第10話:It’s gonna be Lovely Days

112 第10話01:Uroboros




 時は少しだけ巻き戻り、冒険者ギルド寄宿学校入学式前夜、つまりはソーディアン領主である先王ゼーラトゥースの御前でエルフの少年と冒険者ギルド長兼学園長が奉納試合を行った夜。

 同じ頃、ハークが犯罪組織『四ツ首』からテルセウスとアルテオに放たれた粗末な刺客2人に対処しているのと丁度同時刻。


 ダヴニルは昔この国の国教であったエイル=ドラード教の旧教会建物の屋根で、『ボーエンキョ』なる高価な遠見筒を手に震えていた。

 『ボーエンキョ』とはその昔、この国に安寧を齎したという王様の側近が使っていたという道具を模して作られたものらしい。当時は仕組や材質が分からず、光屈折率のそれぞれに異なる壁面を持つ水晶を嵌め込んで使っていたのだが、今は技術の進歩によりガラスが使用され、筒を伸縮させることで拡大率を自由に調節できる。


 こういった便利な道具であるにもかかわらず、この『ボーエンキョ』という道具は法器ではないという。

 内部に魔法技巧や魔石などが仕込まれているワケでもない、純粋な、人の手による工作物である。

 ただ、それ故に逆に高価でもあった。中心部に向かって山なりに分厚くなる空気の泡の一切入らない透明度の高いガラスを製作出来る者など、この国であっても5人といないからだ。金貨にして数枚程の価値があるらしい。


 それをダヴニルはこの古都の裏を取り仕切る支部長から今回の任務に際し特別に貸与されている。

 しかし彼が今現在震えているのは、超高価な『ボーエンキョ』を持っているからではない。

 彼が手に持つ『ボーエンキョ』を使い、覗き見た光景にこそその原因があった。



 この日の早朝、ダヴニルを含むこのソーディアン支部の『四ツ首』ほぼ全ての構成員が、深夜の営業を終えて閉店後のバー『ロストワード』に集められていた。基本的に今回の招集に応じなかったものはそのまま粛清対象になるという。

 ダヴニルももう長いこと『四ツ首』に所属しているが、これほどの重い招集は初めてのことだった。夜も明けきらぬ内に『ロストワード』に着くともう既に結構な人数が集まっていた。

 結局、来ない者は10に足らぬほどだった。いずれも副職が・・・兵士や衛士、役人などこのような刻限にバーになど来れる立場ではない者達だ。

 2人を除いて。

 一人はレベル30を超えた超実力者、ダリュド。

 一応古株の一人であるダヴニルは彼を多少は知っていた。

 ああ見えて、組織への忠誠心はある男だ。もうすでに到着していて奥のVIPルームにでも居るのかも知れない。

 そして、もう一人はヴィラデルディーチェ=ヴィラル=トルファン=ヴェアトリクス。ダヴニルは彼女と直接話したことはないが、あの美しく妖艶で目立つ女を知らぬ者などこの古都には居なかった。

 共にこの街で1、2を争う実力者ではないか。


 200名以上の構成員が集まり切ったところで支部長が店の奥より姿を現した。

 挨拶もそこそこに集まった全員を前に支部長が急な招集の目的を話し始める。


 この時点でダヴニルはかつてない程に今回の招集、並びにその目的たる任務に対して警戒感を強めていた。

 ソーディアン中の構成員全てを集めようとする招集もそうだが、今日の支部長は性急に過ぎた。まるで焦っているかのようだった。いつもであれば支部長の前置きは長く、陰で冗長に過ぎるとも言われていたからだ。


 これはキナ臭い、などと思っていると、召集の目的が裏切り者の抹殺であると明かされた。まさか、と脳裏に浮かんだ人物の名がそのまま支部長の口から発せられる。


 ヴィラデルディーチェ=ヴィラル=トルファン=ヴェアトリクスと。


 参加者たちが一斉にどよめく。無理も無いだろう。ヴィラデルディーチェはこの『四ツ首』ソーディアン支部において一番の稼ぎ頭であり、支部長のお気に入りでもあった筈なのだ。それを抹殺とは一体どういうことなのか。


 最早どよめきが喧騒へと移り変わる最中、支部長が一喝の後、ヴィラデルディーチェ裏切りの経緯と証拠、そして弑された者達の名前を上げていく。

 その内容を聞いて、事実だとすれば誰もが抹殺対象とされたのを納得せざるを得ない罪状である。こちらを舐め、挑発しているのと同義だ。余りにも短絡過ぎる。

 裏稼業は舐められたら終わり。総力を挙げてでもこの恥はそそがなくてはならない。


 しかし、誰が殺すかが問題だ。ここまでの面子を集めた以上、大集団で取り囲み嬲り殺しにする算段なのであろうが、彼女は美しさだけでなく強さも本物だ。何しろダリュドと同じく古都3強と言われる女なのだから。

 流石にこの人数にいっぺんに襲い掛かられれば生き残ることなど出来ないであろうが、必勝の体勢を整えたとしても最初に突進する何人かは道連れにされる可能性が高い。


 しかし、そんなことは我らが支部長もとっくの昔に気付いていたことだったらしい。

 躊躇を見せる配下たちに向かって彼は言い放った。


「確かに此度の任務は非常に困難な、危険な戦いとなるでしょう。お前達何人が無事に戻ってこれるのか私にも分かりません。そこで当然、特別報酬を用意します! 彼女を討ち取ったものには金貨50枚だ!」


 うおおおお~~!! と、怒号のような歓声が上がる。冷静を保とうとしていたダヴニルでさえ心が浮き立ちそうになる。それ程の金があれば一生遊んで暮らせるのだ。


 しかし、


(命あってのモノダネ、だな)


 そう心の中で昔の偉人の格言を呟き、浮付いた己の心を落ち着ける。

 ダヴニルは裏稼業の人間としては珍しく学のある人間であった。そういった所謂『他の連中とは違う』というある種の特権意識が、彼に一歩引いた俯瞰的な視点でこの世界を眺めさせていた要因とも言えた。


「お頭! ヴィラデルをもし仕留めたら、俺の好きにしても良いですかね!?」


 醒めた視界の中、いかにも学の無さそうな筋肉質の男が支部長にそう尋ねる。

 即座に支部長はその質問に答えた。


「良いでしょう! 早い者勝ちだ! 倒した者に奴を自由にする権利をやろう! 生きていればだがな!」


 ならず者どもは口々に、「イエェアーーー!」だの「よっしゃああ!」だの「気前良いぜ~!」だのと叫び始める。

 そこへまるで煽るかのように支配人の「一番手を望むものはおるかー!?」の言葉が浴びせられ、彼らは我先にと次々に手を上げていた。

 その数は全体の9割に近かった。



 軽い作戦の説明を行った後、後は現地での指示に従うよう下知したあとの支配人の号令により、先手を望む者達は一斉に現場へと向かいバーを出て行った。


 今ここにはダヴニルを含む20数名のみが残っている。彼らに向かって支部長は、先程とは打って変わった静かな声で語り出す。


「あなた方は後詰めを望みますか……。賢明ですね」


 どうやら正解を選んだらしい。


「あなた方は先手が踏み込んだ際に、奴の逃走を防ぐために周りに待機していてください。あの人数です。勝てるとは思えないでしょうから必ず逃走を選択する筈です。そこを仕留めなさい。……あなた方にはこれを差し上げます。人数分が無いのが心苦しい限りですが……」


 残った連中の内、レベルが高い者から順に、支部長直々に武器を渡していく。どれも高価な業物で、鋭い輝きを刃に備えた剣や大型ナイフであった。『四ツ首』ソーディアン支部の倉庫に保管されていた宝物であるらしい。

 それを聞かされたからか渡された者の内、何人かの眼つきが変わっていた。


(無理ないな、あれほどの逸品を渡されちゃあ)


 だが、残念なことにあまりレベルの高くないダヴニルまでには回ってこなかった。

 そして、その中で最も高レベルな者に現場の指揮を任せると支部長は全員を送り出した。


 ダヴニルも最後尾について歩き出すと、支部長に肩を掴まれ止められる。他の連中がバー『ロストワード』から出て行った頃合を見計らい支部長が口を開いた。バー『ロストワード』は地下にある店舗である。外に出た者達に会話を聞かれる心配はない。


「ダヴニル、あなたとは長い付き合いとなりますね?」


 支部長が確認するように当たり前の質問をする。


「はい、その通りです」


「何か疑問に思っていることが、あるのではないですか?」


 確かにあった。だが果して聞いて良いものかどうかと逡巡していると、支部長がその答えを代弁する。


「何故この場にダリュドがいないか、ですね?」


「え、ええ、その通りです」


「ご心配には及びません。彼は既に現場で待機しております。頃合を見て出てくるつもりなのですよ」


「おお! そうですか!」


「ええ、そうです。さて、付き合いの長いあなたには重要な役割をお願いしたいのです。これを」


「こ、これは!?」


「『ボーエンキョ』です。大変高価な上にこれだけ・・・・しかありませんからお貸しするだけです」


 渡した筒を指差し、支部長は先述の薀蓄ウンチクを語った後、使い方を説明する。


「あなたはこれを使い、遠く、例えば現場近くの旧教会建物の上が良いでしょう。そこから事の成り行きを見守ってください。絶対に戦闘には参加しないでください。万が一にも死んではなりません」


「支部長……」


 どうやら運が向いてきた、自分にも幹部の道が開けたのかもしれない。ダヴニルはそう思った。


「了解しました! 必ず『これ』をお返しに上がります!」


「ええ。ただし、……無いとは思いますが、もし、あなた以外が全滅した場合、……そんなことは無いとは思いますが万が一です。その『ボーエンキョ』の突起部分を上にして、その紐を引きなさい。私達と通信が繋がるようになっています」


「こ、この『ボーエンキョ』に、伝え聞く『ケータイ』の機能が!?」


 その言葉に、支部長はにこりと笑顔を見せる。


「流石ですね、知っていましたか。では、しかとお願いしましたよ。必ず生きて帰ってくるのです。……あ、くれぐれも突起を上に向けて引くのですよ」


「了解しました! 必ずや成し遂げます!」


 そう誓い、意気揚々とダヴニルも出発したのだった。



 が、それは死への行軍だった。




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