162 第12話12:Breakthrough 五里霧中

(2020/03/08 21:30 書き忘れを追記)




「本当に吃驚したぞ、シアよ。いくら構造を知りたいと言っても、折角造り上げた刀を打ち折るなんて些かやり過ぎ、というか勿体無さ過ぎるぞ」


「あ……あはは……、やっぱりそうかい?」


 ハークのお小言めいた言葉に、シアは乾いた笑いを発しながらコリコリと額を掻く。

 つい先程、シアは自ら造り上げたばかりの大太刀を自ら床に乱暴に打ち付け、自らの手で作成した刀を打ち折っていたのである。そこをシアの様子を視に来たハークに偶然見つかってしまい、こうして注意を受けている最中、という訳であった。


「ま、それはともかく、態々来てくれたのはありがたいよ。折角だから視てくれないかい?」


「うむ、まぁ、それは構わぬが……」


 お小言もきちんとシアに届いたのかすらも解らぬままに、ハークは折れた刀剣の上半分を受け取る。


「うむ、凄まじい量の層だな。実に見事にできておる」


 折り口にはハークの言う通り、幾重にも幾重にも折り返しを重ねたであろう証である鋼の層が視える。正直何層あるかなど数えたくも無い。それらが整然と並んでいる。

 ハークとて、前世で自らの刀を折ってしまったことは、試しの場で何度もある。その際に苦渋に満ちた心持と共に眺めた愛刀の折れ口と何ら変わらぬように視えた。些かその並びが綺麗過ぎる・・・・・ような気もしたが。


「うーーーん、原因も折り返しが悪い、って事でもないのか~。どうしてなんだろう?」


「どうして、というのはこの大太刀『斬魔刀』の攻撃力を超えられない、という点についてか?」


 ハークが自らの背に負う刀の柄をちょいちょいっと触れる。


「うん……」


「シア、前にも言ったと思うが、この『斬魔刀』は幾つかの奇跡が重なり合って出来た産物の様なものだ。如何なこの刀の生みの親であれ、こいつ・・・を超えるのは尋常ではないことだぞ?」


「……それは解っているつもりなんだけどねぇ……。それでも未だにあの日の手順を完璧になぞって造り上げたにも拘らず攻撃力付加値が+90に……『斬魔刀』の9割ほどにすら届かないなんて、どっかに原因があるに違いないって思っちまうンだよ」


 シアはハーク達とパーティーを組むことになってから冒険者としても、鍛冶屋としても相当な収入を手にしている。

 特につい最近、ギルドを介しての取引が完了したばかりのインビジブルハウンドという魔物14体分の素材は、元々ギルド長ジョゼフをして「金貨100枚を下ることはない」との太鼓判を押されていたが、結局、国が半分以上買い上げ、それ以外は有力貴族に買い取られることになり、同じくラクニ族の遺体も国の研究機関に買い取られて結構な額に達したというのに、それが霞むほどの金額になったらしい。

 

 合計額は金貨にして300枚超。当初の予想額の3倍という結果になった。

 テルセウスとアルテオはその時の戦闘に貢献していないとして、報酬の受け取りを放棄しているので、実質、ハーク、シン、そしてシアの3人の間での山分けとなっており、シアも結局のところ金貨100枚以上という大金を手にすることになった。

 受け取った当初こそ、額の高額さ故にシアも目を回していたものの、彼女はその中の幾分かを使って、自身の鍛冶武具店の設備を新調したり修理したり新しく仕入れたりしている。


 その中には、今まで高くて手が到底手が出せなかったその人物のレベルやステータスを正確に測ることの出来る『鑑定法器』も入っていた。武器を握った状態、つまりは装備した状態で、この『鑑定法器』を起動させるとその武器の攻撃力付加値も正確に測ることが可能なのだ。


 この世界の大方の剣は誰が装備したとしても基本的には攻撃力は変わらないのであるが、不思議なことに刀のみ、ハークや、ハークに刀の使い方を教わった弟子的な立場であるシン達3人が装備した場合に限り攻撃力付加値が変動する特性を持つ。残念ながらシアはその手の技術を習熟してはいないが、シア自身が装備してからの減算値から逆算して最大攻撃力付加値を導き出したのであろう。


 そのことが、数値で完結に、そして完全に武器の出来を判断出来てしまうという事実が、シアに重く圧し掛かっているのかも知れなかった。


「……分かった。今日は儂も少し手伝おう。何か原因特定の一端でも見付けられるかもしれん」


 ハークがそう言うと、シアは一瞬にして華やいだ笑顔を見せた。


「ありがたいよ、助かる! 今、相槌持ってくるね!」


 そう言ってシアは店の奥にすっ飛んでいった。




   ◇ ◇ ◇




 数時間後、果てしなき折り返し作業が漸く一段落を迎えていた。漸く、とはいえ、前世と比べれば倍以上の早さで作業が完了している。


「ここまでやれれば、もう充分だよ! ありがとう、ハーク」


「む? そうか?」


 時刻は既に夜。寄宿寮の門限時間にはまだ時間があるが、夕食を行うには少し遅いぐらいだ。それもあってシアは中断を促したのであろう。


 手首をくいくいっと少しだけ左右に振ってほぐしてみる。長時間熱した鉄に向かって金槌を振り下ろしまくっていた割には、凝り固まってはいない。


〈ううむ、何か鉄が柔らかかったように感じたな……。儂のレベルが上がって力を表すステイタスが上昇しているからなのか?〉


「何か……、こう言うのも変だが、何か楽な気がしたな。時間も前回より大分縮まったようであるし……」


「確かにそうだねぇ。やっぱりあたしらのレベルがあの時よりも上昇してるからじゃあないかな? それにあたしも手順覚えたし」


 シアもハークと同じ結論に至ったようである。確かにそれぐらいでしか説明がつかぬ事であった。


「結局、ここまで手伝ってはみたものの、何がしかの原因の究明には至らぬようであったな」


「いや、わかんないよ! このまま成型して、砥ぎをこなせば何らかの違いが出るかもしれないからね!」


 シアはそう言ってくれたが、正直、望み薄と言える。ここまでの段階が、シアの言う失敗作と非常に似通っていたからだ。


「ま、こっから先は本当にあたし一人で充分だよ。って言うかこれ以上ハークに手伝わせたら、門限破らせちゃうことになりかねないからねぇ」


「まあ、そうよな」


「ここまで本当に助かったよ。……ところでさ、ハークもなんか、さ、悩んで、までじゃあないけど、何か考えていることない? 鉄を打ってる間、心ここにあらず、って程じゃあないけどサ、少しだけ別の事を気にしてる感じを、うけちゃってさ」


「ぬ?」


 流石は相槌を共に打ち合った仲だ。僅かな心の乱れすら分かってしまうらしい。


「むう、実はな、この前シンと共に新しき村、サイデ村に行った時なのだがな、そこでシンの妹分のような娘、ユナと申すのだが彼女から村で新しく生まれた子の名付け親になってくれと頼まれたのだ。だが、儂は可愛らしい名前に縁遠くてな。中々に思い浮かばぬのだよ……」


「虎丸ちゃんの時はどうしたんだい?」


「虎丸の時は、昔そっくりな毛並みをした飼い猫がおってな。本当に見事な虎柄だったのだよ。その子に因んで付けたのだ」


「ふうん。……そのカイネコってのがどんな子かは知らないけど、姿に因んで名付けたんでしょう? じゃあ、今度の子も姿形に似ているものから考えてみればいいんじゃない?」


「姿形か」


 ハークはその言葉に黄金色の綿毛を備えたグレイトシルクワームの赤ん坊の姿を思い浮かべた。丁度その時、視線の先には炉の炎、そしてその中で熱せられた灼ける鉄塊があった。

 燃え盛る炎、その光点に太陽の輝きがハークの中で想起された。


 更に思い起こされるは前世の街角、とあるわらべたちが唄を歌いながら手毬をはね上げ合って遊ぶ。その中の一投が天高く舞い上がり、日の丸と重なる。


「日毬」


「へえ、ヒマリ、ちゃんかぁ。可愛い響きじゃあないか」


 ぽそりとこぼした呟きに等しかったが、シアの耳は奇跡的にハークの呟きを拾っていた。


「う、うむ。儂としても結構な、良い名が浮かんでしもうたぞ。礼を言うぞシア。しかしの……、儂がお主の悩みの種を少しでも解消するべく今日ここに来たというのに、逆に儂の悩みが解消されてしまうとは、少し情けないことだな……」


 ハークの物言いに、シアは少しだけクスリと笑う。


「ううん、いい気分転換にもなったよ。それに、コイツも完成させてみないことには、どうなるかはまだ判らないからね。そういう意味ではあたしもこれから……ン? どーしたの、ハーク?」


 そこでシアはハークの異常に気付いた。彼が炉の中心、燃え盛る炎の中で黄色に熱せられる鉄塊を視たまま微動だにしなくなっているのだ。


「? どうかしたのかい、ハーク?」


「赤くない」


「へ?」


「前回は、いや、儂の記憶上では、ここまで黄色というか、白に近い色では無かった!」


「え? え?」


 シアは戸惑った。ハークが何を言いたいのかイマイチ掴めない。掴めないのだが、それが途轍もなく重要な文言であることは本能的に分かった。


「シア! 前回はこんなにも火力を出していたのか!? 何が違う!?」


「え!? 何も変わらな……いや、違う! 燃料だ! 燃料が違うよ! 結構な報酬を貰えて凄く楽になったから、燃料を少し高級なのに変えたんだ! 量が少なくとも良い温度を出してくれるんだよ?」


「それだ!」


 ハークは一点を凝視したままだった視線をぐるんとシアへ向ける。


「違うのは火力だ! 温度だよ、温度が高過ぎるのだ!」


「えっ!? 火力!?」


「そうだ! 火力が強すぎて、鋼が完全に溶けかかっておるのだよ!」


「あっ!?」


 そういえばとシアにも思い当たるフシがある。あの時は炉にくべる材料の残りが乏しく、かなりギリギリで遣り繰りした上での完成であったことを思い出す。燃料切れの不安を抱えながらの作業を行った心労と共に。


「儂らのレベルが上がったというのも確かにあるのかも知れん、だが物理的に柔らかくなってしまっていたのだよ! だからこそ、作業時間が短く済んでおったのだ!」


「柔らかくなるといけないのかな!?」


「そこまでは儂にも何とも言えん。しかし温度が高くなり過ぎたために鋼同士が混ざり過ぎてしまったり、打ち重ねた層が薄くなり過ぎてしまってとかや、均一になり過ぎていると逆に脆くなってしまうという事も考えられる!」


「そっか! ナルホド!」



 余談も余談だが、現代日本に於いて、戦国期からそれ以前の刀製造技術はある意味『失われた技術ロストテクノロジー』と化しているらしい。あそこまでの強靭さを持ちながら、神話的なる斬れ味を保ちつつ、更に見る者を魅了するほどの美しき刃を製造する方法は、現代の科学であっても解明し切れていないのだ。

 技術が継承されなかった理由は色々とある。永き江戸期の安寧が庶民に平和に暮らす意味を与える中、刀を腰に下げるという事を単なる権威の象徴へと押しやり、数多くの刀鍛冶師が廃業、または趣旨替えへと追い込まれてしまったという事実。古き刀が尊ばれ、新しき刀の開発が不可能となってしまった時期。そして時代が文明開化する勢いに、古き過去の遺物を全て破棄すべきものと決定付けられてしまった変革の時代。等々、枚挙に暇は無いであろう。


 しかし、一つだけはっきりとしていることがある。

 日本に反射炉の技術が伝わり、建造されて鉄の融点1538度を超えて完全に融解出来るようになったのは江戸期の末期も末期の出来事である。

 それまでは炭の熱、約900度をふいごやら多々良たたらなどの特殊技術で何とか引き上げ、半融解状態にして加工を行っていたのだ。

 このことからも、温度の上げ過ぎが今日製造される刀剣にあと一歩の強さ、鋭さ、そして美しさを与えぬ要因となっているのではないか、と筆者は考えるのである。



 火力が強すぎて鉄が完全に溶け切っているのが原因ではないかとの、ハークのアドバイスにより、結論へと至ったシアは、その一週間後、ついにハークの持つ大太刀『斬魔刀』と同等の性能を持つもう一振りの大太刀をたった一人で打ち上げることに成功するのだが、余りにもその大太刀に魅せられて気に入ってしまい、彼女は少しでも手元に置いておきたいが故にか金貨100枚という法外な値段をつけてしまうことになる。


 そして、もう一振りの最強なる大太刀が完成したことは、後の『斬魔刀』を超える巨大刀を、シアが産み出す原動力と、そして礎となる訳であるが、それはまだまだ未来のお話。






※作者より追記

 一応フィクションですからね!?



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