118 第10話07:厄介者の集団




 『ちゃいむ』という鐘の音が鳴り響き、授業の開始時間到来を告げる。

 それを見計らったかのように、がらりと教室の扉が開かれ、講師であるサルディン先生が姿を現した。


「ほ~~れ、皆席に着けーい。歴史の授業を始めるぞ~い、……って、もう全員席に着いとるか、感心感心」


 いつもの調子でそう語りながら、サルディンは教壇へと辿り着く。

 ハークが知る限り、この授業前の前口上は毎度毎度一言一句変わることが無い。


〈ふうむ、やはり一度、何気ないことであっても誉めておく、というのは若い者のやる気向上につながるのかのう……〉


 などと参考にしていいものか果して迷いつつ、講師の指示通りに教科書のページを開く。


 本格的な授業が始まってから今日で5日目だ。

 ハークは今までの授業を復習、整理し、己で纏めたノートを開く。

 頭には大体入ってはいるが、念の為だ。

 それによると、今日の授業は古代史の最終回だ。



 この世界の人類の始まりは今より一万年もの昔。

 知恵を持つ種族が残せし最古の記録によるとその頃世界は瘴気に覆われていたという。


 瘴気は、人が吸えば病にかかり、触れても身体を悪くするというほどの毒性の強いものだった。そんな過酷な環境で、ヒトを含む多数の生命体が生きていられたのはその毒性に耐え得る肉体を持っていたからではまるでなく、光は通すが瘴気は通さぬ巨大で分厚き壁が卵の殻のように周囲を包み囲む土地が世界中に幾つも点在していたお蔭だった。

 現在のこの世界で、今を生きる人間種を含めた殆どの生命体は、その中で命を育んだもの達の子孫であるらしい。

 そして、いつしか人間達はその内部で都市を形成し、周囲を取り囲む壁の形に因みエッグシェルシティと名付けた。

 都市国家形成の始まりだ。


 因みにこの壁は現在、一欠片も残ってはおらず、本当に実在したかどうかも定かではないそうだ。ただ、実在したとすれば誰が建造した物なのか、神か、それとも偉大なる先人か、当時の記述にもその2通りの記載が多く残されており、度々論争になっている。


 その後の都市国家であるが、世界中に点在するエッグシェルシティ同士の距離が其々に離れていたが為に、文化、政治形態、更には発展スピードまで都市ごとに別々の道を歩むことになる。ある都市では現在のような王政に近い政治形態が敷かれ、ある都市では市民たちが全てを投票で決定するようになり、またある都市では市民の代表たちが話し合いで決める合議制なるものが産まれたという。


 このまま多種多様な発展を見せていくかと思われた都市国家群だったが、ある時を境に都市内部で相争うようになり遂には自らを守護する壁を破壊してしまう都市が出現する。この自滅に近い都市内部抗争は各地で発生。都市国家はその数をだんだんと減らしていった。


 このことについては様々な解説があり、増えすぎた人口を制御出来なかったため、とか、発展しすぎて人心が荒れたためだとかあるらしいが、サルディン先生は急激な発展と変化に人々が対応出来なかったが故ではないか、という説を推している。


 いずれにせよ、こういった過去の悲劇を学び、それをこれからの人々の発展に寄与させることこそが歴史を学ぶ意味であると結んでいた。

 だからこそ、お隣の国のように(これは帝国のことを示しているらしいが)、自分たちの都合の良い歴史のみを流布しても何の価値も意味も無く、それを学ばせる行為は正に時間の無駄極まりない発展性を著しく損なった行為であると評していた。


 そして約9700年前、つまり都市国家群が形成されて300年。残る都市国家群が10を下回った頃、東にある最も技術の発達した都市国家が壁を破壊することなく壁の外を調査する技術を開発する。


 その国家は『ダイサンシティ』と呼ばれていた。

 『シティ』とは、その昔、力持つ言葉として習熟を義務付けられた古代言語にて、都市そのものを表す言葉だったという。

 ならば『ダイサン』とはもしや『第三』なのではないか、とも考えられる。

 つまりは何らかの『第3番目の都市』を指す言葉である、と。ハークも最初に聞いた際にそれが真っ先に頭に浮かんだ。すかさずそれを質問してみたところ、確かにそれも充分に考えられる。しかし、当時の言語は先の力ある古代言語が主流であったが故に、たまたま似たような名前で呼ばれていただけではないか、というのが現在の通説であるようだ。


 ともあれ、その『ダイサンシティ』の調査の結果。壁の外界の瘴気がそれ以前よりも薄くなっていたことが判明する。

 その原因を突き止める為、『ダイサンシティ』は更なる技術研鑽を進め、数年後にその解明に成功した。

 瘴気の濃度が減少した原因、それはある魔生物が瘴気を吸収し喰らっていたからだという。

 その魔生物とは、ドラゴンであった。


 この時、人間種は初の魔物、そして初めてドラゴンの存在を発見、確認することになる。

 その後も調査を続けた結果、『ダイサンシティ』は様々な魔生物を壁の外に発見し、外界はエッグシェルシティ内とは全く別の生態系、というよりも最早別世界が広がっていることを突き止めた。


 事ここに至って『ダイサンシティ』は外界の本格的な調査、つまりは有人調査計画を発案する。

 そして、他の各シティに連絡を取ることに成功。これは恐らく、長距離念話のようなSKILLを開発したものと考えられるという。しかし、このような効果を持つSKILLは、現代では習得者がおらず、失われたSKILLであるという。虎丸も『念話』のSKILLを持つが、互いに視認できる距離が限界であるという。とても街と街を繋ぐことなど出来ない。このような、時の流れによって習得方法を逸失したSKILLを『失われた技術ロストスキル』と呼ぶのだという。

 ただし、今日現在では前述の長距離念話的なスキルを法器で補っている。勿論、開発に成功したのはエルフだそうだ。超希少かつ高価である為、国の重要機関ぐらいにしか置かれてはいないが、ソーディアン冒険者ギルド本部にも一台設置されているらしい。


 『ダイサンシティ』はこれを使って各都市に外界調査の協力を要請。さらに数年後、他都市の技術供出の甲斐あって、初の本格的外界調査に成功する。

 その方法とは、現在では詳細な記録は残っていないらしいが、外界にて強力な生物の優秀な特徴、及び身体的能力のみを盛り込んだ耐瘴気強化型人造肉体を生成し、それに都市内部の人間の意識を転送して操作するというものだった。


 『ダイサンシティ』はこの調査で様々な有益物質、情報を取得する。特に魔生物の調査に於いて、その体内に『魔石』が備わっているのを発見。『魔石』内部に膨大なエネルギー、今で言う魔力が眠っているのも解明した。

 この『魔石』を集めることで、都市内の生活をもっと豊かに出来ると確信した『ダイサンシティ』は、魔物を狩り、魔石を採取することを目的とした集団組織を設立。調査用だった耐瘴気強化型人造肉体を戦闘用に改造し、意識を転送しそれらを操作する人物も新たに招集したという。


 この、冒険者に似た役目を担う、まさに前身たるその者達は、後に『マインナーズ』と呼ばれることになる。



 ここまでが先日の授業までをハークが自分なりに纏め書き記した事項だ。

 教壇ではサルディン先生が確認の意味があるのだろう、昨日までの要点を順々に説明してくれている。

 親切なことだ。その一言一言が自分の纏めと齟齬が無いか確認していくが問題は無いようだ。


「―――さて、ここまでが昨日までの授業内容だね。皆、よろしいかな? それでは、先へと進もう。君たちが目指す冒険者の最古の姿、とも言われておる『マインナーズ』が組織されたことで、『ダイサンシティ』は現在の法器の原型たる機器を次々開発していったと思われる。『ダイサンシティ』内住民達の生活は非常に豊かになり、人口は増え、他を圧倒して発展していたようだ。丁度、現在の我が国と似ているね」


 ここで一度言葉を切り、サルディンは生徒たちを見回して様子を見ると、またすぐに説明を再開する。


「さて、この『ダイサンシティ』であるが、この後の歴史において最も重要で最も尊い行いを選択する。何と外界の調査で得た情報、それから発展させた研究結果などを他のシティにも公開したのだ。当時の『ダイサンシティ』がこれによって何を狙っていたのかは歴史上に於いても大きな謎の一つだ。ともあれこの情報と齎された技術により他の残ったシティも『マインナーズ』、もしくはそれに似た組織を結成させるに至る。各シティで稼働し始めた彼らの活躍により、どこのシティも発展し、余裕が出来たのかここからしばらくは自滅するようなシティは出なくなる。やはり、市民の生活が安定しておれば、そうそう不満など爆発することもないということであろうな。ここから都市国家群は安定期に入る」


 そこまで話すとサルディン先生は教壇に魔力を流した。すると背後の黒板なるものにこれまで要点が表示される。黒板なるものも法器らしい。

 生徒たちがそれをノートに書き写し始める。

 ハークも遅れじと愛用の『ぼうるぺん』とやらを使ってノートに次々と書きこんでゆく。

 それにしてもこの『ぼうるぺん』とやらは大したものだ。何処に触れても手は汚れぬのだが、先端の尖った部分を紙に滑らすと字が書けてしまう。携帯に便利だし、何より墨を用意する必要が無いというのが良い。

 魔力は全く使用せず、従って法器でもないらしい。一体どのような構造になっておるのか。

 おっと、今は授業中だった。余計な事を考えるのは後回しだ。


 そんなことを思っているとサルディン先生がまた説明を再開した。


「都市国家群が安定期に入り100年ほど経った頃、『ダイサンシティ』内に一つの事件が発生する。だがその前に、同時期に誕生したというエイル=ドラード教団についても説明をしておこう。エイル=ドラード教団についてはかつて我が国の国教であったこともあり、よく存じている者も多いだろう。が、全く知らぬ者もいるであろうしな」


 サルディンのその言葉にハークは心の中で感謝と賛辞を贈る。当然ながらハークの中にはそのような団の知識は欠片も無いからだ。


「エイル=ドラード教団が何処のシティで生まれたかは不明らしいが、少なくとも『ダイサンシティ』内ではないらしい。この頃は各シティの連携もより密になり互いの文化や芸術さえも交換対象としていたのだ。エイル=ドラード教団は別名で黄金教、そして救世主教などと呼ばれておる。黄金で出来た磔台を布教の中心に据えて、この世は危機が訪れると必ず救世主が現れて人々を救うと教え広める教団だ。故に、いずれ現れるその救世主、後に勇者と呼ぶようになるがその人物をお助けするために我々は存在し、それを信じ続けなければ救われることはない。と、などと言って信者を獲得しておった。平たく言えば、その勇者とやらをお迎えする準備の為に組織的に行動しなければいけないから自分達に従いなさい、ということだな」


 何かサルディン先生の言葉に棘を感じる。どうも教団のことがお気に召さないようだ。


「まだこの時には数多く存在した宗教の一つに過ぎず、信者の数や勢力も少なかったが、とある事件により、大量の信者を獲得し、一転して世で最も信仰される宗教へと発展する。端を発したのは『ダイサンシティ』で発生したクーデター事件であった。首謀者は当時の『マインナーズ』を雇い……」


 ―――パパラーププーパパラーー!!


 突然の強烈に素っ頓狂な笛に似た大音響が校庭の方から響き、サルディン先生の講義が遮られる。


「な……なんだ!? 何事だ!?」


 教室内がざわつき始める。何が起こったか分からないためだ。ハークも同じであった。





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