154 第12話04:フレンド・ライク・ミー




 切り開かれた森の道を、ハーク達は軽快に進む。今日はハーク、虎丸、そしてシンの3名だけだ。向かうはシンの新しき故郷、サイデ村である。

 古都ソーディアンは周囲を山々に囲まれた盆地にある。従って周辺の森の道を往くという事はそれ則ち山道という事でもある。

 出会い、共にパーティーを組んだばかりの頃、最初にここを通った時にシンはやや難儀していた様子だったが、もうそんな素振りも無い。ある程度均した道へと変化したという事もあるが、彼自身の成長が最も大きな要因であることに疑いは無かった。


 虎丸が周囲の危険を常に感知してくれるため、道往く彼らに緊張感は無い。1カ月ほど前に自分たち自身の手でこの辺りの魔物全てを虱潰し全滅させたという事も勿論ある。

 折角、数日前にテルセウスとアルテオ、そしてシア達女性陣から頂いた、魔法『補助法器』用魔石を手の甲の部分に埋め込み、鋼とジャイアントシェルクラブの甲殻とで混合させて造ったという籠手も、両手にしっかりと装備してきたというのに使う出番は無さそうだった。

 この防具は生物由来の素材である所為か強靭なくせに非常に軽い。ハークのレベルが22にまで達したからかもしれないが、着けている重さを殆ど感じさせない代物だ。


 特に警戒する必要もないので、彼らは道を歩きながらずっと世間話を交換し続けている。

 今はシンの番だ。


「まぁ、そんな訳でサ。ドノヴァンによるとあのシュバルってバカ貴族は、今相当やる気をなくしてるみたいなんだってさ」


「あ奴が真面まともにやる気を示していたと聞いたことが、そもそも有ったのかも怪しいのだがな」


 ハークが珍しくそう言ってシンの台詞に茶々を入れる。無論、事実も含まれているのだが。


 ドノヴァンとは冒険者ギルド寄宿学校の寮にてシンと同室の人物名である。

 正式にはドノヴァン=ウェインザーランド。苗字持ちという事実が示す通り、貴族の子息という身分だが、ロンやシェイダン達と同じように平民だからと見下すようなことはせず、気さくで純朴な青年なのだという。シンともウマが合い、楽しくやっているらしい。

 ただ気さくに過ぎて、入学早々どころか入学式初日に盛大にやらかした自称大貴族シュバル相手に一言二言声を掛けたりする唯一の人物であるのだそうだ。お陰で周囲の学生達や教員にまで、まるでシュバル担当のような扱いを受けてしまっているらしい。

 苦労性の人物なのだろう。


「ま、そうなんだけどな。これまで以上に、ってことなんだろう」


 つい先日、ハーク達含むギルド寄宿学校新入生は入学してから遂に1カ月を迎え、当初の予定通りに試験を受ける事になった。入学してから最初の試験でもあった故か、難易度は低く、不合格者無しの全員合格と相成ったらしい。その中でも幾人かはギリギリで、このままだと次の1カ月後の試験は不合格の公算が高い者がいるようだった。噂ではその中にシュバルの名前も含まれているのではないかという話が持ちきりであるという。

 そんなシュバルと短い一言二言とはいえ、一応は会話を行い合うドノヴァンによると、そんな状態だというのにシュバルには危機感など無く、寧ろ身が入らぬのも当然の口振りだったという。


「存分に学び、研鑽を思うだけ積める身分だというのに……。最早儂には理解出来ぬわ」


「ま、俺たちみたいに自分で寄宿学校に入りてえって思って入学したワケじゃあなし。何を目的にでもなく、親に言われたからだけで通ってる、なんて言ってたらしいよ。その親父さんが行き先も告げずに供回りだけ連れて街の外に出奔しちまって、もう屋敷中が上を下への大騒ぎ。更に母親が離婚だ何だと騒ぎ始めている始末なんだとさ」


「ふうむ、それはいつ頃くらい前からの話なのか、聞いておるか?」


「えーと確か10日前ぐらいからとか言ってたかな」


「ほう」


 ハークは少しだけ己の考えに沈む。


〈そうなると、儂があのコーノとかいう『湯肉ゆにいくスキル所持者』を破った日の直後ぐらいか……。関係があるのかどうかは分からんが〉


 先王ゼーラトゥースによれば、シュバルが父親であるゲルトリウス=デリュウド=バレソン伯爵は王家の血に連なる人物として、数少ないテルセウスの正体であるアルティナの容姿を、彼女が子供時代の頃とはいえ知ってはいる人物であるそうだ。

 なればアルティナの腹違いの兄で第一王子であるアレサンドロ、通称アレス王子から何らかの命を受け、男装する彼女の正体を見破って刺客を差し向けたのはその男なのではないかとの予測も、あくまで可能性の一つとして成り立つという推論をハークは以前に提示してはみたのだが、ゼーラトゥース、ラウム、ジョゼフ3人共が、「流石にそこまで愚かではない」と、その推論を否定したのであった。

 その根拠と理由としては、まずアレス王子とその派閥一派に、彼が一切接点が無いことが挙げられるという。彼は出不精で、成人後、家督を継いでからは王都には数えるほどしか行ったことが無いらしい。いずれも王子派閥が結成される前の話である。

 更に、普通に考えれば王子一派に味方する理由も無いとのことだった。

 彼の家が未だ伯爵家を名乗れるのは、先王のご慈悲の賜物であるとどんな阿呆でも理解できるほどであるそうだ。そんな先王やその一派に対して、無礼だけならまだしも明確な敵対行動を選択するならば、それは明々白々な自殺行為に他ならないと断言できるという。

 具体的に説明すれば、爵位を失って単なる平民へと下り、その爵位に応じた国からの援助も永遠に失うのである。普通ならば、どんな馬鹿であれ己が首根っこを完全に掴まれた状態であると理解するものだ。


 しかし、ハークは知っている。思い上がった小人というものは本当に、知恵ある者達からすれば到底理解の及ばぬであろう行動を、時に選択してしまうものなのだ。

 その選択とはある意味において、愚者が知者に対して唯一裏をかけ得る逆襲の様なものであった。

 そして、その逆襲は大抵の場合、愚か者の自滅で幕を下ろすのが通常であるが、極稀に周囲を巻き込んだ共倒れともなるものであるから質が悪いのである。


「どうしたんだい、ハークさん? 考えこんじまって」


「ああ、いや、何でもない。他人の家の事情を思い悩んだとて、儂らには何の意味も無いものだな」


「そうだね。ああ、ハークさん、そろそろ見えてくるぜ」


「む?」


 そう言って、僅かに先行くシンが指で差し示す。ハークの記憶上ではまだ村の入り口はもう少々先であった筈なのだ。

 だがシンが指し示したのは村の入り口ではなかったのだ。


「ほう、これは大分……、というより、実に見事だな……」


 それはうず高く積み上げ組まれた村を囲む木壁であったのだ。

 ハークが思わず感嘆とも驚嘆ともつかぬ言葉を漏らしたのも無理はない。森が一部開けたと同時に、村を囲む見事な壁が目前に現れたのだから。材質こそ材木であろうとも、高さはソーディアンの城壁に匹敵する。厚みも相当あるだろう。生半可の魔物では破ること敵わぬに違いない。


「へへ……。俺も1カ月ぶりに見たけど、みんな頑張ったんだなぁ」


 頑張ったの一言で済む話ではない気がする。

 とはいえ、この村の安全確保の為に周辺魔物調査及び掃討の狩りに若い連中も参加させて、レベル上げを施したことも地味に影響を及ぼしているに違いはないのだろう。

 ある程度までレベル上昇した者は、現代世界における重機要らずの力を発揮する。

 梃子や滑車の技術を応用すれば、僅か百人程度でも1カ月でここまでの事が出来る証明でもあるかのようだった。


「おお、シンじゃあねえか! お帰り!」


 切り開かれた森と村の木壁との間に広がる果樹園の手入れを行っていたらしき青年がシンに気付き、声をかけてきた。僅か1カ月で実りはせずとも充分な高さに達した果実の木々を見て、前世の知識を持つハークには不思議に思えてならないが、初級であっても土魔法使いがいればこの程度、この世界においては何らおかしくはないらしい。

 テルセウスの使用する中級土魔法『大地の庭師アース・ガーデナー』程ではないにしても、植物に急速な生育を促す活力を大地に宿らせる『地に活力をフェトライザー』なる魔法があるのだ。


 どうも見覚えのある青年だとハークは気が付いたがそれも当然だった。先の周辺魔物掃討の狩りにて若い衆の一部を率いさせた組頭の一人だ。確か名は……。


「おおお!? そこにおわすはハーク様に虎丸様! ようこそ! ようこそ、このサイデ村までおいで下さいました!! 憶えておられますでしょうか!? あの日、狩りに参加させていただいた際に不肖にも組頭の役をいただきましたカーツでございます!」


 思い出す間もなく、カーツが何度も頭を下げながら自己紹介してくれる。


「憶えておるよ。本日は世話になり申す」


 見張りと出迎えの任を担っていたであろう彼にそう挨拶を返すと、彼は恐縮しながらもハーク達を門のところまで案内する。


「世話などとんでもない。皆、ハーク様には大変に感謝致しております。どうか今日はごゆるりと新しい我らが村でお寛ぎ下さい。シン、頼んだぞ」


「おう。モチロンだ、任せてくれ。ところで素材の方はどうだ? 集まったか?」


「ああ、問題無い。一匹起きないコがいるが、他のコたちが頑張ってくれたよ。一人分なら問題無いようだ」


「何? まだ起きない? 大丈夫なのか?」


「ああ。鼓動は聞こえているらしい。詳しい事は村長と巫女に聞いてくれ」


「わかった」


「おーーーい! シンと救世主さまがお着きになったぞ~! 門を開けとくれ~!」


 カーツが壁の向こうに声を張り上げると城壁門に良く似せてある構造の巨大扉がゆっくりと開いていく。


 正直ハークの脳裏には、幾つもの疑問符と思わず指摘したくなる事柄が浮かんだ。


〈素材とは何のだ? 礼を渡したいと言っていたが、それの? 今の話を聞くと生物由来か? 巫女? ……それに救世主とは……、まさか儂の事か……?〉


 とはいえ、今は野暮なことに言及することなくシンに大人しくついて行く。

 そこでハークはまたも驚嘆の声を上げる事になった。

 門をくぐり抜け村の中に入ったハークの眼に飛び込んできた光景は1カ月程前とはまるで違っていたからだ。


 だだっ広く殺風景だった、ただ均されただけの村予定地だった場所を、木壁が延々と取り囲み、その中を均等に丈夫そうな家々が無数に建ち並んでいるのだ。


 ハークの予想では、まだ数軒ほどの簡易的な建物が完成したばかりだと思っていたがとんでもない。思わず美しいという言葉さえ思い浮かんでしまうような牧歌的光景だった。

 ソーディアン城壁内に建ち並ぶ家々程、豪奢乃至洒脱なものではないが、石や瓦に似たものを使っていかにも丈夫そうに建てられている。ハークの前世の都もかくやと思えるほどだ。


「もうここまで……。凄いな」


「全て、あなた様のお陰でございますよ。ハーク様」


「あ、村長。ただいま」


 ハークが周囲を見回して観察していると、一人の老人が近くまで寄ってきていた。彼に向かってシンが帰還の挨拶をしつつ、彼を村長と呼んだ。

 ハークはその村長と呼ばれた男性に向かって一礼しつつ話し掛ける。


「其方が新しいサイデ村村長殿ですな? 今日はお世話になり申す」


「世話などと……、本当に、本当にお礼差し上げるのが遅くなり誠に申し訳ないことでございます。シン、お帰り。漸く村も、お客人を迎え入れるに足るものになったよ」


「見違えたさ。みんなよく頑張ったんだなあ。あ、ハークさん、紹介するよ。新しくこの村の村長になったゲオルク爺さんさ」


 シンの紹介を受けて、村長のゲオルクが恭しく頭を下げる。


「ちゃんとご挨拶させていただくのはこれが初めてですなあ。どうぞお見知りおきを」


「こちらこそ、宜しく頼みます村長殿」


 ハークもそれを受けて、ぺこりと礼を返す。その仕草を見て、横に立つ虎丸も少しだけ頭を下げた。


「おお、お二人方痛み入りまする。ささ、立ち話も何ですので、さあさあ、こちらへ」


 少し緊張した足取りで先を進む彼に、シンと虎丸と共について行くと、村で明らかに一番大きく、豪華で丈夫に建築された建物が見えてきた。


 前世で言えば、相当に裕福な村落の村長宅でもここまでのものはなかった。

 どうやら三階建てのようだ。ただし一階一階がやたらと天井が高く、お陰で村一番の高さで村の周囲を囲う門壁の高さに勝るとも劣らない。


「村長のご自宅ですかな? 大変ご立派だ。最早お屋敷ですな」


 ハークが素直に感想を述べると、ゲオルクと名乗った壮年の男は少し驚いたような表情をする。


「いやいや、こんな老いぼれにここまで大袈裟な家など必要ございませんよ。ここは我らサイデ村の民たちが元々の故郷よりこの地に運び込んだ大切なものを安置し管理、世話する場でございます」


「大切なもの?」


「ええ。今からお見せ致します」


 そう言うと彼は建物の入り口の前にシンと共に立つと、観音開き構造の重厚たる扉を二人掛かりで左右に押し開いていった。


「どうぞ中へお入りください、ハーク様」


 請われるままに虎丸と内部に入ると、一人の少女がハークを待っていた。


 非常に幼いが、不思議な光沢を持ち合わせた前世の祭事服白衣びゃくえにも似た雰囲気の、複数の透き通った薄布を重ね合わせたような神秘的な着衣に身を包んでいる。

 建物内だというのに、有るか無しかの微風に薄布が揺れて天女の羽衣のようだ。否、天女の羽衣とはこのような美しさを持つものに違いない。


 微笑む少女は服飾と相俟って神々しくさえ視えるが本当に幼い。ほんのりと薄化粧をしている所為か少し大人びて視える。しかし、よくよくと眺めると恐らく少女と言うよりは幼女と言った方が似合う年齢なのかもしれない。


 不躾に見つめていると少女ならぬ幼女が照れたように、恥ずかしがって眼を逸らした。その仕草に、何故か既視感が、見覚えがあった。


「ま、まさか……ユ……、ユナ……か?」


 脳裏に浮かんだ名が、半ば意図せずに口から飛び出すと、彼女ははにかむ様に笑った。

 数本しか見えなかった歯は再生し、痩せ細りも、薄汚れもしていなかったが、紛れもなくあの日路地裏から飛び出してきた少女の面影が、その笑顔にはあった。


「うん!」


 本当に嬉しそうに、彼女は返事した。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る