160 第12話10:五里霧中②




「あら、やっぱりアナタが呼ばれたのね、ハーク」


 エイダンの案内の元で辿り着いた先には、大柄でありながら絶世の美を備えた女戦士の姿があった。


「やはり貴様が控えておったか、ヴィラデル」


 ヴィラデルディーチェ=ヴィラル=トルファン=ヴェアトリクスは押しも押されもせぬ超一流冒険者の一人である。

 レベルは37と、強者を超えし化け物じみたステータスを誇る。

 特に魔導力に於いては種族であるエルフの特性も相まって、例え同レベル帯に位置する専門職数人相手どっても余裕勝ちを収める程である。

 間違いなく冒険者ギルド寄宿学校講師陣の中に於いても最大戦力といえよう。


 彼女が立つ丘から見て眼下には、あの日と同じように巨大な体躯と、右手に大木から削り出したかのような粗雑な棍棒を携えた巨人型魔物の姿が見える。

 あの時のレベル33という大物と比べれば、若干の身体の小ささも感じられるが、トロールからは気付かれぬようにと多少距離がある故に正確には判断がつかない。


「ええ、アタシよ。ま、アレが血の匂いでも感知して、勝手に生徒たちの元に行かない様に監視しているわ。早速だけれども、アナタの従魔さんにお願いして、アレのレベルなんかを鑑定して貰えないかしら」


「? 貴様、確か『鑑定法器』を所持していなかったか?」


「あの日全部燃やしちゃったのよ」


「ああ、あの中に含まれておったのか」


 拗ねたようなヴィラデルの口調にもハークは構う素振りも見せない。


 超一流冒険者であるが故に資産家でもあったヴィラデルであったのだが、約1カ月前に『四ツ首』の暗殺者に襲撃され、反撃の際に放った魔法によって当時の拠点であった宿屋を焼き尽くしてしまったことがあった。ある意味というか、ハークから視れば完全に自業自得とも言えるが、それにより彼女は所有するほぼ全財産の金貨や宝石を含めた数々の高級武具、そして法器までをも自らの手で消し炭へと変えてしまっていたのである。

 見かねたギルド長ジョゼフが寄宿学校講師の職を1カ月という短期期間で薦め、現在に至るが、その契約期間は今や3カ月間にまで延長されていた。


 その理由は、彼女の指導を受けたほぼ全員の生徒がその魔法使用領域を向上させ、魔導行使力を例外なく成長させていたからである。一流魔法戦士であるヴィラデルは、魔法指導者としても異質なほどに一流であったのだ。これに関してはハーク自身も認めざるを得ない。彼がこの1カ月という短期間で2種もの中級属性魔法を習得出来たのは、ヴィラデルからの個人指導あっての賜物以外の何物でもないと彼自身が嘯くほどだ。


 一方でヴィラデル側にも理由がある。

 彼女はハークのレベルを超えた剣の冴えを実際に目の当たりにしてその技術を己の強さに欠けたものであると感じ、その教えを乞おうと再三ハークに打診を行っていたのである。

 ハークとしては当初相手にする気は全くなかったのだが、自分からは頼んでおらぬとしても彼女の個人的指導によって劇的な魔導行使力の向上が見られ、その借りを返す意味でも幾度かの修練方法や刀剣の扱い方などの指導を行っていた。


 が、彼女の場合はシンやテルセウス、アルテオの場合と違い、全く剣戟戦闘能力の向上が見られなかった。


 これはハークからすれば意外でもなく当然の結果だった。

 ヴィラデルは既に己の剣を振るう自身の型が完成し切っている人間だ。言わば他流派の免許皆伝を受けたそれなりの達人相手に、釈迦に説法を承知の上で剣術の基礎から自流の指導を行っているようなものなのである。

 ヴィラデルは何かコツの様なものを掴めれば、などと考えている節が感じられたがそんな甘いものでは断じてない。それは今までの剣戟の型を完全にぶち壊してから、新しき型の構築を行わなくてはならないのだ。ともすれば、間違った型を習得してしまった者を矯正するよりも手間なのである。


 しかもだ、この世界の刃物武器である剣であれば、ヴィラデルの振り方でそこまでの過不足は無く、従って差もつき難い。

 これらの要因が悪いように重なり、彼女の剣戟戦闘能力は思うように向上していなかった。


 更に『四ツ首』ソーディアン支部の壊滅問題もあった。

 約一か月前の襲撃の明日、ヴィラデルも含めたラウム率いる古都治安維持部隊、更に実働部隊指揮官として衛兵長で古都3強であるマルカイッグまでも加わった混成部隊で、彼らの隠れ本拠でもあるというバー『ロストワード』への突入を試みたらしいのだが、僅かな表向き従業員と責任者のみを残し、もぬけの殻であったという。


 このソーディアンは古き都であるが故に、その昔、幾つもの脱出路の如き秘密の地下通路が幾つも建造された歴史があるらしい。

 その中の一つを発見し、事前に修繕して何とか使えるようにしておき、そこから街の外に脱出したのではないかということだった。恐らくここから脱出したであろうという地下道に通じるであろう入り口までは発見したのだが、そこから先は完膚なきまでに念入りに崩されており、どの方向へと街から抜け出たのかすらも判然とはしなかった。


 このまま街から消えるだけであれば問題は何も無いのだが、ヴィラデルによると『四ツ首』ソーディアン支部長は受けた屈辱や恨みを簡単に呑み込んで水に流すような可愛げのある人物ではない、ということであった。


 そうなるとまた何処ぞの支部に協力を求めて性懲りも無く暗殺者を派遣してくる可能性は高い。流石にまたぞろ『ユニークスキル所持者』というとんでもない隠し玉を送り込んでくることは有り得ぬとは予想出来るのだが、その可能性も皆無とは言い切れない部分がある。そうなるとヴィラデルとしても今のままでは心許無く考えても仕方が無い話といえた。


 これらの事情が重なり、結局ヴィラデルはギルド長からの講師期間の延長打診を快く受諾したのであった。



 ただ、これら利己的な目的があったとはいえ、ヴィラデルは当初のハークらの予想に反して、実際はかなりの模範的な講師であった。

 前世でたまにいた教える立場にいる人間だからと変に居丈高になることも無い。受けた報酬の分だけはキッチリと仕事をこなそうとしている、ある意味責任のようなものさえ、ハークも感じることが出来た。些か、男子生徒からの人気があり過ぎる気がしたが。


「あ、あれっ、ヴィラデル先生じゃん! っと……!」


 後からついてきた男子生徒メンバーの一人であるシェイダンが嬉しそうにそう声を上げ、ヴィラデルが人差し指を唇に押し当てる仕草を見て口をつぐむ。ロンやドノヴァンも彼らのパーティーメンバーに一瞬続きそうになっていたが、寸でのところで同じように口をつぐむことに成功していた。


 彼らの様な年頃の男性にとっては自分の身近に妙齢で美しい高嶺の花が存在しているだけで、そしてそれを眺めているだけでも幸せなのだろう。そんな年頃男子の心理など微塵も理解しないテルセウスとアルテオは彼らパーティーに白々しい視線を向けていた。


 そこで虎丸からトロールの鑑定結果の念話が届く。


『24ッス。特に危険なSKILLも見当たらないッスね』


『そうか。いつもありがとうよ、虎丸』


『なんのなんのッス!』


 虎丸がフンスと鼻から息を出して得意気な表情に変わる。例によってそれに気付くのは主であるハーク以外居ないが。


「24だ」


「へえ、あン時のトロールとそんな大きさ変わらないように見えるけど、『限界レベル』前なんだね」


 シンが件のトロールを凝視しながら言う。彼の反応だけヴィラデルの色香に惑わされた雰囲気が皆無なのは、普段から同じパーティーメンバーとしてヴィラデルとは方向性の異なる美を備えたシアとの付き合い所以ゆえんであろう。


 言わば美女としてのタイプが異なっていると言っていい。

 ヴィラデルが男の劣情を直接的に、そして安易に刺激させやすい美を持つ女性だとすれば、シアは女性の素朴で自然な美を体現させた言わば開けっ広げな、ありのままで暖かく安心出来る美を備えた女性であった。


 そういう美は経験の浅い小僧共には中々気付かれ難い、いや、敷居が高いとすら言える。


「それで、どうすんだいハーク? またあたしらパーティーでぶっ潰すかい?」


 そんな美を備えたシアが既にやる気充分の気合を魅せてくれる。先程の彼女とはまた違った、ヴィラデルとも違う危険な美だった。とはいえ事はそんな彼女の手を煩わせるまでも無い。


「いや、あんなの・・・・に最早かかずらわって、無駄な時間を浪費しても仕方無かろう」


 ハークはまるで宣言するが如く強く言い放った。


 トロールは丈夫なことに加え、攻撃された箇所を瞬時に再生し元通り同然に戻ってしまうという、とんでもなく厄介極まりない魔物なのだ。

 つまりは出来る事ならば、高威力且つ痛烈な一度の攻めで完全に倒し尽くすことが理想なのである。出来る力を持つのであれば。


 ハークは依然強い意志を内に秘めたまま言葉を続ける。


「皆さえ良ければ儂に任せてはもらえぬかね。丁度試したいこともあるしな」


「おお!? 久々に師匠の、じゃなかった、ハークさんの本気を見せてくれるのかい!? 俺は是非見たいな!」


 興奮して逸早くハークの提案に賛同を示すのは良いが、やや大きな声を上げるシンを、シアが宥め諫めるために口を開いた。


「落ち着きなさいなシン、声が大きいよ」


「あ、申し訳ねえ」


「ふふ、まぁ、興奮するのも解るけどね。あたしもハークと虎丸ちゃんの本気を久々に視たいクチさね」


 シアの言葉にシンが我が意を得たとばかりに何度も肯く。


「僕も同じ気持ちです。ハークさんのご存意に」


「右に同じです。ハーク殿のご随意に」


 テルセウスとアルテオも同意を示す。続いてロン達も賛同の意を口にする。


「僕らでは元々どう足掻いても戦力に数えてはいただけないレベル差ですかね。ハークさんにお任せ出来るというのなら何の文句も不安もありません」


「ロンの言う通りだな。欲を言えば魔法をヒト当てしてどこまで効くのか試してみてえけど、流石にレベル差があり過ぎか」


「そうだね、シェイダンの言う通りです。私もハークさんにお任せします」


「おいおい、大丈夫なのか? まあ、虎丸殿がいれば間違いは起こらないとは思うが、ヴィラデルディーチェさんぐらいは加えた方が良くないか?」


 一人だけハークの戦闘を間近で眼に収めたことの無いエイダンが懸念を示した。


「ハークならば任せて問題ありませんワ、エイダン先生。この子の『カタナ』に斬れぬモノなど有りませんから」


「そ、そうですか?」


 だが、隣に立つヴィラデルに軽く肩に手を載せられながら、囁かれるように述べられただけで反論も尻すぼみになってしまう。エイダンは大人の男ではあるがまだまだ純朴さを残したところがハークから視てもあった。


〈ヴィラデルも知った風な口を利くものだ。……ん? そういえばこ奴は、もしかすれば儂がエルザルドの首皮と鱗を斬り裂いたあの場面に居合わせ、その瞬間を視ていた可能性があるのだったな〉


 先王の真なる側近であるラウムが事後調査を入念に行った結果、その可能性が高いとのことだった。


「さて、では皆にも同意いただけたということであるし、やるか、虎丸!」


「ガウッ!」



 ハークと虎丸はゆったりとした足取りで、緊張感もまるで無く標的の元へと歩みを進めていた。


『虎丸、お主とこうやって二人だけで戦うのも1か月ぶりだな』


『そうッスね。あん時は邪魔者が居たッスけど』


『ふ……、お主嫌いよるか、あ奴のことは』


『トーゼンッス! 信用が置けないッス、あんな奴! いけないッスか?』


『……いいや、それでこそ我が相棒だ!』


『ハイッス!』


 ハークは背の大太刀を抜き払って肩に担ぎ、虎丸は四肢で地を踏み鳴らす四股しこが如き構えを取った。

 主従の戦闘準備完了。ここで漸く、鈍重な巨人魔物は自らに迫りくる絶対的脅威に気が付いた。


「ゴアアアッ!」


 脅威を取り除こうと進撃を開始する巨人魔物が、手にする棍棒を振り上げ切ったところを見計らい、ハークが声を上げる。


「行くぞ虎丸!」


「ガウッ!」


 号令と同時に主従は二手に分かれる。虎丸がトロールに向かって右側、ハークは左側へと跳び出す。

 トロールは振り上げ切った己の棍棒の落としどころを探し求める。魔物は本能的に強者、レベルの高いものを感知する能力を備える。その意味でトロールに虎丸を無視できる筈も無かった。


 視線が虎丸側に一瞬向かったのを確認、とはいえ、傍から視る人間達からしたら跳び上がった直後にしか感じられなかった。ヴィラデルすらそうとしか視えていなかったが、兎に角跳躍直後にハークは風の中級魔法を発動させた。


「『風の断層盾エア・シールド』っ」


 ハークが新たに習得した風の中級魔法『風の断層盾エア・シールド』は、空気の塊を発生させることにより断層を造り出して物理魔法攻撃両面を一時的に防ぐ簡易盾を形成する魔法である。しかし、何より空中に発現させることで時間制限付きとはいえ足場として使用可能なのだ。

 本来、『風の断層盾エア・シールド』は圧縮された空気による断層であるが故に眼に見え難きものであり、それを空中機動の足場として利用する場合には、発現位置を正確に記憶しておかねばならぬ為、ある程度は慣れが必要で、習熟した者であっても動き出しの後や咄嗟の場合には使用出来ない、しないのが普通である。が、ハークはエルフ特有のSKILL『精霊視』の能力を用い、風の精霊が形成、維持する空気の圧縮盾の正確な位置と形状を細部仔細にまで把握し、未だ粗雑な右腕の棍棒を振り上げたままの巨人魔物の首後ろ目掛け、『風の断層盾エア・シールド』を跳ね飛び、滑らかに移動する。


「奥義・『大日輪』!」


 そしてハークが身を躍らせるかのように回転しつつ放った刀技によって、いとも簡単にヒトの胴体の倍すらあろうかという極太の首が両断されていた。


ガウッウウオォオーソニッククロォー!」


 胴体と斬り離され落ち往くトロールの巨大な頭部に更なる追撃が襲い掛かる。虎丸が放った『斬爪飛翔ソニッククロー』は、見事その首が地に達する前に頭部を5等分に分割してみせた。

 すかさずそこに、ハークからのトドメが加えられる。


「『爆炎嵐ブレイズストーム』!」


 ハークの掌から発せられた魔力によって業火の渦が5つに分断されたトロールの頭部を完全に焼き尽くし、その火力で瞬時に灰へと変えてしまう。

 そして、未だ空中にその身を躍らせていたハークは、まるで小鳥が着地するかのように音も無く滑らかに地に降り立つと、同時にくるりと身を翻し残心の構えをとった。


 首から上を完全に失ったトロールは、一瞬だけその失った首を探し求めるかのような動きも見せたが、やがて足を縺れさせるよう地に倒れた。


 それきり動かない。程無くして虎丸から念話が届いた。


『討伐完了ッス。HP0ッス!』


「ふうっ」


「いや、早過ぎでしょ!?」


 ハークがいつものように仕事を終えて一息吐くと、誰かが叫ぶように言った。



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