104 第9話05:An Entrance Ceremony




 ロン=ロンダイトはこれから始まる学園生活に思いを馳せ、冒険者ギルド所属の寄宿学校前に佇み、その門を見上げていた。

 勿論、不安もある。

 冒険者ギルドの寄宿学校は何処も似たり寄ったりだが、基本的に来る者拒まずの精神で、人種及び階級の坩堝るつぼと化す。結構な身分の大貴族に生まれたロンが、平民とちゃんと関わるのはこれが初めてだ。上手くやっていけるかどうか不安が無いワケが無い。


 しかも、ここでの結果次第でロンの運命は大きく変わることが決まっている。

 具体的に言うならば、父親の跡を継げるかどうか、だ。

 とはいえ、ロン自身はその事に対してそれ程思い入れは無い。自分が継げなければ兄二人のどちらかが継ぐだろう。それぐらいの認識だった。


 ロンの家柄はこの国に3人しかいない、将軍職を代々受け持つ一族である。

 モーデル王国で最も歴史の古い第3軍の長。それがロンの父、ロンダイト家当主が勤める役であった。


 最も古くからある軍団であるのに第3軍? とは、非常におかしな話であるが、これは3という数字に特別な思い入れのあった王国初代将軍、ラギア=ウィンベルの意向によるものだ。

 彼の代に組織された現第1軍、現第2軍に、彼は1と2の数字を譲り渡したのである。それ故この国では、何処の軍が偉く、何処の軍が下、ということが無い。

 3つの軍は完全に同じ立場なのである。

 重要な決定は必ず多数決で決められる。それ故の奇数なのだ。


 王国3つの軍は時に協力し、時に功を争い合う。それで問題が起きたこともあるが、これまでこの国を支えてきた礎だった。


 ロンとてその栄光ある軍団の長として辣腕を奮いたいという願望は確かにあるが、こればっかりは自分に決定権など無い。資質を示せるかどうかだ。


 将軍職に就くための資質、それは強くなることだ。

 レベルとステータスが存在するこの世界で、その長は強くなければならない。

 無論、軍団の中で一番にならねばいけない、という程でもないが、それでも弱い軍団長には誰も着いてこないものだ。

 管理、運営、指揮能力、どれも大切なものだがそれは補佐が補える。補佐が補えるものは補わせておけばいい。

 皆を守る強さ。これが無ければ王国軍団長たる将軍の位をいただくワケにはいかないのだった。

 具体的に言えばレベル30以上。強者と呼ばれるレベルにまでは到達せねばならない。

 その上で、兄弟の中で最も高レベルにまで成長しなければ将軍職を継ぐことは決して出来ないのだった。


 今頃、何処かの空の下、兄たち二人も自分と同じ心境で寄宿学校の門を見上げていることだろう。

 とはいえ、その兄二人に比べ、自分の意思は弱い。駄目なら冒険者として生きれば良いと、ロンダイト家に3男として生まれたロンはそう考えていた。

 兄達のように何が何でも将軍の地位を手に入れる、とはどうしても思えないのだ。

 そんな自分を、父は良く感心しつつも呆れたように見ていたが、未だにあの視線の正体が判らなかった。


 兎にも角にも、ここでいずれかの道に自分の運命が分岐するにしても強くならねばいけないことに変わりは無い。将軍に選ばれなかったとしても、冒険者として弱いままでは大成など出来ようはずもないのだから。


 覚悟を決めてロンがいよいよ門を潜ろうとした時、彼の背中を乱暴に叩く者がいた。


「よう!」


 振り向くとそこには旧知の人間がいた。


「シェイダンか」


 彼の名はシェイダン=ラムゼー。ロンの旧知の間柄、というより幼馴染で腐れ縁の悪友である。


「どーしたよ? こんな門の前で黄昏ちまって。柄にもなく緊張してんのかぁ?」


 いつもはこの横柄で無遠慮な物言いに辟易させられるが、今日に限っては何故か心地良い。

 それがシェイダンの言う通りに緊張している所為だと分かって、ロンは少しだけ口惜しく思う。だが、既に見抜かれているというのに強がるような愚は犯さなかった。


「緊張してるに決まってるだろう、当然じゃあないか。ここでの一年間がこれから先の僕の一生に直結してくるんだから」


 とはいえ、その物言いは少し拗ねたような成分が混ざってしまったが。

 そんなロンを旧友は宥め賺すように言う。


「ま、お前さんはそうだろうが、俺は違う。とにかく行こうぜ、こんなトコにいつまでも突っ立ってたって始まらねぇだろう?」


「……あ、ああ。そうだな」


 確かにその通りだと反論する気は無かったのだが、もう少し感慨深くこの門を潜るものと前日の夜から想像していたのだ。からかわれるだけであろうということが明白であったので口にすることは無く、ロンはシェイダンと共に寄宿学校の門を潜った。



「ところで、さっきの話だが、何故君は違うんだ?」


 校門から校舎までの道すがら、ロンは横に歩くシェイダンに向かってそう疑問を投げかけた。


「ん? 何の話?」


「さっき言ってたじゃあないか。僕が緊張してるって言ったら、君は違うって言った話さ」


「ああ、その事か」


 シェイダンは漸く得心がいったように頷き、そして更に言葉を紡ぐ。


「簡単な話さ。俺にはお前と違って継ぐべき家業の様なモンはないからさ」


 と、胸を張って言う。


(何で自慢気なんだか……)


 こういう如何にも自慢気に、偉ぶれるわけも無い内容を話すところは昔から全く変わっていない。ロンは呆れ半分、感心半分でそれを思い出した。


 シェイダンの出身家、ラムゼー家は領地持ちの子爵である。数ある爵位持ちの身分の中ではちょうど中間あたりに位置するが、土地は持っていても代々継承するような職が無かった。

 とはいえ、この国は余所の国々と違い、位によって国への貢献度を表されているワケでもないし、役割によって爵位が決められているワケでもない。特にこの国の黎明期に活躍した古き家柄の殆どは未だに低い爵位に甘んじているし、それを寧ろ誇りに思っている。

 ロンのロンダイト家もラムゼー家と同じく、将軍職を代々務めながらも未だ子爵止まりだ。それでもこの国では数少ない超上流階級の一員なのである。


 更に言えば、この国は要職であっても世襲されているものは数少ない。

 将軍職は軍部との強い繋がりや専門性が必須で、王家の権力分散など様々な目的故に世襲される例外職なのだ。


 だが、ロンはシェイダンの言葉にどこかやり込められたような納得しがたいものを感じ、咄嗟に思い浮んだことで反論した。


「目指すべきものはシェイダンだってあるだろう? 君は魔法の才能が有るんだから、例えば宮廷筆頭魔導師とかさ」


「無理に決まってンだろ。あのエルフの爺さんに敵うワケねぇよ」


 ロンの苦し紛れの反論をシェイダンは言下に否定した。


 今の王国筆頭魔導師は、もう何十年も同じ人物が務め上げている。魔法でエルフに勝てる者などいないのだ。実力主義となれば稀にこういうこともある。


 ロンは父の仕事仲間ということで、そのエルフの爺様とは何度か会ったことがある。

 彼は、ウッドエルフ族の都である森都アルトリーリアがこの国に服属した頃から代々エルフ族が務める11代目の筆頭魔導師だ。


 モーデル王国が対外的には服従させた体裁をウッドエルフ族に対して取りながらも、実際には対等な同盟関係を結んでいることは、この国の人間にとっては周知の事実だ。

 これは高い身分だけの公然たる秘密でもない。一般庶民たちだって知っている。


 王国が建国間もない早い時期から森都アルトリーリアを身内に取り込んだことは後々の発展に大きく寄与していた。

 広大な領地に裏付けられた軍事力、森都アルトリーリアが持つ魔法の力を内包した道具である高度な法器を次々産み出す技術力。これが、今日までこの国の発展を促進してきた云わば両輪であった。


 そんな大切な同盟相手である。

 当然、人材も受け入れなければならない。いや、寧ろ取り込まねばいけないのだ。そうして互いに交流を図るべきであった。

 そういった王国側の要請を受ける形で、森都アルトリーリアは数十年に一回、具体的には国王の交代時に優秀な人材を一人派遣することになるのだが、そんな人物を閑職に回すワケにもいかず、また実力的、人格的にも申し分ないこともあり、筆頭魔導師の座は代々エルフ族からの出向者が独占する形となっていた。


「まぁ、確かにそうかもしれないが……。それにしたって、筆頭魔導師を目指すつもりでやれば、自ずと実力はついてくるって話さ」


「オイオイ、親父みたいなこと言うなよ。相変わらずカタイ奴だなぁ。こういうところはあんまりガツガツいかずにのーーんびりやって行けば良いのさ」


 シェイダンの相変わらずの発言に、やれやれ、と溜息一つ吐きたい気分になったが、一方でこの友人を頼もしく思う自分も確かにいた。

 昔から彼は一見不真面目な言動をしつつも、飄々と障害を乗り越えていき、常に自分の価値を周囲に認めさせるような男だった。

 そんな彼が本気を出した時、どこまでこの友人が駆け上がるのかを見てみたいものだが、今日もその時ではないらしい。


 シェイダンが続けて言う。


「エルフと言えばさ、さっき職員の人に聞いたんだけどよ、今期、俺達と同じ新規入学者の中にエルフの子がいるらしいぜ」


「本当か、それ? 成人していないエルフなんて僕でも見たことないぞ」


 実は、閉鎖的な里暮らしに飽きて森都アルトリーリアを飛び出す好奇心旺盛なエルフは一定数いる。

 数こそ非常に希少だが、冒険者や傭兵、軍人として皆大成しており、強者として勇名を馳せている者も少なくない。ロンの父が率いる王国第3軍にも数人が所属している。いずれも高給取りらしく、前に父が部下相手にボヤいているのを聞いたことがある。


 しかし、そんなエルフたちは皆一様に成人した者達だ。子供のエルフなど、恐らく父でも見たことはないだろう。しかも、冒険者ギルドの寄宿学校に入るなど、前代未聞ではないだろうか。


「マジらしい。しかも貴重な回復魔法持ちだそうだ。こりゃア、争奪戦が確実に発生するだろうぜ」


 その時のことを想像したのか、シェイダンは人の悪い笑顔を見せる。まるでワクワクしているかのようだ。


「まあ、そうだろうな」


 しょうがない奴だ、と思いながらも同意する。ロンにも同じことが想像できるからだ。


 回復魔法のSKILLは希少であり、そして有用だ。

 パーティーに一人いれば序盤はどうしても消費の嵩む回復薬の代わりとなり、中盤は激しい戦いで回復薬が尽きた際の保険となり、それ以降は強敵に挑む原動力となってくれる。

 回復魔法持ちは、上を目指すならば絶対に必要な人材だ。それ故、どのパーティーも最優先で引き入れようとする。

 しかも、あの魔法適正能力の高いエルフの回復魔法持ちだ。成長すれば部位欠損すら癒せる存在になる可能性すらある。


「レベルは幾つくらいなんだ?」


 ロンはそう尋ねる。もしレベルが近ければ、ロンたちもその争奪戦に加わる必要が出てくる。


 ロンとシェイダンは貴族の中でもかなり裕福で、高い位置にいる家柄出身だ。そういった家の子は12を超えたあたりから数年に渡りレベル上げを施されることが多い。

 準成人を迎えた子供に親たちが一流どころの冒険者を雇い、魔物退治に赴かせるのである。

 レベルが上がればその子は頑健になり、病気にもかかり難くなる。更に何らかの事故や事件で命を奪われることも少なくなるのだ。


 どこまでこのレベルを上げるかはその家の家長の考えと裕福さ次第だが、ロンとシェイダンはレベル15であった。新人冒険者としてはかなりの高レベルである。


 そのエルフの同期も自分らと同じくらいのレベルであれば、彼をパーティーに加えるのは自分達が望ましい筈である。

 レベルがパーティー内でバラバラであると、一番低い者に合わせるか、もしくはその人物を他の誰かが庇いながら戦わなければいけなくなる。

 前者は非常に効率が悪いし、後者は大変な危険を伴う。

 それ故、パーティー内のレベル差は少ない方が良いと推奨されているギルドが多いのだ。


 が、シェイダンはその質問が来るのを待っていたのか、ニヤニヤ笑いを強くする。


「聞いて驚け。何と19だとよ!」


「19!? もうすぐ20のベテランじゃあないか!?」


 ロンが驚きの声を上げるのも無理はない。


 冒険者にとってレベル20とは一つの節目である。それは熟達者の高みに到達した証でもあるからだ。

 通常、殆どの人間が冒険者になって数年ほどでこれに到達する。それに僅か1レベル上昇するのみだというのは最早新人のレベルではない。


「まぁ、想像の通りさ。普通・・の新人じゃあない。俺らみたいな経験者さ。既にパーティーも組んでいるらしいし、一応のプロだな」


「それってもう争奪戦とか有り得ないんじゃないか? どう考えても選ばれるより選ぶ側だろう?」


 偶然、真理を突いた質問だったのだろう。シェイダンはロンのその言葉に一瞬目を見開いて固まってしまう。

 意図的ではなかったにしても少しの間だけ悪友を黙らせたロンは、調子に乗ってというワケでもないだろうが更に言葉を続ける。


「そもそも何でそんなにシェイダンは詳しいんだ? 何でそこまで知っている?」


「そっ、そりゃあ中々来ないお前を待っ……いや、そうじゃなくてだな、情報を集めるってのは必要だろ? そういうのの大切さはロンのほうが分かっているじゃあないか」


「確かにその通りだが……、さっきガツガツしないでのんびりやっていった方が良いって言っていたのは君だろ?」


 最初の方の発言は良く聞こえなかったが、珍しくも攻守所を変え、また痛いところを突かれて仰け反りそうになるシェイダンに、意外なところから助け舟が出現した。


 彼らの歩く後方から不意に歓声に似た声が上がったのだ。

 奇しくもあと十数分ほどで入学式の開始時間であるために、校舎に向かう為の通路には人があぶれていた。他の多くの人々と同じく、ロンとシェイダンも何事かと声のした方向へと振り向く。

 見れば、彼らが先程潜ったばかりの校門付近に軽い人だかりが出来ていた。


 気になった二人はアイコンタクトで頷き合うと、来た道を戻ることにする。


 しばらくすると、急に人垣が左右へと割れた。その間からぬっ、と現れ出たかのように視えたもの、それは巨大な白い魔獣だった。


(うおっ……)


 こんな街中、しかも学校とはいえ冒険者ギルドの敷地内なのだ。

 王都でも見慣れている為、ロンはそれ・・が従魔だということは直ぐに判った。だが、それでも心の中で呻いてしまう程に雄々しく優美で、そして威圧的な魔獣だった。

 威風堂々、その覇は辺りを払わんばかりである。

 体長は遠目でも軽く5メートル以上。あれ程見事な魔獣は、王都でも、父が所属する王国第3軍でも見たことが無い。

 きっとどこか名のある魔獣種なのだろう。

 そう思った時、その見事な魔獣に付き従うかの様にすぐ後ろを歩く人影が眼に入った。


(いいや、付き従ってなどいない)


 ロンは自分の第一印象をすぐに否定した。その人物こそ、その見事なる虎型魔獣の主であると直感的に気付いたからだ。

 白き虎型魔獣はその人物を付き従えているワケではない。主を守るために先頭に立ち、先行きに先導し、守護しているのだ。


 だが、何人かの入学生らはその堂々たる威圧的な外見に気圧されてしまったのだろう。各々の武器を抜きかけていた。


「おい、待っ……!」


 入学初日に問題を引き起こしてしまうこともそうだが、何より彼ら自身の身が心配で制止の声を上げようとした時、急にその混沌は収まった。


 主がその白き魔獣の肩に手をぽん、と置いて宥めたのである。


「大丈夫だ、虎丸。皆の者も落ち着いてくれ、こやつは儂の従魔だ」


 そう言ってにこりと微笑んだ。

 その笑顔を見て、ロンは我知らず呟いていた。


「美しい……」


 魔獣の主の後ろに、同い年くらいかそれよりも少し上の少年二人がついて歩いているのが視えたが、その事は全く気にすら留まらなかった。


 とにかく天上の美だとロンは思った。左右に長く尖った耳がエルフだと判るが、それすらも気にならない。

 確かにエルフは他の人間種に比べて整った容姿を持つ者が多い、とは言われている。

 しかし、ロンの知るエルフ族は確かに一般的な美男美女の範疇にいるとはいえ、肌は青白く痩せぎすで、不健康そうな印象しか抱かなかった。彼らの多くがあまり外出を好まず、研究と称して室内に籠りがちである所為だと知っていたが、魔獣の主は充分に健康的だと思える程度に日焼けしていて、しかも適度な肉付きを持っていた。

 歳の頃は、人間で言えば12か13くらいだろうか? 少し幼い気がするが、それは彼女の美を陰らせるもの足り得ない。ほんの少し待てばいいだけだ。


 そんな彼に、横からの悪友の声が耳に届いた。


「おい、ロン……。俺は友人だから忠告しとくがな、あれはやめとけ。あれは男だぞ」


 呆れを多分に含んだ同情めいたシェイダンの言葉が、極上の美に魅了されていた意識に少しずつ沁み渡っていく。

 そして数瞬遅れてロンは叫ぶように言った。


「男だって!?」




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