146 第11話13:BLAZING DOWN!




 その頃、モーデル王国第二王女アルティナことテルセウスと、辺境伯ワレンシュタインが長女にして跡取り娘であるリィズことアルテオの二人は、その身をギルド長の執務室、則ち冒険者ギルド2階に身を寄せていた。無論、ギルド長も一緒である。

 灯りも点けず、星明りしかなく薄暗い室内の窓際、男装に身を包み武器や外套など全ての装備を着込んだ彼女らの眼下では、仲間であり剣の師匠でもあるハークとその従魔が恐らく『四ツ首』の刺客であろう男と戦っていた。


「ハーク様……」


「お師匠……」


 共に様付けや師匠呼びを面と向かっては禁止されていても、こういう時には思わず口から出てしまうものだ。


「二人ともそんなに心配するな、とは言わねぇ。言わねぇが、ハークなら大丈夫だ。虎丸殿だってついてるしな」


 彼女ら二人がこの場にいるのは勿論、『四ツ首』からの陽動を警戒してのことだ。そのまま寮の自室にいてはコーノに周囲の注目が集まっている中、暗殺の本来のターゲットである彼女らが別の刺客に襲われかねない。


 実際には古都『四ツ首』所属の戦力はヴィラデルの手によって殆ど壊滅させられており、誰もが考えつくであろうコーノを陽動の囮とするような別戦力すらも用意することは不可能な状態なのだが、それを知る者はこの場にいない。

 そもそもギルド寄宿学校敷地内に彼が侵入を試みたのは、現時点では逃走したヴィラデルに止めを刺すことだけが目的であり、ハークと今戦うのはコーノにとっても不本意な話であった。とはいえ、無事ヴィラデルの始末をつければ支部長にテルセウスとアルテオの二人の暗殺を続けて依頼される流れは確定的な状況ではあったのだが、コーノにもそれはまだ知る由も無かった。


 それはハークも含めた先王側ジョゼフ達にとっても同様である。

 この部屋に限らず冒険者ギルドの建物内に存在する各部屋には全て、地下に通じる脱出経路が用意されていた。かつて、この古都ソーディアンが王国の首都であった頃の名残である。

 有事の際、都市最大戦力である冒険者が街の各所に瞬時に移動できるようにと建国してから暫くして建造された地下通路と言われ、残念ながらというべきか幸運なことにというべきか、建造されてから今日に至るまで殆ど使われたことは無く、造られた当初は無数の通路により、本当に街のいたるところへと移動することが可能だったが今は経年劣化や整備不足で各所の道が塞がり、元王城であった領主の館と街の外へと通じる道程のみが残されている。


 このような脱出路が作られた背景には、前述の冒険者ギルドが抱える戦力を有事の際に必要な各所へと素早く送る目的が大名目としてあったことは確かなのだが、今現在ギルド寄宿学校ソーディアン第一学園校舎として使用されている建物が建造当時は王族も通う国王立王都第一学園であったから、というのも関係していた。

 つまりは城の外部で襲撃を受けた王族の安全を確保するという名目もあったのである。

 そういう意味では、第二王女にして王位継承権を持つアルティナことテルセウスが今回使用するかもしれないという事は、大分時を隔てた本来の建造意図に沿ったものであるとも言えた。


(もっとも、使わずに済むならそれに越したことはねえんだがな)


 まだ、ハーク達は『ユニークスキル所持者』相手に劣勢に陥ってはいない。それどころか碌な手傷、1ダメージさえ負ってはいないのだ。

 それでも、優勢と視ることは出来なかった。


「う……く……」


 テルセウスとアルテオ、どちらから漏れた声であるかジョゼフには判別つかなかったが、どちらの声であるかはどうでもよかった。何しろ、二人とも全く同じような表情をしていたのだから。

 テルセウスは唇を噛み、アルテオは歯軋りが聞こえてきそうなほど歯を食いしばっているのが視えた。互いの内面的感情は全くの同様であろう。


「二人とも、少しは落ち着けって」


 ジョゼフのその言葉で自身が其々何をしていたのかに気付いたのか、二人は顔を見合わせると僅かに俯く。


「大丈夫か?」


「は、はい」


「大丈夫です」


 先程までの心ここにあらず、という状態よりもマシだが二人は依然としてハークを眼で追っている。

 今ここに彼らの仲間であるシンはいない。ハークがほんの少しであろうとも不利な状況に陥れば、テルセウスとアルテオを引っ担いででも領主の館に避難させるのがジョゼフの役目だ。それが出来なければハークも、もしもの場合に安全に退避することが出来なくなる。事情を深く知らぬ上に二人の正体も知らぬシンまで巻き込むことは出来なかった。

 とはいえここにシンがいたならば、少しは二人もマシだったであろう。


「ハークを、虎丸殿を信じろ、前回も言われたんだろう?」


 落ち着けるために先の戦闘、領域の主戦を引き合いに出す。伝聞という形でしか聞いていないが、現場にいた誰もが実に見事な動き、見事な連携、最高の結果だと称賛していた。


 その言葉でやっとマトモな表情でテルセウスが頷き、口を開いた。


「ええ……、ハーク様ならば絶対に、仰ったことを実現される方ですよね。今までずっとそうでした。そして今回も……、例えそれが『ユニークスキル所持者』だとしても」


「だろう?」


「……ただ」


「ただ?」


「分かります、テルセウス様」


 そこで言い淀んだテルセウスに変わり、後の言葉をアルテオが引き継いだ。


「出来れば……、出来る事ならば、我らも共に戦いたい。そうですよね、テルセウス様」


「ええ、その通りです」


 キッパリとそう物申す二人の姿に確かな成長どころではなく別のモノを感じ、ジョゼフは溜め息を吐きかける。


(やれやれ、信頼されるというのも良いものだが、ここまで来ると仲間として……だけではないな。師として……、もしかするとそれ以上の? ともあれ、この2人を悲しませるようなコトだけにゃあなるんじゃあねえぞ、ハーク!)



『アンタの剣、そしてアタシの魔法、この二つで同時攻撃を仕掛けるわ』


『それが貴様の最後と賭けとやらか? しかし……』


 連撃ならば散々っぱら打ち込んでいる。自慢ではないが攻めだけに転ずればまばたくうちに5たびは斬れよう。それをほぼ同時に行ったとて打ち破れる奇術とは思えなかった。


『いいえ違うわ。全く同じとき、そして同じ場所を攻撃するのよ』


『何? そんな事が?』


『やった事はないけれど、自信はあるわ。さっきから視ていたケド、ハーク、アナタは狙った箇所へ寸分違わずに剣を打ち込むことが出来るわね? 眉間なら眉間の中心、あの縦皺を。首ならばあの喉仏の頂点を。腹であれば臍を』


『可能だ。造作もない』


 ハークがあまりにも当然とばかりに言い放つので、ヴィラデルが鼻白む。だが仕方の無いことだ。事実なのだから。

 気負いの欠片も無いハークの表情を視て、ヴィラデルはそれ以上追及する術を失い、話題を転換する。


『この国の昔の大英雄。知ってるでしょう? 『国父』とか呼ばれている人』


『ああ、最近知った。『赤髭卿』の事だな? この街の人々に教えてもらった』


『あら、そうなの? エルフの、森の民にとっても同様に恩人なのだから、てっきり元から良く知っているものだと思っていたわ。名門の一族だというのに、案外、子供の教育には熱心ではないのかしら?』


 しまった、とは口が裂けても言わ、いや、念話だから伝えないし、表情にも表さない。しかし久々に藪の中の蛇を盛大に踏んだ。


『いいから、続きを話せ。そういう事は後にしろ』


『まぁ、そうね。とにかくその『赤髭卿』がね、使えたのよ、物理攻撃と魔法攻撃の同時攻撃、いいえ、複合攻撃を』


『複合……、つまりは合わせ技か』


『ええ、その威力は絶大。どんな装甲でも打ち貫いたと伝えらえているわ。その秘密は物理防御力、魔法防御力、どちらかが圧倒的に長けていたとしても防御し切れない点にあったの』


『合わせの効果。複合攻撃故に、か』


『流石に理解が早いわネ。どちらかを爆発的に上昇させるSKILLというのは確かにある。けど、両方同時に、というモノは存在しないわ。モンスターでも、それこそ高位のドラゴン種でもなければ、双方同等に高いというのは有り得ないことよ。ある種の伝説に近いけれど、『赤髭卿』が当時の他国に所属していた『勇者』と対峙して勝利したという逸話もあるわ。詳細な記録は一切無いからその複合SKILLで倒したとは確かに限らないけど、『赤髭卿』がユニークスキル持ちの『勇者』ではなかったのは証明されているわ。どう、乗ってみない?』


『ふうむ……』


 この時点、この状況でハークが渋っているのはひとえに発案者に対する信頼感の無さ故にであった。これが例えば信頼することが出来、尊敬にも値するジョゼフからの提案であれば、ハークは一も二も無く乗っていたに違いない。一種ハークにしては珍しい、合理性とはまた違った吝嗇りんしょくに近い感情からであった。

 平たく言えば、ヴィラデルの言う通りに動かねばならんというのがしゃくなのである。

 しかし、そうは言ってもこのままでは手詰まりに近い状況であることに変わりは無い。


『具体的にはどうする?』


『アナタがこの戦闘が始まってからコーノ相手に2回目に打ち込んだ一撃、彼の頭上から顔面を真っ二つに斬り下ろそうとした攻撃があったでしょう?』


『ああ』


 横倒しに跳びながら放った奥義・『大日輪』のことであろう。


『それが今のアナタにとって単発最強の攻撃に当たるのではなくて?』


 眼は良いようだ。エルフの眼は皆、特別製なのだろうか。

 確かにハークには攻撃力だけであれば遥かにあれを超えるSKILL示現流・『断岩』がある。が、今回の状況で、まだ引き口が有り、最終最後の手段がまだまだ残るこの段階で使う気の無い攻撃をいちいち説明する義理も無い。


『まあ、その通りだ』


 今の状況ではな、という注釈が付くが。


『あの時の一撃を寸分違わずに再現して頂戴。炎の中級魔法をアタシも寸分違わずに、正確にアナタの斬撃に合わせて発動してみせるわ』


『成程。だが、炎か。儂まで焼くなよ』


 ヴィラデルは内心ぎくりとなった。

 ハークには先ほど最後まで伝えなかったが、『赤髭卿』が良く使用していたというそのSKILLは、『赤髭卿』が徒手空拳、つまりは素手での戦闘のみで戦うためか、自らの拳に炎を宿らせるという関係上、自身もダメージを受ける諸刃の剣ならぬ諸刃の拳だったのである。

 こういうところが正に、ハークをしてヴィラデルがいまいち信じきれない相手という所以になるのであろうが、ハークの攻撃手段は主に刀だ。そのため、ダメージを追わせる事にならないであろうとはヴィラデル自身も考えてはいた。


『大丈夫よ。対象が動き回る相手であればこちらも難しいでしょうけど、コーノはこちらに余裕を見せるためか全くその場を動かずに今までの攻撃を全てを受けているわ。アタシを信じなさい』


 信じられぬから訊いておるのだが、という言葉は呑み込んだ。このままでは埒が明かない、というのもまた事実であるからだ。


「おう、ナンだお前ら。もういいのか? 諦めたってんならそろそろ俺の番か!?」


 コーノが急かすように、そして恫喝するかのように話しかけてくる。

 明らかに苛つきを強引に己の中で抑えたような声音だ。

 念話の対話時間は短い。口頭で伝えるのとは比べ物にならぬほどに素早く正確に意図を伝達し合えるからだ。


〈そうまでせっつくことでもあるまいに〉


 そうも思ったが、こちらもやるべき事は決まった。後は実行するのみだ。


「いいや、まだだ。順番というのであれば、お主に回すつもりはないよ」


「ハッ! メンドくせえ、ウットーしいな。ウットーしい奴らだぜ、何やったって無駄なんだよ、無駄ムダむうぅだ!」


 文句を垂れるコーノは無視し、ヴィラデルへと念話を送る。


『よし、やるか。合図代わりに技名、スキル名の後に『チェスト』と入れる。『チ』の部分で魔法発動すれば丁度良かろう』


『ちぇすと? 変な言葉だねぇ?』


 ヴィラデルまで文句を言うが無視した。

 ゆったりとした足取りで目標へと近付きながら、ハークは大太刀『斬魔刀』を両手に握り、顔のすぐ横に握り手が来るように構える。

 在りし日の剣豪、東郷藤兵衛重位とうべえしげたかが構え、八相である。一撃に寄るという事であれば矢張りこれ・・であろう。


「ゆくぞ!」


 虎丸がごくりと喉を鳴らす音を感じると同時に、ハークは走り出す。そして直前で跳ね飛び空中にて体を捻る。


「奥義! 『大日輪』だああいにちりいんんん! チ―――」


「『獄炎落としブレイズタンフォール』!」


「―――ェエストオオオオオ!」


 振り下ろされる斬撃と地面目掛けて墜落する灼熱の炎、二つは渾然一体となりコーノの身に襲い掛かった。




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