121 第10話10:Efforts paid off




 シェイダンはロンの兄二人・・ と対峙するシンを視て同情を禁じ得ない。

 完全なとばっちりだ。本気でご愁傷様、としか言えない。


 模擬戦の支度を手伝い終わった彼にロンが話しかけた。


「心配かい?」


「ばっ、馬ッ鹿野郎! 心配なんかじゃあ……、あ、いや、心配してるなァ俺……」


 自分でも天邪鬼と自覚しているにも拘らず、驚くほど素直な言葉が口から出た。

 これには長い付き合いのロンも意外感を抱いたようだ。


「珍しいな。君がそんな簡単に認めるなんて」


「まぁな。ロンは心配じゃあないのかよ?」


「ン? まぁ、全く心配じゃあないかと言うと嘘になるけど」


「だろ?」


「でも、いつも僕らとやってる対戦形式じゃあないか。クリーンヒットが一発入れば終わりの」


 模擬戦が授業で課される度に、ロンとシェイダンは二人でシンと組まされてきた。

 これは同じ戦士科のクラスに、彼ら二人ぐらいしか真面にシンの相手が務まるような人間がいないからだった。アルテオとテルセウスがいれば話は別だろうが、戦士科は魔法科などと同じで受講する生徒の数が多いので複数のクラスに分かれる。彼ら二人はロンとシェイダン、そしてシンとは別のクラスだった。


 戦績は4戦して互いに2勝2敗。完全な痛み分けである。


 初戦はロンが引き付けている間にシェイダンが『氷の霞アイスヘイズ』でシンの視界を一時的に奪い、ロンがクリーンヒットを入れて自分達が勝利した。が、二戦目三戦目は全くいいところが無く、頼みの『氷の霞アイスヘイズ』も全く決めることが出来ずに各個撃破されて2敗。四戦目もロンが分断されてやられてしまったが、その隙に覚えたての中級魔法を決めることが出来、結果的にシェイダン達が2勝目。


(ヤルたンび新ネタ新魔法仕込まねえと勝てねえのかよ!?)


 などと悪態を吐いたこともあったが、今になって考えてみるとシンとの模擬戦は実に楽しかった。

 気が付けたのは次の模擬戦を己が楽しみにしていたことに思い至ったからだ。


 理由は恐らくシンが大真面目だからである。彼は必ずと言っていい程、回を重ねるごとに強くなってくる。対策もしっかりととってくる。

 そんなシンを上回るには、前回の自分を己自身で超えるしかない。成長させるしかないのだ。


 だからこそ、勝利した時の感覚は前回の比じゃあなかった。

 あの感覚をもう一度味わいたい。

 そしてそれはロンも同じだった。


「ま、僕もシンが僕ら以外に負けるところなんて、正直言って観たくないけどね」


 シェイダンはハッとなった。それこそ正に自分の言いたいことだと確信した。


「そうそう、それだよそれ! 心配っていうかさ、何かムカつくンだよ! 観たくねえんだ」


「勝って欲しいな」


「ああ、でも難しいだろう」


 当然、という形でシェイダンが言った。その言葉に、ロンが意外感を滲ませた顔で振り向く。


「なんだよその顔」


「いや……、シェイダンはそんなにシンが不利だと思っているのかい?」


「何言ってンだ、不利だろう!?」


 ロンは何を言ってるんだ、と思った。同時に、何故友人がこの期に及んで飄々とした態度でいられるのかが分かった。少し楽天的が過ぎるこの友に教えてやらねばならぬ、という想いで言葉を続ける。


「レベル15程度である俺らでも勝つことが出来るんだぜ? 元々、先当て方式の模擬戦ではどうしたって人数が多い側が有利だ。しかもお前の兄二人は何時の間にかレベル20と19にまで達してると言ってたじゃあないか!」


 寄宿学校入学前、シェイダンもまだ王都に居た頃、同い年であるロンの幼馴染としてロンダイト家の長男と次男ともある程度の付き合いがあった。正直言ってその頃からシェイダンは彼らに苦手意識を持っており、話すことも多くはなかったがレベルぐらいは知っていた。

 確か、長男ロウシェンが18、次男ロジェットがロンと同じ15レベルだった筈だ。それがもう20と19だという。一体、王都の寄宿学校ではどんな教育をしているのか。


「先生たちは何考えてんだ。流石に不利過ぎるぜ。こんなモン、シンが勝つのは無理ってヤツだろ!?」


 思わず怒りを滲ませるシェイダン。だが、ロンは全くの冷静に言った。


「いや、僕はそうは思わないな」


「なに!? 何でだよ?」


「さっき君も言ったじゃあないか。先当て方式は多人数が有利だって。それはつまり、レベルの優劣がつきにくい、ってことだろう?」


「それはそうだが……、それでも俺らとやる時よりもキツくなっちまってるんだぞ?」


「それでも、僕らと同じことを兄上二人が出来るとは思えないな。僕等ほどの連携はね」


 ロンは、にやっと笑った。



 木剣と木の盾を手にして、シンは自分が意外と落ち着いているのを感じていた。


「大丈夫だ。お前の動きなら、あいつ等じゃあ敵わねえよ」


 気休めだとしても、リードがそう語って聞かせてくれたのが効いている。いい感じに気合も乗ってきた。これならいい動きが出来る。


「両陣営、中央へ!」


 呼ばれて前に出る。互いに10メートルほどの距離を開けて、模擬戦の定位置へと着く。


(ニヤニヤしてやがるなあ)


 視界の先ではロンの兄とやら二人組がムカつく表情をしていた。

 急に闘志も湧いてきた。やってやらいでか、そんな思いが心中を満たす。


「では、開始!」


 審判を務めるエイダンの合図と共に、疾風のようにシンははしる。

 それを視て、一番上の兄らしいロウシェンが距離を取った。


(挟み撃ちにするつもりか? なら、先に各個撃破するだけだ!)


 標的を動かぬロジェットに変える。シンを迎撃せんと彼も当然動きを見せた。


 木剣を持つ右手ではなく、無手の左手をまるで弓を引くかのように動かす。

 あの動きに見覚えがあった。


 シンは専攻科目を戦士科、魔法科、戦術科の3つを選んでいる。魔法科は残念ながら魔法SKILLを構築出来る才能を示せず上級クラスとはいかなかったが、その授業の中で、既に幾つかの気を付けるべき要注意魔法を教えて貰っていた。

 その中の一つに動きが似ている。


(『雷電の矢エレクトロ・アロウ』か!?)


 『雷電の矢エレクトロ・アロウ』とは、雷系統の初級魔法で、シンのパーティー仲間であるテルセウスも習得している。

 彼がそれを使って自分を援護してくれたことも何度かあった。

 その名の通り雷の矢を放ち、受けた相手を一瞬痺れさせる魔法だ。攻撃力自体は殆ど無いがそれが自分に向けられるとなると恐ろしい魔法の一つである。凄まじく弾速が速いのだ。射出されたら避ける術すら無いほどに。


 だからこそシンは盾を構えて、それを一瞬手放す。


「喰らえ! 『雷電の矢エレクトロ・アロウ』!」


 果してロジェットから雷の矢が放たれた。

 眼にも止まらぬ雷光の軌跡を残し、盾に当たってハジける。もし盾を持ったままであれば、持ち手から雷撃が伝わり、全身とはいかずとも左手が痺れて数秒盾が使えぬ状況に陥っていただろう。


 中空に雷撃が霧散したタイミングで盾を掴み保持し直す。

 満点の対処法を実践してみせたシンに対して、ロジェットはそんなことになるとは思いもしていなかったのか、碌な迎撃態勢もとらない。

 いや、とる暇も無い。


 簡単に至近距離にまで踏み込んだシンが木剣の柄を鳩尾に沈める。


「ごはっ!?」


 腹部を押さえてロジェットは崩れ落ちるように倒れた。

 これで一対一。数の不利は簡単に解消された。ロウシェンは自分がまず狙われないようにした為か距離が開き過ぎている。


「貴様!!」


 ロウシェンが即座にデカい体躯で襲いかかってくる。

 だが全くと言っていいほど怖さは感じない。冷静に木剣を木剣で受け止めた。

 慌てて突っ込んで来た為か身体が流れている。力み過ぎだ。


(隙だらけだぜ!)


 まるで意図せず自然に左手が突き出された気がした。その手に持つ盾の先から、ばちんっ! という肉打つ音と悲鳴が聞こえた。

 正確なる一撃。

 それと同時に、授業終了を知らせるチャイムの音まで鳴り響いた。



 おおおっ!! と歓声が上がった。主に一校生徒側から。両手を上げて喜びを表す者すらいる。三校生徒は逆にその殆どが声も出ない。


「はい、終了~。勝者、シン。実に見事だったぞ」


「ば、馬鹿な!? 今のは何かの間違いだ、不正だ! 汚い工作だ!」


 鼻血を振り撒きながらロウシェンは口汚く抗議を始める。こんなことは認められない、と。


「何言ってやがる。鮮やかにお前らの負けだ。そこで伸びてるお前の弟を医務室に連れてってやれ」


 指導教諭に言われ横を見るとロジェットが白目剥いて気絶している。多少は心配だったが今は名誉が大事なのだ。


「ま、待てっ! そもそも盾を喰らっただけだ! 剣撃は貰っていない! だから私は負けてなどいない!」


「よく言うぜ、そのザマで。下らねえ駄々こねてねえでさっさと動け」


「何だと!? 無礼な! き、貴様と……!」


「何だ? 今度は俺と模擬戦する気か?」


 ギロリと睨まれる。流石にこの男相手に勝てる自信など湧いてこない。


「ちっ、違う! そ奴はレベル22なのであろう!? だとしたらレベル差があり過ぎると言おうとしただけだ!」


「それは事前に伝えたし、お前らも了承した。だからこその二対一だったんだろうが」


「ここまで不利とは思わなかっただけだ! 誰か私とレベルの近いものを出……!」


「おお~~い、次は魔法科の授業なのだが、そろそろ準備させてくれないかね?」


 突然、そこで指導教諭のものでも、シンでも弟でもない者の声が割って入ってきた。

 声のした方向を見ると数十人の一校生徒がグラウンドの隅に集まっている。我らを観戦していたのか。不躾な連中である。

 その不躾な連中の一人である一校総代の平民が声を発したらしき人物へと駆け寄っていった。


「あれ? ししょ……じゃなかった、ハークさん、どしたの?」


「おお、シン。どうしたもこうしたも……」


 その光景を視た瞬間、ロウシェンの脳裏に天啓が舞い降りた。


(白き魔獣を連れたエルフ! 確かレベル19だったか!)


「そこのエルフ殿と試合をさせろ! 彼は私とレベルが近かった筈だ!」


「はぁ……、何言ってやがる。もう終わってるだろうが。しかも彼は戦士科の生徒ではないぞ?」


 指導教諭は溜息などを吐くフリなどをして渋ってみせたが、ロウシェンとしてもこのまま引き下がるわけにもいかない。

 そこに思わぬところから助け舟を得ることになった。


「儂と戦いたいのか? 構わんぞ?」


 何とエルフの少年がすぐに了承してくれたのである。流石は亜人とはいえ高貴なエルフだ。名誉というものが何か良く分かっている。


「え? 何言ってんの? ハークさんが戦う必要なんかないんだぜ?」


「ん? 儂が勝たんとこの場所を開けてくれんのだろ? すまんがシン、その木剣貸してくれ」


「いや、そういうわけじゃ……、まあいっか。あいよ、使ってくれ」


 説明するのを途中で諦めて一校総代が木剣をエルフの少年にひょいと投げて渡す。その受け取り様が異様にサマになっており、ロウシェンは違和感を覚えた。エルフと言えば遠距離戦しか能の無い種族であった筈だ。


「準備、OKだ。始めてくれ、先生」


「いいのか?」


「問題無いよ。火の粉ぐらい払うさ」


「わかった。位置も丁度そのままで良いしな。それでは、始めい!」


(直ぐに間合いを詰めて終わらせてやる!)


 そう思い、突進しようとすると、何故か向こうの方から間合いを詰めてきた。


(何のつもりだ!?)


 訝しく思っているとするすると近寄られて来て、ぽかん、と何時の間にか脳天を叩かれていた。


「は!?」


「儂の勝ちだな」


 そういうとニコリとロウシェンに笑いかけ、踵を返して去っていく。途中、木剣を一校総代に返していた。


 後で思い出してみるに、ロウシェンは何故自分はあの時抗議しなかったのかと歯噛みすることになる。

 だが、その時は別の事に気を取られていて、とてもじゃあないがそんなことが出来る状態ではなかった。


「美しい」


 思わず口に出してしまった。


 後ろでロンが顔を伏せ、その隣にいるロンの幼馴染でロンダイト家と交流ある貴族の子息であるシェイダンがしみじみと呟くように言った声が聞こえた。


「ロン……、やっぱりお前らって、兄弟だったんだな……。昔から似てないと思ってたんだけどサ、今日だけはそう思うわ」



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