138 第11話05:FRAUD




 事ここに至ってヴィラデルも漸く気が付いた。

 最悪の相手だ、と。


(まさかとは思ったけど間違いない! これは耐魔法フィールドとかのチャチなモノなんかじゃあ断じてない! 昔この大陸の人間達が勇者と呼んでいた存在! そしてこの国建国当時最大の功労者と言われていた人物が『ズルチート』と呼んでいたSKILL!)


 そう思い出しながら、ヴィラデルは尚も一つ魔法の構築を完成させる。


「『雷落としライトニング・ストライク』!!!」


 ゴッガラガラドッシィィイイイイン!!


 けたたましい音を立てながら雷系最大火力魔法が落ちてくる。直撃した地面は煙をブスブスと吹いているが、同じく直撃した筈のコーノには一切何かの影響を及ぼした形跡は無い。依然酷薄で残忍な笑みを浮かべつつ歩き寄って来るだけだ。


 『生と死の狭間に居るものデスエスケイパー』。コーノの鑑定を行った際、唯一つヴィラデルの中に知識が無かったSKILL。恐らくアレが、勇者たることを示すSKILLだろう。

 今は確か『勇者』呼びが禁止になっており、『ユニークスキル所持者』と呼ぶのが一般的となっていたのだったか。

 朧げだが、この国唯一のクーデターによって国が一時的に荒れた事件の後、当時西大陸全土に教えを広めていたナントカという宗教が国教から排除されたのと同時に改められたような記憶がある。先代の王の治世が始まる丁度直前位の話だろう。

 人間の世界の歴史は正直ヴィラデルにとっては興味の対象外で、あまり頭に残っておらず最低限の事しか覚えていない。


 何にせよ『ユニークスキル所持者』はこの世界のSKILLとは一線を画した力を持つ者達の総称だ。見慣れぬSKILL名を見掛けた時点で警戒はしたものの、何故そこにまで思い至らなかったのか。素直に不覚と認めるほかない。


(いや、まさか『ユニークスキル所持者そんな者』が国によって管理もされることなく一裏組織に所属していること自体が無茶苦茶なのよ!)


 八つ当たり気味にもそう思ってしまう。だが実際、ヴィラデルの古い記憶によればそれが普通、そして常識の筈だった。100年ほど前には何処の国に勇者が存在し管理されているかが明確に公表されていたのだから。


 しかし、今はそんな余計なことに気を取られている場合ではない。

 先程のコーノの言葉から考えるに魔法には滅法強かろうと直接攻撃にはそこまでの効果を齎すユニークスキルではないのかも知れない。


 ヴィラデルは右腕の大剣を握る手に力を籠める。1対1タイマンでの戦いで自分から接近戦を挑むことなどレベルの低いザコ取るに足らぬ者達相手以外であれば、何十年ぶりであろうか。

 ソロでも戦い抜くためにヴィラデルは接近戦も切り抜けられるようにある程度は鍛えてはいた。だが、あくまでもそれなり・・・・だ。魔法戦闘能力程の専門性も万能性も、そして自信も持ち合わせてはいない。

 ハッキリ言ってヴィラデルは、魔法戦闘だけでなら同レベル帯の専門職であっても苦戦する余地もなく正面から捻じ伏せることが出来ると確信している。だが、それに比べると近接剣戟戦闘に関しては、正直戦士や剣士などの専門職には到底敵わないであろうことは自覚していた。一応は可能だが、本当にそれなり、その程度だった。何しろ戯れのおふざけとはいえ成人前のガキに一撃を大きく弾かれて致命的な隙まで衆人環視の中、曝してしまった程度なのだから。


 とはいえ、事ここに至って近接戦闘を己が避けることなど最早出来ない。

 自信が無かろうと、ガキ相手に無残を曝していようとも挑まなければ敗北することは確定なのだ。自分が放った魔法の全てが全く無力であった今、頼ることが出来るのはこれしかないのだ。


 決意と共にヴィラデルは相手に肉薄するべく走り出す。


「『剛連撃』ィイ!!」


 勢いそのままに自分の近接最強SKILLを発動する。


 が、大剣の持つ手に何の手応えも感じることは出来なかった。


 振り切った攻撃は魔法攻撃と全く同じように目の前の男の身体を擦り抜けるばかりであった。


「ああ、言い忘れていたぜ。俺には魔法だろうが武器だろうが攻撃は全く通じねえんだよ。悪かったな、プッ……ブヒャハハハハハハハア!!」


 目の前の男は未だ手にした武器を振るう気も無さそうにダラリと右手に垂らしたままだ。

 だが、ヴィラデルはその姿に大分心を折られてしまった。最早当初身に溢れていた自信は微塵も無い。


(負ける……? アタシが……?)


 最早残るは現実を受け入れられぬ矜持だけ、いや、逃避と言ってもよかった。それでも必死に手を動かす。大剣を振るう手を。


「やれやれ、もう無駄なことは充分解っただろうによ。頑張るねえ。それともやっぱ頭悪いのか? そのデケエ胸に栄養でも吸われちまったのかあ? いい加減諦めろや。可愛がってやるぜえ、まずはよお!」


 男は下卑た口調のままだが増々やる気なさそうに佇んでいるだけだ。躱しもしなければ防御行動に出ることもない。既に出鱈目に振っているだけの大剣を弾いたり、攻撃の間隙を突くことなど容易であろうにそれすらもしない。

 完全に彼女の心が折れてしまう時を待っているかのようであった。

 そうとしか思えない。表情が物語っているようであった。


「うあああああああああああああああああ!!」


 そして、なけなしの根性と鼻っ柱のみで支えていただけの心にもやがては限界が訪れる。まだ心の中には無駄な抵抗と分かっていても続けようという意思は残っているにも拘らず、両腕がだらりと垂れ下がり、それっきり一切上がらない。


(な……んで……)


 目の前の男がニタリ、と笑った。口が裂けたかと思うくらい崩れた笑いだった。


 キモチワルイ。ヴィラデルは心から怖気が湧き上がるのを感じた。


 それは嗜虐者の笑みだった。初めて突き出された男の右手は緩やかだったのに、ヴィラデルの心折れた身体は不思議なほど反応してくれなかった。

 激痛が走った。


「あぐっ!?」


 自らの悲鳴をヴィラデルは信じられない思いで聞いた。痛みで悲鳴を上げることなど子供の頃、成人前の思い出にしかない。

 激痛は左脇からだった。それでそこを刺されたことに気付く。

 ヴィラデルは今鎧を着用していない。着る時間はあったのにそんな必要もないと横着してしまったからだ。ヴィラデルの鎧は普段から胸当てと右手両足は末端をガードするだけの籠手と脛当てしか着けないが、左腕だけは肩口からガッチリとしたフルメイルにて覆っている。それがあれば防げていたかもしれない。もっとも、他の場所を刺されていたかもしれないが。


 既に骨にまで達していることも分かる。身体の中から骨を直接伝わりガリゴリという切っ先の先端で抉られるような音が聞こえてきたからだ。


「あぐあああああああああ!?」


 勝手に口から有らん限りの声音が発せられる。抑えることも出来ない。

 彼女は左脇に刺された釣り針状の武器によって、そこを支点にして吊り上げられていた。

 脇下は動脈などの重要で太い血管がいくつも通っている。引っ掻き回されて夥しい血が次から次へと溢れ出して男の半身を朱に染め上げていく。

 コーノの上げる最高潮の狂ったような笑い声とともに。


「ヒャハハハハハハハア! いいぞお前! いいぞいいぞお! フヒャハハハハハハハ! このままお前が血ィ失って死んでいくのも視ててキモチイイがア! オメーは極上だからなァ、チャンスをやるぜ! オメーが今すぐ俺の足元で土下座しながら許しを請い、俺様の奴隷になることを誓うなら、俺様を楽しませる間だけは生かしてやってもいいぞ!」


 それは恐怖か、負けん気か、嫌悪感か、最後の矜持か。


(フザケるなぁあ!! こんなところで、死んで……いや、夢を諦めてたまるかぁああ!!)


 それは鼬の最後っ屁。燃え尽きる前の蝋燭の様な闘志だったのかもしれない。

 だが、それはヴィラデルの原動力を、誓いを、想いを呼び起こした。


 何のために辛い修行を己に課し、そして乗り越えてきたのか。

 何のために苦行ともいえるような外の世界で生き抜いてきたのか。

 何のために大切な人との別れを選択し続けてきたのか。

 失ったものと時間、捨ててきた過去。


(無駄にして、たまるかあああああああああああああああ!!)


 こんなところで諦念に捉われて身を沈めている場合ではない。

 彼女は折れた心を立て直した。


「ああああああああああああああああああああ!! 『来れ、天の竜トルネイド』ォオオオオオオ!!」


「ああ!? チイッ! まだ心折れてなかったのかよ。メンドくせえな」


 苦し紛れでもいいと開き直って唱えた風の上級魔法にコーノは一応の警戒を見せたのか、ヴィラデルの傷口から武器を抜き一歩下がる。

 そして巨大な竜巻が発生し、コーノの身を風が巻き包む。だが本来なら巻き込み切り刻み跳ね飛ばす大竜巻にも彼はびくともしない。


「粘りやがるなあ。まだギルドのガッコーにも次の仕事があるってのによお!」


 吐き捨てるようなコーノの言葉の中に、ヴィラデルの中に閃かせる言葉があった。


(ギルドの……寄宿学校!!)


 脳裏に浮かぶのは同じエルフ族の少年とその従魔たる精霊獣の姿。

 この街で未だ唯一自分を脅かせる戦力と常に居場所を仕入れていたのが、こんな形で役立つなど全く思っていなかったが一縷の望みをかけるのは最早そこしかないとヴィラデルは決断した。

 瞬時にぎりぎりコーノまで届く『来れ、天の竜トルネイド』の範囲を自分にまで拡大させる。


(まだ……、MPだけは、余っているのよ!)


 そして自分と連結するように、そして取り巻くように形成させて発動した『風の断層盾エア・シールド』が逆巻く風を捉えて彼女の体を浮かしていく。


「な、なに!? おい、待て!!」


 そのままヴィラデルは、コーノの声を置き去りに天空高くまで舞い上がり、そこで中級魔法『突風ウインドシュート』を自身・・に向けて放った。


「ぐくっ!?」


 叩きつけられる文字通りの突風を受けながら、ヴィラデルは最後の力で唱えた。


「『灼熱体ヒート・ボディ』……」


と。







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