよ。そんで俺はその他に魔法の正確さを競う競技も薦められたんだ。一人につき、3競技まで出られるからな」


「僕は地上の集団戦と海上戦闘の集団戦、更に武器のみで戦う模擬戦の打診を受けました。ハークさんはその様子ですとまだ何の打診も受けていないようですけれど、どう考えてもハークさん達が代表選手に選出されないってことは考えられませんね」


「ロンの言う通りだぜ。単純にレベルで考えても、首席のシンから順番に……の高レベルパーティーだからなぁ。ホントに誰も打診受けてねえの?」


 シェイダンがそう問いかけると、テルセウスがおずおずと口を開いた。


「実は……僕はもう打診を受けていまして、既に辞退というか……お断りしました……」


「「「えええ!?」」」


 一様に驚いた声を上げたのはロン達パーティー全員だ。ハーク、そしてシンも初耳だったが、驚いたのはともかく、声を上げる程では無かった。


「何でだよ!? 勿体ねえ!」


「そうですよ、大変な名誉じゃあないですか。『ギルド魔技戦技大会』に出場して良い成績を残せれば、もう冒険者としては引く手数多ってヤツですよ?」


「その通りですよ。テルセウスさんの実力もレベルも出場選手に相応しいじゃあないですか。一体何故、辞退なんてされたんです?」


 シェイダン、ドノヴァン、そしてロンの順に、矢継ぎ早にテルセウスに対して追及が飛んでくる。

 どうやら『魔技戦技大会』とやらは、これから冒険者として生きる上で相当重要な、大きな注目を集める大会のようだ。だが、テルセウスの特殊な事情を知るハークからすればだからこそ余計出場出来ないであろうことが、容易に想像出来た。


「ロンさんのご評価は大変嬉しいのですが、僕は直接的な攻撃魔法を持っていないですから……、近接戦闘も正直あまり経験が無いですしね」


 テルセウスのこの言葉は一応半分以上が真実だ。

 彼女の習得魔法は雷系統と土系統であり、双方ともに初級ではまともな攻撃力を持つ魔法は無い。味方の援護に有効だったり、ちょっとした牽制だったり、野外活動に役立つものばかりだ。それにハークのパーティーメンバー達は近接戦闘の得手ばかりが揃っており、確かに力押しの場面で彼女の出番は全く無いのだった。


 ところがその自己評価も以前までの話だ。

 今の彼女はヴィラデルの指導によって、直接的な攻撃力を持つ雷の中級魔法『雷光の鞭ライトニング・ウィップ』に、土の中級魔法『岩塊隆起ロックビート』まで習得し、更にハークの指導と毎日の鍛錬により小太刀と小盾を使用した近接戦闘能力も向上している。仮にたった一人であっても己の身を守り切れる程の強さを獲得しつつあった。ただ、テルセウス自身の安全を考えると、中々おいそれと単独の接近戦などやらせられる訳も無い。

 男の格好をして性別を偽りとある王都商人の三男坊であると語っているが、彼女の正体はこの国の第二王女なのだ。

 故に、例え栄光が待っているとしても、余り目立つ場に自ずから立つことなど出来ようも無かったのである。


 そして、そんなことを知らないシェイダン達は素直に納得するしかない。


「あ~~……、言われて見りゃそうだったっけか? ……あれ? まさかアルテオも出ねえ、なんて言わねえよな!?」


「ああ、私は出場させてもらう。主が辞退したというのに本来従者である私が出る訳には……、と最初は思ったのだがな。テルセウス様の薦めもあり、出場させてもらう事にした。私は実戦形式の集団戦の他、魔法禁止模擬戦2種への出場を打診された。つまりロン、君の相方を務めさせてもらう! よろしくな!」


「おお、そうですか! それは心強いです! こちらこそよろしくお願いします!」


 ロンとアルテオは、ガッシリと握手し合う。

 真に二人の安全を考えるなら、アルテオも目立つ場に出るようなことは控えた方が良いのだろうが、彼女は『ギルド魔技戦技大会』とやらを相当楽しみにしていたようである。それをテルセウスが汲み取った形なのだろう。それにアルテオは単なる護衛という扱いになっており、いくら主に準じると語ろうともそれにより出場しないというのは理由として少し弱い。

 そもそも既に充分な実力を寄宿学校内外に向けて披露してしまっているのだ。無理に出場しないとなれば、そちらの方が逆に目立ちかねない。


「何か面白そうだなァ! 俺、何も言われてないけど、出れないとかねえよな!?」


 シンが叫ぶように言う。確かに腕試しとして考えれば面白そうだ。


「シンは主席だからね。出れないってことはないさ。僕らも打診を受けたのは昨日の事だからな」


 ロンが親切にもそう語って聞かせる。次いでハークにも向かって言う。


「ハークさんにもきっと近日中に、いや、今日にでも打診があると思いますよ。最も得点の高い実戦形式が1対1シングル戦2対2タッグ戦や集団戦も含めてまだ空いている筈です。お二人はそこに打診を受けるんじゃあないですか?」


「ほう」


 そこで再度、シェイダンが口を開く。


「実はサ、この第一校って優勝の常連校だったんだけどさ、去年一昨年と連続で王都の第三校に負けてるんだ」


 王都の第三校と聞いて、2カ月ちょっと前にこの第一校に遠征で訪れたロンの二人の兄、ロウシェンとロジェットの事が思い出される。確か第三校は極端なまでのレベル偏重主義だった。ハークやシンが言えた義理ではないが、彼ら二人も新人冒険者としては非常にレベルが高かった。


「それは矢張りレベルの差故に、か?」


 その言葉を聞いて、ロンが少し苦味を含んだ表情をする。事情を知っているのかシェイダンやドノヴァンどころか、テルセウスとアルテオすら同じような表情を浮かべていた。


「ああ、レベル30の不動のエースが居やがってな」


「レベル30!?」


 これにはハークも流石に驚いた。普通レベル20を超えるとベテランと言われ、25が普通の冒険者にとって通常の限界値と言われ、30を超えると一部の強者と呼ばれるようになる。

 つい最近まで、ギルド長ジョゼフもレベル30だったのだ。そこまでのレベルを持つ者など明らかに新人レベルではないし、新人に相手出来る筈も無い。


「ハークさんの予想通り、そいつが高得点を全部掻っ攫ってたよ。ドッチラケさ」


「いや、でも普通、ギルド寄宿学校は1年で卒業だろ!? 次の年もレベル30の奴がいたのか!?」


 シンが大声で疑問を呈す。確かに言う通り、ギルド寄宿学校は問題が無ければ普通1年で卒業の筈である。


「いや、同じ奴が2年連続さ。おかしな話だろ? 今年も居やがるらしいぜ」


「なんでだ!?」


「留年したのさ。絶対ワザとだよ。恐らく雇われているっつーウワサだ。第三校の学園長は今から4年前に就任したんだけど、貴族出身のエリートで、ジョゼフさんを一方的に敵視しているらしいんだ」


「言葉も無えな……。露骨過ぎんだろ」


 呟くように言ったのはシンだが、ハークも全く同感だった。そもそも、若き冒険者の雛鳥たちが切磋琢磨し、己の努力と研鑽を披露する場を、個人的で私的な目的のために利用するなど、教育者としての適性を疑う言語道断な行為と言える。


「ま、良識ある人たちは皆呆れた眼で視てるのが殆どだったけどさ、中には貴族の矜持を守った、なんて言って支持するバカ貴族もいたよ」


「寧ろ逆に、自らの矜持を貶めている行為としか思えんが」


 思わずといった感じで言い放たれたハークの評価に、シェイダンは「違いねえや」と肯き言葉を続ける。


「けど! 今年は何たってハークさんが居るからな! 今年は優勝狙えるンじゃあねえか!?」


「シェイダンの言う通りだな。ハークさんなら!」


「うむ! し……いや、ハーク殿ならばレベル30程度の相手など問題にはならぬ!」


 断定かのようなシェイダンの言葉に続いてロンやアルテオも強く同意を示した。ハークはこれまでレベル30以上の敵を難無く破っているからだろう。


 だが、ハークにはそれよりも聞いておきたい疑問点があった。


「その期待には応えたいものだが……、一つ疑問がある。儂はくらすというヤツが『魔獣使いビーストテイマー』だった筈だが、こ奴はどうなるのだ?」


 そう言ってハークは足元でもっちゃもっちゃとハークの倍量の『三度一致』を平らげている最中の、虎丸の額を撫でる。


「えーっと、確か既に登録済みの従魔は、主と共にであれば一体につき一人に換算して参加することが可能なはずです。つまり2対2タッグでの戦闘や、5対5での集団戦に出れますね。……って、あっ!?」


 テルセウスが懇切丁寧に説明してくれるが、その途中で素っ頓狂な声を上げる。恐らく話をしている間に、ハークと同じ考えに至ったのだろう。


「そうか。それじゃあ、どう考えてもその『ギルド魔技戦技大会』とやらは虎丸の独壇場となるであろうな」


「「「「あ……」」」」


 ハークが語った場面を想像し、微妙な表情を浮かべつつ主の横に侍る自分を見詰める面々を、虎丸は順番に見上げて小首を傾げた。



 そして皆の予想通り、ハークは最も得点の高い実戦形式の何でもあり地上戦3種に出場することになり、虎丸はタッグ戦と集団戦に主と共に出場。結局、ハークが事前に語った通りにもなり、虎丸が圧倒的な力を見せてソーディアンの第一寄宿学校が3年ぶりの優勝を決めた。


 王都の第三寄宿学校側の貴賓席が、学園長含め歯噛みしていたのは言うまでもない。




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