119 第10話08:厄介者の集団②




「皆はそのままでいなさい! 私が見てきます。席を立たないように!」


 ざわめきに支配されつつある生徒たちにそう断って、サルディンが教壇を離れて校庭を覗ける窓へと向かう。


 ハークからしても正しい判断だとは思うのだが、それでも気になるものは仕様がない。

 虎丸との念話を繋げる。


『虎丸。他の方々やサルディン先生には気付かれること無く、あの窓まで到達して外の様子を偵察できるか?』


『出来るッスよ、大丈夫ッス! ここには障害物・・・・・・・が多いから、楽勝ッス!』


 虎丸にとってはハーク達生徒が座る机や椅子も障害物であるらしい。

 虎丸には障害物が多い場所であると素で驚異的な機動力が更に向上するという『森林の王者キングオブフォレスト』なるSKILLがある。

 普段から眼にも止まらぬ速度を持つというのにそれ以上となればハークの眼にも捉えるのは難しい。ハークよりレベルの低い者であれば尚のことだろう。更に隠匿SKILLである『野生の狩人ワイルドアサシン』までも併用すれば完璧だ。


 実際、音も立てずにもう窓際に達していた。ハークには視なくとも勘働きで分かるが、他の人間は気付いていまい。念の為、そちらの方向へ顔を向けることはしない。


「何だあいつらは!!」


 サルディン先生が珍しく額に青筋を立ててまで大声を発している。

 というか初めてである、あのような姿を見るのは。

 ハークから視てサルディン先生は実に穏やかで落ち着いた方である。余程、授業の邪魔をされたことに御冠なのであろう。まぁ、当然だが。


『何がいる、虎丸?』


 すかさずハークも念話を送る。虎丸は『野生の狩人ワイルドアサシン』を発動したまま窓の外を覗こうと前足を延ばす。


『あーーー、何かッスね。20人近くの若い人族がラッパ持った男に先導されて校庭を歩いているッス』


『らっぱ? 乱波、……いや間者の忍びなどである訳はないな。何だそれは?』


『ああ、ちょっと大きい笛みたいなモンッス。さっきの甲高い音色はそれッスね』


 ハークがラッパを知らないのも無理は無い。喇叭という日本語はあるが、ラッパが日本に渡来したのは19世紀頃のことである。ハークが元の世界で生きていた頃の日本には影も形も無い。


「おお、学園長……」


 サルディンのつぶやきがハークの耳に届いた。ハークの聴覚は人族とは比べ物にならぬほど特注品だ。意識を集中していれば、これぐらいの距離であっても問題無い。


『あ、ホントッス。ジョゼフが来たッス。あれは相当怒ってるッスね』


『ううむ、やはり気になるな。直接見たい』


『言ってみればどうッスかね? この状況では授業も続けられないと思うッスよ?』


『確かにそれはそうだな。お主の言う通りだ』


 ハークは座ったままその場で挙手をする。


「サルディン先生、発言を許可願えまするか?」


 その言葉を受けてサルディンが身体ごと、発言したハークに振り向き、相好を崩す。


「おお、クルーガー君かね。構わないよ。許可します」


 先程まで青筋立てて猛るように声を発していた人と同人物とは思えぬほどに機嫌を直した笑顔で答えるサルディン。その姿は年老いた翁が孫の可愛らしい願いにデレる姿そのものだ。若い講師も多い中、サルディンは冒険者ギルド寄宿学校講師陣の中でもかなりお歳を重ねているような見た目をしている。険の無い落ち着いた振舞いが更にそれを助長していた。何も知らぬ者が端から視れば、増々のこと先の構図を想像するだろう。


 だが、そんなある種微笑ましき展開が、サルディンが初めて見せた剣幕に驚愕し萎縮していたクラスの雰囲気を改善させていたこともまた事実だった。


 発言の許可を貰ったハークは手を下ろすと一拍おいて口を開く。


「ありがとうございます。どうか我らにも外の様子を窺う許可をいただけませぬか? このままでは皆も気になり、いや、某が気になるのですが、とは言えこのまま再開しても正常な授業がかなうとは思いませぬ」


 サルディンはハークの発言を聞いて、少しだけその内容を吟味したようだが、それは僅かな間だけだった。


「そうだねえ。わかった。皆も気になるだろうし、許可しよう。しかし! 、決して騒がぬように。私語は厳禁です」


 講師の許可を得て、教室内に居る生徒全員が席を立つ。粛々と全員が窓際に移動する中、ハークも虎丸の元へと向かった。


『ほう、確かにジョゼフがいるな』


 虎丸が言った通りにジョゼフは相当に怒っているようだった。



「何だ貴様等は、騒々しい」


 ジョゼフは静かに言った。

 ハークも経験があるが、怒っているからと言って大声を出す人間ばかりとは限らない。沈着冷静な人間であれば往々にしてそういうことがある。

 ただし、絶対にそういう人物の怒りの方が恐ろしい。


 未だ見知らぬ集団を先導していた男は、そういった機微を全く判っていないようだった。

 全く懲りずに大声で名乗る。


「我らは栄光ある王都レ・ルゾンモーデル冒険者ギルド第三寄宿学校の者だ! 先触れは既に寄越したであろう!」


「知っている。だからどうした」


 対してジョゼフの声量はあくまで平静だ。

 だが、ハークの特別製たる聴力は、先のジョゼフの台詞に若干の震えを感知していた。

 つまりはもう爆発寸前である。地獄の釜の蓋はもう限界と言ったところか。


「ならば何故出迎えが居ない! 全校生徒が整列していて然るべきであるぞ!」


〈なんだ? 兄弟校の生徒が訪れた際にはそんな慣習でもあるのか?〉


 などとハークは思ったが、まるでそんなことは無いようだ。何故ならジョゼフが微動だにしていなかったからだ。

 既に殺気に近いものがジョゼフの身体から溢れかけているのをハークは感知できるが、虎丸の言うラッパとやらを手にした男には全く伝わっていないのだろう。尚も怯まずに言葉を続けた。


「我らは王都寄宿学校の者ぞ! 貴族ぞ! 貴族の集団が訪れるとすれば、平民共が恭しく出迎えるが当然であろう!」


「黙れ、馬鹿者が!!」


 どうやら先日のシュバルのような勘違いした輩の集団であるようだ。

 そして、この時点でジョゼフの怒りが臨界点を突破したらしい。

 まるで物理的な力すら発するかのようなレベル31の猛者が持つ怒気が解放される。


「ひいっ!」


 先導していた男はそれ程レベルが高くないようだ。ジョゼフの放つ強烈な怒気にあてられ、すっかり勢いを失くし怯えていた。


「くだらぬ選民思想に染まりおって! そこまで増長しおったか!」


「お待ちください」


 その時、ラッパを持つ男の後ろの集団、先の名乗りからすれば王都寄宿学校から来たのであろう集団の中から、一人の体格の良い少年が歩み出てきた。

 年の頃はシンやロン、シェイダンより少し年長ぐらいの十代後半である。

 先導の男と同じくその後ろについていた王都寄宿学校の生徒たちもまとめてジョゼフの怒気に曝された筈である。故に当然のことながらすっかり腰が引けて、震えている者すら散見される。

 だが、歩み出たその体格の良い青年の声はしっかりとした声であった。脂汗が顔面に浮いているのを視ると全く影響を受けていないようでも無かったが、生徒にしては結構な高レベルであるのかもしれない。


「古都ソーディアンの冒険者ギルド第一寄宿学校に所属するのはほぼ平民と聞いております。でしたら、常日頃から貴族に対する対応を教育しておくのがよろしいかと」


「お前、名は?」


「ロウシェン=ロンダイトと申します」


 ロンダイトとはどこかで聞いたような気がしたが、今は会話の流れに集中した。


「ほう、お前が今期の三校総代か」


「はい、そうです」


「胆力だけはあるようだが、同じ総代でもウチの総代とは比べ物にならんな。頭の中身は貴様の弟と比べても劣るようだ」


 その言葉でハークはロンダイトが何処で聞いたものであるか思い出した。


〈そうか、ロンダイトとはロンのことだ。と、いうことはあそこにいるのは将軍家……! ロンの身内か〉


 ロウシェンと名乗った恐らくはロンの兄らしき人物は、確かによくよく眺めてみるとロンに似た精悍にして端正な顔立ちである。

 彼は一瞬、何を言われたのか分からないと言った呆けた表情を見せたが、次いで顔を歪ませ紅潮させた。


「無礼な!!」


「黙れ、阿呆が!!」


 面と向かって侮辱され、反抗の意思を見せたのも束の間、ジョゼフの更なる怒気、というよりも鬼気に近い気合の発露にあてられ忽ち呑まれてしまう。

 ハークとしても少々やり過ぎではないかと思える程であった。


「今どき田舎貴族でもそんなことは要求せんわ! アレス王子の帝国式に毒されおって! 次期王国第3軍将軍の座を担うかもしれん者として恥を知れい!!」


「しっ、しかし帝国とは共にこの大陸、いや、この世界を支配するために増々の同盟関係が強化を急がねばならぬ間柄です! 下々の者に帝国礼式を周知徹底させることは決して悪いことではありません!」


 一度はジョゼフの鬼気に呑み込まれながらも未だ抵抗できるのは大したものと言えた。いや、ただ単に反骨心が強すぎるだけやもしれぬ。それでも見上げた根性の持ち主ではあるのだろうが。

 一方、ジョゼフはロウシェンの反論に対してすぐには反応せずに黙ったままだ。


 時に沈黙は怒号より相手に恐怖を与えることがある。ハークも前世で何度か使った手だ。


 場に緊張感が奔る。サルディン先生や周りの歴史講義を受けているクラスメイトも含め、話す者は誰もいない。

 声を出す者すら全く居ない沈黙の中、ジョゼフの溜息が響いた。


「だからこそ恥ずかしいと言うておるのだ。このまま帝国との同盟関係が続いていくなどと本気で考えておるのか?」


「な、なんですと!?」


「……はぁ、もういい。もう少しよく考えろ。とりあえず今は授業中だ。俺が宿舎に案内しよう。貴様等、騒がずついて来い。あ、そのラッパは没収だ」


 最初、ギルド長に対しても居丈高な態度を見せていた先導者も、立て続けに放たれたレベル31の猛者による怒気と鬼気に曝され、当初の勢いを完全に失い、抵抗することなくラッパを渡していた。

 後に続く三校生徒も同様で、反抗の意も見せずにギルド長の後に続いていく。ロウシェンという少年も些かの逡巡を見せたが、結局は大人しく列に続いていった。



〈やれやれ、これ以上授業が邪魔されるようなことが無ければ、儂はいいのだがな……〉


 その後、歴史の授業が再開されたものの、サルディン先生がいつもとは違い精彩を欠いた講義を続ける中、ハークはそんなことを心の中で呟いていた。

 まあ、仕方のないことだろう。あんなことがあっては直ぐに何時もの如く平静に振る舞えるわけがない。クラスメイト達も同様だ。どこか集中を欠いている。


 そして、ハークのささやかなる願いは、直後の時限にて破られることになる。





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