140 第11話07:LIE②




 『勇者』は人族に伝わる伝承によれば、今も大陸の北、凍土に包まれる半島に遥か昔封印された『魔族』に対抗するために、人族を守護する神々によって与えられた『チートチカラ』を持つ者達なのだという。

 『魔族』とは外見上ヒト族に酷似しているが背中に巨大な翼を持ち、尚且つ肌の色がヒト族とは違う種族であるらしい。

 その話を聞いたハークは、言葉面からも前世の伴天連たちが事あるごとに語り散らしていた『悪魔』の姿を脳裏に思い浮かべた。

 彼等『魔族』は外見上亜人と言ってもいい種族だが、体内に魔石や魔晶石を備え、成長傾向はむしろ魔物に準じるなど全くの一線を画す存在なのだという。

 そして、種族としての格はドラゴン種に次いで高く、肉体魔力共に精強ながら様々な特殊能力も持っているらしい。


 先も述べたが、『魔族』は大陸北の半島に封印されている。

 ただし、その封印は完全なものとは言い難いらしく、時々『魔王』と呼ばれる強力な魔族が封印を抜け出し人間側の世界で暴れることが過去には何度もあった、とのことだ。

 それに太古から対抗し続けてきたのが『勇者』達だった。

 彼らは何十年に一度程度この世界に誕生し、誕生とほぼ同時にかつてこの西大陸中にその教えを広めていたエイル=ドラード教団の秘術により発見されて保護、以後各国の協力の元育てられてきたのだという。

 ここでエルザルドから注釈が入るのだが、教団は恐らく『特定条件のSKILL所持者を探すことの出来る聖遺物レリック』を所持しているのではないか、ということであった。そういった効果を持ったアイテムとやらの知識がエルザルドには残っている。


 だが、今からおよそ150年前、事情が大きく変わる。

 その当時の『勇者』が自らの『ユニークスキルチート』によって北の地の魔族への封印を完璧なものへと補強し、その出入りを完全に封じたのだ。

 人々は大いに安堵。最早魔族の襲来に怯えることは無くなり、その『勇者』はヒト族、ひいては西大陸全土の英雄として語り継がれることになった。非常に大柄な筋骨隆々の白髪の壮年男性だったという。

 不思議なことに彼は、その暫らくの後にまるで役目を終えたことを確信したかのように忽然と姿を消した。


 『魔族』、ひいては『魔王』の脅威は無くなったその後も、新たな『勇者』は産まれ続けた。だが、彼らの幾人かは脅威もないというのに、他のヒト族では対抗不可能な『チートチカラ』を振りかざすことでやがて厄介者となり、いつしかヒト族全体の脅威と化していってしまった。


 実は『魔族』の完全封印以前にも、性格、そして素行の悪い『勇者』は何人か存在したという。だが、その『チートチカラ』に頼らねばならぬ現実と、保護した教団の隠匿により表面的な問題へとその当時は発展することが少なかった。


 人々に反感を持たれる勇者が増える中、それを隠蔽し庇おうとする教団の権威もだんだんと失墜していく。

 そして今から約50年前、決定的な事件が起き、エイル=ドラード教団はモーデル王国の国教から除外され完全に決別させられる。それと同時に『勇者』呼びも禁止となり、彼らは『ユニークスキル所持者』と呼ばれることとなった。


 ここまでが『勇者』、そして今は転じて『ユニークスキル所持者』の概要であるが、問題はそのアチューキ=コーノという男ともし相対した場合、ハーク達で倒すことが果たして可能であるのか、ということだ。


 エルザルドによるとヴィラデルの話だけでは正直情報が足りず、結果は不明であるらしい。

 『ユニークスキル所持者』の力はこの世界の本来のものとは一線を画すどれも強力無比なものには違いないがどんなに一見無敵かと思えるものであっても必ず弱点というか突破口が存在するという。その証拠に『魔王』相手に力及ばず敗北、死亡した『勇者』も数としては少なくはないらしい。また、『北の完全封印後』も本当に数少ない事例ではあるが、ヒト族の脅威と堕ちた『ユニークスキル所持者』をただの兵士や冒険者が討伐したという記録も存在するということだった。

 ただし、これが本当に『ユニークスキル』の厄介な点らしいのだが、彼らが所持する『ユニークスキル』はその所持者特有のものであるらしく、各人物ごとに効果が全くと言っていいほど違うらしい。

 故に過去に倒された歴史があるとはいえ、その事例が今回にも適用可能かどうかは正に神のみぞ知る、という事であるようだ。


 結局のところ、戦いつつ試行錯誤していき有効な戦法、攻撃を予測し構築、その後確定させていくしかない。そういったことは前世でも行い、成し遂げた記憶が何度もあり、ハークとしては実績済みであると言える。この世界であってもその経験が通じるかどうかは正直それほど自信は無かったが。


 とはいえ、そのアチューキ=コーノと本当にやり合わなければならぬ事態に陥るのであれば、の話なのである。

 が、何故かその事態は避けられぬような予感があった。



 己の考えをある程度纏め終わったハークは、見るからに、というよりもこれ見よがしに疲れ切った様子のヴィラデルに再度話し掛ける。


「ヴィラデル、話し疲れたであろうが、もう少しだけ質問に付き合え」


 ハークの口調は依頼ではなく、命令だった。有り体に言って、ハークにはまだ・・この時点でヴィラデルに気兼ねする必要などないのだから。


「仕方ないわネ。どうぞ?」


「心配するな、貴様が妙な茶々を入れなければすぐに終わる。……何故儂のところに来た?」


 質問の前に軽く毒を吐いたハークの言葉であったが、ヴィラデルは流石に余裕がなくなってきたのか下手に取り合うことなく素直に答えた。


「本当は御領主様のお屋敷まで逃げ込むつもりだったのだけれど、距離があってね……。無理だったのよ。その時、アナタがギルドの寄宿舎にいるって思い出したの」


「儂の動向を追っておったのか?」


「ええ、そうよ。まァ、包み隠さずに言うとアナタよりも連れの精霊獣さんのことを警戒して、かしらね……。何でかはわかるでしょう?」


「レベルと相性的に、もうこの街に貴様の地位を脅かすような相手が虎丸以外おらぬ。そういうことか」


「ええ」


「儂が貴様を治療などせずに見捨てるとは考えなかったのか?」


 ヴィラデルが不思議そうな顔をした。その表情だけでハークはヴィラデルの答えを聞く前にその中身を察してしまった。


〈本当に苛つかせてくれる女子おなごだ〉


 ハークが内心抱いていることになど気付くこともなくヴィラデルは口を開く。


「思わなかったワ。アナタなら、ハークならと思っていたから」


「買いかぶるな。2度目は無いと心得ろ」


「もう、キッツイわねえ。意地悪言わないで」


「意地悪ではない。さっきも言ったが儂らは赤の他人なのだからな」


「根に持つわねぇ。あの時は……正直に言うと人間の街でアタシを頼らないで欲しかっただけよ。アタシには目的があったし、子供の面倒を見ている暇はないから早く里に帰って欲しくて、ね」


「ふんっ、子供か……。良く今それが言えたものだ、この状況でな」


 ハークの言うこの状況とは、頼らないで欲しかったと言いつつ、逆にヴィラデル自身がハークに頼っているこの状況のことだ。


「ええ、全くね。反省しているワ」


 ヴィラデルは一応、反省の弁を述べてはいるが、ハークの胸元に重しの如くつかえる黒いものの重さは依然として変わらない。

 ベッドの下でヴィラデルが妙な動きをした際に備えて潜んでいる虎丸も同じような思いでいるに違いない。


〈つまりは要するに鬱陶しがっていたということか、殺したいほどに〉


 だからこそ『四ツ首』のあの3人組を嗾けたのだろう、と。

 結局はそこに行きついてしまうのである。

 沸々としたものが込み上げてくるが、続くヴィラデルの言葉で胸にしまう。


「それに、協力できると思ったから、ってのもあるわね」


「何?」


「アナタのお友達、『四ツ首』に狙われているんじゃあなくて? さっきも言ったでしょう? コーノがこう言っていたって、『まだギルドのガッコーにも次の仕事がある』、ってね」


「む」


 ハークとしては上手くはぐらかされ、切り返されてしまったような気がした。しかし、言っていることは一理どころか真理を突いている。ただし、引っ掛かるものもあった。


「何故、狙われているのが我が友だと思うのだ? コーノとやらの言葉ではギルドの寄宿学校に所属する者が次の標的であると表しているだけで、儂に関係のある人間であるとまでは判らぬ筈だ。まさか貴様まだ『四ツ首』と……」


「違うわよ、慌てて邪推しないで欲しいわね。『四ツ首』に飼われている衛士の中にアタシに気があるヤツがいてね。ソイツが頼んでもいないのにイロイロ教えてくれるのよ。ホラ、アタシ黙っていてもそういうの寄って来るから」


 肝心なところまでは喋っていない印象があったが、ズィモット兄弟の一件もありテルセウス達が『四ツ首』に命を狙われていることはほぼ間違いない。


「成程。確かに貴様、そういうのが多そうだな」


 前世でもよくあった話だ。美しい女の元には情報が自然と集まる。

 遊女など世間の情勢に暗くては務まらぬ生業であったし、優秀な女忍びにも諸国を回っていた時は何人かと出会い、知己を持ったものである。大抵は厄介の種であったが。

 そういう意味では、目の前に寝るこの女性は美しさでも厄介さという面でもとびきりである。


 そんな女が更なる追撃となる言葉を発す。


「それに、そもそもアタシが『四ツ首』に元々所属していたなんて事実はないわ。アナタの勘違いよ」


「なんだと!?」


 聞き捨てならないことだった。だからこそ。


「だからこそ、古都3強を含めた刺客どもを儂らに放ったのではないか」


 これは言わぬ方が良い事柄だったのかもしれない。だが、訊かずにはいられなかった。

 まだ己が、少なくとも表面上は冷静を保っていられたことが自分でも不思議ですらあった。声を抑えられることができたのは僥倖に近かったかもしれない。


 だが、真なる驚きを表したのはハークだけではなかった。


「は!? 何よそれ!?」




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