105 第9話06:An Entrance Ceremony②




 入学式が始まり、粛々とプログラムが消化されていくが、その間中もずっとロンはあのエルフの少年が気になって仕方が無かった。

 油断するとついつい視線を向かわせてしまう。無意識に近い。


 その横顔もまた非の打ち所なく美しい。

 目鼻立ちははっきりとしているが、鼻は高すぎて自己主張をするほどではない程度にスッキリと収まっており、桃色の唇は艶やかな光沢を携えているかのようだ。その唇も確かに厚くはないが、情が薄そうに見える前のラインをギリギリ保っている。


 見れば見る程、神が自分の妄想か理想を本気で具現化した存在のように感じる。男であるというのが実に皮肉だ。


 困ったことに、不躾にもこんな式の最中に盗み見るような真似などしてはいけないと思えば思う程、気が付くとそちらに視線を送っている自分がいる。煩わしくも有り難いことだが、そうやって見惚れている自分をシェイダンが肘で小突いて何度か止めてくれていた。


 その度に、「お前ってそういう趣味があったんだな」という言葉には、その場で何度大声を上げて反論したい欲求に駆られたか判らなかったが。


 そういう生々しい感情ではないのだ。

 今、自分の心に去来したものは、断じて悪友の頭に浮かんでいるであろう邪なモノとは別のそれだ。


 そう、もっとプラトニックでプリミティブなものだ。

 例えるならば、とある高名な画家が想像で描いた女性の肖像画が、あまりにも自分の理想像そのままで、奇妙で不可思議な感覚のまま眼を片時も離すことが出来ない、そんな感覚だろうか。

 或いは、製作された年代が古すぎて作者不明の女神像を目にし初めて神の存在を確信するような経験、に近いだろうか。



 そのような益体も無く、堂々巡りな思考迷路に一人で陥っていると、いつの間にかプログラムは進んでおり、式は自分ら新入学生たちにとって最も重要かもしれぬ言わばメインプログラム、『冒険者ギルド寄宿学校学園長の祝辞及び挨拶』に移ろうとしていた。

 この『冒険者ギルド寄宿学校学園長』とは、言わずもがな古都ソーディアン冒険者ギルド長、ジョゼフ=オルデルステインその人のことである。


 王国の主要都市ごとに点在する地区統括ギルド、そこに併設されるギルド所属の寄宿学校は現在、全部で7校が存在している。

 その殆どがギルド長兼任の学園長が取り仕切っているが、当たり前の如く兼任であるほうが、ギルド長と学園長に別の人間が就業している場合よりも権限が強い傾向にある。

 ワンマンとまで言われるような寄宿学校は流石に無いが、それでもそこの基本方針は学園長兼ギルド長に由るところも大きい。言わばその学園のカラーを決めているに等しいのだ。


 『冒険者ギルド寄宿学校学園長の祝辞及び挨拶』とは、言うなればそのような立場に君臨する者の所信表明演説に近い。一言一句たりとも、これから入学する者にとって聞き逃せるものではなかった。


「え~~~、今期入学生の諸君、御入学おめでとう」


 司会進行から拡声法器を受け取ったジョゼフは、まずは当たり障りのない言葉から挨拶を始める。

 次いで、先に起こった未曾有の2つの古都襲撃事件のことに言及した上で、命に懸けても職員と共に学徒たちを守り抜くことを誓い、だから君らは安心して修練と勉学に勤しんで貰いたいと繋いだ。


 その上で、一層声を張り上げて言う。


「そしてこれから俺が言うことを良く肝に銘じて貰いたい。ここは学びと修練の場である。それ以外のことは関係ない。今の自分よりも上を目指すことだけが全てなのだ。その意味で君たちは全くの同じ立場に立っている。ここの生徒になった以上、産まれや育ち、種族がどうであろうと関係はない!」


 そして一度、観客である生徒たちを見渡す。


「ここでは努力する者が全てである! 他のお上品な学園とは違うのだ! ここでは家柄、出身、種族、性別、年齢、全てが些末な些事だ! 余計な事で他人の足を引っ張るものは容赦なく俺が鉄拳を必ず叩き落としてやるからそのつもりでいるように! 以上だ!」


 そう言って最後に父母席をギロリと睨んでいる。……何人かが目を逸らしたのが気配で分かった。父母席はその殆どが裕福な富裕層か貴族だ。

 寄宿学校は近隣の町や村、地域から冒険者を志す者達が集まってくる。

 しかもジョゼフが学園長を務める古都ソーディアンの寄宿学校は、毎年のように将来有望と騒がれるような冒険者を輩出する実績に基づいた名門校だ。一方で厳し過ぎるという批判的な評もあるらしいが、その実績故、ロンやシェイダンのように近隣だけでなく王都や他の地域からも多数の入学志願者が訪れる。


 そんな遠くからの新入学者に親が入学式だけとはいえついて来て参加できるなど、裕福な層か貴族でしか有り得ない。他はソーディアン在住の一般庶民ぐらいだ。


 彼らの多くは、子をそのような特権階級に似た意識で育ててしまっているのであろう。

 ロンもシェイダンも、そう意味では意識を切り替えねばならない。

 「いずれお前達も行くことになるのだからな」と、良く父が自分ら兄弟に話してくれたことを思い出す。

 軍学校や冒険者組合学校では上流階級的な意識では居られないと。

 そんな人間は学園側から執拗に潰される、などと馬鹿なことを言う人間もいるがそうではない。そういう人間ほど周囲から置いて行かれ、惨めになり、自分自身で潰れるのだ、そう言っていた。


(聞いていた通りだな)


 ふと横を見ると、シェイダンは少し渋い顔をしている。

 まぁ、この友人は色々と器用なタイプだ。最初は戸惑うだろうが直ぐに順応できるだろう。その僅かな間だけでも自分がフォローしてやれば良い。ロンはそう思った。


 学園長の有り難い、そして恫喝にも近い挨拶が終了し、ジョゼフが司会進行役に拡声法器を返却する。

 しかし、その司会進行役が放った次の一言が、学園長の演説でシンと静まり返った会場をザワつかせる結果となる。


「次のプログラムは新入学生の答辞、となっておりますが、本日、新入生総代の急な事情により割愛させて頂きます」


 これにはロン自身も意外感を隠しきれなかった。


 ギルドの寄宿学校はその実力主義を象徴するかのように、入学志願者の中で最も高レベルな人間を総代とする。勿論、一年間の学園生活の末に総代が変わることも珍しくなく、卒業時に入学時と同じ人間が総代を務めるほうがむしろ異例らしいが、そこには先程ジョゼフが語ったように家柄、出身、種族、性別、年齢、全てが関係ない。


 その総代が本日の入学式に参加できていないことは、実は寄宿学校では珍しいことではなかった。こういった学校にはかなり遠方から訪れる人間も多い。何らかの交通事情で入学式までに間に合わず、結果1日2日遅れて入学する者も決して珍しくはないのだ。現に入学者用の席もちらほらと空席が見える。

 ただ、そういう事情であれば、『交通事情で』と言われるであろうに、司会進行役が発した言葉は『急な事情』であった。これには確かに意外感を抱く理由も分かる。


 だが、ロンの胸中に湧いた意外感はそれだけではなかった。

 それは事前にシェイダンから訊いたエルフの同期のことである。

 彼のことはシェイダンからレベル19の実力者であると聞いていたのだ。

 19というと新人としては異例の高さである。

 当然、彼が総代を務めるであろうとロンは確信していた。だが、彼は入学式に参列している。先の今までその横顔を眺めていたのだから間違いなど無い。

 と、いうことはつまり、彼のレベル19よりもさらに高レベルの同期が存在することになるのだ。


(俺の同期は文字通り、レベルが高いってことか……)


 それを確信し、ロンは不安感と共に、それよりもずっと強い昂揚感を抱いていた。

 それは、これからそのレベルの高い同期たちと競い合うことで自分も高められるとも確信したからであった。



 入学式が終わった後、新入学生たちは寮室を案内される準備が整う間、思い思いに雑談し、交流を図っていた。


 件のエルフは、相変わらず白き魔獣を横に侍らせながら、2人の人物とさっきから話を続けている。

 一人はそのエルフと背の高さの変わらぬやけに童顔な人物で、もう一人はすらりと背の高い自分と年の頃の変わらなく視える人物だ。

 二人共、充分に美少年、美青年と呼べる外見ではあるが、あのエルフの少年の美には到底かなわない。横に並ぶと特にそうだ。

 少なくともロンにはそう視えていた。


 彼らは随分と親しそうだ。きっと入学前からの知り合いなのだろう。もしかすると友達なのかもしれない。少し話し言葉が聞こえてくる。


「……シンさんは残念でしたね。折角の晴れ舞台だったっていうのに……」


「仕方ありません。新しい村落が完成して仲間が皆出発したというのに、指導者的立場にある彼だけが古都に残るなど考えられませんからね」


「まぁ、学園長も残念がっていたが、余程待たされていたのであろう。昨日の今日とは思わなかったがな」


 などという会話が聞こえる。

 聞き耳を立てているワケでもないのにここまで聞こえてしまうのは、距離が近いからだ。

 話が途切れたら挨拶をさせて貰おうと待機しているのである。


 隣で悪友が、「強引に話に割り込んだらどうだ」という意味で、何度か肘鉄を当ててくるが、ロンとしては初対面でそれは論外であった。強引な野郎などとは間違っても思われたくない。


 そんなワケで待機中のロンとシェイダンの丁度反対方面から、会話中のエルフたちに近付く集団があった。その中の先頭を行く者が、ロンが待機中なのに全く気付く様子も無く、不躾に、強引に、そして尊大に割って入って言った。


「そこの亜人。貴様に話がある。そこな見事なる風体の魔獣。それをちんに献上する名誉を与えると宣言しよう。亜人なる卑賎な身には、この上なき栄誉である」


 ロンは正直仰天した。


 いや、きっと自分だけではない。視ればシェイダンも、周りの人間も一様にポカンとしている。

 学園長が、あれほど身分や出身を鼻にかけた行為をするなとの演説を一切聴いてなかったのかコイツは、とも思ったが、何よりこの国に、いや、もっと言えば西大陸全体で見ても亜人を差別するような風潮は既に時代遅れであると浸透して久しいものがある。

 そして、更にそれ以上に、エルフ族を他の亜人族と一緒くたに考えること自体が有り得ないことだ。

 彼らの里で産み出される恩恵なくして、最早西大陸はその生活水準を維持出来ぬことなど、上流階級であればある程周知徹底される事実であるのだから。


 何処の大馬鹿野郎だ、とロンはその発言をした小太りな青年の緩んだ顔を見て、その素性に気が付いた。

 社交界でも有名な馬鹿、いや、勘違い野郎だったのである。


(ソーディアン元領主、ゲルトリウス=デリュウド=バレソン=モーデル伯爵の息子か!)


 嫌な予感しかしなかった。




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