122 第10話11:スタッフミーティング




 既に本日の授業も全て終わり、夜も帳が下りようとしているというのに、ソーディアン寄宿学校教員控室には誰一人と欠けることなく、所属講師全員の姿があった。

 勿論、普段はこんなことは無い。

 これぐらいの時間であれば普通、宿直の職員を残して後は数名といったところだ。


 それ程に本日の総決算でもある放課後の教職員会議が長引いているのだった。

 しかし、誰一人として不満を感じさせるような表情や態度を示している者は居ない。

 さりとて皆真剣、仏頂面で会議に臨んでいるでもなかった。実にリラックスした、時に楽しげな声すら交ざる程の和やかな雰囲気の中で行われていたのである。

 そこには長年、冒険者の雛達に健やかなる成長を促し続けてきた同志たちの絆が垣間見れていた。


 そしてその中に、2週間という期間限定でもうすぐその役目を終えようとしている非常勤講師『松葉簪マツバカンザシ』3人の姿もあった。


(多分に、ギルド長の人柄故にこの和やかムード、ってところもあるんでしょうけどね)


 既に巣立った雛の一人であるジーナはそう思った。この暖かな光景が自分の学生時代にも繰り広げられていたかと思うとどこか微笑ましく思えてくる。


「流石はシン君ですなあ。三校総代とその弟をモノともしませんとは。これは将来性があって、結構結構!」


 この言葉は歴史科の講師、サルディン先生の言葉である。


「主に指導を任せていたリードの進言ですよ。自分もあそこまで鮮やかにいくものとは思ってもいませんでしたからね」


「そっすね、エイダン先輩。アイツは真面目だから、吸収が早くて助かるっすよ」


「そうだな、学生時代のお前とは正反対だ!」


「オイ、そりゃあねえぜ先輩!」


 エイダンとリードの漫談のようなやり取りにまたも場が和やかに華やぐ。


 エイダンとリードは、まだリード達が学生時代の頃からの付き合いだ。共に学園長であるジョゼフの直接指導を受けた兄弟弟子のような間柄である。その関係は今も変わってはいない。


「どーです、学園長? 彼らに街の外での冒険者活動を許可してあげては? 本来許可を出す入学一か月にはまだ達しておりませんが、優秀な人材をいつまでも縛り付けて置く、は我が校の校風とは別の物でしょう?」


「そうだなァ。あのパーティーにはシアもいることだしな。アイツももう、レベル25の大台に到達したらしい。保護者としての名目も立つだろう」


 突然話を振られたジョゼフであったが、さほど熟考する様子も見せずに答える。事前にこの提案が誰かから出ることを想定し、答えを既に用意していたのかもしれない。


「保護者的、な感じとしては件のエルフ殿の方がその務めを果たしているかのように、自分には思えるのですがね」


「違いねえな。アイツは強え」


「そうなのですか? 確かにエルフという種族でありますれば魔導の申し子ですからねえ」


 算術科、経済科の担当教諭ウルサの言葉である。

 エルフと言えば魔法。それはこの世界の常識に近いものがある。大剣を担ぎ、近接戦でも相当な強さを持つという古都3強が一人ヴィラデルでさえも、その真なる実力は複数系統の『極者マスター』クラス魔法にあるという。


 だが、ハークはそんな常識から最も逸脱した存在だ。


「ウルサ先生、それは違うんすよ」


 ウルサの勘違いを正そうとリードが口を挟む。


「違うとは、どういうことかね?」


「強力な魔獣を連れた『魔獣使いビーストテイマー』ですから、遠距離主体の魔法使い系統であると思われるのは当然なのでしょうが、そうではないんです。彼は近接戦を得意とする剣士なのですよ」


 リードの言いたいことをエイダンが引き継いだ説明を聞き、ウルサが驚く。


「そうなのかい? ……しかし『回復魔法の使い手』とは聞いていたからてっきり……」


「そうですね。私もそのように記憶しておりましたから。しかし、今日の戦士科の授業の終わりに三校総代のロウシェンから模擬戦を挑まれましてね。見事に一本勝ちを奪っておりましたよ」


「ほう、エルフ族は元々謎多き部分が多かったですが、今回でその謎がさらに深まりましたな。興味深いことです」


 サルディンが感に堪えたかのように一言挟む。


「同感です。あの技術は一体何なのか、自分も興味をそそられますよ」


「向上心は良い事だが程々にしろよ。エルフは秘密主義だ。突っ込んだことを聞いてヘソを曲げられても困る。ハークを視ると忘れそうになるがな」


「そうですね、学園長。国に迷惑はかけられませんから」


「分かっているならいい。だがそれにしても何故、ハークまで巻き込まれる結果になったんだ?」


アレロウシェンが癇癪を起しましてね。もっと自分にレベルが近い者と戦わせろ、と」


「20と22じゃあ殆ど変わらねえじゃあねえか」


「全くもってその通りです。我々も止めようとしたのですが、ハーク君が了承してしまったのですよ」


「ハークが? 珍しいな。いや、そうでもないか。正式に勝負を挑まれれば逃げる奴じゃあない。殺し合いになりそうであれば、別ではあるようだがな」


「後でシンから聞いたんすけど、勝たなきゃ場所を明け渡さない、つまりは次の魔法科の授業を妨害しようとする輩だと思ったらしいっすよ」


「どんな人外魔境だ……。いや、それはひょっとするとエルフの風習なのでは?」


「あの理知的な種族が? あまり考えられませんな」


「それは自分も同意見ですが、そういうある意味厳格なところもあるのかもしれませんな。現にエルフの里を抜け出たエルフの方々は皆一流の冒険者や兵士などとして優秀だ」


「成程、理知的な一方、合理性を排した精神修行も怠っていない、と言ったところですかな。あのハーク君を視るとそういうところもあるかも知れませんね」


「まあ、ハークのことはこれぐらいにして、……問題は三校生徒、というよりもロウシェンとロジェット兄弟だな。ロンは絵に書いたような優等生だというのに兄二人は問題児か」


 溜息を吐きそうな様子のジョゼフではあったが、エイダンは訊かずにいられなかった。


「学園長、彼らは王国第3軍軍団最高司令官である第3将軍のロンダイト家の家柄ですよね? そこの長男に問題があったなんて話、自分は訊いたことが無かったのですが……」


「無理もねえな、随分最近の話らしい。俺も聞いた話だが、第一王子とつるむ様になって急速に変わっちまったんだそうだ。親御さんも嘆いているであろうな……。三男のロンが中々の将器であるとは俺も聞いてはいたんだが」


「また、アレス殿下ですか……。まったく嘆かわしいことです」


 サルディンが暗い声を出す。先程までの和やかムードが嘘のようだ。


「学園長。彼ら三校生徒は此度の西側街道建設予定地の魔物溜まりでの参戦を目的に、こんなに早い時期に遠征として我が校を訪れたらしいのです」


「ああ、今朝ラッパなんぞ吹きやがった馬鹿から聞いた。こっちは事前の話すら聞いてねえぞ。王都の三校はどうなってやがるんだ、まったく。だいたいあの魔物の領域は既に終盤戦だ。親玉が出る可能性のあるところになんぞに基礎すら出来てねえ学生なんぞ行かせられるか。却下だ却下」


「やはり急速なレベルアップが目的なのでしょうね。家を継ぐための」


「どういうことすか、先輩?」


 リードが訊く。継ぐべき家すら無いリードにとっては理解外の話なのだ。


「つまりな、リード。あのロンダイト家三兄弟は、誰が第3将軍の座を受け継ぐのか、を争っているのさ。そしてロウシェンとロジェットの態度を視ている限り、期限はそう遠くない」


「だからアイツ等焦っているんすか?」


 エイダンが驚いた顔をする。彼もロウシェン達の抱く焦燥感にまでは気付けていなかったのだろう。

 リードはたまに野性的勘とも言うべきか、物事の本質を直感的に言い当てることがある。


「そうだな、リードの言う通りだろうな。アイツ等は焦っているんだ」


「そういうヤツは無茶をするぞ」


 エイダンが学園長の言葉に了承の意を示して頷きながら、懸念を口にする。


「ええ、明日は土曜で半休です。もしかすると無断で外出して二人で魔物の領域に向かうことも考えられます。困ったことに我々には遠征してきた生徒への処罰権がありません。廊下に立たせるぐらいが関の山です」


「全くだ、打てる手は打っておくか」


「同感です。彼らに依頼しますか?」


「ああ、だがそれだけじゃあ俺はまだ心配だ。もう一つ頼りになる先輩を送り込んでやろう」


 そう言ってニヤリと微笑むギルド長の視線がこちらを向いた気がした。


「さて! ここらで仕事の話はここまでにしよう! 本日まで立派に非常勤講師を務めてくれていた『松葉簪マツバカンザシ』達がいよいよ明日で期間を終えることになる。一日早いがここらで一丁送別会と行こう!」


 学園長の高らかな宣言に、何も聞かされていなかった『松葉簪マツバカンザシ』の面々が驚いた顔を見せる。


「エイダン、食堂から料理やら飲み物やらを4~5人見繕って運んで来てくれ」


「了解です!」


「先輩、俺も行きますよ!」


「何言ってんだリード、主賓がモノ運びしてどうする。ここで待ってろよ、先輩命令だ」



 その後、冒険者ギルドの食堂からではあるが、ジョゼフの奢りで豪勢な料理などが次々運び込まれ、用意されていた酒類も加わり、ささやかなのか贅沢なのか判断付きかねる様な宴が催され、寄宿学校教員控室は再び楽しげな喧騒に包まれたという。




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