144 第11話11:BACK TO BACK!②




「あァああ~~!? 何言ってんだテメエは!? 死にてえのか? ああ、そうか。そこの女に誑かされちまったか!? 助けてくれたら、ヤラせてくれる、とでも言われたかよ!? ギャハハハハハハハハ!」


 凄まじい雑音だ。安い挑発にしても酷すぎる。

 戦いに綺麗も汚いも無いが、品性まで投げ捨てる必要などない。

 前世のやくざくずれの三下でもここまで酷いものは流石にいなかった。事前にヴィラデルから聞いていたままだ。


〈どこかが歪んでおる。そうでなければ堕ちた忍びですらもこうはならん〉


 ハークの生きた時代、例えどんな時と場面であろうとも『戦い』や『殺し』に関しての発言をした者には大なり小なり覚悟があった。

 その覚悟とは、自分の命が今日終わるかもしれないという覚悟である。

 勿論、負けるつもりで戦う人間などいない。だが、時代が徳川幕府統制の元で戦の無い、いや、戦をする価値の無い時代に移ろうとも、闘争はそれ即ちどちらかの、もしくは両方の命が失われることと同義であることに変わりなど無かった。

 血に飢えた狂犬の如く日夜命を賭した喧嘩に明け暮れる傾奇者ですら、そういった一欠片の覚悟は宿していた時代である。


 目の前のコーノには一切と言っていいほどそんな覚悟が備わっているようには見えなかった。しかし、溢れ出る殺気は本物だ。正直、理解の範疇に無い。


 言っていることも支離滅裂で脈略に欠けている。

 理解が及ばぬことに付き合っても仕様がない。そう思い聞き流していたが、コーノが気になる言葉を発言していた。


「あぁん? その手に持ってやがるのは『日本刀』かァ? この世界にもそんなモンが存在してやがったとはなァ」


 ハークは既に万全の戦闘態勢を取っていた。

 腰に剛刀を差しているのは勿論の事、抜き身の大太刀『斬魔刀』も右手に携えてある。

 それを指差し、彼は言ったのだ、ニホントウと。


〈何だ? 『ニホン』、と言ったのか? それと刀を表す『トウ』とを掛け合わせた言葉? まさかこ奴、儂と同じ転生人か!? だが外国人? しかも時代が違う?〉



 これについては詳しく解説する必要があるだろう。

 まず『日本』という言葉だが、ハークの生きた時代よりも遥か昔に大陸で生まれた言葉で、勿論今日の日本国を指す言葉だ。だが、ハークが生きた戦国末期から江戸初期にかけてこの言葉を使っている者はほぼ皆無で、大陸の人々は『倭』や『倭国』と呼ぶことが殆どであったという。

 また『日本刀』という言葉自体も同様で、大陸では北宋の時代には既に存在していたようだが、『日本刀』という名称が日本国外の刀剣とは異なる固有独自の刀剣総称として一般的に認知されるようになったのは幕末以降のことなのだ。ハークの時代では、外国人も『倭刀』もしくはそのまま『KATANA』と呼んでいた。因みに『サムライ・ソード』という呼び方もあるにはあるが、象徴的な意味合いでしかなく、現在では日本国外で造られた模造刀の総称としての意味合いが強い。



 以上故にハークは『日本刀』という言葉自体を知らなかった。

 だが、一応とはいえ『日本』という言葉は知っていた。そしてそれが遥か昔の大陸で生まれた言葉だという事も。

 だから、その後に続く『この世界でも』という言葉によって遥か昔の大陸からの転生人であると予測を立てた訳である。だが、何処か違和感がある。何故か自分の予測に対し、信頼し切れぬものがある。


『ちょっと、ハーク! 何ボサッとしているの!? そろそろ仕掛けましょう!』


 そんな己の考えに沈みかけるハークに対して、虎丸を介したヴィラデルからの『念話』が届いた。


 相手に会話の内容を察知されない『念話』の使用を提案したのはヴィラデルである。きっと色香を使った情報網か、こちらの隙を視て『鑑定』法器を遠目からでも使っていたのかもしれない。何しろこの寄宿学校に入学する前は往来でもよく注目というか、多くの視線を浴びていたのだ。その視線の嵐に紛れて『鑑定』を受けたとしても、藁山の中で針を探し当てるようなものだ。

 いずれにせよ、ヴィラデルは虎丸が念話のスキルを行使出来ると知っていた。


 とはいえ、ハークは元々彼女を念話に参加させようなどとは思っていなかった。

 と、言うよりもこの短時間で『念話』での意思疎通が可能になるとも思っていなかったのである。何せ、仲間たちも未だに誰一人として出来ないのだから。


 『念話』同士間での意思疎通の利点は計り知れない。意見の交換、急な計画の変更の確認が密に行えるし、ごく近距離に限られるが隔絶した状況でも相互の情報伝達を遅滞無く行えるのである。

 そして今のように、例え敵の眼前であっても相互に会話可能なのだ。敵に一切内容を察知される余地すらない。何しろ相手はこちらが会話中であることすら思いもしないのだから。


 ハークは勿論、この便利なスキルをシア達仲間にも参加可能にさせるために自らが習得した際のコツなどを伝授していたが、結果は全く芳しくないものであった。

 何しろハークが『念話』送信を習得に至ったコツである、念話の糸のように引き伸ばされた魔力を形成するどころか、感知というかそれがどういうものかを『視る』ことすらも誰一人出来なかったのだから。


 だが、ヴィラデルは違った。ハークがコツを伝えると、


「ああ、コレね」


 とすぐに念話の糸を見つけ、ごく簡単に再現してみせたのである。

 驚くハークに彼女は言った。


「アナタ、それ普通のヒト族には視ることなんて出来ないわよ。これは先天性SKILL『精霊視』の能力。エルフでもこのSKILLを所持している者はそれほど多くないわ。っていうか、アナタも持っていたのね。流石名門一族の血筋だわ」


 思わぬところで良い情報を得てしまった。認めたくはないがこれに関してだけは感謝せねばならぬ事だろう。



 閑話休題である。未だコーノはべらべらと意味の有る無しの単語をつらつら並べて喋りっ放しだ。独白の如き罵詈雑言は収まる気配はないが、先手を取るのであればヴィラデルが急かす通り、今仕掛けるべきと言えた。


『確かにな。虎丸、いけるか?』


 虎丸はコーノがのこのこ侵入した寄宿学校裏口付近に立つ木の枝上に待機して、現在彼をやや高い位置から見下ろしている形になっている。コーノは今自らが立っている場所に辿り着く前にほぼ虎丸の真下を通っている筈なのだが欠片も気づいた様子は無かった。もっとも警戒感の欠片すらも無い状態ではそれも当然だ。


『モチロンッス! いつでも良いッスよ!』


 果たして虎丸から返信が届く。葉がそれほど生い茂る木でもないのに注意しなければ虎丸の姿を確認出来ない。隠匿スキルを発動させているからだろう。

 潜む場所が分かっていてもこれなのだ。相手に気付かれている可能性は皆無と言えた。


『良し! 今だ!』


『了解ッス!』


 応答と同時に音も無く枝から太い幹へと移動した虎丸が跳躍した。一瞬で距離を潰し背後から脳天を右前脚で薙ぐように急襲した攻撃だった。

 が、事前の予想通り攻撃が擦り抜けているようだ。何の手応えも無いまま虎丸は横っ飛びに離脱し、再度茂みに身を隠す。


『ご主人! 効かないみたいッス!』


『不意打ちも駄目か。矢張り攻撃に合わせて発動している訳ではないようだな』


 隣でヴィラデルが驚愕しているのが僅かな身動ぎから分かる。

 虎丸の疾風の如き動きに対してであろうが、驚愕すべきはもう一つあった。


『速っ!? 流石は精霊獣と言ったところだけど……、アイツ、もしかして気付いていない?』


 そうなのだ。コーノは自らが攻撃を受けたことすら分かっていない。


「よく見りゃあテメエ随分可愛い顔してるじゃあねえか! ん? その耳の形からしてエルフか!? ああ、ひょっとしてお前ら身内か? そう言えば顔も似てる気がしてきたぜ! ブヒャハハハハハ!」


 何せ未だに喋り続けているからだ。よくそこまで話すことがつらつらと浮かぶものだと不思議になるほどだ。

 というか今更ハークの種族に気付いたようである。


『虎丸、奴は攻撃されたことに気付いてないぞ。もう一度だ!』


『了解ッスゥ!』


 虎丸が再度の攻撃を行う為に発進すると同時にハークもスタートを切る。時間差攻撃だ。

 横合いからぶちかましを仕掛ける虎丸はまたも通過。透り抜けてしまう。


『ご主人! 掴むことも出来ないッス!』


『見えていた! 次は儂が行かせてもらう!』


 懐に飛び込むように踏み込む。コーノはここで漸く話を止めた。この時点で攻撃を受けると気付いたらしい。


「奥義・『大日輪』!!」


 思いっ切り振り切った。

 が、目の前の男はそよ風が眼前を通り過ぎたほどにも感じてはいない。髪すら振り揺らすことも無く、厭らしい笑みを浮かべていた。


〈やれやれ。予想通りとは言えこれは前途多難だな〉




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