120 第10話09:厄介者の集団③
「こんな訓練は全くの無駄だ! 即刻、訓練内容の変更を要求する!」
午前中の第一限、その授業時間中の校庭に闖入した王都冒険者ギルド第三寄宿学校、通称三校の生徒20名が初参加した合同での一発目、戦士科授業にて、僅か10分も経たぬ内に三校生徒の一人が爆発した。
(やれやれ……、もうかよ)
やらかすであろうことは確信済みみたいなところはあったが、それにしても早い。まさか10分持たぬとは思わなかった。
うんざりした気分になりながらもシンは手を止めず、自身の訓練は続けつつに視線だけを送って抗議した人物の方向を見る。
確か、先の校庭での騒ぎの最中にロウシェンとか名乗っていた三校の新入生総代だ。つまりはソーディアン冒険者ギルド本部第一寄宿学校、通称一校の総代であるシンと同じ立場の人間である。
そんな人間が率先して授業を妨害するなど驚きを通り越してシンは呆れてしまう。
視界の端にはロンが恥ずかしそうに顔を伏せ、シェイダンが「あちゃあ~」とでも言いたそうなしかめっ面で、それでも木剣を振り続けている。
本日の戦士科の授業は校庭で行う野外訓練だ。と、言うよりも、戦士科の授業は他の授業のように座学というのが殆ど無い。野外にて実際に身体を酷使する校庭での訓練が主なのだ。
そこで今日、講師陣から課されたのが打込み300本である。
普通にやるのであれば、戦士科を受講するような人間にとっては大した訓練ではないが、なんと木剣を用いて分厚い金属を巻き付けられた十文字型の
当然の如く、そんな事をし続ければ300本の半分も打つ頃には、木剣は折れるか砕けてバラバラになり、握り手も痛めることになるだろう。
ではどうすればいいのか、というと『剛撃』の如く魔力を己が武器に籠めて威力を向上させればいいのである。威力を上げれば鉄に対して明らかな素材負けである木剣でも、同等の硬度にまで押し上げることが出来、折れることも、力負けして手首を痛めることも無い。
この訓練の目的は、己が武器に魔力を纏わせるということに慣れるが為である。
武術SKILLはその殆どが自身の武器に魔力を流すことから始まる。これに慣れることにより『剛撃』を始めとする様々な武術SKILLを習得するための足掛かりとするのだ。つまりは、そのための基本訓練なのである。
一校の生徒たちはこの訓練の大切さは身に染みて知っている。だから今この状況であっても手を止める者は居ない。
対して三校の出向生徒たちは最早誰一人として続けてはいない。
三校ではこういった訓練は一切行っていないのか、魔力を想定以上に失って講師に止められ荒い息を吐きながら蹲る者、得物である木剣が折れて使い物にならなくなった者。
目も当てられぬ程に特に酷い有様なのが、この訓練を上手く行うことが出来ずに途中で投げ出した者共だ。試打ちは未だ50に届くものすらいない。
三校総代もその内の一人である。同じ総代として恥ずかしいことこの上ない。
その姿は正に、己の我が儘が通じず癇癪を起した
講師の一人が、恐らく内心呆れているのかもしれないが、宥めるために近寄っていく。
「何が無駄だって言うんだ?」
シンの師匠、ハークの知り合いであるリードの声であった。
臨時講師も大変だなあ、などと思いつつ、ハークのことが連鎖的に頭に浮かぶ。
(師匠なら、木剣だろうと刀の形をしてりゃあ、ブッた斬っちまうんだろうなあ……)
何となく、確証など無いが、そんな想像をする。
シンの師匠であるハークは、剣において正に超絶極まりない達人だ。
何しろ刀を持ってしまえば何でも斬ってしまうのだから。彼ほどの域にまで達するには、鉄を巻かれた的当てなんぞ木剣でも軽々両断できるようにならないといけないのだろうと想像する。
「これぐらい三校でもやっていることだろう?」
別のことに頭を巡らせていると、またもリードの宥めすかすような声が聞こえた。講師が前に語ったところによると、今やっている訓練は基本訓練の一つだという話であった。
「このような下らぬ訓練など我が栄光ある三校で行うワケが無かろう!」
「は? じゃあ三校では何をしていたんだよ?」
「魔物退治に決まっておる! 我ら強きを目指す者にそれ以外は必要ない!」
「何? 入学してイキナリか? ……良く死人が出ないな。では基礎訓練は何もしたことが無いのか?」
「当たり前だ! 基礎訓練なんぞ必要ない!」
「はぁ……、そりゃこんな簡単な訓練すら出来ない筈だ」
「なんだと!? 愚弄するかぁっ!!」
その瞬間、ロウシェンが驚くべき行動を起こした。
何と、手にした木剣で目の前のリードに殴り掛かったのである。
この暴挙には流石に一校の生徒達も手を止めざるを得なかった。
対して襲われたリードだが、振るわれた木剣をごく簡単に躱し、特に慌てる様子も無く距離をとった。
「オイオイ、何すんだオメー」
声を荒げることはないが、流石に怒りは籠っている。
尚も襲い掛かる様子を見せたロウシェンだったが、他の指導教諭が数人掛かりで取り押さえ、地に伏せられることになった。
「うぐっ!! は、放せぇっ!!」
この事態に最も驚愕したのは襲われたリードでも講師陣でもなかった。
それは同じ三校の生徒達だった。仰天しすぎて身動きどころか声すらも出ない。
彼らを尻目に一人動く人物があった。ロンである。
「兄上、なにをしているんだ!? リード殿、申し訳ありません!!」
だが、兄を庇った一手は
「ロン! 余計な手を回すな!」
「兄上!」
「お前は引っ込んでいろ! おい、ロジェット!」
「はっ! 兄上」
うつ伏せに押さえ付けらたままのロウシェンが首だけ回して三校の集団に呼びかけると、一人の男が歩み出てきた。
(兄? 三兄弟か? ……面影はあるようだが、随分と似てないな)
程度は違えど精悍で男らしく、体格も良いロンとロウシェンに対し、そのロジェットと呼ばれた男は線が細く、ひどく青白かった。
「ロジェット兄上……」
「退け、ロン。控えろ、お呼びではない」
ロンがその言葉に数歩下がると、ロジェットが代わりにその場に立った。リードや兄ロウシェンを抑え付けたままでいる講師陣の顔を、良く見渡せる場所だ。
次いで、胸を張って発言をする。
「第一寄宿学校の講師陣の皆様、我が兄ロウシェンをお放し下さい」
「狼藉を働いたものを何故放さねばならん?」
ロウシェンの上に座す講師陣、そのリーダー格らしきこの授業の責任者が口を開く。
たった一人でもロウシェンを御せる程の巨体にして筋骨隆々な男だ。現に彼以外の講師たちはもうロウシェンを抑える手に力を込めていない。
確か、名をエイダンと言った。シェイダンが言うにはギルド長ジョゼフの弟子にして右腕的存在らしい。
彼に睨みつけられてもロジェットは怯む様子も見せぬ反論をする。
「確かに狼藉を働いたのは兄かもしれません。ですが、先に挑発したのはあちらの方。そもそも我ら栄光ある三校の精鋭集団、言わばエリート中のエリートに、こんな田舎臭いお遊戯をさせること自体、大きな間違いです」
言葉使いは丁寧だが、言っている内容な失礼極まりない。慇懃無礼というヤツだ。その丁寧な物言いが逆に相手の神経を逆撫でしている。ハッキリ言ってロンはこの兄が苦手であった。
「田舎……臭い、……お遊戯?」
エイダンの声に隠しきれぬ怒気が宿る。
講師陣を完全に敵に回したにも拘らず、兄は無神経に続ける。
「この際ハッキリ言わせて頂きましょう。我々は
「そうだ! 我らはその用で来たのではない!」
未だ組み伏せられたまま、ロウシェンも発言に加わる。
「ほう、ならば何しに来たんだ?」
この言葉はリードからだ。彼も抑えてはいるが相当苛ついているのがロンには分かった。
「決まっています。西の街道建設中に発見されたという魔物の領域、そこに巣食うモンスター共を退治しに来たのですよ」
「は!?」
「あ!?」
リードもエイダンも、それぞれ予想外の答え過ぎて素っ頓狂な声を上げる。そこに僅かな嘲りが含まれているのを、ロジェットは敏感に感じ取り、顔を歪める。
「何考えてやがんだ。あそこの魔物溜まりはもう終盤戦で、実力者しか行けねえぞ。お前達ごときが行けるワケねえだろう」
「貴様には聞いていません、平民!」
「そうだ! 平民の不細工なダンスなどに付き合ってられるか!」
2人のこの発言は拙かった。一校寄宿学校の講師陣は皆優秀で実力者だが、平民出身者が多いのだ。特にこの場に集まっている戦士科担当の教師陣は全員平民の出であった。
西大陸に於いて平民かそうでないかを見分けるのは簡単だ。平民は名乗るべき家名が無いのである。名だけ名乗るのみは皆平民であった。
だからこそ分かっていてワザと発言したのだ。下手な挑発であってもやり過ぎである。
普段温厚な一校教師陣も我慢の限界だった。
「いいだろう! そこまで言うなら実力を証明してみせろ!」
エイダンは急に立ち上がると、今まで自らの身体の下に敷いていたロウシェンの首根っこを片手で掴むと強引に立ち上がらせて、次いで、そのままぐるりと自らの方へと顔を向けさせる。
「おわっ!?」
「俺と勝負だ! 勝ったらその遠征、後押しでも何でもしてやろう!」
そして、突き飛ばす。ロウシェンが飛ばされた先にはロジェットが立っている場所であり、彼は弟を巻き込みながら絡み合って倒れ込んだ。それでもすぐに顔を起こして言い返す。
「横暴な! そのような勝負認められるか!」
「なんだ、逃げるのか!?」
「待ってくれよ、エイダン先生」
頭に血が昇ってしまった彼を止めたのはリードであった。
「なんだ、リード? 譲らんぞ?」
「だから落ち着いてくれって。俺らとガキ共じゃあ条件が違い過ぎる。だろ?」
「むう……、確かにそうだな」
このままエイダンと戦わせて、お灸をすえたとしても、彼らが態度を改めるようなことは無い。そう考えて、リードは進言した。
「提案するぜ。
「ほう、確かにそれは妙案だ!」
そう言って、二人は今年度の一校総代の方を視た。シンの方へと。
「…………は!? 俺!?」
いきなり主役に引き摺り出されたシンは大仰な驚きを示した。
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