153 第12話03:プレゼント③




 着いて早々、あの女の名を聞かされて急激に機嫌を傾けさせた二人だが、勿論、表には出さない。テルセウスとアルテオの二人共、その聡明さ故に自分たちの感情が八つ当たりに近きもの、また根っこの部分では決してそれだけではないと主張できるとしても、他人から見れば同じことであると認識していたからであった。


「何を指摘されたのですか?」


 テルセウスが訊くとシェイダンが答える。


「ハークさんさ、魔法の『補助法器』を使ってなかったんだよ」


 魔法の『補助法器』とは、魔法の発動と威力の底上げに役立つよう設計された魔石、或いは魔晶石を埋め込んだ武器、防具、装飾品などのことである。安定発動や消費魔力の軽減にも役立ち、魔法を行使出来る者であれば使わない手は無い。


「あ、言われてみればそうでしたな」


 以前、ハークのステータス及びレベルを『鑑定法器』で調べたことのあるアルテオが言う。ステータス魔導力欄の隣に付加値が記載される筈であるから、すぐに分かるようなものだ。とはいえ、その頃のハークの戦闘手段はほぼ刀のみで、戦闘用の魔法力が削られるのを恐れて『回復ヒール』すらも滅多に使用することは無かったので不思議に思わなかったのかもしれない。


「た、確かにハークさんも今では様々な魔法を行使できますものね……」


 だが、共に放課後、魔法修行を行ったというのにそこに思い至らなかったテルセウスにとっては、不覚では済まされない。お陰で一番嫌な女に手柄を横取りされてしまったのだから。


「テルセウスの『補助法器』が組み込んであるのは、あの盾であったか?」


「そうですね。ただ、僕のはあまり効果が高くはありませんけど……」


 『補助法器』の能力の高さというのは埋め込んだ魔石、魔晶石の大きさに比例する。

 ならば出来得る限りの高価なモノを使えば良い、という結論に達するかもしれないが、そう単純でもない。

 効果の高いモノとはそれ即ち大きくスペースを必要としてしまうのである。武器や盾など手に持って使うものは、その機能性を損なう事は勿論、重心などの重さのバランスなども考慮しなければならない。過度な装飾品も同じことだ。大きすぎる宝石のようなものを身に着けていては動きに制限がかかってしまう。

 故に、完全に裏方に徹する、近接戦闘を仲間に任せて魔法を唱えるだけの『魔法使いマジックユーザー』でもない限りは小さな魔石を使う、というのが一般的であった。


 ただし、防具に組み込む場合には、武器や装飾品の場合とはホンの少し事情が異なる。


「やっぱり組み込むなら防具だぜ! なぁ、ロン!」


「ええ、やっぱりシェイダンも言っている通り、防具に組み込むのが一番でしょう。他のよりも大きなスペースを取り易いですからね。籠手などであれば2か所に取り付けることも可能です。第3軍ウチの『魔法戦士ミスティックファイター』にはそれに加えて胸元に1つ両肩にも2つ、計5つもの補助法器用魔石を組み込んでいた者もいますよ」


「ほう、因みにシェイダンのはどんな感じなのだ?」


「俺のはリストガードで手首辺りに内側向けて着いてるよ。防具としての効果は殆どないけどね」


「ふむ、引っ掛かりを感じることは無いのか?」


「俺の場合、最近あんまり近接やってないからなあ。でも多少は感じるよ」


「籠手で動きに影響させたくない場合は手の甲側、もしくは肘辺りがお奨めです。ただ肘辺りだと防御に使用した場合、万一ですが砕かれる可能性があるでしょう。手の甲だと殴り攻撃が出来なくなりますね」


「成程」


「ハーク殿ならそもそも当たりません」


 アルテオが何故か自分の事のように胸を張りながら自慢気に語る。その様子を視てハークが思わず苦笑してしまう。


「ふ。まあ、元から当たるつもりなど無いが、防具は万一に備えるものだからな。どうせならそちらで頼りに出来る方が宜しかろう。逆に儂の体躯、ステイタスで徒手空拳に及んでも碌な結果にはならんだろうからな」


 この手足の短さでは肉弾戦どころか組み討ちも難しいだろう。意味もあまり無いかもしれない。


「そうなると手の甲一択ですか?」


「ふむ、そうだな」


 テルセウスの言葉に頷いたハークは、猛然とペンを握る手を動かし始める。手元の紙にみるみる籠手の絵が描かれていく。

 思わず感心した様子でシェイダンが呟く。


「おお、ハークさんはホントに何でも上手えな」


「昔、学んだことがあるのだよ。料理と同じさ。何もせんで上達なんぞせんよ。本当は筆の方が上手なのだがな」


「筆って……、また随分と古風だねえ」


 そんなことを言い合っている僅かな間に、ハークの絵は完成していた。それはどう見ても、日ノ本の国の甲冑、小具足が一つ、肘から手の甲までを包む半籠手であった。

 手の甲の部分が少し膨らんでいて、そこに魔石を嵌め込む構造になっている。


「手の平は露出しているのですね。中々見ない形だなぁ」


 図を視たロンが一言感想を挟む。この世界の籠手は手袋と合体した構造になっているのが殆どだったからだ。

 理由を知るアルテオが、少し得意気に解説する。


「我ら刀使いは握り手から伝わってくる感覚が重要なのだ。そうですよね? ハーク殿」


「そうだな。刀の握りはただ掴めば良いという訳ではない。力を抜くところは抜くというのも大切だ。まぁ儂の場合、刀の感触が無いと不安になってしまうというのもあるがな」


「ふふ」


 ハークの軽い冗談めいた自嘲の言葉に思わずクスリと笑うテルセウスだったが、次の瞬間、脳裏に閃くものがあり、思わずハークが描いたばかりの籠手の図を手に取った。


「どうした? 何をする、テルセウス?」


「ハークさん、この絵、僕にいただけませんか!?」


「ぬ?」


 突然のテルセウスの行動にハークは事情が呑み込めず戸惑いを見せる。

 が、今まで自分たちを心の内から突き上げていた焦燥感への答えを見い出した彼女は止まらない。


「ハークさんには日頃から常にお世話になりっ放しです! なのでこれは僕が、僕たちが是非、作成の一助とならさせていただきたいのです!」


 興奮して半分席から立ち上がり捲し立てるテルセウスの言葉に、アルテオもその意図に気付く。


「そうです! ハーク殿、これは我ら主従にお任せいただきたい!」


 千載一遇のチャンスを掴んだと確信した彼女たちは、己がどれほどの眼の光を放っているかまだ気付いていない。

 その気迫めいた勢いに若干おののかされつつも、ハークは反論せずにはいられない。


「気持ちは嬉しいがな、二人とも、儂はそれほどお主らに感謝されるようなことはしておらぬぞ? 儂はお主らに適切な練習方法を教えただけだ。あとは、まぁ、僅かな注言を申したまでよ。これまでの成長も、全てお主らの努力の結晶故にのことだ。感謝される謂れなど無いよ」


 ある種突き放したような言葉だったが、これは今現在、嘘偽りの無いハークの本音でもあった。

 何しろ全く苦でも屁でも無いのだ。実を言うと愉しいまである。日一日と成長していく姿を見ていくのが実に面白く、この上なく愉しいのだ。


〈昔、誰だったかは忘れたが、『才有る若者を育て見守るは、ある種この上ない娯楽よ』などと嘯いている者がおったな〉


 今ならその気持ちが解るというものだ。前世では一片たりとも感じたことの無い想いでもあった。寧ろ逆に感謝するまである。

 だがここまでの想いは、当然、目の前の二人にまでは伝わるものではなかった。

 それはそうであろう。彼女らにとって、ハークがどう思っているかなど、全く関係はないのだ。彼女らは自分の心に準じて、少しでも返礼をしたいと願っているのだから。


「そんなことはありません! 我々は有り得ないほどの恩義を日々受けております! どうか少しだけでもそれをお返しさせていただきたいのです!」


「自分も同じ思いです! 素材もあります! こないだの魔物の領域戦で得たモノが大量に! ハーク殿、この籠手は片手だけお使いになられるか? それとも両手用か?」


「う、うむ。なるべく両手が良いな。重心がズレるのは好みではない故に」


 彼女らの気迫に押され、思わず答えてしまった。

 そこから場は、ハークの籠手の詳細を詰める場と暫く相成り、シンが遅れて合流することでやっと忘れていた昼食が開始されたのであった。


 そして放課後。テルセウスとアルテオの二人はまずシアの工房に駆けこむことになる。




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