132 幕間⑩ Child’s Play




 先週よりもう一週間、バー『ロストワード』の最奥部分の個室VIPルームはたった一人の男によってずっと占拠されっぱなしである。売り上げに響くこと甚だしい。

 その間、美しく着飾った女性たちが入れ代わり立ち代わり出入りしていく。彼女らは大体半日から2日近くまでそこに籠り、皆疲れた顔をして帰っていくのである。中で何が行われているかなど一目瞭然だ。態々訊くまでもない。

 その費用は全て自分が出すことになっているオーナーは正直苦々しくは思いつつも多少の安心感を抱いていた。それは、そのVIPルームに招かれる女性の数と、事を終えて部屋を去る女性の数が一人も欠けることなく完全に一致していたからだ。


 そんなもの普通に考えれば当然の話である筈なのだが、未だVIPルームの主である男の、本来の飼い主たる『四ツ首』王都本部実働部隊の長として王都の裏を全てを取り仕切る女から教えられた彼の取り扱い説明によれば、第一として必ず守らねばいけない事項としてこんなものがあった。


 『アチューキ=コーノには絶対に命令をしてはならない』と。


 彼がまだ新人の頃、その態度に腹を立てて彼を私刑に掛けようとした構成員達が居たが、彼と同レベル帯からそれ以上の者が5人もいたにもかかわらず、彼はその全員を無傷で返り討ちにしたという。

 しかもその全員を一度捕らえてから全身の血液を失わせての失血死に追い込むという拷問付きで。どのような方法かは結局聞いていないらしいが。


 確かにそれは大した腕であろう。

 だが、命令を一切しないというのならばどうやって仕事殺しをさせているのか、と訊くと、全て彼の言い値で受け交渉もせず、また、彼がやる気になるまで一切急かすことはしないらしい。さりとて上をガン無視するような輩でもなく、言い値の金額が全く見合うものでなければ依頼者側から断っても報復等に及んだことは今のところ無いとのことだ。

 つまりは、当たり障りなく対応していけば決して危険な行動を起こす者ではない、とも言っていた。そして、その仕事の完遂率は今まで100パーセントであるという。


 しかし、古都に着いて今日で早一週間が過ぎた。

 到着するやいなや「飯だ酒だ女だ」と騒ぎ、VIPルームから出て来ることもなく仕事の話など一片たりとも出来ていない現状を鑑みるに、何しに来たのだと問いたくもなってしまう。

 正直言って自分がまだ暴発していないのが不思議なほどだ。そろそろ一歩でも部屋から出て来てくれなければ、堪忍袋の緒も限界である。何より残った部下たちに示しがつかない。


 そう思うようになってきた頃である。漸くその男が部屋から出てきて言った。


「あ~~、堪能させてもらったぜ! よぉし、仕事の話をさせて貰おうか!」


 と。



 言いたいことは色々あった。だが、その全てを飲み込んで支配人は依頼の説明をする。


「今回、あなたに頼みたい仕事とは、この女の始末です」


 そう言って、記録用映像法器を起動させる。そこには憎きあの女の数か月前の映像が記録してある筈であった。

 程無くして大柄で褐色肌の見目麗しい女性の姿が浮かび上がる。

 ヴィラデルディーチェ=ヴィラル=トルファン=ヴェアトリクス。通称ヴィラデルのドレス姿である。

 本当は鎧や大剣などに身を包んだ武装姿があれば良かったのだろうが、それは口で説明すれば事足りることであろう。


「勿論、これは戦闘用の姿とは違います。彼女は魔法と武器攻撃をバランス良く使用する『魔法戦士ミスティックファイター』です。戦闘時は鎧と大剣を……」


「おうおう、マジでいい女じゃあねえか。こんなの殺せってのかよ!? マジで勿体無えな! うおー、何だこの胸!? 零れ落ちそうだぞ、相手して貰いてえなあ!」


 自分の説明を遮り、下卑た物言いを始める目の前の男に言いたいことは更に募るが、支配人は表情には出さずに言葉を続ける。


「油断しない方が良いですよ。彼女はこう見えても数種の『極者マスター』クラス魔法を操ることが出来るのです。確認出来ただけでも氷、火、雷、この三種は『極者マスター』クラスであると思われます。更に決して近接も不得手ではありません」


「へえ、良く鍛えてあるっていうワケか。この極上ボディも納得だなァ。レベルは?」


「36でした。計測に成功した人員は殺され、鑑定法器も奪われてしまいましたので一つくらいレベルが上がっていてもおかしくはありません」


 アチューキ=コーノの飼い主からはもう一つの注意点を申し付かっていた。

 それは『嘘や韜晦を一切行わないこと』である。

 解らぬことは解らぬと言い、出来ぬことは出来ぬと言うべきだ、と言っていた。外見からはそうは感じられないだろうが、彼は中々に鋭い、とも。

 前述のことを行ったことが下手にバレた場合、彼は急速に機嫌を傾けるらしい。危険なほどに。


「へえ。もし37だとしたら俺より3つ高えのか。ま、当たらなきゃ意味すら無えんだがな」


 と、すると目の前のこの男のレベルは34だということになる。

 支配人は急速に不安になってきた。目の前のこの男が返り討ちで殺されようとも全く関係は無いが、そうなれば最早自分に打つ手は無くなってしまう。今まで築き上げたものが全て崩れ去る瀬戸際かもしれぬのだ。

 だというのに大金はたいて王都から態々呼び寄せた『四ツ首』最強の始末屋という触れ込みの男の外見は、小太りの冴えない普通の男にしか見えない。むしろ体格の所為で一見柔和にすら見えるほどだ。

 暗殺者特有の、痩せているとか肌が青白いとか、不摂生めいた業の深さともいうべきものが一切外見に闇を落としてはいなかった。

 裏稼業で生きる人間の外見ではない。寧ろ貴族か大商人のバカ息子である、と言われた方がしっくりと納得出来てしまうような外見であった。

 言動もそれに拍車をかけている。


「200だね」


「何ですと?」


「だから金だよ。始末料さ。アンタ、うるせえことも言わずに良くしてくれたからな。前金100、後払い100の合計金貨200枚でいい、って言っているのさ」


「そ、そうですか。それはありがたい……」


 正直言って支配人が急いでかき集めた金の半分にも達しない。あの女が自分以上に吹っ掛けてくると言っていたのだが、予想の範疇内では最低額近くに収まっていた。


 どうもよくわからない。

 子供が大人の振りをしているような印象さえ受ける。


「なぁ、別にさ、殺す前にたっぷり楽しんでから、でもいいんだろ? タンノーしたらキッチリと始末はするからさ」


「え? え、ええ、それは構いませんが……、大丈夫なのですか?」


「あ? 何だ? 俺のチカラを疑ってるワケ?」


 拙い、余計なことを口走ってしまったのかと支配人は内心焦りかける。


「い、いえ! 決してそういう訳ではありません。ただ、少し心配でして……」


「ああ、まぁそうだよな。レベルも負けてるし、不安にはならあな。よし! 特別に俺のチカラの一端を見せてやるぜ」


 そう言って、いつの間に取り出したのか、大ぶりなナイフをひょいと投げて寄越す。


「こ、これは?」


 慌てて受け取ったその剣の様なナイフは刃が中ほどから鉤爪のように歪曲していて、まるで大きな釣り針の如き印象を受ける。


「そいつで俺のことを刺してみな」


 アチューキ=コーノは事も無げにそう言い放った。



 呼び鈴を聞いて支配人室に入った側近は、執務机の前で久々に薄ら笑いを浮かべる主の姿を見た。

 ここのところずっと苛々と歯軋りすら聞こえてきそうな苦々しい表情をしていたが、何があったのだろうか。だが、彼は賢明にもそこに深く踏み込むことはせず、御用を聞く。


「何かございましたでしょうか?」


「ああ、頼みたいことがあります」


 この物言いも久々だ。あの女が裏切る前に戻ったかのように余裕たっぷりだった。


「部下にやらせて次のターゲット、あの大貴族の依頼二人の記録映像を入手しなさい。コーノにやらせます。確かギルドの寄宿学校にいるのですよね」


「は? は、はい、了解しました。し、しかし、裏切り者の始末はよろしいのですか?」


 部下の言葉を聞いて、支配人は不敵な笑みを浮かべた。


「ふふふ……、最早あの女など問題になりません。あの男が必ず始末をつけてくれるでしょう。それは確実です」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る