117 第10話06:父との会話




 部屋の隅に置かれた台の上の『ケータイ』はまるで大きめの薬缶ヤカンの様な大きさと形である。先人の発案を元に10数年程前にエルフが法器造りの粋を集めてこの世に具現化させたというが、本来のコンセプトである持ち歩きながら使うというには未だ大きすぎ、そして重すぎる。が、遠征中や旅行中であっても『長距離双方向通信法器デンワ』と双方向同時通話可能というのはやはりとんでもない利用価値を産んでいた。

 ただ、如何せんまだ数が足りない。

 聞いた話では確かモーデル王国以外も含めた大陸全体であっても30台程度しか出回っていないという。


 そんなものを、いかに兄二人は王都のギルド寄宿学校に進んだ一方でロンだけが遠く離れた古都の地での学びの道を選択したとはいえ、自分だけに持たせるなど父は何を考えているのか……などと考えたこともある。

 とはいえ、今は丁度シェイダンが一人自主練のため修練場に向かっていて、部屋には自分だけだ。


 今ならば都合が良いと、現代人から見れば『携帯』とは似ても似つかない、これまた薬缶ヤカンの注ぎ口のような受話器を手に取り、『返信』の操作を行うと程無くして父が出た。


「おお、ロン、態々スマンな。元気にやっとるか?」


「はい、父上。お陰様で不自由なく日々を送っております。只今、本日の講義が全て終わりました。何かございましたか?」


「硬いな、ロン。もっと親子としての会話をしていいのだぞ?」


 ロンはその言葉に強烈な違和感を覚えた。ロンの父親である王国直轄第3軍将軍は確かに厳しいだけの人物ではなく、多分なるユーモアを含んだ温かみのある人物であることをロンは誰よりも知っている。しかし、例えそうであっても、高価な長距離通信装置を使ってまで単なる親子同士の会話を楽しもうとまでする人では断じてない。


「父上、本当に何がございましたか? 王都で異常事態でも?」


「……ふふ、本当にお前は優秀な子だ。お前の兄二人ではこうはいかんぞ。まあ、たまにはお前とゆっくり話したいというのも嘘ではないがな」


「父上、御冗談を。本当に、何があったのです?」


 ロンが念押す様に訊くと、受話器の向こうで溜息に近い音が微かに聞こえた。或いは覚悟を決めたのかもしれない、とロンは心の中で思った。


「やれやれ、誤魔化されんとは本当にお前は聡い子だ。俺には勿体無いぞ。……仕方ない、ゆっくりと話す気であったのだが、早速本題に入ろう」


 ロンはごくりと唾を飲み込んだ。今度はロンに覚悟が必要であった。

 数瞬の後、ロンの覚悟が固まったのを見計らったかのように父が話し始める。


「お前に今日、伝えておかねばならないことは幾つかある。まずその一つが、第二王女であらせられるアルティナ姫殿下が行方不明になられた、ということだ」


「なんですって!?」


 事はロンの想像外であった。


「この事に対して、第一王子アレス殿下は大々的に発表、市井にまで広めることでアルティナ姫様の行方を追うとのことだ」


「は!? 市井にまで!? 父上、少しお待ちください!」


「因みに情報提供者には報奨金が与えられる」


「ほ、報奨金!? なんですかそれ!?」


 ロンは普段は鋭敏な頭脳を持つ。それは父からも、親友であるシェイダンからも度々評されていたことだ。

 だが、今のロンの頭脳は混乱の極みに達し、オーバーフローを起こし掛けていた。


「何を馬鹿げた、……御冗談を! それでは犯罪者の扱いではないですか!」


「……そうだな、馬鹿げている。そして、冗談であれば、どれだけ良いことか……」


 ロンはそれだけで、先の父の言葉が全くの真実であると疑うことなく悟った。


「……本当、なのですね?」


「うむ。あと数日経てば、お主の居る古都ソーディアンでも発令が成されるに違いない」


「何を考えておられるのです、アレス王子は!? それでは他国に恥を晒すばかり……、いえ、それよりもまずアルティナ姫様は何故!?」


「安心せい、アルティナ姫様は恐らく無事だ。1カ月程前に自ら御付きの方共々城を抜け出されたらしい。アレス王子は攫われたのではないか、と広めているがな。因みに攫ったのはかのエイル=ドラード教団の者であるらしい。国教を外された恨みを今頃になって、だそうだ。馬鹿馬鹿しい」


 その言葉でロンは、父が第3軍の猛者達を使って必死で情報を集めていたことを悟り、冷静さが戻ってくる。その頭脳の内では、以前父親が第一王子たるアレスに対して語っていたことが浮かび上がって来ていた。


「まさか、以前父上の仰っていた、アレス王子の奇行が故なのですか?」


「憶えていたか。あのバカ王子め、遂に増長しすぎて父である国王陛下の言葉すら耳を貸さぬ。今は元宰相のアルゴス様が何とか抑えてはくれているが……」


「待ってください、父上! アルゴス様が!?」


「そうか、ロンは知らなかったな。お前が王都を発って直ぐのことだ。バカ王子の派閥攻勢により罷免されてしまったのだよ。だが、あの派閥は無能の寄せ集めに過ぎん。情報収集はおろか現状把握も碌に出来んのだからな。そこで無官となったアルゴス様を取り込んだのよ。アルゴス様は取り込まれるフリをして奴らの動きを牽制してくれておる。だがそれも一時凌ぎに過ぎん。……ロン、心して聞け。このままいけば本当に、この国は滅亡しかねん」


「父上!? 何を申されます!? そんな馬鹿なことが!? 僕には信じられません!」


 信じられない。それがロンの偽らざる答えであった。

 ロンの眼から視て、例え中央の政治状況までは解らずとも、経済は潤い、街は発展し続け、人心は大きな乱れも無く安定している。滅亡する要素などロンの眼から視ればまるで無いのだ。


 だが、受話器の向こうの父親は、そんなロンの思考を読むかのように冷たく言った。


「如何に経済、人心の余裕を得、国庫は潤い街は発展し続けていようとも、力に奪われ、全てを滅ぼされればそれまでよ」


 それはたった一つのことを表していた。


「ち、……父上は我が国が帝国に負けると言うのですか!?」


 思わずの大声であったが父は咎めもせず答えた。


「今や勇猛、優秀な武官、文官は次々罷免され切り崩されておる。バカ王子のやりたい放題だ。特に亜人達の反発が酷い。国を見捨てだす者達もこれから増えてくるだろう。もはや25年前とは状況が違うのだ。不和を撒き散らされ、一丸となることなど不可能な今の状態が続けば、帝国に勝てる可能性など無くなるのは道理よ」


 吐き捨てる様な父の言葉であった。愚か過ぎて匙を投げたくなる心持ちなのだろう。


「父上、何故アレス王子はそんな、国力を態々落とすような真似を?」


「己しか視えていないからだろう。此度のことも王位継承の為だけの試練であるとしか思っておらん筈だ。もしくは己の10から15までの多感な時期を面倒見てくれた伯父が、まさか自分の国を討ち滅ぼそうと狙っているとは想像もしておらぬのだろう。王子の側近には帝国から連れてきた輩が多いからな。だが既に撃ち込まれた楔を取り除くには遅くに過ぎた。昨日、第1軍が王位継承のアレス王子支持を表明しおった」


「第1軍が!? 何故です!?」


「詳しいことはまだ調査中だがアルティナ姫様が行方不明になり、もはやアレス王子の軍門に降るしかないと早々に諦めたのかもしれん」


 父はそう言うが、ロンも第1軍の将軍のことは知っていた。会って話したことも何度かある。あの人物がそう簡単に諦めるような人物とはロンは思えなかった。


「もしくは、……どうしても軍門に下らざるを得ない状況になった、とかでしょうか。例えば家族を人質に取られた、とか」


「かもしれん。だが、腹の底で何を考えているのか確証が取れん以上、迂闊に接触することも出来ん。いずれにせよもう猶予は無いのだ。にもかかわらず、担ぐ神輿が無いのでは我らも話にならん」


 『担ぐ神輿』とはアルティナ姫殿下のことであろう。父の言葉は続く。


「俺の予想では、というか、多くの予想ではアルティナ殿下は今、御付きの方であるリィズ様の故郷である辺境領ワレンシュタインにおわすものと思われる。あそこであればリィズ様の土地勘が活きるであろうし、何より『亜人種の持ちたる領』だ。人間至上主義にかぶれたアレス王子に味方する者などおるまい。だが、この俺ごときが予想しえる様な場所に、あの聡明なアルティナ姫様が向かうとも、俺には思えんのだ。そこでロン! お前に頼みたいことがある」


「はっ!」


「もしそちらソーディアンでアルティナ姫様らしき方をお見かけしたら、何が何でもお助けせよ」


「分かりました! ……しかし父上、僕はアルティナ姫様や御付きのリィズ様のご容姿さえ知りません」


「分かっておる。だが、アルティナ姫様は14歳でお前と一つしか変わらん。しかも美しい。お前と同年代で困っている美しい方がいればお助けすればいい」


 それならば言われなくても助ける、と言いたくもなったがロンはその言葉を飲み込んだ。代わりに美しい同年代と聞いてハークのことが脳裏に浮かんだが、スグに頭を振って否定した。彼はエルフだし、何より男性だ。どう考えてもアルティナ姫である筈が無い。


「畏まりました、父上」


「うむ、それと最後に一つ、余談ではあるがお前に伝えることがある」


「なんでしょう?」


「王都の冒険者ギルド第三寄宿学校の連中が昨日、遠征に出立した。行き先は第一寄宿学校、つまりは古都ソーディアンおまえのとこだ」


「……は!?」


 ロンは突然のことで、父親の話した言葉の意味が良く耳に入ってこなかった。


「王都の周りには、あまりモンスターが生息していない。それ故に第三校あそこはレベル上げの為によく遠征に出る。お前も知っているだろう。あそこの学園長はかなり極端なレベル偏重型教育主義だからな」


「存じてはおりますが……、それにしたって今期はまだ始まって一週間ですよ? 基礎すらまだ出来ていないでしょうに」


「それがレベル偏重型教育というヤツなのだろう。ほら、古都ソーディアンおまえのとこの西に魔物の領域が発見されていただろう。それがもうすぐ終盤を迎えるらしい。その終盤戦に参加させたい腹積もりなのだそうだ」


「……そんな、魔物の領域での終盤戦なんて、プロでも実力者の案件じゃあないですか」


「だからこそ、エリートの精鋭・・・・・・・を1クラス分を組織したらしい。当然、お前の兄達もだ」


「ゲッ!?」


「気を付けろよ」


 思わず出た悲鳴、それに続く父の言葉に、ロンは嫌な予感しか覚えなかった。




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