126 第10話15:Reinforcement Toramaru!②




 パルガが言葉を漸く発したのは、増援で現れた魔物の数が半分を下回って随分と時が経ってからであった。


「……やれやれ、なんだありゃ? 下手に加勢も出来んぞ。船のスクリューにでも手ェ突っ込むようなモンじゃあねえか」


「その言葉にもの凄く同意するよ、パルガさん」


 彼の言葉にすぐさま同意を示したのは、隣に立って虎丸大暴れを共に眺めていたジーナである。最も、先のパルガの台詞はこの場にいる『松葉簪マツバカンザシ』の他の二人も含めた全員の総意に近かったが。


「あれが噂に聞く、『エルフの少年が連れた白き魔獣』の本気ってヤツなのか。あの店で動いているところは何度か見たが、加減していてアレだったとはな……」


「あの店?」


「ああ、さっきも少し言ったが、この『カタナ』を紹介してもらった店でよ、あのエルフと数人のガキ共が『カタナ』のデモンストレーションをしていたんだよ」


「何それ、初耳!?」


「まあ、たぶんあの店の親爺が『カタナ』の強さを分かり易く見せるために雇ったんだろうな。そこであの魔獣はエルフの周りをものスゲエ勢いでグルグル回りながら薪木をそいつ目掛けてひたすら蹴っ飛ばしていたのさ。あのエルフはそれを全部空中で難なく捌いていやがったがな」


「へぇ、ハークが、ねえ。何かバイトしてるっていう噂を職員室で聞いたことはあったけど、そんなことしてたんだ……」


「ハークっていうのか、あのエルフ。それにしてもあの白い魔獣のレベル幾つだ? 全く動きが見えねえぞ?」


「えーーっと、確か38だったっけかな」


「38だと!? オイ待て、それって古都3強に食い込むどころじゃあねえ! 完全にイチ抜けじゃねえか!」


「あ~~~……、確かにそうだよねぇ。従魔だからカウントし忘れてたわ」


「……ったく、暢気なもんだぜ。あそこで痴話喧嘩してやがる姉弟もいい加減止めてやれや」


 パルガがそう言いながら親指を立ててクイクイと示した先には、危険な行為を敢行しようとしていたリードケフィティアが猛然と叱り飛ばしている光景が未だに展開されていた。

 恐らくパルガはリードに同情してジーナにそう助言をしたのであろうが、ジーナとしてはさもありなんと言うか、ケフィの側に立って共に責め立ててやりたいほどで、寧ろもっと言ってやってくれとすら思う。

 そもそも先の状況とて無謀もいいところだ。ジャイアントシェルクラブの突進、その進路上にいくら後輩を庇う為とはいえ立つなんて。

 ジャイアントシェルクラブは攻撃力と防御力、そして耐久力にステータスを全振りしたかのような、所謂特化型モンスターだ。余程レベルに差があればともかく、同レベル帯で突進を受け止めようとするなど自殺行為に近いとすら言っていい。

 ハークの従魔が間に合ってくれたから結果的には助かったものの、あのままだったら死体が一つ無駄にこさえられていたとしても何ら不思議ではなかったのだ。

 他人は、そんなリードの行為を時に美徳と褒めそやすが、ジーナとケフィティアにとっては考え無しの無茶極まりない命を無駄にする行動以外の何物でもない。例えそれがリードの性分だとしても同じことだ。関係ない。


 とはいえ、今も一応は戦闘中なのである。例え今現在やれることが戦況を見守ること、いや、一方的な蹂躙を眺めていること以外見当たらなくとも、不測の事態を予想し備えるべきは備えるべきであり、その点ではパルガの意見に同意せざるを得ないのだから。


「ケフィ、もうそこら辺にしてあげなさいな」


「ジーナちゃん、でもさぁ……!」


「わかってる、後で私も加わるから二人でとっちめてやりましょ」


「うへぇ」


 ジーナの取り成しでやっと終了したかに思えたお小言タイムが、後に倍になってやってくると悟りリードが苦い表情になる。助け舟を探そうと彼は視線を彷徨わせるが、目が合ったパルガには直ぐに視線を外されてしまう。


「諦めろリード」


「そんな薄情だぜ、旦那ぁ」


「俺に頼ったって無駄だ。俺までお嬢さん方の説教喰らうなんて冗談でも願い下げだからな。大人しく覚悟しとけや。ところであっちは手伝わなくて大丈夫なのか? あのエルフが回復SKILL持ちだっていうことは聞いちゃあいるがよ」


「うん? まァ、問題無いと思うぜ。手が足りなけりゃあ、ハークから言ってくるさ。俺たちは……、無えとは思うけども万が一の万が一に備えてさ、今のところはもしもの時の肉壁としてスタンバイしておけばいんじゃあない?」


「まぁな。俺もそれに賛成だ。その『もしも』の時が来るとは思えねえがな……」


 パルガと共にリード達も視線を向けると、既に大方の魔物は血煙地獄に伏しているところであった。



 リード達があり得ないとは申せとりあえずは一応に備えていた間、ハークは自分の知識を総動員しつつ冷静に診察を進めていた。

 まず頭蓋骨に致命的な外傷はない。無論、大きな衝撃を受けた所為で意識を失ってはいるようだが、砕けたりへこんだりしている感触はない。次に胴体部に取り掛かる。もし肋骨が折れていて、それが内臓を傷付けてしまえば大事だ。出来るだけ動かさぬよう慎重に、しかも素早く事を運ぶ必要がある。


「エルフ殿! 兄は! 兄上は無事なのか!?」


 だというのに恐らくこの、今倒れ伏している昨日自分と試合を行った将軍家の長男だというこの男、ロウシェンの身内であろう青年が勢い込み大声で迫ってくる。身内だとすれば気持ちはわからなくもないものだが。

 ハークの知識上でも3兄弟だと聞いているし、この優男風の人物が次男のロジェットで間違いないのであろう。それしてもこの兄弟、本当に外見は似ていない。


「貴殿がロジェット殿か?」


「しっ、知っておられたか!? ならば話が早い! 頼む! 兄上を助けてくれ! 兄上は私を庇ってジャイアントシェルクラブに跳ね飛ばされたのだ! 救ってくれるならばロンダイト家が金なら幾らでも出す! だから頼む!」


「だから、今やっておる! 少し落ち着くのだ」


「す、すまない……」


「ふむ、どうやら胴の骨に異常は無いようだ。恐らく重要な器官だけは両腕を犠牲に何とか守り切ったらしいな。その両腕は相当酷いやられようだが。ロジェット殿、他に目立った外傷、というか血が流れている個所は無いか?」


「膝を擦りむいているようだ。だが、血は止まりかけてる」


「吹っ飛ばされた際に引っ掛けたか。まあいい。脚など千切れてなければ後回しだ。ロジェット殿、貴殿は火系統の魔法は使えるかね?」


「す、すまない。火系統は私の得意属性ではないのだ」


「分かった。では儂がやろう。『火炎球ファイヤーボール』」


 ハークが自分の兄の眼前で小さな火の玉を出現させたのを見てロジェットは驚いて訊く。


「エルフ殿、何をなされておる!?」


「心配召されるな。これで頭をやられていないかどうかを診察するだけだ。兄上殿の顔を焼いたりはせんよ」


 ハークが行っているのは前世での南蛮から訪れた宣教師兼医師が、頭部に強い衝撃を受けた者によく行っていた診察法である。

 このまま強力な光源で照らしつつ、瞼を強制的に開けさせてやれば結果が解る。


〈右眼、左眼共に異常無し。どうやら大丈夫のようだ。……ん?〉


 頭の中身に異常が無いことを確認したハークはそこで新たなる異常を発見した。ロウシェンの顔前に、何か黒い小さな羽虫のような群れがたかっているのである。


〈何だ、こ奴らは?〉


 小さいクセに数だけはいるのかまるで黒い靄のようだ。正直、治療の邪魔である。


「ロジェット殿、貴殿の兄上の顔前に黒い羽虫の群のようなものがいるのが見えるかね」


「ど、何処だ!? 私には見えないぞ!?」


〈むう、何故見えぬのだ?〉


 火炎球の光の当て方が悪いのか、将又はたまた角度の所為かロジェットの位置からでは黒い羽虫群が見えぬらしい。だが正直こんなことにいつまでもかかずらわっている場合ではない。


「ロジェット殿。儂としてもとっとと貴殿の兄上を何とかしたいと思っているのだが、羽虫の群が邪魔くさくて適わぬ。炎をロウシェン殿に近づけるが慌てぬでくれよ」


「りょ、了解した。エルフ殿が兄上の治療のために必要だと思うのであれば、遠慮なくやってくれ!」


「ありがたい、では」


 そう言ってハークはゆっくりと右手の『火炎球ファイヤーボール』をロウシェンの顔に近付けていくが、黒い羽虫達は器用にもそれを躱していく。

 それどころか、炎から逃れようとでもしているのかロウシェンの固く閉じられた瞼の中に侵入しようとすらしているようである。


〈ええい、面妖な。そうだ、水で洗い落とすのはどうか〉


 ハークは水系統の攻撃魔法『水放射ウォーターショット』も習得している。これは攻撃魔法とは銘打たれてはいるものの、実際の攻撃力は無きに等しく、水を噴出させて怯ませる程度の効果しかない。

 しかも魔力消費を制限すれば、前世で何度か見させられた水芸程の勢いとなる。この至近距離でも彼の顔面を湿らせる効果しかあるまい。


 ハークはそう判断し、左手をかざして『水放射ウォーターショット』を最低出力で発動させた。左掌から流れ落ちる水流、その一滴が撥ねて未だハークが発動させたままの『火炎球ファイヤーボール』に触れた。その時、空中で燃え続ける球体から発せられる明かりが一瞬だけ何倍もの光を発っする。


「うおっ」


「何だ!?」


 光量が元に戻ると、そこには黒い羽虫の影も形も見当たらなくなっていた。


「エルフ殿、今の強い光は貴殿の言っていた黒い羽虫とやらを焼いた所為か?」


「……ああ、恐らくそうだな。水を少し掛けてやったのだが、逃げる方向を誤って火に飛び込んだのだろう」


 ロジェットの推論にハークも追認の意を示した。そう考えるのが一番妥当性があった。

 とはいえ、少し引っかかる。


〈ひょっとすると、魔物の一種だったのかも知れんな。帰ったらエタンニに聞いてみるか〉


 彼女があの瓶底眼鏡顔で捲し立てるように興奮する様を思い出し、僅かに気が滅入るハークであった。



 ロウシェンの負傷は結局、頭を強く打ってはいたが気絶する程度であり、命に係わるほどのものではなかった。両腕は骨折していたものの、砕けた、などと言えるほどではなく2~3か所ボッキリといっているのみで、あとは細かいヒビ程度だった。

 折れた個所を繋ぐように『回復ヒール』の魔力を流して軽くくっ付けてから添え木で固定してやれば応急処置は完了だ。これなら消費魔力も少なくて済む。後は目を覚ました際に『回復薬』を飲ませてやれば完治するだろう。


 粗方ハークの治療が一段落する頃には遅れてついて来ていた筈のシア達も到着してきていた。


 あの時、前方で戦闘の気配を感知したハーク達は、とりあえずパーティーを二つに分け、虎丸に跨ったハークを先行させることに決定した。

 そしてハークは虎丸に跨りながら、道案内は虎丸に一任する一方で自身は道中の草木を斬り裂き大木の幹を矢印型に刀で傷を付けながら進み、後続隊であるシア達が迷わずについて来易いようにしていたのだ。


「おわっ! ものスゲー惨状だなァ、オイ」


「おお、来たかシン。シアもすまねえな」


「言いっコ無しさ。アンタ等もあたし等もギルド長の依頼で来たんじゃあないか」


「あっ、あれっ!? この『カタナ』打ってくれた鍛冶屋の姐さんじゃあないっすか!? 何でこんなトコ魔物の領域いるんですかァ、その恰好もサイッコーーに素敵っすよおーーーー!!」


「どしたのよ、パルガさん急に……」


 シアの顔を見て急にテンションが急上昇したパルガを見、軽く引くケフィティア。


「おや、新しいお得意さんじゃあないかい。こんなとこで奇遇だねえ」


「こんにちはです、ジーナ先生」


「もう先生じゃあないよ、テルセウス。今日の午前中でお役御免さ。これからは……、ま、センパイとでも呼んどくれ」


「ハイッ! これからもヨロシクお願いしますセンパイッ!」


「……アルテオ、アンタそういうノリ何か得意そうだね……」


 ハークと虎丸を除いた後続パーティーが『松葉簪マツバカンザシ』やパルガ達と思い思いに挨拶を交わす中、ロンダイト家の次男と三男が互いにやや緊張した面持ちで対面を果たしていた。


「ロンか……」


「ロジェット兄上……」


「我らを捕縛に来たか……。好きにせよ。兄上と共に最早抵抗も適わぬ」


「そんなことは後回しです! ロウシェン兄上は!? 無事なのですか!?」


「大丈夫だ。未だ目を覚まさぬが、そこの回復魔法使いのエルフ殿によるともう治療は粗方終了したらしい。腕の骨はまだ軽くくっ付いただけらしいがな」


「そうですか! ああ、良かった、兄上!」


「良かった、……か。それをお前が言うか……」


「? 何か仰いました、兄上?」


「いや、何でもない。身内なのだ、当然だな……。私がおかしいのだ……。それよりお前からも、エルフ殿に礼を」


「ええ、モチロンです! ハークさん、ロウシェン兄上を助けていただき本当にありがとうございました!」


 そのまま放置していたら地に頭を擦り付けそうな勢いでロンが頭を下げるのを見て、ハークは僅かばかり苦笑して応える。


「気にするなロン。お主の兄上をお助けするのも我らの仕事だからな。……それにしても、ホンの少しの間だったが目を離した隙にこんなことになっておったのか……」


 ハークはつい今しがたロウシェンの手当てを終えたばかりであった。ロンに話し掛けられて初めて彼の後ろに広がる惨状・・に眼が行った。


「ええ、流石はハーク殿の従魔、虎丸殿です! ただ、まぁ、なんと言いますか……」


「うむ。やり過ぎだな。明らかに」


 そこには100に迫るほどの魔物だったモノ、その成れの果てが所狭しと転がっていた。

 そしてご丁寧にも、その中心に大人しく鎮座する虎丸の目の前には、無数の大小様々な大きさの異なる魔石と魔晶石が並べられていた。


〈矢張り相当溜まっていたか〉


 それを視てハークは確信に至った。

 前回、今はシン達元スラム民の村であるサイデ村の開村、その最後の確認作業として必要であった周辺調査及び周辺生息魔物討伐依頼の際、全力で疾走を行った虎丸は自らの心境を『はしゃいだ』と評していた。それはつまり全力で走ることの出来ぬ古都での暮らしが、僅かながらでも虎丸に窮屈な思いを与えていたに他ならない。

 あの時、定期的にでも街を出て運動させるとハークは約したつもりであったのだが、その後冒険者ギルド寄宿学校に入り、校則によって街への外出が制限されることになってしまった。訓練ではなるべく走らせるようにさせていたつもりだったのだが、矢張り溜まるものは溜まってしまうようである。


 虎丸の表情へと視線を向けてみれば、他の人間達には解らぬであろうとも、明らかにその表情は晴れやかなるスッキリとしたものに変わっているのが見て取れた。


〈『強烈咆哮ハウリングヒート』で呼び寄せてしまった魔物達を片付ける最中の戦闘音で、更に引き付けた魔物を次々と始末していった結果こうなったのだろうな〉


 不可抗力というモノである。自重しろと事前に注意を行った訳でもないのだから、虎丸を責める謂れは無い。

 実際、虎丸はよくやった。その結果やり過ぎただけだ。


〈褒めてやらねばな〉


 そう思った矢先、異変が起こった。


 ガシャッ!!


 何かが閉まったような音がした。全員がその方向に眼を向けると、今しがたシア達が駆けつけて来ていた道が、横に伸びた大木の幹と縦に伸びた樹木の根によって完全に閉じられてしまっていた。


「「な、なんだ!?」」


 シンとシェイダンが同時に声を上げたのを皮切りに、更にその先、ソーディアンへの帰り道への道筋が次々と閉め切られていくのが聞こえてくる。


 バシャッ、ドシャッ、ガシャッ、バシャシャッ……!!


 誰かが言った。


「あ~~、こりゃあ、やり過ぎちまったようだな」


 と。





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