161 第12話11:五里霧中③




 遠征実習も無事終わり、多くの生徒が初の実戦を経て自身の足りない部分を痛感したり、逆に己の成長ぶりを実感したようであり、またはその両方であったりと非常に有意義な時を過ごしたであろう翌日。


 既に本日の授業全てを終えたハークは、自室で外出の準備を整えると寄宿舎寮の管理室へと足を向ける。


 ハークを含めた冒険者ギルド寄宿学校の生徒達は、基本的に自由に学園外へと出ることは許されていない。必ず管理室に外出の許可を得てからである必要がある。

 逆に言えば許可さえ得れば自由に外出可能も同然であり、実のところ慣れてしまえばそこまで手間ではない。管理人室の人間に一声かけ、2~3自書を行えばいいだけだ。


 虎丸と共に目的の管理室まで向かいながら、ハークは今日の事を少し思い起こす。

 ハーク自身も授業を受けていたのでちらりとしか視てはいないが、ロン達パーティーメンバーが非常に真剣な様子で、ひたむきに授業を受けている姿が印象的であった。まぁ、彼らが授業に対して真摯な態度で臨んでいるのはいつもの事なのだが、今日はいつにも増して、ということだ。

 演習に参加した他の多くの生徒達と同じように、初実戦は感じるもの得られるものがやはり大きかったので、三人揃って色々と試行錯誤して、実践を重ねなければ気が済まぬ心境なのだろうとハークは考えていた。昨日、トロール出現の所為で少し時間を取られたが、休憩後もまた3連戦させることが出来、結局都合6戦も行ったことで、多少無理をさせた部分もあり結構疲れも残している筈なのだが、そこは若さ故にということなのであろう。



 もっとも、ハークの身体も今は充分に若過ぎるものなのであるが。

 大体、彼らが当てられたようになっているのは、他でもないハーク自身と虎丸の主従コンビで魅せたトロールの瞬殺劇が大元なのだ。それに全くの元凶とも言えるハークが気付く素振りも無いとは、罪作りも良い所であった。



 とはいえ、ハークが前述のようなことを頭の中で考えながら歩を進め、目的地が近づいてくると、前方に見慣れた青年の姿を発見する。


「おや、シンではないか」


「あ、ハークさんも授業終わったんだね。今から外出?」


 管理人室前で先に外出許可の手続きを行っていたのはハークのパーティーメンバーの仲間でもあるシンであった。


「うむ、シンは今日も主水殿の店か?」


「ああ、テルセウスやアルテオとギルドの食堂で待ち合わせしてるんだ。ハークさんも一緒に行くかい?」


 ハークは目の前のシン、そして彼と同じくパーティーメンバーのテルセウスやアルテオに乞われて刀の扱い方を現在3人に教授していた。

 彼等は放課後になると集まって、この街一番の武具鍛冶店であるモンド=トヴァリの店に行き、その中庭を貸してもらって毎日刀の修練を明け暮れているのだが、いつもは必ず一日に一回はハークもそこに様子を視に訪れ、助言などを行ったり、また、今は極稀にだが共に汗を流すこともあった。


「いや、今日は先にシアの工房に行こうと思っていてな」


「シアさんの工房? なんかまた造ってもらうのかい?」


「そうではない。昨日、刀の作成で何か悩んでおるようなことを言っておったであろう。それで少し様子を視に行ってみようと思うてな」


「あー、そういや前からたまにそんなこと言ってたね」


「そうなのだよ。シンも気付いていたのか」


「まぁね。俺も行こうか?」


「いや、気にするなとは言わんが、お主らはお主らで大事な時期だ。今は儂に任せて、修練に集中すると良い。そもそもシアは一見大らかそうに視えても自分の作品群に対してはかなり厳しい目で判断することが多いようだからな」


 シンがこくこくと肯く。「ハークさんも剣の道に関しては相当……」などという言葉が喉まで出かかったが、話の腰を折ることなく続きを聞く。


「そういう志の高さというものは大抵は良い結果に繋がるものだが、あまりにも高すぎると己の眼を曇らせる要因にも成り得る。最近のシアを視ていると、どうも我が大太刀『斬魔刀』を基準としておるような気がしてな……」


「いけないのかい?」


「基準の位置の問題だ。『斬魔刀』は数多くの刀を視てきた儂の眼から見ても奇跡的なまでに良い出来だ。言わば大当たりの業物よ。だがシアは己自身で造り上げた刀が故にか、どうも標準程度に捉えているかのような印象を受ける。それは早いうちに正してやらんと思うてな」


「そっか、そういうことか……。確かにそんな感じなことも言ってたね。わかったよ」


「そんなわけで儂は今日修練の場に行けんかもしれん。ま、お主らであれば、特に問題など有り得んと思っとるが、頼んだぞ」


「ああ、モチロンさ! 任せてくれ。……あ~~、それでさ、ハークさん……」


 珍しいことにシンが言い淀んでいる。その事実だけでハークには分かってしまった。


「分かっておるよ。名付けの件だな」


「いや、ユナのワガママみてえなもんだから、断ってくれてもいいんだよ?」


 名付けの件とは、シンの村で最後に生まれたグレイトシルクワーム、その赤ん坊の名前を付けてくれとユナにせがまれた事である。


「いや、あそこまでして貰って逆に断ることなど出来ぬよ。あと2週間ある。任せてくれ」


 ハークはとんでもない能力付加値を齎す肌襦袢を、シンたちサイデ村の総意から貰い受けていたのだが、それの原料となる糸を全て生産してくれたのが、その名付けをせがまれた、新しく生まれたばかりのグレイトシルクワームの赤ん坊であったのだ。


 ただしその後、黄金色の綿毛を持つグレイトシルクワームの吐く糸は、色が着いた状態で生産されるというのはそのままなものの、他のグレイトシルクワームの糸と比べても多少丈夫なくらいで大差は無く、結果、最初に吐いた糸だけが格別であり特別なものであるという事が判明したらしい。


 これは、サイデ村の村長ゲオルクが、出来上がったばかりの『魔布』の試作品を領主である先王に納めにソーディアンを訪れた際に、態々寮にまで訪ねて来てくれて、教えて貰ったことである。


 産まれて最初に生産した糸のみが完全に特別製であったことについて、サイデ村の村長等をはじめとする知恵者達の見解はこうだった。

 恐らく産まれる前からずっと卵の中で、最初に吐き出す糸を生産しながらも魔力を練るようにその糸に籠め続けていたのであろう、と。誕生に必要な体力と成長力、そして魔力まで使って。

 だからこそ、あの子のみ卵から孵るのが他のグレイトシルクワームより1カ月程遅れたに違いない、と。


 グレイトシルクワームは、非常に摩訶不思議な種族で、同族や親の記憶を一部受け継ぎ、更には従魔としての主など、種を超えた周囲の生物達の記憶や感情を感受する能力があるという。その意味で、黄金色の綿毛を持つグレイトシルクワームの赤ん坊は、ユナやシン、そしてその他サイデ村の面々の、ハークに対する特別な恩義の念、感謝の念を色濃く受け継いだ存在なのではないか、という結論に達していた。

 その証拠に、ハークが卵の殻に触れただけで誕生し、誕生した次の瞬間からハークに懐いているなどの仕草を見せていた。


 故にユナがハークにその黄金色のグレイトシルクワームの名付け親になって欲しいと望むのも、ある意味筋が通っていた。通っていたのだが、ハークは虫に名前を付けたことが実は一度も無かった。

 幾つか頭をこねくり回して候補を立ててみたものの、どうも厳つい名前ばかり出てきてしまう。あの陽光が如き朗らかな魔蟲には似合わぬ気がしてならない。


 既に依頼を受けて2週間が経っている。『あと2週間ある』とは言ったものの、もう半分の期間が過ぎていることになる。


 ハーク達は毎週末、古都ソーディアンの東の森にパーティー全員で魔物退治の狩りに出て、連携の強化、実戦経験の蓄積、そしてレベル上げを主なる目的として行っていたが、寄宿学校の試験明けは休暇の意味を込めて全員でサイデ村へと向かう事になっていた。


 ハークの先の台詞は、まだ考えついてないが、あと2週間後には立派な名前を考えついてみせる、という宣言にも似ていた。


「分かったよ。それじゃあ俺は先に行くね。来れたらモンドさんの店俺たちのとこにも顔出してくれよ」


「うむ、承知した」


 その言葉を聞いて、シンは先に寮を出てハークと別れたのであった。



 この時点でハークがシアに対して抱いていた心配の度合いは、ひょっとすれば割と悩んでおるのではないだろうか、程度のものであった。

 が、シアの工房に近付くにつれて、何時も当たり前に聞こえていた槌打つ響きが今回に限って全く聞こえぬ時点で、ハークのシアへの心配度合いは加速度的に上昇しつつあった。


 そしてその心配が最高潮にまで達したのは、店の門をくぐり、入り口から中の様子を覗いたところであった。


「シア、失礼するぞ……、って何をしておる!?」


「え?」


 ハークが本当に珍しく、驚愕の声を上げたのも無理はない。

 ハークがシアの工房に足を踏み入れた時、彼女は大上段に構えた『斬魔刀』に非常によく似た形の大太刀を、岩畳の床面目掛けて、角度も決まらぬままに勢いよく振り下ろしている最中であったのだ。


 そして止める暇なく、シアの手に握られた大太刀は岩で出来た床と衝突し、憐れ、バキンッ、と刃の中ほどから二つに別れてしまった。


「あ~~~~~!?」


 ハークの素っ頓狂な叫びの後に続くのは、何て勿体無い! か、何て無体なことをする!? かのどちらかであろう。




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