159 第12話09:五里霧中




「シアさん、そっち行ったぜ!」


「あいよっ! 任して! 『剛撃』ッ!」


 シアの持つ巨大な金属槌が風切り音と共に振るわれる。


 直後、ドゴォン! という地響きとすら思えるほどの衝撃音が周囲に響き、ヒトの何倍もの体躯を誇るジャイアントホーンボアが地に伏した。

 一撃で頭蓋が砕かれている。レベルは20。この辺りではかなりの大物だ。ハーク達がパーティーを組んだ初日、トロール討伐へと向かう途上で、行き掛けの駄賃か準備運動がてらに仕留めたものと大きさもレベルも殆ど変わらない。結構な上物と言える。


 ただ、その時は、虎丸以外、一手でも読み間違えれば誰が大怪我していてもおかしくない状況であり、それなりの緊張感と共に、綿密な計画でもって臨んだものである。

 それに比べれば随分と気楽に戦えるようになったものである。全員の成長が主なる要因であることに疑いは無いが、言葉少なくとも互いに伝わる阿吽の呼吸、平たく言えば連携能力の向上というのも大きな要因を担っていた。


 無論、単純な人数差も影響している。トロール退治の往路ではテルセウスとアルテオは、まだハーク達に合流していなかったのである。

 復路、ソーディアンへの帰り道に出会い、そこから行動を共にするようになったのだ。


 本日はそれに加え、更に3人・・のもの同行者がいた。


「はぁはぁはぁ。あー!? クッソ、終わってやがるー!?」


「さ、さすがシアさんです。……はあふう」


 少年から青年へと成長したばかりの男性2人組が息せき切って駆けて来る。

 ロンとシェイダンであった。

 2人とも、額に汗の玉を浮かべている。短時間ながら全力でジャイアントホーンボアに追い縋ろうと駆けずり回った結果だが、何よりも昨今の気温が高くなってきたというのもある。生い茂る新緑によって直射日光を遮られる森の中であってもそれはあまり変わらないからだ。

 既に季節は初夏の陽気であった。



 あの『魔物の領域』、その主戦から約1カ月の月日が経過していた。


 つまり最初のギルド寄宿学校定期試験が行われてからも約2週間が経過していることになる。

 次の定期試験まで、あと2週間。丁度、中間日に当たる今日は次回定期試験を見据えたより実戦的な演習、いや、遠征としての実戦を各パーティーごとに行わせている真っ最中であった。

 事前にパーティーを申請している場合はそのパーティーメンバーで、未だ申請を行っていない生徒は能力の相性や性格を考慮して講師陣が決定した仮パーティーを組んで本日の遠征に臨んでいた。

 事前に申請を行っているパーティーに限るが、生徒以外の部外者も参加可能である。

 ギルド寄宿学校は、将来の冒険者活動を見据えた教育を目的に、日々の授業を行っている。

 依って過不足なく連携を行えるようになるという事も今回の遠征目的の一つである。そう考えれば、卒業後、共に冒険者活動を行うであろう仲間との実戦を、ギルド寄宿学校の現役生徒でないからといって参加不可とするのは合理的ではない。

 だからこそ、シアが今回の遠征に参加しているのであったが、中には自身の貴族としての財力とコネを武器に、高レベルベテラン冒険者を連れてきている者もいた。


 場所は古都ソーディアン東の森である。通常は、村が点在しているからと普段から定期的に間引きが行われているが故に出現モンスターのレベルが低い北の森で行われるのが普通だったのだが、とあるパーティーが率いた一団が根こそぎ殲滅してしまった為、調査の結果、この東の森が今回の遠征先に決まったという経緯があった。

 とはいえ、通年に比べると相手にするモンスターのレベルが高い。そこで各パーティーの安全性を高めるために、パーティーに一人ずつ教官がついて行動していたが、パーティー数に比べてやはり教官の数がどうしても足りない。


 そこで、実戦の経験も豊富で、つい1か月前に領域の主を討伐するという大金星を上げ、実力、実績共に申し分ないハーク達パーティーも、ロンとシェイダン、そしてもう一人で構成される新人チームの教官役に数えられていた。


 が、ギルド寄宿学校の教師陣達は忘れていた。ハークのパーティーには敵となるモンスターの正確な位置と数、そしてある程度の強さまで感知可能な虎丸の存在があったことを。


 お陰でロンたちは、彼らが戦いに参加出来るギリギリのレベルを持ったモンスターたちと、もう既に3連戦を行っていた。



 体力が尽きてへたり込む2人に対し、シンが不用意な発言をしてしまう。


「あれ? 二人共、もう終わりか?」


「ぬぐっ!?」


「むっ!?」


 それは期せずして、2人にもう限界か、と尋ねるような挑発の如き発言と化してしまった。


「こら、シン! 鞭打つようなこと言うものじゃあないよ」


 それに逸早く気が付いたシアが注意する。


「あ、ワリイ。そういう意味じゃあ無かったんだ」


「いや、気にしてないよ。な、シェイダン?」


「まぁな。だが、シンは俺らの倍近くは走り回ってやがるからな。ったく、体力バカがよー……」


 荒い息を未だ吐き続けつつも擁護の発言を行うロンと憎まれ口を叩くシェイダンに加えて、一人の人物の発言が加わった。


「ま、そう言わんでやってくれ。シンはもうレベル23であるからな。持久力勝負になったら儂では敵わんほどだ」


「お、ハークさん、虎丸さんお帰り」


 ハーク達であった。ハーク相手にそもそも持久戦勝負など有り得んという言葉を飲み込み、シンは別行動をとっていたハーク達と挨拶を交わす。それに続いてほかの面々も「お帰り」の発言を続ける。


「シア、刀の注文が立て込んでおるというのに忙しいところ済まぬな」


「いいや、気にしないでおくれよ。煮詰まっていたので丁度良かったさ。声かけて貰って助かったぐらいだよ」


 シアは冒険者稼業を続けながらも、元々の鍛冶武具店を経営し続けている。最近はハークのおかげで開発に成功した『カタナ』と、優先的に回して貰えるモンドの鍛冶武具店からの紹介により、売り上げは上々どころか過去類を見ない程にまで達しているという。

 だというのに、シアの機嫌も調子も決して上々ではないようだ。そこがハークとしても気になるところであった。


 一方、ハークと虎丸と共に別働隊として戦闘を行っていた人物、ドノヴァン=ウェインザーランドが姿を現す。


「やあ、ドノヴァン。どうだったかい?」


「うん、まぁ、何とかやれた、かな?」


「いいなー。チキショー、こっちは全くだったぜ。『氷柱の飛礫アイシクル・ショット』ぐらいしか当てられなかった。やっぱ、動き回る相手に『氷柱の発現アイシクル・スパイク』を当てるのは簡単なことじゃあねえのか」


「こっちもだ。シェイダンと同じように僕も殆ど攻撃出来なかったよ」


「そ、そっか……」


 ロンとシェイダンの半分愚痴、半分文句とさえいえる言葉を聞いて、ドノヴァンが乾いた声で同意していた。傍で見ているハークにとっては彼が苦労性だという証明のようにも聞こえた。


「まァ、一撃必殺にもなり得る『氷柱の発現アイシクル・スパイク』などは余程の修練を積むか、さもなければ仲間の援護が必須であるな。その点、こちらはドノヴァン殿が頑張ってくれたよ。『爆炎嵐ブレイズストーム』で儂が焼く間、たった一人で、同レベルとはいえジャイアントシェルクラブを抑え付けてくれたのだからな」


「なぬ!?」


「凄いな、ドノヴァン! 大活躍じゃあないか!」


「あ……はは……、まぁね」


 ドノヴァン=ウェインザーランドは、その家名持ちの名が示す通り、ロンやシェイダンと同じく実家は爵位持ちの貴族家である。平民だからと見下すような言動を一切しないというのもロンやシェイダンと同じで、気さくな青年だ。だからこそ気が合い、彼らとパーティーを組むことになったようだが、一つだけ彼らと違うところがあった。中央や都会から離れた田舎の領地出身であるが故か非常に純朴であり、常に一歩引いたような発言をするところがあった。


 とはいえ戦闘になれば彼は率先して前衛に立つ。

 ドノヴァンは『盾戦士シールドベアラー』という中々に珍しいクラス持ちであるらしい。先祖伝来の巨大籠手を右腕に、そして左手には己の身体がすっぽり覆い隠せるほどの巨大盾を構えるという特殊な戦い方をする。

 双方とも、籠手は手の甲の先、そして大盾は地面に接する下部からステークが飛び出すという仕掛けギミックが施されており、彼はこれらを巧みに活用し、何と同レベル帯のジャイアントシェルクラブの突進を無傷で受け止め、尚且つ大盾で右鋏を抑え切りつつ、左鋏に籠手のステークを打ち込むことで双鋏の動きを見事封じたのである。


「そういえばさっきから随分と香ばしい匂いが漂って来てるな、と思っていたらそういう事だったのかい」


 シアが感心半分、呆れ半分のような口調で言う。

 ハークはこの1カ月という僅かな期間で火の中級魔法『爆炎嵐ブレイズストーム』ともう一つ、風の中級魔法の習得にも成功していた。


「うむ、魔法だけで魔物を倒すということは初めて行ったが、殊の外上手くいったわ。丁度いい具合に焼けたからな、皆で休憩がてら食わんかね?」


「おお~、いいねー!」


 シンが嬉しそうに同意の声を上げる。巨大で恐ろしげで奇怪な見た目にも拘らず、ジャイアントシェルクラブの肉は非常に美味なのである。前世の知識から考えると、やや海老よりの蟹の風味もする肉といった感じなのだ。


 シンに続いて次々と嬉しげな同意の声を上げる皆々であったが、その熱を冷ますかのように、虎丸から念話が届いた。


『ご主人、盛り上がってるところ申し訳ないッス』


 少々遠慮がちな声音であった。


『気にすることなど無い。何ぞあったのか?』


『人間の男性が一人、こちらに近付いてきているッス。この匂いはエイダンッス』


『エイダン殿が?』


 エイダンとはギルド寄宿学校の講師で、戦士科では講師陣の中心人物的な役割を務める人物である。学園長にしてギルド長であるジョゼフからの信頼も厚く、彼の右腕的立場の男だ。


 程無くしてそのエイダンが木々の間からその姿を現した。


「おお、ハーク! やはりここに居てくれたか!」


「どうなされた、エイダン殿?」


 慌てた様子のエイダンにハークを含め、その場にいる全員に悪い予感が伝播したのはある意味当然といえた。


「トロールが出た! 力を貸してくれ!」


「何!? トロール!?」


 トロールとは、かつてハーク達パーティーも戦ったことがある、ほぼ無限の生命力を持った強敵魔物のことであった。




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