123 第10話12:Dungeon And Forest




 真昼間だというのにその森は宵闇の如く暗い。

 草木の繁り様は彼らが何度も訪れたソーディアン北の森と殆ど変わらないというのに不可思議なことだ。


『上空に空からの攻撃を防御するために強制成育操作を受けた蔦が網の目のように配置されてあるせいッスよ。『大地の庭師アース・ガーデナー』を使えるモンスターがやったんだと思うッス』


 別に魔法というものはヒト族やエルフ族などの専売特許というものではない。種族によってはエルフ以上の魔法の得手も存在するという。寧ろ魔物しか操れぬ魔法すら存在するようだ。

 そういったモンスターが協力し、本気で活動すればここまでのことが出来るという証明のようなものだった。

 木の枝や幹はまるで奇形かの如く変形し、木と木の間を塞ぎ、或いは枝上の空間を棘のように突き出た小枝が並び潰している。瘤が突き出、地面から露出した根の一部がまるで板張りのように薄く波打ちながら上部へと伸びている。

 前世では見たことも無い一種異様な光景だ。操作された木々が壁の役目を果たし、まるで迷路。虎口とも言われる戦城の大手門前に居るかのようだ。


『こういった場所は多くの魔物が集まる地ではたまに見られる光景だ。強烈に縄張りを主張しているだけでなく、自らの住処、家のようなモノを改築している感覚に近い、と言えば人間族でも分かり易いであろう? こういったモノは俗にダンジョンと呼ばれることが多い』


 この解説は毎度御馴染み知恵袋のエルザルドのものである。


『弾正?』


 ハークは己の脳内で偉そげな官職名を表す百官名の一つを思い出す。知らぬ言葉を自分が良く知る日ノ本の言葉に変換するのは最早癖のようなモノであった。『主水』しかり『三度一致』しかり、である。


『昔の力ある言語として習熟を必須とされた古代言語で、『牢獄』や『城の中核』を表す言葉だ。何故か今は『迷路』や『迷宮』などの意味で使われている。恐らく間違った文言や意味のまま伝わってしまい、使われ続けた結果定着してしまったのだろう』


『そういえば中にはそんなこともあると以前に言っていたな。成程、迷路に迷宮か。ここが敵の本拠地、つまりは城と考えればある程度この光景にも納得だが……、こうまで入り組んでいると一度逸れたら、虎丸が居なければ合流するのは難しいだろうな』


『もし逸れても大丈夫ッス。オイラにお任せッス!』


『頼りにしているよ』


 この森は本当に木漏れ日すら少なく、ヒトの目で視通すのは難しい程だ。ハークの特別製の両目ならば問題無いが。

 その為、周囲を明るく照らす法器『カンテラ』をシアとアルテオが其々使用している。前世での南蛮渡来の御馳走『かすていら』を想起させる名だ。


 ハッキリとした灯りが辺りを照らすお蔭で視界良好だ。松明などとはモノが違う。


「これが魔物の領域ってヤツかい。道が所々塞がれてて、圧迫感あるねぇ。皆、あまり離れないようにね。ここでバラけたら再合流なんて出来そうにないよ! ……ってよくよく考えれば虎丸ちゃんがいればそんな心配もいらないか」


 シアもハークと同じ結論に達したらしい。


「それより周囲を警戒しといた方が良いぜ。角を曲がったところで出会い頭に、ってのが一番危険らしいからさ」


 最近、戦術科で教わったことを如何なく発揮するシン。だが惜しかった。アルテオが言う。


「それも、虎丸殿であれば問題は無いのではないか?」


「あ、そか」


「本当に虎丸様がいて助かります。心強いお味方ですよ!」


 テルセウスに褒められ気分でも良くなったのか、虎丸はフンスと胸を張った。四足の虎が胸を張れば、それは寧ろ背中を反って伸びをしているようにしか視えないが。


〈まぁ、実際非常~に助かっておるな。こんな悪意に満ちた道を進むのに、斥候の安全確認すら必要ないのだからな。前世では間違いなくこんな簡単にはいかん。このまま依頼の達成も問題無くこなせればいいがな〉


 ハークは今朝、ジョゼフからハークのパーティー全体に伝えられた連絡事項と、それと同時に与えられた『依頼』について思いを馳せていた。



 今朝早く、寮から学校へと登校したと思ったら呼び出しを受けた。伝えてくれたのは『松葉簪マツバカンザシ』の面々だ。どうもシンやテルセウス、アルテオも含めた関係の深き者全員に用があるらしい。ハークにはジーナが迎えに来てくれた。


 学園長室、ならぬギルド長執務室に向かう。

 ギルド長執務室は寄宿学校内ではなく、冒険者ギルドの本部にある。朝の内はそちらでギルド長としての職務を遂行しているということだった。

 途中、リードが呼び出したらしきシンと合流する。廊下を共に歩くシンにふと何かを話し出したそうな気配を感じ、話を向けてみる。


「どうした、シン? 何ぞ話したいことでもあるのか? 遠慮はいらぬぞ」


 ハークの言葉を受けて、シンは一瞬戸惑ったような様子を見せたが、意を決して口を開く。


「あのさ、ハークさん。俺らって入学して一か月後、つまりはあと2週間とちょっとで街の外での活動許可が下りるじゃないか」


「確かそうだったな」


 この世界には一週間という暦があり、皆その7日間という循環過程サイクルに準じて生活している。即ち2週間とちょっととは15日程というワケだ。


「実は、そン時に一度村に戻りたいんだが、一緒に来てくれねえかな?」


「ほう、そうだな。構わんぞ、皆で行くか」


 そこでシンは少し残念そうな表情を見せる。


「はぁ……、まぁそうだよな。みんなで行くよなぁ。それでそこでさ、ちょっと付き合って欲しいことがあるんだけど」


「付き合う? それはどういう意味だ!?」


 ハークが珍しく大きめの声を上げる。だが、シンはやや緊張しているのか、その事に一切構うことなく言葉を続ける。


「いや、実はさ、ハークさんには日頃からスゲエお世話になっているから、何とかお礼をしたいと思ってたんだよ。それで今、村の方で用意させていることがあるんだ」


 それを聞いてハークはあからさまにホッとした様子を見せた。


「なんだそっちか」


「? 何だと思ったんだい?」


「いや、気にするでない。少々過敏になっておるだけだ。最近、ちと妙な視線を感じるでのう……」


「何の話?」


「いや、本当に何でもない。ところで、だ。お礼をしてくれるとの気持ちは嬉しいが、儂はある意味仲間としては当然のことをしているまでだぞ?」


「そんなワケないって! ハークさん達がいなきゃあユナは生きていねえし俺は絶対に寄宿学校ここにはいねえ! だからこそ、お礼がしたいんだよ! 受けてくれるだろ!?」


「そ、そうか、分かったぞ。そこまで言われては受けぬわけにはいかぬのう。その気持ち、ありがたく受け取ろう」


「よ、よかったー! 2週間後、外出許可出たら頼むぜ!」


 だが、その『外出許可』は2週間後どころではなく、その僅か10分後に頂くことになる。



「ハーク。お前さんが指揮するパーティーの街の外での冒険者活動を、本日より許可する」


「は!?」


 ハークやシンの他、予想通りテルセウスとアルテオ、更にそれに加え、ロンとシェイダンまでが何故かギルド長執務室に集まったところで前置き短くジョゼフが言い放った台詞に、ハークは本当の本当に珍しいことに混乱を示した。


「どうした? これで大手を振って依頼だろうが何だろうがこなせるぞ。おめでとう」


「いや、ちょっと待ってくれジョゼフ殿。『外出許可』は入学から1か月後のあと2週間ではなかったのか?」


 立て板に水といった対応のギルド長にハークが仔細を尋ねる。


「本来はな。だがお前達は授業で良好且つ優秀な成績を修め、その成長も著しい。更には昨日の模擬戦でも改めての実力を示した。もうお前達の冒険者活動を制限する必要は無いと俺は判断したワケだ」


「随分と急なのだな」


「もうちょっと喜んでくれや。お前らの実力を正当評価してとのことだぞ?」


「いや、それは確かにありがたいが、何か作為的なモノを感じてな」


「本当に察しが良いねぇ、お前さんは。その質問には後で答えるとしよう。他に誰か質問は?」


 テルセウスがおずおずと手を上げると、ジョゼフは即座に発言を許可する。


「ジョゼフ様、それはつまりあと2週間後の最初の試験も免除されるって事なのでしょうか?」


「あ~~、残念ながらそれは無え。試験は通常通り受けてもらう。だからまあサボんな……、お前さん等ならそんな事もねえか。他にあるか?」


 そこで漸く、ロンが発言許可を求めた。


「学園長、僕とシェイダンはどうして呼ばれたのでしょう?」


「ああ、そろそろそっちの話もしないとな。実はお前達を呼んだのは他でもねえ。ロン、お前さんの兄貴二人のことだ」


「……ご迷惑をお掛けしております」


「ああ、気にするな。そっちのことでお前さんに責任など無えからな。ただ、その事で協力を頼みたいことがある」


「協力、ですか?」


「あいつらが、というか、三校のエリート中のエリート共が西の魔物の領域での実戦を目的にこの地に来たのは知っているな?」


「ええ、目的はレベル上げです」


「だろうな。ロン、この際ハッキリさせてくれ。それはお前さんも含めての3兄弟の内、誰が将軍の地位を受け継ぐのかを決める継承レースに勝ち抜くため、ということだな?」


 ギルド長の質問にロンはしっかりと頷く。


「はい。その通りです。特に積極的なのは一番上の兄、ロウシェンです。二番目の兄ロジェットはロウシェンほどではありませんが、僕の下に付きたいとは思っていませんので、ロウシェンを全力応援していることでしょう」


「ふむ、でゴールは何時だ?」


「寄宿学校卒業後すぐと聞いております」


「やはりか」


 ジョゼフはそこで一呼吸する。聞いていた生徒たちの脳にも事情を充分に染み渡らせるための沈黙だった。


「お前さんの兄二人は焦っている。そのレースでお前さんを打ち負かすべく、な。死んじまったら何にもならん。『命あっての物種』ってのを忘れてな」


「学園長、まさかとは思いますが、ロンの兄貴二人が寄宿学校にも無断で魔物の領域に行くかもしれねえ、ってことですかい?」


 今まで黙って聞いていたシェイダンが思わずといった様子で訊く。その表情には「まさかそんな馬鹿なこと……」とでも言いたげな感情が表れていた。


「お前達のようにちゃんと考えて行動できる人間であれば、そんな無謀はしないだろうがな。残念だが俺達一校教師陣はその可能性が高いと踏んでいる。そこでだハーク! お前さんのパーティーに是非依頼をしたい! ロンとシェイダンを一時的にパーティーに加えて魔物の領域に赴き、奴らを殴り倒してでも連れて帰って来てくれ!」


「殴り倒してでも、とは随分乱暴な依頼ですね」


 テルセウスが驚いたように口を挟む。ハークも同感であった。


「そうですよジョゼフ殿、そんなことをして、後で我々がロウシェン達に抗議を受けたりしないでしょうか?」


 我慢できぬ様子でアルテオも同調を示した。


「その為のロンとシェイダンだ。この二人は既に申請を通した正式なパーティーメンバーだが、ハーク達のパーティーに一時的にでも組み込んで貰えれば、少々荒っぽい手を使おうと身内同士の喧嘩ってヤツに出来る」


「ああ、そうか!」


 シンが自らの膝を打ちそうな勢いで納得する。


「しかも下手にバラせば、弟にのされた挙句にギルドの規則を破ったことも自ら公表するという自殺行為のような結果となりますね」


 テルセウスがそう捕捉するのを聞いて、確かに硬軟清濁両面に於いて穴の無い依頼であるとハークも悟る。


「またしても厄介な依頼ですまねえが、モチロン報酬も弾ませるぜ。受けてくれるか?」




 こうして彼らは今、魔物の領域内に踏み込んでいる。

 シアはその場に居なかったが、ギルド長からの直々の依頼に首を縦に二度振った。


 そして先のジョゼフの提案通り、今回はロンとシェイダンも一緒であった。


「やれやれだな。俺完全にとばっちりじゃねえか」


 緊急メンバーの一人であるシェイダンがそう愚痴る。

 確かにこの中では彼一人だけはこの場にどうしても居なければならない直接的な理由に欠けていた。


「そう言うなよ。付き合ってくれ」


 ロンが宥めるように言うと、元々本気でもなかったのか直ぐに矛を収める。


「まあ、もう受けちまったしグダグダ言っても仕方ねえ。けど、領域に入るのは初めてだからな。緊張するぜ」


「ああ、僕もだ。足を引っ張らないようにしないとな」


 ロンとシェイダンはそんな事を言い合っているが、ハークから視れば二人の足取りは意外としっかりしている。口では殊勝なことを言いながらも度胸はあるのだろう。

 これなら余計な心配はいらなそうだと思っていると、不意に虎丸から念話が届いた。


『ご主人、この先に例の二人と『松葉簪マツバカンザシ』の匂いを捉えたッス。けど、どうやら既に戦闘に巻き込まれているようッス』


『ぬう、間に合わなんだか。急ごう』


 ハーク達は授業が終わってからシアと合流し、全くのゼロの状態から準備を整えたため、ロウシェン達にどうしても後れを取ってしまっていた。その時間差を埋めるためにもう一組ギルド長が雇ったのが『松葉簪マツバカンザシ』達であった。



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