145 第11話12:damned




 ハークは続けざまに跳び、空中に身を躍らせる。

 横倒しに体を捻りつつ、攻撃を打ち下ろす。


「奥義・『大日輪』、おおぉりゃあ!」


 未だニヤニヤと笑みを崩さぬその顔を縦に両断してやるつもりであったが、またも『斬魔刀』の刃は肉の手応えを得ることなく空を斬る。


「せぇい!」


 着地したハークはそのまま連撃に移る。胴薙ぎ、逆袈裟袈裟のバツの字斬り、首薙ぎ、再度の唐竹。そして更なる連携。



(すっ、凄い……? 何でこのコ、こんな体捌きが出来るの!?)


 ヴィラデルは魔法戦闘の専門家だ。戦いでも専ら魔法頼みであることは隠しようも無い。だが、たった一人で戦い抜き、頂に達するためにはある程度の近接戦闘能力は必須である。


 そのことを否応なく悟る羽目になったのは、大分痛い目を見てからだ。

 その頃からヴィラデルは近接戦闘を得手とする人物の動きを観察し、自らの動きに取り込み続けてきた。真似し参考にしてきたといえば聞こえはいいが、実際は門下にも入らずに流派の動きを盗んだようなものだ。

 エルフとしてヒト族とは比べ物にならぬ時を生きる身体と、動きを細部まで捉えることが可能な良い眼を持つヴィラデルならではの芸当である。


 そうして自分なりの最適確の動きを模索し続け、今まで構築してきた彼女にとって、ハークの動きは衝撃的であった。

 この時点でヴィラデル自身は気付いていなかったが、それは彼女が長年追い求めてきた理想の動きそのままだったからだ。


 力の入れ方、流し方、踏み込みの角度、刃の侵入角度。腕の振りは勿論、足の細かいステップ。

 その全てが、いいや、それだけではない、今の自分では捉え得ることすら叶わぬ精緻が頭の頂点から足の爪先にまで満たされるかのように使用されている、使用されていることだけはわかる。


 その動きは鋭く、対峙する側からすれば、来たと思った瞬間には既に斬られていることであろう。

 もし躱したとしても、次の攻めを凌ぐことは更に難しい。矢次早に思わぬところから刃が迫るからだ。

 隙も殆ど見当たらない。いや、寧ろヴィラデルにはその細かな隙自体がある種の誘いの如く見えてしまう。

 実際に自分が対峙したと考えて、近接攻撃で返そうとは思い至らないであろう。それはつまり怖くて手が出せない、と同義であるとも言える。


 コーノに刃は届いていない。それすらも一瞬頭から離れてしまうほどにヴィラデルは見入っていた。


(どこまでの修練……、いえ、実戦を積めばこれ程に……)


 そこまで思ったところで、ハークから念話が入った。


『ヴィラデル! 貴様、土魔法の初級が全て使えたな!?』


『え、ええ! 使えるわ!』


 慌てて返してしまった。戦いの最中に別の事に思いを巡らせていた自分に恥じる。


『ならばやって欲しいことがある!』


 ハークは未だ空を斬りながらも剣を振り続けながら、作戦を伝える。



(全くどうなっておるのかさっぱり分からんな)


 これが全く何も感覚無く、斬魔刀を振るい続ける腕にも何も届かなければ幻覚の類でも見せられていると片付けることも可能なのであるが、本気の素振りで常に感じる目の前の空気、つまりは大気そのものを斬った手応えは両腕に伝わってくるのである。

 まるで霞か蜃気楼を斬り裂いているかのように感じる。だが、匂いや呼吸音、五感のほぼ全ては目の前に男が存在していると示しているのだ。


 訳が分からない。

 が、それはこの世界に来た時から散々に味わってきたことだ。今更驚くことでもない。

 刀で斬れぬ人肌を持つ人間、城と見紛うほど巨大な神話生物であった筈の龍、炎や氷、雷を突然出現させ、意のままに操る魔法。

 どれもこれも意味が分からない。訳も分からない。


 だが大事なのはそこではないのだ。打ち破れるか打ち破れないか、生き残れるか生き残れないか、それこそが大事でそれだけが重要なのだ。


『虎丸、その辺りに岩が埋まっていただろう!? そいつを今の内に引き抜いておいてくれ!』


『了解ッス!』


 勝手知ったる母校の庭。ハークの指示を受けて虎丸が自らの前脚を器用に使って大岩を引っこ抜く。


「ハッ! ウヒャハハハハハ! おうおう頑張るじゃあねぇか!? だが俺を斬れやしねえよ! 無駄な努力さ! さっさと諦めろや、ウットーしい! お前ぇらまとめて姉妹丼にして愉しんでやるからよオ! ゲッヒャハハハハハ!」


 訳の分からない単語の羅列は未だにコーノの口から次から次へと発せられていく。

 鬱陶しいのはお前だと言い返してやりたくもなるが、それは後に取っておくことにして、虎丸を介しつつヴィラデルに念話を繋ぐ。


『ヴィラデル! 準備は良いか!?』


『良いわよ! やっておしまいなさい!』


 その言葉と共にハークは足を広げてより腰を落としつつ下段斬りを5たび放つ。

 下段斬りは身体が流れやすく、人体最大の弱点でもある頭部をどうあっても差し出すような格好となるため達人になればなるほど使用しなくなる。

 ハークも実戦で使ったことはほぼ無いに等しい。


 下段攻撃は避け難く受け辛い。相手に読まれていなければ一撃当てるのは容易とも言える。では何故そんな有効な手段を敢えて達人は使用しないのか。

 答えは簡単だ。下段が狙うべき箇所、即ち足部に致命傷となる箇所がほぼ皆無であるからである。そして万が一読まれれば頭部を相手に晒す関係上、逆に一撃必殺を貰いかねない。

 少し考えれば簡単に解るほど、危険度に見合わぬ攻撃なのである。

 しかし、模擬戦などの稽古で使用すれば、同じくらいの腕前の人間相手には実に簡単に当てられてしまう。初心者や中級者に上がりたての人間が実に陥り易い甘い罠の一種だ。

 それ故、流派によってはこれを忌むべき剣、即ち邪剣として禁じ手とするところも少なくない。


 ハークも搦め手の一つとしては使えなくもない、とは思っているが、実際の使用回数の少なさが物語っている。正攻法で問題無く勝てるのであれば実入りの少ない賭けなどに出る必要などないのである。


 そんなハークが5回も下段への斬撃を放った理由、それは相手であるコーノに反撃の気配が全くといって無かったから、ということもあるが本命は足などではなく別のところだったからだ。


 突っ立ったままのコーノの足元がガクリと揺れる。


「ああァ~~?」


 今まで碌な反応を見せなかったコーノが自身の足元に視線を向かわせる。その瞬間、ゴトリと彼の立つ地面が外れた。


 コーノが余裕を見せつけるためか全くその場から移動しないことを利用して、ヴィラデルが土の初級魔法『土壌操作ソイルマニキュレイター』を使ってコーノの立つ地面の真下、地表50センチから下を約20メートルに渡って空洞としたのである。

 『土壌操作ソイルマニキュレイター』は、本来地面の土を操って釜土や小さな穴を形成する程度の生活魔法なのだが、ヴィラデルほどの魔法力に長けた者が連続使用した結果、全長20メートルの所謂落とし穴を形成したのだ。地表50センチのみをそのままとしたのは、言わば穴の蓋である。それをハークが5連の下段斬りに見せかけた斬撃で斬り裂いたのである。


「な、なんだとぅうおおおぉぉぉぉ~~!?」


 突然現れた奈落へと吸い込まれるコーノ。そこへ容赦の無い追撃が施される。


『追加だ、虎丸! 叩き落せ!』


『了解ッス!』


 墜ちたコーノの頭上、形成したばかりの落とし穴の真上にまで器用に前脚で大岩を挟み込んだ虎丸が跳ぶ。正にステイタスの成せる業だ。


「ガァウッ!」


 そして一声吠えると穴の直径よりほんの少しだけ小さいそれを、ぐるりと回転しながら想像通りの物凄い勢いで叩き込む。けたたましい音と土ぼこりを上げながら岩は穴の底に到達、僅かな土砂が20メートル上の地上にまで達した。


「ふうっ」


 ハークは思わずといった様子で一息吐いた。

 それほど多くの時間ではないとはいえ、己の命を担保に全力で探りを入れていたのだ。更に完全な生き埋め(常人なら潰れているだろうが)に追い込んでいる。

 百戦錬磨のハークとしても、ホンの少しだけ気を抜くに足る時間であった。


 相手がユニークスキル所持者でないのなら。


 そして相手が腐ってもレベル30を超える化け物級能力者でないのなら。


「テメエ、何ナメた真似してやがんだ、ゴォラァ!」


 瞬時に穴の壁を駆け登り上がってきたであろうコーノが眼前にいた。既に、あの『ククリ』にも似た巨大な釣り針を模したかの如き武器を振りかぶって。


「むおっ!」


 反応できたのは、いや、危険を察知すると同時に右手の斬魔刀を動かすことが出来たのは正に、この世界でも一切怠ることも弛むことも無い鍛錬の賜物以外の何物でもなかったろう。


 ギギギャリィィイイイン―――!


 金属が凌ぎを削り合う耳障りな音と共に火花が周囲に飛び散る。


『ご主人!』「ガウッウソニックウォオオクロォーーー!」


「ちぃい!?」


 即座に横合いから虎丸の『斬爪飛翔ソニッククロー』が飛んでくる。音速で飛来した斬撃は今までと全く同じようにコーノの身体を透過し地面だけを抉った。

 だが、攻撃を察知したコーノは悪態を吐くと同時にそれ以上の追撃を断念したようだ。


 それを視て即座に距離を取るハーク。


〈あの状況でも効果無し、いや、ただ怒らせただけか……。しかもこの期に及んで焦る様子も無い、ときた。経験だけなら儂に匹敵する……のかもしれんな〉


 明らかに激昂していたにもかかわらず有利を維持するために、それ以上不用意に踏み込むことの無かったのはそのことを示しているのかもしれない。

 暗雲立ち込めてきたかのような気分だった。

 少し早いが最終手段に打って出るしかない。


『やるぞ、虎丸! 最大戦力だ!』


『了解ッス!』


 虎丸に指示を飛ばすと同時にハークは斬魔刀を地面へと突き刺す。そのまま残りの魔力量のうち3割ほどを地に流す。


 剛秘剣・『大・山津波』の体勢である。前回の戦い、4日前の領域の主戦で使用した際は残念ながらスキル定着はしなかったものの、あれ以来、技の強弱を調整することが可能になった。その為、再現に全く問題は無い。


「いくぞぉ! 剛秘剣ッ・『大・山津波』ぃ!」


 全力で星空めがけ振り上げた大太刀により、轟音と共に剣戟土石流が発生、コーノの身体を瞬時に呑み込む。彼の悲鳴にも似た「うぉおお!? ナンだぁアア!?」という声と、ヴィラデルの『何なの!? 土魔法!? じゃあない!?』という念話を置き去りにして。


「いけえっ! 虎丸!」


ガウッランッウガウァアアアペイジイイイアア・ゴッッアガァアタイッッガァアアァアアアアアアアアア!!!」


 そして虎丸が音速を超えた爆音と、旋風つむじかぜどころか横向きの竜巻を引き連れて最大戦速にて最大戦力を打ち放つ。

 それは本来、剛秘剣・『大・山津波』をその身で受け、耐え抜いたとしても大いに削られた者に容赦なく襲い掛かる、一切合切を穿ち貫き弾き飛ばす不可避の追撃となる筈であった。


 が、無念そうな声音の虎丸から念話が届く。


『ご主人……、今回も、当たった感触が無かったッス……』


 『湯肉ゆにいくスキル』とはそういうものだと、サルディンに事前に教わってはいたが、これにはこたえるものがあった。


 先の連携攻撃は現時点でハークと虎丸が実現可能な最大物理攻撃に近かった。


 威力だけなら先の攻撃を超えるものもまだある。だが、あれ・・は出来得る限り使いたくはなかった。あれを使ってしまうと最早逃げることも適わなくなってしまう。決められる場面なら迷いなどしないが、虎丸の最大戦力『ランペイジ・タイガー』が通じぬ相手に自分ならと思うほどハークは楽天的ではなかった。


 ヴィラデルがこの男に放ったという全ての属性最大威力魔法も悉く効果が無かったという。

 つまりこの時点で、目の前の男には物理・魔法両面一切の攻撃が通じることは無いとほぼ判明してしまったのである。


〈……さて、どうするか〉


 既に万策尽きかけ、八方塞がりに近い状況であった。


 そんな中、ヴィラデルから新たな念話が入る。


『ハーク。最後の賭け、……に近い提案があるのだけれど、乗らない?』


『ほう、聞こう』





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