152 第12話02:プレゼント②
「ジョゼフ殿、確かにヴィラデルに対し自業自得だと断じて同情をする必要など無い、などとまでは言わぬが、寄宿学校で態々雇う必要はないのではないか? ヴィラデルは高レベル冒険者だ。少し金を工面してやれば、街の外で次々依頼を完遂してくれようぞ」
ハークは知らなかったが、その時彼の後ろにいたテルセウスとアルテオの二人がその言葉を後押しするかのようジョゼフを見詰めながら首を何度も縦に振っていた。虎丸はその時、更に背後に控えていたのでその光景を眼に収めていたが。
「そうは言うがな、ハーク、今は時期が悪い。領域戦が終わっちまったからな」
その一言だけでテルセウスは気が付いてしまった。彼女の聡明さ故に。本音では納得しがたいにも拘らず。
「あ~~……ナルホド、そういう事ですか」
「? どういう事なのだ? テルセウス」
ハークが訊く。
「つまりですね、ハークさん、この街は普段、ヴィラデルディーチェ様のような高レベル冒険者のお力を必要とするような魔物はそうそう出現することはないのです。従って、彼女を満足させられるような依頼が発生すること自体が少ないのですよ。ここはレベル的に視れば初心者や中級者が活躍するべき街なのです。つい最近まで、ある程度強力な魔物が出現する『魔物の領域』が存在しておりましたが、それも消滅致しました。この状態でヴィラデルディーチェ様のような高レベルな方が無双されますと……」
「成程。ここを主戦場とする方々、ひいては我らの仕事、収入源が奪われてしまうということになるか」
「そういうこった。魔物も所詮生き物、有限であるが故にな。本来なら北の辺境領ワレンシュタインが領都オルレオンか、南の海運都市コエドへの渡航を勧めるんだがなあ……」
「無一文ではそれも難しいという訳か」
「ああ。どうだ、ヴィラデル? この話、受けてみるか?」
学園長のこの提案に、ヴィラデルは結局首を縦に振った。
一応、給与額や対応、服装などでモメた面もあるにはあったが、概ね学園長の提示した案が採用されることになった。
ヴィラデルにとっては渡りに船というか、受けざるを得ない現状にあったのである。悪い言い方を敢えてするならば、足元を見た提案であった、と言えるかもしれない。
優しいだけではないある種の
そんな訳で、現在ヴィラデルは一カ月間だけの期間限定とはいえ、冒険者ギルド寄宿学校の講師として業務に勤しんでいるのである。
指導教科は魔法科。
当初ハークは彼女の服装に関し苦言を呈していた。
「大丈夫か、ジョゼフ殿? こ奴の実力は確かに疑うべくもないが、正直、この見た目だ。若い小僧どもにとっては目の毒かもしれん。要らぬ問題を引き起こしかねないぞ?」
「あら、な~に言ってるの、ハーク? 心配要らないワ、アタシ年下は管轄が……じゃなかった、アタシはアナタ一筋よン?」
「五月蠅い、貴様は黙っとれ」
だが、ジョゼフはそれも既に考慮済みであった。
「大丈夫だ。ギルド学術院生の正装を義務付ける。ほれ、エタンニがいつも着ているアレだ」
「ああ、アレか」
その言葉でハークも納得してしまった。
エタンニとは、冒険者ギルド本部に所属する魔物学術調査員、エタンニ=ニイルセンのことだ。ギルド寄宿学校の魔生物科講師も務めている彼女が、普段からその身を包んでいるのがギルド学術院生の正装なのである。
それは野暮ったく、露出性は皆無。外套まで普段から身に着けた季節感ゼロのエタンニと初めて会った時、その顔面半分を覆う瓶底眼鏡の所為もあってハークは目の前の人物が男か女かどころか体型すらも判別つかなかったくらいである。
流石に外套なしではあるが、ギルド学術院生の正装に身を包んだことで凶悪なヴィラデルのプロポーションの破壊力も大幅に抑制されている。
それでも出るところは出過ぎ、引っ込むところは引っ込み過ぎて別の魅力を放っているという噂も、一部の男子生徒の間で盛り上がっているようであったが、ハークやテルセウスらは知る由も無かった。中からはち切れんばかりに服を持ち上げる胸部と腰下の様子がたまらないらしい。
それはともかく、肝心の魔法科講師としての評判ではあるが、中々に上々であった。
物事の超達人にありがちと言われる独自感覚でモノを語ることはなく、体系立てた実に要領の呑み込み易い指導を行う。
その確かさは、ハークですら指導を受けた次の日には認める態の発言をしたほどだ。
かく言うテルセウスも彼女の指導によって早々に土の中級魔法をもう一種、新たに発現することが可能になっていた。
流石に『魔導の申し子』と呼ばれるエルフの面目躍如といったところか。何が足りず、何処を重点的に修練すればいいかを明確に教えてくれるのである。
だが、それとこれ、指導教諭として腕の確かさと、自身を守ってもらう事に対しては別の話だ。
要は借りを作りたくないというある種少年少女特有の潔癖症に近い気持ちであったのだが、彼女らはそれに気付くことは無い。
ただ、あんな危険な女、師匠に事あるごとに色目を使うヴィラデルなんぞに面倒など見て貰いたくも無かったのだ。
しかし、
「あ、あれえっ!? 何かいけなかったかい?」
「ええ! いけなくも何も……ありませんねぇ……」
テルセウスは強力に抗弁しようとしてその材料が全く無いことに気が付いた。
「そうですとも! いけなく……はないですねぇ……」
アルテオも全く同じように尻すぼみになってしまう。過去の経歴を
「ええと……、じゃあ大丈夫なのか?」
戸惑った様子のシンが再度質問をする。
特に反対する理由が浮かばなかった二人は頷くしかなかった。
「そっか、ジョゼフさんに相談したら、二人がOKするなら問題無いって言ってたけど、良かったよ!」
(ジョゼフ様~~!?)
そうだった。もう一人合理性優先の人物がいた。全員、道理や相手の事情を慮ることの無い、所謂冷血漢と言われるような人物では全くないのだが、優先順位の低いことに変わりは無かった。
思わず呪詛の言葉を吐きそうになったテルセウスであったが、そこで無情にも次の授業開始への予鈴が鳴り始める。
「おっと! 次の授業は魔法科だったな! とっとと準備しねえと! それじゃあな、二人とも! 来週末はそういう事で頼むぜ!」
二の句が告げられぬ二人を後目にシンは意気揚々と去っていってしまった。思考を切り替えるしかないと溜息を吐くテルセウスだったが、そこで横の相方が何やら考え込んでいることに気が付く。
「どうかしたの、アルテオ?」
「テルセウス様、シン殿のお話を聞いて思ったのですが、我らもお師匠には相当お世話になってますよね」
「そうね。護衛していただくことと、パーティーの一員として扱っていただけること、この二つに関しては我々、と言うよりも、ラウム様からお給金のような形でお渡しさせていただいているけれど、『カタナ』の扱い方を我々がご教授いただいているのは完全にハーク様のご厚意からだものね」
今更な話でもある。そう思いながらも、テルセウスは律儀にアルテオの質問に答えた。だが、アルテオの真意はこの後にあった。
「……ですよね。そうなると、我らも何がしかお師匠にお礼すべきなのではありませんか?」
「……あ!!」
確かにその通りだった。
そして、そちらの方が今更な話だった。更に言えば、同じ弟子的立場にあるシンが手ずからの贈り物を渡すというのに、彼に対して大分経済的優位に立つテルセウスとアルテオの二人が何も用意しない、というのはあまりに外聞が悪い。
ここで彼女らは非常に強い焦燥感に捉われだしたのである。
昼食。
この頃になると誰がどのグループで何処の席を主に使用するかというのも大体定着しかけている。ハークのパーティーメンバーにロンとシェイダンを含めた者達は、食堂の入り口の最も近い列、奥から3番目のテーブルを使用することが多くなっていた。無論、空いていればという注釈も入るに決まっているのだが、本日も先客は居なかったようで示し合せたテルセウスとアルテオが着いたころには、先の魔法科授業で一緒だったのかハーク、ロン、そしてシェイダンの3人が既にテーブルについていた。
シンの姿はまだない。授業が長引いているのだろうか。
其々麺料理と肉料理を携えた2人が近づくと彼等3人はまだ食事に手を付けることなく、そっちのけで何かに熱中しているように見えた。
ああでもないこうでもない、と相談し合っているかのように視える。
「お待たせ致しました、ハークさん。お三人方で何のご相談ですか?」
「お待たせした、ハーク殿。何を描いておられる?」
着席しつつアルテオが言い放った言葉通り、ハークはペンを使って何かを紙に描いていた。そして、ハークが描いた図を視ながらロンとシェイダンが何がしかのコメントとアドバイスを行っていたようだった。
「……ああ、二人ともいいところに来た。先程の魔法科の授業でヴィラデルに指摘されてな」
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