125 第10話14:Reinforcement Toramaru!
「ガァアルウゥゥゥゥアアアアァァァアアアアアアアアアアアアアア!!」
獣の咆哮だけを残し、虎丸がジャイアントシェルクラブ目掛け突撃を敢行する。速度はどんどん上がり、あっという間に音速を突破し、虎丸は風を巻く白き砲弾と化した。
ドヴォオオン!!
ぶつかった、というよりも何かをぶち抜いたような音が周囲に響く。
一部始終をずっと眺めていた『
気が付けば虎丸がジャイアントシェルクラブの後ろ側に、既に立っていた。
何時の間に後ろに回ったのか。
いや、回ったのではない。突き抜け、斬り裂き、撃ち抜いたのだ。
その証拠にジャイアンシェルクラブの体は、虎丸の巨躯が丁度すっぽり通り抜けられるほどの大穴が開けられていた。
当然の如く、その硬い殻の中に収めていた重要器官をごっそり失ったジャイアントシェルクラブはゆっくりと地に倒れ伏した。
「リード! ケフィ殿、ジーナ殿!」
殆どの人間達が声も出せぬ中、遅れて森の奥から全速力で駆けてきたエルフの少年が先達冒険者の名を呼ぶ。
「ハーク! 来てくれたか!」
「すまぬ! 遅くなったか!」
「ロウシェンがやられちまった! 頼む、診てくれ!」
リードが慌てた様子で倒れ伏したロウシェンを指差す。そちらに視線を向け、一瞥だけで事態の急を察したハークはロウシェンの元に駆けつけながらも虎丸に向かって声を出す。
「虎丸っ!」
「ガウッ!」
「全力全開! 全速全開だ!」
本当に珍しいことに、ハークのこの言葉に対して虎丸は直ぐには反応することが出来なかった。
呆けていたのではない。先の台詞の内容が完全に虎丸にとって予想外であったからだ。
全力と全速。
つまりはハークの指示は、虎丸にとって本気を出して暴れて構わないという、許可のようなものであったのだ。
「ガオオォォオオーーーーーーーーーン!」
他の人間には理解できないであろうが、ハークには解る明らかに嬉しげな様子の遠吠え咆哮を一つ天に向かって打ち上げた直後、虎丸は瞬時に最大戦速へと移行する。
疾走は疾風となり、俊足は突風へと昇華し、最後は一塵の竜巻へと。まさに風の化身への変化だ。
最早この場の誰であってもその動きを捉えることは適わない。
主であり、虎丸と最も付き合いの長いハークであっても、辛うじて軌跡を追えるのみである。
ドンドンドドドドンッドドンドドドドドンッ!!
まるで分厚い塊を破裂させたかのような音が連続で周囲に響く。縦横無尽に戦場を駆け回る虎丸が、方向転換する際に大地を踏みしめ大木を足蹴にした際に発生する音であろうと端で視ている者達は考えるだろうが、それは全くの勘違いであることをハークは知っていた。
寧ろ、方向転換の際に虎丸が大地や大樹を蹴る音は、生物とは思えぬほどの軟らかさを持った肉球と正に天性のバネの如く衝撃を吸収し切る四肢の関節によってほぼ無音と化しており、音速を突破した際の空気の破裂音の連続に隠れて、良質な性能を誇るハークの耳にすら届くことは無いのだ。
そう、つまり
ハークはこれを何度か虎丸に跨った際に経験し、だからこそ知っていた。
その独特な音階の連携が前世での太鼓に似て、まるで
〈やれやれ。矢張り、というか予想通り
虎丸の最初の行動、つまり、リード達の助太刀に現れてからの『
虎丸新SKILL『ランペイジ・タイガー』は、ハークの新技開発模様を横で眺めていた虎丸が、その新技の動きを参考に見様見真似で試してみたらSKILL化してしまったという技である。
最高速度まで到達した虎丸が前足の爪を突き出しながら回転しつつ突撃するという超荒業だ。
因みに技名はアルティナことテルセウスが考えてくれた。刀技ならともかく体技では、ハークは全くの門外漢なのである。
例の初代モーデル国王第一の側近が使用していたという数ある技の一つ、『ドラゴン・レイド』を参考にしたという。膝二段蹴りから派生する全力跳び蹴りであり、彼はこの技で敵の城壁すら蹴り砕いたらしい。
技名の元となった
一方、動きの参考元であるハークの新刀技SKILLは未だ完成していない。これは、今回の新技が、全くの今までハークが行ったことすらなかった動きを取り入れた技であることが原因であった。その動きとは、前世では全く考えつくことすら無かった、というより、使用を検討する意味すら無かった動作なのである。つまりは、今世ならではの技と言えるのだ。
よってこの新技の為に、イチから己の動作を構築・確認する必要がある。その構築の段階で、ハークは手間取っていた。
だが、焦ってはいない。実は既に必要な技は粗方揃っているからだ。
対集団戦及び魔物一撃必殺用SKILL『大日輪』。逆に対人戦で1対1の場面であればこれ以上無いとすら言えるかもしれない抜刀術『神風』。そして、威力と飛距離にはまだ難があるものの牽制や目潰しと幅広く活用できる秘剣・『山津波』。
これだけあれば、大抵の状況には困ることが無い。更に、その穴も埋めるべく魔法SKILLも習得中である。それ故、ハークは今回の新技をじっくりと模索している段階であった。寧ろ、未来を見据えた投資に近い。
とはいえ、だ。
〈また差をつけられてしまったな。儂と虎丸がもし戦うことになったとして、果して少しでも真面にやり合えるようになるのは、一体何時の事になるのやら〉
今の段階でも、ハークは虎丸を斬り得ることはできる。が、それは攻撃が通じる通じないだけの話であって、攻撃が当たるかどうかの話ではない。その意味で、ハークはまだまだ虎丸の相手足り得なかった。
今も、白と黒の虎縞の大竜巻が魔物達を次々血祭りにあげている。
既に最初の敵である残り2匹だったジャイアントシェルクラブはとっくの昔に戦闘不能になっている。恐らく爪を痛めぬようにであろうが、まるで食材の下準備よろしく関節部分を全て斬り裂かれ、大鋏も4対の脚もバラバラにされ、哀れ大地に転がされている。
続いて、最初に虎丸が放った『
同種であるジャイアントシェルクラブは元より、北の森でも見かけたロックエイプやファイヤサーペントの姿もある。更に、人の子供と大きさの変わらぬ、つまりは己とほぼ変わらぬ体躯の
その光景は最早壮観を通り越して呆れる程だ。
〈まあ、あちらは虎丸に任せておけば、何も心配あるまい〉
そう思い、ハークは己の足元で伸びるロウシェンの治療を開始した。
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