第11話:Heavy day

134 第11話01:デト・ネイ・ター




 昨日の、あんなに楽しかった宴会が夢幻の如くかのようだ。

 憂鬱である。

 寂しげな、どんよりとした空模様もそんな気分に拍車をかけている。昨日までの快晴は一体何処に行ったというのか。よりにもよって王都への帰路に旅立たなければいけない日に、こんな天気になどならなくとも良かろうに。


「ようし、栄光ある三校生徒の諸君! 全員揃っているな!? ではそろそろ我らが美しき王都へと出発することとしよう!」


 この一週間、初日に一校学園長ジョゼフ=オルデルステインからイキナリ大目玉を喰らって以来、存在感をほぼ失っていた引率講師だけ・・が元気である。

 他の皆はこの空模様に似た表情だ。自分もそうなのだろう。


 元々2週間の予定だった今回の遠征がたった5日間で帰還となったのは、領域のボスが倒され魔物の領域が消滅したからに他ならない。領域の魔物討伐による精鋭隊のレベルアップがこの遠征の真なる目的だったのだから。帰還命令も理には適った当然の帰結とも言えなくもない。

 だが、三校生徒たちは誰もが残念がっていた。

 それはロウシェンも全くの同感である。


 折角の古都を全く観光出来ていないというのも確かにある。が、その嘆きの主たる原因は一校教師陣の僅か正味3日間の指導で、メキメキと実力が上昇していく自分たちを実感でき始めていたからだ。

 せめてあと一週間、ちゃんとした指導を受けたい。自分を含めてそう思っている人間が大多数の筈であろう。


 昨日、半分酔ったパルガ先輩がこう語っていた。


「魔物はともかく、人間種とその近縁種にとっちゃあレベルなんてものは強さの目安の一つに過ぎねえ。現にレベルが低かろうが戦える奴は戦える。レベル偏重思想がここまで幅を利かすようになったのは王都の人事課連中が兵士の管理をしやすくするためにレベルを最重要視するようになったのがキッカケだ。若い連中は中々知らんだろうがな」


 まるで資格や免許みてえな扱いだ、とも言っていた。

 先の戦闘を間近に視た今となってはその言葉も納得だ。実際、自分とほぼレベルの変わらぬ同年代冒険者たちが領域の主戦にて確かな戦力として勝利に貢献していたのだから。昨日の模擬戦もそうだ。

 昨日の10対10の精鋭同士の模擬戦。シンに我々兄弟二人が引き付けられている間に、テルセウス殿とアルテオ殿を中心とした、ロンとシェイダンも含めた一校側に我ら三校は次々と各個撃破されてしまった。

 完敗である。それでも自分とロジェットの二人でかなりシンとは良い勝負を出来るようになってはいた。


(アレは正直悔しかったが……、その後の祝勝会は……本当に楽しかったな)


 王都の舞踏会下らない騒ぎとは全くの別物だった。飲んで騒ぎ、語り合う。

 『松葉簪』の女性陣が歌い、リード先生が交ぜっ返すような冗談を言い、パルガ先輩たちが芸を披露し、呼応したシンが芸を失敗したのもご愛敬だ。会場となった宿屋の女将さんの料理も絶品だった。

 沢山食べて沢山笑った。沢山呑んで服を脱ごうとしたシア殿をハーク殿たちが必死に止めていたのには驚いたが楽しかった。王都ではそんな大らかな女性はいなかったものだからある意味新鮮だった。


 最後は武器談義にもなった。ハーク殿やシンたちが『カタナ』という武器を見せてくれたが、実に美しい。古都最新技術の塊だという。

 欲しかったが完全受注制なので一朝一夕では手に入らないらしい。取り扱っているという店のモンド=トヴァリという名には聞き覚えがあった。確か王都にも支店があった筈である。何とか注文出来ないだろうか。


 そんなことを考えながら、先を行く同期生たちに自分もついていこうとすると、後ろから声をかけられた。


「兄上」


 ロジェットだった。


「おお、どうした?」


「ロンが見送りに来ております」


「何!? こんな時間にか!?」


 まだ夜も明けきらぬ早朝だ。開門と同時に街を出る算段なのである。一校生徒たちとは昨日の時点で既に別れの挨拶は済ませていた。ロンを含めたハーク達にも流石に非常識とも言えるこんな早朝に見送りは不要と伝えておいた筈である。


 末の弟の姿を見つけたロウシェンはロジェットと共に彼の元へと駆け寄っていく。


「ロン! 態々見送りに来てくれたのか!? 昨日要らぬと伝えたであろう」


「偶々目が覚めてしまいまして……」


 ロンが絶対嘘だと解る妙な言い訳をする。兄弟揃って「ふっ」と笑ってしまった。


「はは……、感謝はするが、勝負は譲らんからな」


「そのことなのですが、兄上……」


 冗談めかした兄の言葉にロンは考え込んだような表情になる。そこでロウシェンに閃くものがあった。


「待て、ロン。まさかお前、俺に譲ろうとか考えているのではあるまいな」


「……」


 黙って視線を外そうとする末の弟に、ロウシェンは困った弟だと言葉を続ける。


「やれやれ、父上が我らを競わせるのは、より次世代の第3軍の将軍に相応しい人材を育成するがためだぞ。俺はそう思っている」


「兄上……」


「だからお前だけは、俺の歯ごたえのある対戦相手として存在し続けてくれねば困る。少なくともあと1年はな」


「兄上……、了解いたしました、手加減はしませんよ!」


「抜かせ。だが、その意気だ。ではな」


 そう言ってロウシェンは踵を返した。代わりにロジェットがロンの目の前に立ち弟の肩にポンと手を置く。


「じゃあな、ロン。息災で暮らせ。またな」


「はい、ロジェット兄上もお元気で」


 去り行く兄二人の背を視て、ロンは実家を離れる際にも感じなかったある種の寂しさに似た感情を抱いていた。

 それと同時に、これからもっと頑張らねばという決意も新たにしていた。



 三校遠征生徒達がいなくなった一校寄宿学校は当初いくらか気の抜けたような感じが生徒や講師たちの間に漂っていたが、午後には皆調子を取り戻していた。

 ロンはいつも以上に気張っており、放課後全ての授業が終了したころにはヘトヘトになって一人寮へと帰っていった。


 きっと家族の顔を見て、実家の事とか色々と思い出したのであろう。大人びて見えてもまだ15歳なのだから。とはいえ、そういう感情を全て修練にぶつけることが出来るのは健全な証拠でもある。

 今日も夕食はセリュの宿屋でいただき、本日の総決算もそのままそこの食堂で行ったが、今日だけはいつもの面子であるハーク、シン、テルセウスとアルテオの他にシェイダンの姿もあった。

 同室のロンが早くも寝てしまったらしい。どうも早朝というか未明の時刻に王都への帰路に出発した兄たちを態々見送ったようである。


 シェイダンも加わったことで、今日のまとめ談義は魔法が話題の中心をさらった。

 ハーク、テルセウス、そしてシェイダンは中級魔法を其々新しく習得するために現在修行中である。その中で実際にシェイダンだけが氷の中級魔法である『氷柱の発現アイシクル・スパイク』を新たに習得し、大きく先へと実力を伸ばしていた。

 そう。ハークには思い出深い対戦相手、ゲンバが使用していた魔法である。アレは攻撃には勿論の事、防御や相手の動きを制限するような使い方も可能な実用的、かつ相手にしてみれば非常に厄介な魔法SKILLだ。これ一つ覚えれば使い方次第で様々な対応が考えられる、そんな存在なのである。

 そういうところも器用なのだろうか、目の付け所が良い。


 一方ハークは魔法の習得選択に関してはやはり素人というか、得意の勘も働かないらしい。

 苦手属性の氷と土の初級攻撃魔法を習得した際、後で詳細を知って愕然としたのだが、殆ど同じような効果を持つ魔法を習得してしまったのである。結構な苦労と時間を掛けたというのにアレは何だったのかとも思いたくもなる。


 そこでハークは様々な人物、講師や魔法の知識豊富な同期生などに相談し、次に習得するであろう火と風の中級魔法を充分に吟味しようとしていた。

 中級魔法習得には、初級魔法とは比べ物にならぬ程の時間と才能が必要らしい。そう聞くと増々習得魔法選びに失敗はしたくない。


 候補は今のところ火魔法2つに風魔法2つの計4つ。火魔法『爆炎嵐ブレイズストーム』と『灼熱体ヒート・ボディ』、そして風魔法『鎌鼬ウインドカッター』と『風の断層盾エア・シールド』である。

 一部の講師と生徒推しなのが『爆炎嵐ブレイズストーム』だ。この魔法は全属性中級魔法の中で最も高い威力を持つらしい。高火力の花形と言われる火魔法使いならば習得して損はないということだ。

 テルセウス推しなのが『灼熱体ヒート・ボディ』である。これは使用すると肉体が一時的に活性化し、攻撃力と運動能力、そして特に自然回復能力が上昇するのだという。習得は難しいが、他人にも使用可であるらしい。ただ、長時間使用すると身体に熱が溜まり、強烈な倦怠感に襲われる欠点もあるという。

 そして大部分の講師推しが『鎌鼬ウインドカッター』。これは空気の断層を作り出して刃を形成。それを射出して敵を斬り裂く魔法であるらしい。勧める理由の多くは、非常に見え難い攻撃であるらしいからだ。だが、遠距離攻撃手段ならば同じような攻撃に秘剣・『山津波』があり、正直いの一番に欲しいものとも思えない。

 最後にシェイダン推しなのが『風の断層盾エア・シールド』である。これは任意の箇所に空気の塊で作った文字通りの盾を一時的に形成する魔法で、物理攻撃を完全に防ぐのは難しいらしいが、味方の咄嗟の援護にも使え、何より空中に発現させることで一時的な足場としても使用できるらしい。成程、シェイダンらしい様々な用途で使える魔法だ。

 『風の断層盾エア・シールド』 のそのような使い方を最初に編み出したのは、かの赤髭卿であるらしい。

 全くどんな超人だ。


 今のところハークの意識としては大分『風の断層盾エア・シールド』習得に心が傾いている。

 しかし、テルセウスの言う通り『灼熱体ヒート・ボディ』も使う場面が多そうで魅力的だし、『爆炎嵐ブレイズストーム』で新たに強力な遠距離攻撃手段を増やすというのも重要に思える。悩みどころという奴だ。


 そんなことを考えながら仲間たちと帰路に着き、寮で其々の個室に散り、隣室のテルセウスとアルテオとも別れた後、自室の扉を開けようとしたところで上着の裾を虎丸がみ、ハークを止めた。


『どうした虎丸?』


 この時点でハークは異常を感知してはいなかった。害意や殺気というものを扉の先に感知出来ていなかったからだ。

 当然だ。そっち・・・ではなかったからだ。


『ご主人。ご主人の部屋の真上、屋上にあの女、ヴィラデルがいるッス。しかも血を流して倒れて、……これはどうも意識を失っているみたいッス』


『何!?』


 何から何まで想定外であった。





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