136 第11話03:CHEAT




 ハークはとりあえず、ふうーー、と息を吐いた。己を落ち着ける意味もあった。


「まず、何があった? 正直、貴様ほどの実力者を、例え不意を突いたとしてもあのような状況にまで追い込むこと自体並の人間には考えられぬ」


「へぇ、実力を認めてくれるのね」


「当然だ。レベル30以上とは何度か手合わせしたこともある。その恐ろしさも多少は分かっているつもりだ。そして貴様はレベル37。しかも強力な魔法の使い手だ。その気になれば床についたその状態からでも儂を殺すことすら出来よう」


「今のこの状態では流石に無理よ、安心してイイわ。ところでアタシの正確なレベルを何故知っているの? ギルドにも最近は報告していないから、もしかしてあの魔獣の力かしら? 姿が見えないけど、すぐ近くにいるんでしょう?」


「質問しているのはこちらだ。まあいい、一つだけ答えてやろう。儂は貴様を信用していない。だから当然、その辺に潜ませている。さあ、そろそろ無駄話は終わりだ。何があったか順を追って話して貰おう」


 今度はヴィラデルが、ふうっ、と息を吐く番であった。観念した、とでも言いたそうな溜息に似ていた。


「せっかちなことね。とはいえ、まア、しょうがない、か……。いいわ、順を追って話してあげる。あれは夕食を終えて宿に戻り、少し微睡まどろんでいたところ、かしらね……」



 不意を突かれた、などと言うつもりはない。ヴィラデルは領主の側近ラウム協力の元、『剣空亭』の宿全体を借り切っていた。もし『剣空亭』の建物自体に被害を出したとしても、領主の金で補填される契約となっていた。

 ラウム側、つまりは領主側はヴィラデルの戦闘力を当てに、そしてヴィラデルは領主の豊富な資金を当てにしていた。

 目的は、領主側がまたもこの街に危機的状況が発生した際の戦略的用心棒として、そしてヴィラデル側が個人的な問題を穏便に解決したいが為であった。


 ヴィラデルの個人的な問題とはつまり、『四ツ首』ソーディアン支部との決着であった。

 ヴィラデルは支部長の性格をよく知っていた。彼は豪胆を気取っているが、その実、小心者だ。『四ツ首』に依頼を受けた身であるか、それとも忠誠を誓い所属した身であるかは関係なく、かなりの内部事情を知ったヴィラデルを何が何でも始末しようとするであろうことは、予想の範疇というより確信に近いものがあった。

 そして、どうせやるなら早い方が良いと、態々煽ったりもしたものである。


 ヴィラデルには充分な勝算があった。

 実際、残りの『四ツ首』ソーディアン支部構成員、ほぼ全てを投入された決戦であっても、さしたる苦労もなく一蹴することが出来た。

 彼らの多くが、衛士やその辺の冒険者と比べてもレベルは高いがただそれだけであったからだ。所謂、強敵との戦闘経験を積んでいない、弱いものだけを相手にしてきただけの下らない連中ばかりなのである。高レベルが使用する魔法がどのようなものかも、頭に入っている者すら少なかったに違いない。

 結局、魔法だけで片が付いてしまった。接近戦に持ち込まれることも無かったのだ。


(モーデル王国の裏を牛耳る『四ツ首』でもやはりこの程度か)


 そう思って正直舐めていた。

 支部長はああ見えて蛇のようにしつこい男だ。絶対に何処かの支部に支援を要請し、始末屋を嗾けてくるだろう。だが、どうせ数を頼りに囲んでくるようなつまらない奴らばかりにちがいない、と。

 今回も取るに足らないザコ達であったが、この前古都に侵入した敵も含めてかなりの数になったお陰で、塵も積もれば何とやらかレベルが1上昇していた。このまま各支部の実力者を順々に倒していけばレベル40台も夢でないかもしれない。


 だが、考えが甘かった。



 いわば『剣空亭』は領主の権力と資金を後ろ盾にヴィラデルが一時的に接収した小城のようなものである。例え、この宿に宿泊する客が現在ヴィラデル唯一人だとバレたとしても、単なるこの街の一宿屋を打ち壊したり、ましてや焼き討ちすることなど出来やしない。

 そんなことすれば忽ち衛兵などを呼び寄せてしまう。ひいては、それは御領主との全面対決に発展することを意味することになる。裏社会の雄たる組織とはいえ流石に表立って最大権力と対立することは有り得ないと言えるだろう。

 そうなると穏便に少人数で侵入し殺すしかない。

 暗殺スタイルだ。だが、それでは数の有利が活かしにくくなる。

 そういう意味で小城、ひいては籠城戦に似ていた。


 さて、上記に述べた事項の中で想定していない、又は備え切れていない部分がある。

 それは強力な個人による単騎突入だ。

 ただ、これに関しては自信があった。


 事前にヴィラデルが調べた限り、『四ツ首』に所属、その他組するような者達の中にレベル40を超えるものはどうやらいないらしい。1つや2つレベルが高い程度であれば、百を超える年数でひたすら鍛えに鍛え上げた自分の魔法SKILLでどうにでもなる。そう思っていたのだ。



 その男がヴィラデルの魔法探知に引っ掛かった際に、風の上級魔法『遠視ファーサイト』にてたった一人『剣空亭』に近付いてくる男の姿を捉えたヴィラデルは、きっとどこぞの貴族か商人のボンボンが『剣空亭』が貸し切られているとも知らずにやって来ただけであろうと思った。

 だが、その男は迷うことなく裏口へと向かい、力任せにドアを壊し中へと侵入していた。


 この時点でもヴィラデルはこの侵入者が刺客であるとは思っていなかった。

 身に纏っている雰囲気、表情、そして服装と装備、そのどれもが暗殺者とはとても思えぬものであったからだ。

 仕立ての良い高級品の服装に身を包んでいるのはいい。だが、それも普通の街歩きで着るようなもので冒険者の様な激しい戦闘に耐えうるような作りではない。

 そして、装備。鎧の様なものはリストガードすら着けておらず、武器に当たるようなものも全く見当たらない。鎖帷子チェインシャツも、あの服程度の厚みでは着込んでいそうになかった。

 更に顔には全く険の無い柔和な表情。小太りの体格故ということもあるのだろうが、その顔のつくりはどう考えようとも暗殺家業に身をやつす者のものではなく一般人のそれであった。


 だからヴィラデルは彼をただの『伝言人メッセンジャー』だと思った。こちらを油断させるためか、はたまた万が一本気かは判断つかなかったが、自分と交渉し、あわよくば和解する気なのだろうと。そんなつもりはサラサラ無かったが。

 余裕を見せつけるために敢えて鎧を着こまなかった。これも後々災いした。


 だが、ノックを態々行い、自分の入室の許可を得てからドアを開けて入ってきた男の姿に、更に警戒感が薄れてしまうのも仕方の無いことであった。


 ヴィラデルは椅子に腰を掛け、足を組んだままで男を出迎えていた。

 ただし、一応『鑑定』法器を向けておく。超一流冒険者であるヴィラデルが持つそれは超高級品である。直ぐにまずは男のレベルが34と表示される。中々のレベルだが、今のヴィラデルに危機感を抱かせるものではなかった。


(中央から支配人が呼び寄せた交渉人ネゴシエイターかしら?)


 そんな風に思ったのも、目の前の男が口を開くまでであった。


「おうおう、実物を見てみると更にエロいな! エロの塊じゃあねえか! こりゃあ映像なんかより実物は何倍もヤベえぜ! なあ、ネエちゃん、一仕事前に相手してくれねえか!? 幾らだ!? 楽しませてやるぜ!」


 挨拶も名乗りもなく放たれた下卑た言葉にヴィラデルは片眉を思わず上げる。

 完全に当てが外れたと言っていい。そのこともあり多少苛つきながらもヴィラデルは答えた。


「悪いけど、売りはやっていないの。それに、アナタとじゃあ正直楽しめる気はしないわネ。……それで、アナタはドコの誰で一体何しに来たのかしら?」


「おおっと、ワリイワリイ! コーフンしすぎて名乗るのすら忘れちまってたぜ! 俺の名はコーノってんだ! ところでよ、その組んだ足の先よお、履いてねえってことねえよな!? ガキの頃に観た、オメーみてえなエロい悪女が今のオメーとそっくり同じように足組んで『今履いてない』とか言い出した映画を思い出したもんだからよお!」


「エイガ? 何を言ってるの、アンタは? 履いてるに決まってるでしょう」


 ヴィラデルは『四ツ首』が変な男を派遣してきたと思った。闇稼業が長くなると人は大なり小なりおかしくなると聞いたことがあるが、彼はとびきりのようだ。


「いいから質問に応えなさいな」


「ああ、そうだったな! 勿論、オメーを殺しに来たんだぜ!」


「は!?」


 突然告げられた宣戦布告に、後で考えてみれば間抜けにもヴィラデルは即座に反応できなかった。質の悪い冗談のような気がしたからだ。

 だが、男が懐から取り出した魔法袋マジックバッグらしきものから、刃が中ほどから鉤爪のようにひん曲がった、大きな釣り針の様な武器を取り出すのを視て現実感を取り戻した。

 よく視れば男の表情も笑みであることこそ変わらないが、ニヤニヤ笑いが嗜虐的な、残忍で酷薄なものに変わっていた。


「本気?」


「おおよ! オメーに恨みはねえけどな! ま、すぐには殺しはしねえさ!」


「警告はしたわよ。『氷の墓標アイス・トゥーム』」


 即座にヴィラデルは氷の最上級魔法を発動させた。

 『氷の墓標アイス・トゥーム』は対象の足元から瞬時に周りの空気ごと熱を奪って凍結させ、氷の棺の如く出現した氷柱に閉じ込めて凍結死させる魔法SKILLである。

 一度捉えられれば、術者の魔法力と同程度以上の精神力値を持っていなければ脱出不可能とすら言われる恐怖の一撃必殺SKILLだ。『魔導の申し子』たるエルフ、そしてレベル37にまで達したヴィラデルの魔法力値に対抗できる精神力値を持つものなど、余程レベルが上でなければ考えられることではない。

 そうなると発動前に躱すしかないが、ヴィラデルは果てしなく時間を掛けて積んだ修練により動き回るスピード型モンスターであっても難なく先読みして狭い発動範囲内に捉えることが出来るようになっている。ましてや動き回れるスペースの限られる室内では尚更であった。


 他の『四ツ首』所属の殺し屋たちと何ら変わることなく氷の棺の中にとらえられた男の姿を視て、ヴィラデルは吐き捨てるかのように言う。


「幾らで依頼されたのかは知らないけど、身の程知らずなことね……」


「ハッ! そりゃひょっとして俺の事か!? それともオメーのことか!?」


 声に反応し振り向いたヴィラデルの瞳に移ったもの、それは形成された氷の棺から首だけ出したコーノと名乗った男の姿であった。

 だが、彼を閉じ込めた筈の氷柱には砕けた跡どころかヒビ割れすら見受けられない。次いで両腕、両足も抜け出してきていたが、同じように氷が砕けることはなく、未だ魔法で生成した棺は無傷のままのように見えた。


「な……何が!?」


 見間違いかとも思った。幻影の類とも、だがそんな兆候は無い。どんな些細な魔法であっても動けばそれだけ・・・・で彼女には分かる。


 まるで何物も無かったかのように、そして透けて通るかのように彼は棺から脱出した。全くの無傷で。

 その時、向けっ放しであった『鑑定』法器が対象の詳細までをも感知しきった。


 HPやMP、各種能力値に続いてのSKILL欄に、ヴィラデルは見慣れぬ文字列を見つけた。そこにはこう書いてあった。


 『生と死の狭間に居るものデスエスケイパー』と。





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