139 第11話06:LIE




 M県S市、年号が別のものへともうすぐ変わる予定の年の暮れ。

 この地方都市で一つの事件が起こった。


 とある路地裏でまだ未成年の少年と、40歳になろうかという男性が取っ組み合いでの争いの末、未成年の少年が殴り殺されるという事件が発生したのである。


 少年はサバイバルナイフを所持していて、何箇所か男性の身体を斬りつけていたが、かつて格闘技をやっていたという男性には当初、正当防衛の適用すら考慮されなかったという。


 不思議に思った一人の新聞記者がネットで情報を呼び掛けたところ、幾つかの驚愕の事実が浮上し、後に世間を騒がす事件へと発展していく。

 一つ目のリーク情報。それは少年がその地方都市有力の地方企業オーナー兼社長の御曹司であり、跡取り息子であったこと。推測の域にしか過ぎないが、想像されるのは地元有力企業と検察、ひいては地元警察との癒着。つまりは不正だ。


 これだけでも十分に衆目を集めるであろうと誰もが思った。

 だが、事件はこれだけで収まらない。


 第二のリーク情報。

 それは加害者、ひいては殺人事件の犯人とされた男性に娘がいたこと。そしてその女の子に事件の半年前に子猫を誕生日プレゼントとして与えていて、丁度事件の日にその子猫が死亡していること。更には事件現場にその女の子がいた未確認情報があること。

 その証拠に事件の当日、最初の取り調べの日、事件捜査記録に第一目撃者にして第一参考人としての名前にその女の子の名前が記載されていたという。


 これが事実だと仮定するとして、導き出される事柄に以下の推測が成り立つ。

 少年はその女の子の目の前で大切なその子の飼い猫を殺し、更にそれを視て悲鳴を上げたその少女も手にかけようとした。近くにいた父親が異常に気が付かなければその少女も……、と。


 推測の域を出ないが、県警が本来考慮されてしかるべき正当防衛を、格闘技経験があるとはいえ無視したという事実がこの推測をやがて不動の事実の如きものへと変えていく。

 子供でも連想できる陰謀論にネットはいつしか過熱し、その熱は地上波へと飛び火する。


 そして明らかにされ丸裸にされる被害者とされた少年とその家族の過去。


 一つ、少年はいつもナイフなどの武器を所持して学校にも通っていたこと。

 一つ、少年は小学生高学年時に飼育委員になったが、その学校で飼育されていたウサギに指を噛まれた際に所持していたナイフでそのウサギの首を斬り殺害していること。

 一つ、その頃から同市同区域には切り刻まれて死んだ小動物の死体が度々発見されるようになったこと。

 一つ、少年の父親が経営していた会社はこの地方都市を下支えするほどの売上と雇用人数を誇り、つまりは強大かつ強力な影響力を持っていたということ。

 一つ、少年の父親は同地方議員の多くに顔が利き、尚且つ県警の署長とは同級生で何度か食事を共にしていたという噂。


 幾つものセンセーショナルな文言がまことしやかに次々と発覚し世を騒がせるが、未成年が関わる事件故にマスコミからは結局ついに最後まで実名報道はされることなく事件は時の淵に埋没していくことになった。


 だが、ネットは有志達による正義感か将又はたまた野次馬根性故かの必死の追撃は続き、加害者にされた男性が漸く正当防衛を適用されたというニュースと共に、当初完全に被害者側に置かれていた少年とその家族の苗字を白日のものとした。


 その苗字の読みと『アチューキ=コーノ』のセカンドネームが同音であるのは決して偶然ではない。



   ◇ ◇ ◇



 この世界で如何に大国の古き都であろうとも、前の世界に比べれば大したものではないし、その人通りもタカが知れている。特に24時間開きっ放しな店など望むべくもないし、日付が変わる時刻を過ぎれば開いている店は数えるほどだ。

 故にこんな時間には大通りすら出歩いている者もごく僅かだ。というより歩いている者は見回りの衛兵くらいである。


(ちぃっ……、数が多いな。王都以上にいやがるんじゃあねえか?)


 こんな、半身を返り血でベットリと朱に染めた男が歩いていれば衛兵に呼び止められぬワケなどない。アチューキ=コーノが前世から引き継いだ知識からすると異世界転生系の衛兵ってヤツは大抵やる気なぞ無かったように描かれていたが、この国の衛兵はどこも職務に忠実でいやがる。まあ、態々小説なんかでは読んだことなどないが、それを原作とした漫画やアニメではそうだった。

 見咎められれば確実に職務質問コースとなり、つまりは始末せねばならなくなるだろう。王都で以前気軽に手を出してしまい、かなりの面倒事へと発展したのを覚えている。王都『四ツ首』の実行部隊責任者が色々と動いてくれなければ今頃はこの国に居られなかったかもしれない。


(ま、それも面白かったかもしれねえがな。それにしても面倒くせえな。無駄な足掻きしやがってあの女……)


 結局、衛兵のうろついていない細い路地などを進む必要がある。その所為で曲がりくねった進路となり無駄に時間がかかっていた。一度、本拠地たるバーに帰り、シャワーで返り血を洗い流し服を着替えた方が断然早いのだが、彼にそのつもりは全くなかった。そうなればこの街の支部長に取り逃がした報告をする羽目になる。

 態々失敗の報告を入れるバカがドコにいる。前世の年上の凡人が『ホーレン草』だなんだとうるさく言ってきた記憶もあるが野菜がどうしたというのだ。大体、『ホーレン草』は嫌いな野菜だ。殆ど食ったこともない。


(クソが。あの女の所為でいらねえ苦労しているせいか、ウットーしい記憶まで蘇ってきやがる。……楽しむ前に腕と足は斬り落とすか)


 彼の苛々は最高潮に達していた。だからこそ、自分にとって楽しい想像で少しだけ気を紛らわす。

 女が逃げた先は、というよりも飛んで行った先は分かっている。

 彼にとってヴィラデルは最早、前世でさんざん弄んだ犬猫と変わりなかった。



「アタシの記憶はここまでよ」


 そう言ってヴィラデルはふうっ、と一息吐く。

 疲れたのだ。MPはまだ全体の一割程度しか回復しておらず、血も全く足りぬままだ。その状態で話をし過ぎたともいえる。


 ハークは考え込むように椅子に座ったままその小さな顎に片手を当ててピクリとも動かない。

 その様子を視てヴィラデルは、目の前の少年が自分の言葉を信じていないのだと感じた。


「信じられないのも無理ないかもしれないけどね、今語った事は噓偽りのない事実よ。信じて欲しいワ」


 ヴィラデルの言葉に少年は、ハッと顔を上げた。


「ああ、いや、そういう事ではない。あまりにも何と言うか……、現実感が無くてな。貴様が語った事を咀嚼していた」


「あらそう? ならいいケド……」


 ヴィラデルはそう返答したが、半分以上信じてはいなかった。何故ならハークの胸元にほんの少しだが精霊が集まっているのが視えたからである。


(精霊獣と『念話』で相談でもしていたのかしらね)


 集まっていた精霊が特定の属性のみではないことからヴィラデルはそう予想していた。

 彼女の予想は半分のみ正解であった。ハークは確かに虎丸と念話で会話もしていたが、ヴィラデルが視た精霊はエルザルドが起動した際に使われた極微量の魔力に因るものであった。


 ハークが先程考え込む仕草をしていたのは確かに考えも纏める作業も行ってはいたのだが、主たる要因はエルザルドや虎丸から『勇者』の事について情報を集めていたからだ。

 直接情報を頭の中同士でやり取りできる『念話』は、会話に比べ情報交換の伝達速度が段違いに早いのである。ヴィラデルの話終わりからの僅かな間でハークはそれを完了していた。

 そして、ある程度集め終わった情報が以下である。





※140 第11話07:LIE②へ続く。



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