131 第10話20終:But It’s gonna be a lovely day.




 領域のボスが倒され、遂に魔物の領域が消滅してから3日経った。

 古都ソーディアンの冒険者ギルドは昔の喧騒を取り戻し、中断されていた西側街道の建設も再開されている。

 元々、魔物の領域は西側街道建設中に偶然発見されたものなのだ。お陰で計画に多大な遅れが生じている。


 その影響故か、計画にも多少の変更と修正が加えられることとなった。

 当初、一直線に王都へと伸ばされる予定であった西側の街道は、その前にまずソーディアンから見て北東の方角に位置する辺境領ワレンシュタインが領都、オルレオンへと向けて建造される運びとなった。


 というのも、工事中断の報せを聞いて、辺境領ワレンシュタイン側からもソーディアンへの街道建設を、ある程度先に進めておいてくれていたのである。その距離は森さえ突っ切ることが出来ればもうあと僅か。そのような状況であれば王都への街道建設は後回しとなるのが当然の流れとも言えるが、関係各所とのすったもんだの末、領主である先王ゼーラトゥースの鶴の一声により最終的に収まりを見せた。

 最も、その辺境領ワレンシュタイン領都オルレオンと古都ソーディアンを結ぶ新街道を、途中で西へと伸ばせば王都レ・ルゾンモーデルにも繋がる為、早いか遅いかの違いでしかないのだが。


 そんな中、ソーディアンの冒険者ギルド本部では、一組そしてもう一組と街を去る高レベルパーティーが続出していた。それもその筈で元々彼らは魔物の領域調伏の為にこの街に集まっていたに過ぎない。

 魔物の領域が、主が討伐されたことに呼応して消滅し、その脅威がなくなれば各々のホームタウンに帰還するのは当然の流れである。

 更にこの町は森に囲まれている関係上、冒険者への仕事依頼発生件数は多い方だが、出現する魔物のレベル自体は然程高い訳ではない。

 精々が『限界レベル』などと呼ばれるレベル25くらいまでで、それ以上となると年に数回あるかないかだ。レベル33のトロールなどイレギュラー中のイレギュラーだったのである。

 よってこの街は、初級者から中級者が拠点とするのは良いが、より冒険者として高みを目指すのであるならば他に移った方が良いと言われている場所なのである。


 いつ何時であっても冒険者たちの賑わいに包まれていたホールも、次第に過去のものへと移り変わる中、一人の男が受付へと近づいていく。


 パルガである。


 自らのパーティー仲間たちを食堂に待機させ、たった一人で受付嬢に話し掛ける。


「やあ、ブリジット。今日も綺麗だね。いきなりで悪いんだが、ギルド長に取り次いでくれないか?」


「あら、パルガさんこそ今日もステ……キじゃあないわね。どうかなさったの?」


 ブリジットと呼ばれた左手の薬指に銀色の指輪が光る妙齢の受付嬢は、パルガの挨拶代わりにいつも通りに応えようと彼の表情を見て、一瞬固まってしまった。それは、いつも陽気なその男には珍しい、仏頂面が乗っていたからだ。


「まぁ、ちょっとな。後でちゃんと話すよ。まずはギルド長と話させてくれるかい?」


 その言葉でブリジットは何の話かを悟ったようであるが、深く食い下がることは無かった。


「分かったわ。ちょっと待っていてね。ギルド長さんに聞いてきます」


 奥へと下がり、2階への階段へと向かうブリジットに手を振りながら、パルガは踵を返す。デカい街のギルド長は基本何処も多忙だ。一介の冒険者が会いたいと願い出ても直ぐにというワケにはいかないのが常である。どれくらい待つかはまちまちだが、食堂ででも待っていれば呼びに来てくれるだろう。

 と、思っていたが、去り際のその背にブリジットの声が届く。


「パルガさん! ギルド長がすぐにお会いになるって」


 無論、疑うべくもなかったが、意外感は拭えなかった。



(俺もそういう立場になった。……っていう事かもな)


 ギルド長の執務室の前で、パルガはそんなことを思う。

 今回の魔物の領域、そのボス戦に参加した中に、パルガ達パーティーも含まれていた。結局仕留めきったのは別パーティーで、パルガ自身も殆どそれに貢献出来てはいなかったが、そのパーティーメンバーの意向によりそういう話になっていた。代わりと言っては何だが、領域のボスであるスカベンジャー・トゥルーパーが戦闘前に『大地の庭師アース・ガーデナー』で閉じた帰り道は、パルガ達と『松葉簪』の共同作業で打ち壊しつつ帰路に着いたワケだが、それでもボス討伐の栄誉に加わるのは少々安きに過ぎるだろう。

 もっとも、戦闘に参加していたのは事実だし、パルガも含めて領域のボスと刃を交えた者達、パルガや『松葉簪』、そして見事領域のボスを打ち取ったハークという少年エルフ率いる、ほぼ子供としか思えないパーティーメンバーも全員レベルが上がっている。

 とはいえ、たった一人、いや一匹で領域の魔物100体以上を倒し、更に領域のボスにすらトドメを刺した魔獣がやっとこさ1レベルだけ上がったのは皆納得がいかなかった。最後の最後でレベルが上がったのだから『限界レベル』ではない。

 彼の主によると、以前にも似たようなことがあったらしい。それから察するに恐らくレベルが10以下に下回った敵を倒しても、あまりレベルアップの足しにはならないのではないか、という結論を導き出していた。興味深い説だが、検証する手段はきっと無いだろう。最早その魔獣のレベル、39を超えるなんて奴はパルガが記憶する限りこの国に、いや、西大陸全体で見てもあと3人しかいない筈だし、しかもその内の一人は冒険者ですらないのだから。


 そして、パルガはレベル29になっていた。大台と言われるレベル30まであと一つのところまで迫ったのである。つまりは一流冒険者への道のりが眼前に開いたことを示している。

 それは普通の、常なる冒険者とは違う存在になった、などと言えなくもないが、ここのギルド長がそんなことに忖度するだろうかと思い出せば答えは否だった。きっとたまたま時間が取れたに違いない。


 そんなことを頭の中で考えつつ2度ほどノックすると、中から入室の許可が下りた。ドアノブを回して中に入れば、来客用ソファの前に座るギルド長から着座を勧められる。


「おう、よく来たな」


「ギルド長、突然すんません」


「気にするな。して、どうかしたのか?」


 挨拶もそこそこに本題に切り込まれる。この人はいつもそうだ。


「いや、それがっすね……」


 言わなければ、伝えるべきだと訪ねてきたにも拘らず、パルガは言い淀んでしまう。


「……はぁ、そうかお前もかい。まぁ、残念だが仕様が無いな」


 ギルド長が察して言い難いことを飛ばさせてくれる。本音はパルガも言いたくなどないのだ。この古都を出るなどと。


「残念がってくれるんで?」


「当然だろう。何を言っている。当たり前の話だ」


 強く言われてしまった。まるで怒られているかのようである。こういうところも心地良く、数々のギルド支部を渡り歩いてきたパルガにとっても新鮮であった。


「すいやせん」


「謝る必要なんぞない。お前さんは確か『海の五校』の卒業生であったな。出身もあちらなのか?」


 パルガは目を剥く。まさかソーディアンのギルド長が自分の出身校を覚えていたとは思わなかったからだ。


「ええ、まぁ。よくご存知でしたね」


「何言っとる。有望な若手の経歴ぐらいは目を通しとるわい。それで、そちらに戻るのか?」


「あ~~……。まだ決めとりやせん。ワレンシュタイン領のオルレオンと迷っておりまして」


 海の五校とはモーデル王国唯一の港町にして海運都市コエドにあるその名の通り王国5番目に建造された寄宿学校である。

 国土の広いモーデル王国だが、内陸発祥故かその広大な版図殆どが海に面しておらず、唯一の例外として海運都市コエド付近のみが海面に接しているのである。

 広大で肥沃な土地、長大で恵み豊かな河川、同じく恵み豊かだが広大過ぎて国境変わりとなっている3つの湖、これらを持っているが故に海の有用性に国の上層部が中々気づくことが出来なかった建国当時、初代ウィンベル家当主、即ち赤髭卿こと『国父』唯一人の肝煎りによってようやく海運都市コエドは設立発展した経緯もあり、他主要都市に比べて人口は圧倒的に少ないが、今ではその立地的優位性を余すところなく享受していることもあって、熱心な『国父』信奉者が集う傾向にある。

 ともあれ、海に面した立地条件は冒険者関連の依頼が発生しやすい土地柄であり、街には多くの冒険者が滞在している。あそこに行けば、腕の立つ者であれば仕事にあぶれることは無いと言える。


 同様に辺境領ワレンシュタイン領都オルレオンも、辺境と名がつく通り魔物討伐関係の依頼は日常茶飯事で事欠かない。特に長年人間種が居住していなかった土地故に強力な魔物も度々発見されている。

 これらに対応するため、オルレオンの街は冒険者協力体制を強力に進めており、これから次世代の実力者へと名乗りを上げようとする者たちにとっては正に打って付けの場所であった。


 方角的には海運都市コエドが古都ソーディアンからやや西よりの南に存在し、辺境領ワレンシュタインが領都オルレオンが北東に位置しており全くの反対方面。

 位置的には直線距離でオルレオンがコエドの倍ぐらいの開きがあるが、コエドの方はその途上に国境、海、長大な河川などが存在し、渡航費渡航時間共に大きな開きは無い。


「そうか、まぁ、ゆっくりと吟味すると良い。若いモンが上を目指すのは実に良いコトだ。ここではもうお前さん等のレベルに見合うような依頼は発生からして数少ないであろうからのう。ンで、何時発つ予定だ?」


 ギルドとしては有力な高レベル冒険者がこの街から拠点を移すのは痛いが、ジョゼフとしては彼らを満足させる依頼を提供出来ない以上引き留めることは出来ない。そういう事であった。


「そいつも……、実はまだでして。仲間が注文している武器が完成したら、ぐらいと考えておりやす。まだ一か月くらい先ではありますが、とりあえずはアイサツをと思いまして」


「そうかそうか。となるとまだ少し居てくれるワケか。それまで、お前さんのパーティーの力が是非必要な案件はじゃんじゃん回していくから覚悟しておいてくれ」


 冗談交じりにそう語るギルド長の言葉にパルガはふっと微笑む。


「そん時はお手柔らかに頼んますよ」


 そこまで言ったところでギルド長の後ろの窓外から、わぁっ、という歓声に近いものが上がった。窓のすぐ外にはギルド寄宿学校、つまりは第一校のグラウンドが存在するはずであった。


 興味をそそられてつい視線を送ったパルガに顎でついてこいと誘いをかけ、ギルド長が席を立ち窓際へと向かう。抗い難いものを感じ、パルガも素直にそれに従った。


 窓の外、眼下には今年度の新入生たちが集まっているのが見える。その中に見知った顔を見つけてパルガは口を開いた。


「ホントにここの生徒だったんスねぇ」


 パルガの視線の行き先は、グラウンドの中心付近に集まる一番数の多い集団にはなく、そこからやや離れた校庭の端に近い場所に座る集団にあった。

 そこには第一集団と比べてやや細身とも言える少年少女たちの姿が見える。その中に例のエルフの少年の姿もあった。片割れは何処にいるのかと視線を巡らすと、少年の後方草叢の中に身を潜めるかのように丸くなっている。真っ白と黒の縞だというのに注意しないと見つからないのは微動だにしていないからであろうか。


「疑っていたのかよ?」


「いや、疑っちゃあおりやせんが、この眼で見ぬ限り信じられるモンじゃあありゃあしませんぜ」


 そして第一集団の方に視線を戻すと、そこにもやはり知り合いを見つける。と、言うよりエルフの少年以外あの日出会った全ての知り合いがそこにいた。あの問題児兄弟も。

 後で王国第3軍軍団長将軍家の家柄と聞いて、結構な暴言をブチかましてしまったと青くなったものだが、終わってみれば随分と感謝されたものである。


「『松葉簪』のリード達に聞いた。アイツらを助けてくれて、改めて礼を言うぜ。よくやってくれたな」


「随分と憎まれ口をかましちまいましたがね」


「いい経験をさせて貰ったと感謝しきりだったがな。可能であればロンダイト家からも謝礼を出したいとか言っていたぞ。それをするなら改めてギルドから出すのが筋だと止めておいたがな」


「要りませんよ。ギルドにも領域のボス討伐として結構な額頂いちまっているンすからねえ。アイツらにもそう伝えて下せえや。そうだ、実は明日問題児たちが王都に帰るってんで、今日の夜、領域のボスを倒した際に居合わせた連中で祝勝会を行うことになってるんスよ。可能ならその代わりに、アイツらの帰寮時間を大目に見ちゃあいただけませんかね?」


「仕方無え。大人連中がキチンと送ってくるというのなら、今日一日認めてやらあ」


 まさかオーケーを貰えるとは思わなかったのか驚くパルガに向かってジョゼフはニヤリと笑いかける。


「恩に着ますよ」


 やっぱりここ古都は良い。そう思わずにはいられなかった。



 本日は異例の魔法科と戦士科の合同訓練だ。

 戦士科連中は実際に習得した近接SKILLを魔法科の人間達に披露し、また、魔法科連中は逆に、覚えたての魔法SKILLを戦士科の者達に見せることで、互いの相互理解を深めようという趣旨であるらしい。

 だが、どうしても魔法SKILLは種類が豊富である故、コントロールの甘い新入生では残存魔力値に注意しないとあっという間に魔力切れになってしまう。ハーク自身はまだまだ余裕があるが、レベルの低い者にとってはそろそろキツくなってくる頃合いで魔法科は休憩代わりの座学と相成った。

 その一方で、今だ校庭中心付近を陣取る戦士科集団は何故か揉めている。あそこにはハークの良く知る同期生全員がいた。具体的に言えばロンダイト3兄弟にシェイダン、そしてハークの冒険者仲間であるテルセウスとアルテオ、そしてシンだ。ハークでなくとも気になるであろうが、ハークは尚更である。自然と聞き耳を立ててしまう。そして聴こうと思って意識を向けると距離があってもハッキリ聞こえてきてしまうのが、ハークの特別製聴覚の成せる業であった。

 どうも騒動の中心はロンの兄二人、ロウシェンとロジェットであるらしい。あの日から今日まで三日間、人が変わったかのように従順に、そして熱心に授業に参加していると聞いていたのだが一体どうしたのであろうか。


「い、いや、エイダン先生! いくら遠征最後は三校と一校の精鋭同士の模擬戦で締めくくられるのが伝統だ、とはいえ魔法科まで含めるというのは私は反対です!」


「何故だ、ロウシェン。いつもやっていることだぞ? お前だって知っていることだろう?」


「え、ええ、存じてはおるのですが……」


 そこで尻すぼみになってしまった兄に代わってロジェットが発言する。


「エイダン先生、私も兄の意見に賛成です! 魔法科まで含めれば余りに不利……じゃなかった! 彼らを見てください! 魔力の使い過ぎで魔法科生徒は休憩されておるのでしょう? でしたら、彼らを無理に参加させることは明日の授業に大いに影響を与えてしまうに違いありません!」


〈ははあ……、成程な〉


 彼らの必死な様子が逆にハークに気付かせる結果になった。三校と一校の模擬戦に一校魔法科を含むか否か。

 それはつまり、一校精鋭隊に自分ハークを含むか否か、という事なのであろう。


 確かに逆の立場で考えれば、ロウシェンとロジェットの立場となって考えてみれば、それは断固として拒否すべき事柄に他ならぬだろう。

 己惚れる訳でもないが、先日の領域の主戦での連携は会心の出来であった。あれを見れば、ハークが加わった瞬間、少なくともシン、テルセウス、アルテオの3人は万人力が如き力を発揮すると予想されたとしても何らおかしいことは無い。


 実際、ハークとしても、三校生徒たちの実力を完全に把握などはしていないが、先の動きを少し見ただけで、自分が加われば僅か数手で圧倒的な勝利を得ることは確実であろうと予測出来る。

 それどころか仲間たち、シン、テルセウス、アルテオと自分の4人だけで三校生徒遠征隊全員を相手取るとしても、無傷での勝利も難しいことではないとすら思えてしまう。

 請われればともかく、そんな結果の見え透いた勝負に自分からしゃしゃり出たいとは思わなかった。


 さて、どうなるのか、と成り行きを拝聴していたところ、シンの言葉が耳に入る。


「いいじゃあないですか、エイダン先生。確かに三校の主張も一理ありますよ」


「シン、そうは言うがな、精鋭10対10の中にハークを含めんとなるとタダでさえ開きのある平均レベルが更に開くことになっちまうんだぞ?」


「エイダン先生、僕もシン君の意見に賛成いたします」


「テルセウスもか」


「私も同意します。ハーク殿が入ってしまうと我々は戦力的に圧倒的優位に立つと予想出来ます。そのような結果の分かり切った勝負など師匠に失礼です」


「師匠? アルテオ、誰のことだ?」


「あ~~、まあ、とりあえずそれは置いといてさ、先生。俺たちも成長してるってトコロを見て貰いてえワケよ。だからさ、俺からもこのままでお願いできないかな」


「ふうむ……、主力を務めるであろうお前たち3人が3人とも同意見であるならばやってみせるのも悪くはないか。良し、そこまでの自信があるのであればやってみせろ!」


「よっしゃあ! ありがてえぜ! よし、皆、さっそく集まってくれ! 作戦会議だ!」


 そう言ってシンが率先して10人の精鋭たちをかき集めていく。その中にロンとシェイダンの姿もあった。


〈やれやれ……、成長したのう……〉


 鼻の奥につん、としたものを感じて、ハークは空を見上げる。そこには、雲一つない青空が広がっていた。



 今日も世は押し並べて事も無し。


 日輪はその全てを暖かく照らす。





第10話:It’s gonna be Lovely Days 完。

次回、第11話:Heavy day に続く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る