135 第11話02:FREAK




 ハークの個室は冒険者ギルド寄宿学校寮の最上階である2階角部屋に位置している。

 つまり隣室は一つだけで、テルセウスとアルテオの部屋の逆側には壁しかなくどん詰まりで上にも部屋は無く屋根があるだけだ。


 そこにヴィラデルは意識を失い、一人倒れていた。かなりの量の血を失っていて、屋根にもおびただしい血痕が残っている。しかもまだ乾ききっていない。恐らくはそれで意識も失ったのだろう。

 調べてみると失血箇所は一か所のみ。

 左脇の下から肩の付け根近くまでザックリと傷付けられている。骨まで達していそうだ。しかも中がぐずぐずになっている。まるで巨大な釣り針の如きもので吊り下げられたかのように視える。相当な激痛に出血が伴っただろう。

 まるで拷問だ。


 しかし現在、出血はかなり止まりかけていた。よくよく視れば傷の周りがこんもりと膨れ上がっている。

 更に、大量の血を失えば通常肉体は冷たくなる筈であるが、ヴィラデルの身体は熱でも籠ったかのように暖かいままだった。


『これは恐らく火の中級魔法『灼熱体ヒート・ボディ』の効果だな』


 そう解説してくれたのは、魔晶石に自身の知識を封じ込めた存在、元ドラゴンのエルザルドである。


『ほう、これがそうなのか』


『うむ、この魔力の流れからして間違いないだろうな。ハーク殿も知っているように『灼熱体ヒート・ボディ』は肉体を一時的に活性化して一部の身体能力と自然治癒力を引き上げる魔法だ。それで何とか血を止めたのであろう。しかし上手い使い方だ。咄嗟の事だったのかもしれんが出血によって引き起こされる体温低下を、本来デメリットである筈の『灼熱体ヒート・ボディ』長時間使用による身体に熱が溜まる効果を逆に利用して防いでおる。だが、それでも失った血液量が多く、気を失ったようだな。どうするね? このままここに放置すれば、生きるも死ぬも確率は半々といったところだ』


『……仕方が無いな。下に連れて行こう』


『ご主人、この女を態々助けるッスか?』


 虎丸が不思議そうに念話を挟む。反対するのも無理はない。虎丸の前の主人であるハークの身体の元々の持ち主の死因は自殺であるが、その限りなく直接的な原因を作ったのは彼女であった。

 古都3強に名を連ねるような男一人を含めた『四ツ首』所属の殺し屋3人組を嗾けたらしいのだ。

 逃げられぬと悟った元々の人格は、ソーディアン北の森に追い詰められ、そこで高所から身を投げて命を落としてしまった。

 だが、肉体は辛うじて生命活動を続けており、生きる意志を失った魂の代わりに現在のハークを受け入れた。


 そういう意味では全ての状況を作り出した元凶とも言え、虎丸にとっては前の主人の仇敵であるとも言える。もし、ハークが許可でもしようものなら喜んで倒れこんでいる彼女の頭蓋をその強靭な咢で噛み砕くに違いない。


 因みに虎丸は、ある時期までは現在のハークを元々の人格と同一視しているところも感じられなくもなかったのだが、今は完全に別の人間、つまりは『四代目』の主であると捉えているのであろうと思えることが多くなってきていた。


 これはハーク自身も全く知らぬことであるが、虎丸には主人を決める、或いは受け入れる際の明確な規定めいたものが実は存在している。

 それは、『先代の半分』を受け継いだ者である、ということだ。その身体の半分を構成する元が見知らぬ女性であったとしても、もう半分が『先代の主』であれば受け入れる。

 つまりは直系の子供ということである。

 そしてハークの場合は少し事情が異なる。だが、同じく先代が残した肉体と、見知らぬ精神。それらが半々として、虎丸が受け入れる条件に合致していたのだ。

 更に、最近虎丸は今のハークに付き従うことに明確な喜びに似た感情を抱くようになっていた。

 義務でもなく。

 生きる目的でもなく。

 共に生きたいと望むから、居る。


 だから、今、虎丸の胸中を満たしているものは憎しみでは決してなく、この女を助けることによって生じる危険性、つまりは今のハークに対する心配が全てであった。


 しかし、流石のハークであってもそこまで察することは出来なかった。


『虎丸。お主の言いたいことも分かる。だが、この状況、異常すぎる。何がどうなっておるのかサッパリだ。話を聞くためにも一度治療を施した方が良いと判断する』


『分かったッス!』


 やけに聞き分けの良い虎丸の様子がハークは若干気にはなったが、そうと決まればもたついている場合ではないと思い直し虎丸と協力して自室へと運んだ。



 ヴィラデルは大剣は持っていたが、鎧の類を着けていなかった。荷物も少なすぎる。

 きっと宿で休んでいるところを襲われたのだろう。

 傷は魔法ではなく、この前ギルドから購入した回復薬を振り掛けて処置した。

 この前、魔物の領域内でロンダイト兄弟が使用したような超高級品ではないが、効き目は悪くない。治癒を薬任せにする一方、ハークは自身の総MPの約一割を使用して『回復ヒール』で血液の増産を行った。


 最近、知ったのだがハークの『回復ヒール』は魔力効率が非常に悪いのは欠点だがその代わりに水を物質変換して失った組織を復元させることで傷を癒すことが出来る魔法らしい。つまり、通常、回復薬では補うことの出来ない失った血の代わりを創り出すことも可能なのだ。

 変換効率は悪く、不測の事態を考えればこれ以上魔力を消費するわけにはいかない為、補充できた血液量は僅かだが、危険域を脱する結果にはなった。


 そして約10分後、彼女は目覚めた。



「……う……」


 眩しさを感じ眼を開けようとしたが、瞼が重い。瞼にすら重さを感じたのは初めてだ。

 薄く眼を開けると法器による灯りの下に本を片手に佇む何者かの影が見える。

 それが誰かで自分の今後の運命が決まるということを思い出した彼女は、何とかその姿を捉えようと身動ぎをした。が、その動きで相手側に気取られたようである。


「起きたか。だが、まだ寝ているがいい」


 その声でヴィラデルは自分が賭けに勝った事に気が付いた。同時に、ぱたむ、という音を聞く。多分読んでいた本を閉じた音だろう。


「ここは……ハーク、アンタのお部屋?」


「ああ、そうだ。そして冒険者ギルドの寄宿学校寮でもある」



 安心して一息ついた彼女は苦労して布団の中で自分をまさぐり現状を確認しているようだった。


「心配するな。服など脱がしていない。傷も治した。痛みももう無いであろう?」


 ヴィラデルは元々露出度が高く、傷に干渉しなかったので服を脱がす必要など無かったのである。


「そうなの? 少しぐらいイタズラしたとしても今回は許したのに」


「冗談が言える余裕があるのなら、もう心配無いな」


「ムキにならなくてもいいのよ。今からでも許してあげちゃうから」


「黙れ。貴様を治したのは儂だ。対価を支払ってもらうぞ」


「ツレないわねェ。まあいいわ、何が欲しいのかしら?」


「情報だ。儂の質問に全て応えて貰う。嘘や韜晦を感じ取れば今からでも外に放っぽり出す。良く考えて答えることだな」


「あら、コワイ。あの時の可愛いハークちゃんは何処行っちゃったのかしら?」


「……」


「も~、怒らないでよ。少しでも和やかにしようとしただけじゃない」


「そういうのはからかうというのだ。良いか、無駄話をする気はないし、和やかな雰囲気になる気もない。儂らはそんな関係ではない。赤の他人だ。そう言ったのは貴様だぞ」


 ヴィラデルは黙り込む。漸く二の句が告げなくなったらしい。

 ここまで怪我人に突き放すようなことを言わぬでも良かったであろうが、心中から湧き上がる怒りとも憎しみとも苛つきとも違う感情に支配されぬようにするだけで精一杯であった。


「そうだったわね。アタシが言ったのよね。分かったわ。それで、何が訊きたいの?」




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