155 第12話05:フレンド・ライク・ミー②




「良かったな、ユナ。ハークさん、驚いてたぞ」


 後からやかたに入ってきたシンがユナにそう声をかける。

 ユナは嬉しさと照れを同時に表現しているのか、両手で頬を抑えてくるくる回っている。


「ああ、本当だよ。見違えるほどであった」


 ハークの正直な本音だった。

 ユナの年齢は5歳と聞いていた。前世の5歳と比べると随分骨格などがしっかりとしているが、今の彼女の雰囲気は前世の5歳児と何ら変わることなく年相応に視える。しかし、この館に足を踏み入れた時に、第一に眼に飛び込んできたのは贔屓目無しに語るとしても幼児などとは口が裂けても言えぬ程淑女然とした少女であった。

 女性というのは本当に面白い。

 そして興味深い。

 服装に化粧、そして態度が完全に結合すれば、年齢すら超越した全くの違う印象を相手に与えることですら可能なのだから。


「ユナちゃん、いいや、巫女ちゃんや。準備の方はいかがかね?」


 微笑ましい光景にしばし目を奪われていると、シンと同じく後ろから追いついたゲオルク村長が優しく声をかけた。その言葉にユナはくるくる踊りを止め、片手を挙げてピッと伸ばす。


「はぁい、そんちょーさま! こちらです、ええっと……」


 順調な滑り出しで流暢に話していたのが突然止まってしまう。その光景に察するものがあり、ハークは己から声をかける。


「ユナ、シンの事は何て呼んでおるのかね?」


「えっとね、シンぃ!」


「そうか。では儂の事も、ハーク兄ぃと呼んでくれんかね?」


 本当はハークぃ、とでも呼んで欲しいがな、という言葉は呑み込んだ。流石に今のハークの風体では誰一人の賛同も得られる筈の無い呼称だからである。

 果たしてユナはパッと花咲くように笑顔を見せた。ハークは自分の目が糸の如く細まっているのを知らない。


「うん! ハーク兄ぃ、ついてきてください!」


 そう元気な声を出して彼女は先導を始めた。


「おいおい、ハークさん……。まあいいか」


「ホッホッホ」


 シンは一瞬だけ苦々しい表情を見せたが、結局己一人の心中にて納得したらしい。その背中ににこやかな表情のゲオルク村長が続く。


 館内は幾つかの仕切りに寄って分けられた感じであった。人の気配はハーク達一行を含めても殆ど無いが、奥に2つほど蠢く人間以外・・・・の存在も感じる。巨大なものではない。そして殺気や危機感も全く無い。

 ここで虎丸から念話が繋がる感覚があった。


『ご主人、この子、ビーストテイマーになってるッス』


『何? この子とはユナのことか?』


『そうッス。ご主人と一緒ッス』


 ハークのステータス、そこで彼はクラス『魔獣使いビーストテイマー』と分類されている。


 クラスとは、その人物の各種ステータス傾向を基本とし、更にその人物の辿ってきた行動や信心、犯した犯罪履歴や経歴などが加味され、勝手に自動生成されるものなのだという。

 つまりはごく一部だけとはいえ己を簡潔に表すものなのだ。


 ハークは虎丸を従えているからか、問答無用で『魔獣使いビーストテイマー』のクラス名が付いているようである。

 因みに、クラスはレベルが上がってステータス傾向が変化すると、それに応じて変わることもある。テルセウスとヴィラデルはハークからするとかなり戦い方が似ていると視えるのだが、クラスが『魔道騎士マジックナイト』とそして『魔法戦士ミスティックファイター』とに別れているのはこれが原因かもしれない。

 更に、高レベルな上に特定のステータス傾向にまで達するとステータス等に特別な付与を受けるクラスも極稀に取得出来るらしい。


『奥に居る何か、に関係しているのだろうな……。人間ではないのであろう?』


『やっぱりご主人も気付いてたッスね。何かものすご~く不思議な匂いなんッスよ……』


『不思議な匂い?』


『嗅いだことの無い匂いなのは確かなんッス。けど、何か安心できるっていうか……、オイラの匂いと似てるような気がするんッス』


『お主の匂いと? それはつまりお主と同種、もしくは進化する前の種族という事か?』


『いや、タブン違うと思うッス。オイラに近い種じゃあないッス。……あ、分かったッス、ヒトの、人間種の匂いが染みついているんッス』


『人の?』


 それはつまり……、と考えたところで先行するユナが停止。辿り着いた最奥の部屋、その引き戸に手をかける。


「お待たせいたしまた! ここがあたしたちの村の『たからもの』がいるお部屋ですっ!」


 ユナが小さな体を精一杯使って戸を開く。その中には囲いを持った高台が鎮座しており、丁度人の胸元ほどの高さだった。四角く3つに区切られた囲いの中、左端と真中の2つからちらちらと白い綿毛のようなものが覗き見える。


〈何だ、あれは?〉


 危険なものではないとは分かるのだが、それでも足は止まる。いや、ハークだからこそ足を止めた。

 それを見越していたように、シンと村長が彼を追い抜いてユナと共に部屋の中に入った。


「大丈夫だよ、ハークさん。このコは安全さ。さあ、俺たちの自慢を見てやってくれ」


 シンが胸を張って、この村を代表したかのように言う。

 そうまで言われてはハークも、このまま歩みを止めたままでいる訳にもいかない。

 歩みを再開し、部屋の中に入ると直ぐに全貌が視えてきた。


〈……虫? 芋虫……か?〉


 それは巨大な芋虫であった。しかも相当にデカい。前世でのそれと比べると10倍以上デカいのではないだろうか。小さな子供ぐらいの大きさがある。流石にユナよりは小さいようだが。



 さて、虫が可愛い可愛くないの議論はとりあえず置いておくとして、芋虫を愛玩目的で飼う人間は少ないだろう。

 有るというならばそれは観察目的であったり、その後の成虫への変化を目的に飼育、というワケではないだろうか。つまりは一過程を楽しむに過ぎないと言える。



 ハークは無暗矢鱈と昆虫を恐れたりはしないが、春になって空を舞う蝶を美しいと思う事は稀にあれど、芋虫には特に強い興味を抱くでもなかった。

 当然、可愛いだなどと思ったことも無い。

 だが、これは、これは少し可愛いかもしれない、とも思えてきてしまう。


 まず、容姿が彼の知っているものと少しだけ違う。全身のほとんどが毛に包まれていた。

 しかも前世での毛虫のような、針の如き攻撃的な毛ではない。まるで綿毛の如く、空に浮かぶ雲をその身に巻き付けたかのような愛らしささえ覚えるような身体に、円らな瞳を備えているのである。


 木材で組み立てられた踏み台を、ユナが高台の傍に置いてその上に乗ると芋虫たちに手が届くようになる。彼女専用の踏み台なのだろう。

 ユナが身を乗り出すようにして手をかざした。

 やはり危険など無いのであろう。シンもゲオルク村長も止める気配は微塵も無い。ユナのかざした手に近い左端の一匹が気付いて顔をゆっくりと寄せてくる。そこをこれ以上ないくらいの笑顔で撫でるユナ。


〈……ああ、そうか。成程な〉


 始めて見たここまでの大きさを持つ未知なる生物相手に、自分が直ぐに警戒を解いて可愛らしいとすら考えてしまった訳が分かった。人畜無害などという前に、ヒトに慣れ切っている雰囲気がありありと醸し出されているからだ。丁度、すぐ横に控える虎丸のように。


「ハークさん、たぶん初めてのイキナリで、少し驚いたかもしれないけどさ。これが俺たち村の誇りにして宝物、グレイトシルクワームさ!」


「……グレイトシルクワーム?」


 鸚鵡おうむ返ししたハークに、村長が一歩歩み出て説明の態勢を取った。


「我らは東大陸にて、このコたち、グレイトシルクワームと共に生きてきた者共でございました。丁度、あなた様の従魔でございます虎丸様と同様とも言えるでしょう。ただ、虎丸様と全く異なる点が確実に一つございます。それは、このコたちに戦う力が全くといって無いコトです」


「戦う力が無い? それで生きられるのか、この子たちは?」


「勿論、難しいでしょうね。故に野生ではもう見掛けることは無く、世間的にはこのコたちの種族名を差す『魔蟲種』は滅びたもの、とされるのが一般的なのです。それでもこのコたちはとても有益なのですよ。特に人間種にとってはね」


「有益……、それは?」


 訊いてはみたが、ハークの中では大体の予想が、この時既に出来ていた。自らは殆ど生きる力を持たず、人に依存するが非常に大人しく、かつ有益、どころか愛情を持ってしっかり世話をすれば、時に富さえ齎すという蟲。

 それを守り育てて、やがては彼らから『糸』を得る。前世ではこれを養蚕といった。


「このコたちはヒトを主と認めてくれると定期的に魔力の含まれた糸を生産してくれるようになるのですよ。その糸を原料に作った布は非常に美しい上に丈夫で汚れにくく、更には高い物理魔法両面の防御能力を備えていて、かつては国の王族への貢物だったのです。ただ、このコたちには非常に厄介な点があってですね……」


 当たりだった。これは養蚕、この世界の養蚕だ。だが、前世のようにいかない点があるらしい。それが王族への貢物となるような希少性の理由となるのだろう。


 そこから先はシンが説明を代わった。


「こいつらには、実は同種で記憶をリンクする、記憶の交信と交感をする能力があるんだよ。それは世代間でも可能で、一部親の記憶を引き継いだりもするのさ。だから、この子たちの世話は、こいつら親の世代ともずっと信頼関係を築いてきた者にしか任せられない。もしくはその者達の血を引く者、その生き残りしか……。それがユナなんだよ!」


 その言葉にハークの視線は思わずユナに移る。彼女は飽きもせずグレイトシルクワームとやらを撫でまわしている。


「ユナがもし、……今生きていなかったとしたら、俺たちの村の、俺たちの親たちが紡いできた歴史が途絶えてしまうところだったんだ! だから、だからさ、ハークさん! あなたは本当の意味で俺らを! 俺らの未来を救ってくれたんだよ! だからさ! 俺らの救世主の為に、今からこの糸で、ハークさんの為に服を織らせてくれ!」




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