92 第8話13:掃討完了




 次の相手もジャイアントシェルクラブであった。レベルは15。

 残るこの付近の魔物の中で最大のレベルだ。

 そして、大きさも最大である。昨夜、ハークが仕留めた1体には及ぶべくもないが、見上げる程の巨躯であるのは同じである。


「……デカいな……」


 人が詳細に視認できるギリギリの距離から討伐対象を確認したシンが急に弱気になる。

 慎重なのは良い事だ。それでも、何事においても掴んだら放してはならない流れというものがある。


「なぁに、デカいだけだ。この勢いのままやってみろ。ただし今度は不測の事態に備えた動きを意識するんだ」


「わかった。いってくるよ!」


 些か緊張した面持ちでシンが仲間たちの元に向かうと、入れ替わる様にエタンニがハークの元にやって来た。


「今の内に失敗しておくのも経験の内。……ですか?」


 ハークだけに聞こえるようにエタンニがぼそりと零した言葉にハークは驚いた。

 それはハークが内心考えていたことをほぼ言い当てられていたに近かったからだ。

 ハークはエタンニを視た。相変わらず瓶底眼鏡とやらで表情が半分しか覗えない。

 今までの彼女からはここまでの鋭敏さを感じてこなかったが、これは本当に優秀な人物なのかもしれないとハークは思った。


「何ですか?」


 そんなハークに見つめ続けられていたエタンニが訊く。その言葉でハークは自分がエタンニの顔を無遠慮に観察していたことを思い出した。

 不快に思われたかとも思いきや、どうにもその様子が無い。純粋に何かの用で見詰めているのか訊きたかっただけ、という表情にも見える。

 降参するかのように、ハークは素直に自分の気持ちを吐露することにした。


「いや、単純に驚いたのだ。何故、儂の考えが読めたのかね?」


 するとエタンニは、得意げな表情をするでもなく、特に表情も変えずに答えた。


「ああ、さっきのは昔よく聞いたセリフでして……。良くギルド長が言っていたんです」


「ほう、ジョゼフ殿が?」


「ええ。ギルド長とハークさんって、なんか少し似てますね」


「そうかね?」


「ええ。そうですよ。一見、突き放してるようにも感じられるんですが、とても長い目で成長を見ているというか、そういうところが」


 確かによく視ている。本当に観察眼に関しては疑いようも無く超優秀なのだと、ハークは思った。



 話し合いの結果、先のジャイアントシェルクラブ戦と大枠は同じ戦法で行くということになった。ただし前回と違い、スラムの若い衆と共に突貫する役であったアルテオは援護を担当する遊撃という立場となった。


「みんな! やるぞっ!」


 シンの号令で各々がそれぞれの役割をこなす為の位置につく。それを見て巨大甲殻モンスターも迎撃の体勢に入った。


 手筈通りテルセウスがまず『雷電の矢エレクトロ・アロウ』を放つ。

 先程までの戦闘で、スラムの若い衆半分ほどとテルセウス、アルテオのレベルが上がっていた。彼女が放った魔法の矢は威力の面では違いを感じられるほどではなかったが、速度の面では更なる向上が視られた。

 もはや放たれれば自分でも躱すことは出来ないかもしれぬ、とハークは思った。


 電撃で痺れたジャイアントシェルクラブに向かって、シアとシンが走り出す。

 麻痺状態からの復帰は先程の同種に比べ少し早いようだが、何とか間に合い双方の鋏を上から押さえ付けその動きを封じる。

 そこへ槍部隊が腹部の装甲目掛け突撃を開始した。スラムの若い衆達が操る槍林は一糸乱れぬとはまだまだ口が裂けても言えぬであろうが、それでも初めの頃より大分マシになってきている。特に思い切りが良くなってきた。


 ここで問題が発生した。

 槍部隊の多くが装甲を突き破れず、突き破ったとしても深くまで槍が刺さらないのだ。

 大ダメージを貰うことなく押し切られることのなかったジャイアントシェルクラブは、当然、反撃に転じる。シアの圧し掛かる右前腕はもはや動くこと叶わぬとそちらに全体重を預け、シンが抑える左鋏に全力を集中させたのだ。

 シンも粘るが左の鋏が僅かに動き、ジャイアントシェルクラブは自らの腹部に突き刺さった槍を掴もうともがく。


「くっそ! 槍を引けぇ!」


 シンの命令に反応して若い衆達は慌てて槍を引き抜こうとしたが、何本かが遅れて、ばきりと柄の部分を砕かれてしまった。

 彼らが使う槍は素人でも扱いやすいように、柄の中心に鉄芯を仕込んだりしていない安価なものだ。こうなるのは必然だった。


「『大地の庭師アース・ガーデナー』!!」


 そこへテルセウスからの援護が入る。街の外でテルセウス達と出会った際に、身を守るために彼女ら自身が使用していた魔法である。草木を魔法力の続く限り意のままに成長、操作、或いは熟成、枯死させる魔法だ。彼女の操る唯一の中級魔法でもある。


 地面から明らかに不自然な動きで伸びてきた蔦がジャイアントシェルクラブの両前腕にするすると巻き付いていく。1本では頼りなげな青く若々しい蔦も2本3本と次々被せるように絡み付きながらその色を変え、シアとシンの手助けをする。

 今度は完全に動きの止まったジャイアントシェルクラブ目掛けアルテオが攻撃を仕掛けた。


 「うりゃあぁあっ!」


 大上段から打ち下ろされた一撃が頭部を斬り裂いたことで完全に戦いは決した。それでもこの手の生物特有のしぶとさで未だ力尽きていないという。

 そこに槍部隊の再度の突撃が決まり、漸く絶命となった。



 午前中に3件の討伐を終えた調査討伐チームは、一旦本拠地である村予定地に戻って来ていた。理由は勿論、若い衆10人組の幾人かがメイン武器である槍を損傷したからだ。こうなることをある程度予想し、予備武器を態々運んできたのだ。


 ついでに火を焚いて煮炊きし、温かい食事にもありつく。食べていないのはエタンニだけだ。彼女は昼食を摂るという習慣が無いらしい。

 ハークも、前世の世界では昼食の習慣は無かった。

 しかし、この世界に来てから、というか、この身体を得てからというもの喰おう、もしくは喰いたいと思えばいつでも喰えるようになった。

 これももしかしたらステータスの隠れた恩恵の一種なのかもしれないとハークは考えている。その証拠に、朝あれだけ重かった胃の腑付近が今はかなりすっきりしていて、出されたものをちまちまと摘まむくらいであれば訳はない状態だ。


 そんなハークの元にシンが自分の食事を持ってきて右隣に座る。左隣は虎丸が食事にがっつきながら占領しているのだ。


「ハークさん、もう腹の調子は大丈夫なのかい?」


「ああ、もう何ともない、大丈夫だ。それよりシンこそどうした? 浮かない顔だな、疲れたのか?」


 訊かずとも分かっている。戦闘指揮という慣れない仕事の上に、多くの命を預かっているという重圧、これら二つに精神が擦り減っているのだ。

 だが、ハークはあえて聞くことで内心をシン自身の口から吐露させるつもりだった。


「ああ……、気疲れ……かな? 人を指揮するということがこれ程難しいことだとは思っていなかったよ。さっきも上手く出来なかった。テルセウスさんやアルテオさんに助けられちまったよ」


「何を言う。結果として上手くいったではないか? それに最初は誰しも失敗するものだ。あの程度、気にするまでもない」


 やや気落ちが視えるシンに対して、ハークは強く言った。それにハークが言った言葉は嘘偽りのない事実だ。


「でもさ、俺の指示が遅いお蔭で槍を何本か無駄にしちまったし……。そうすりゃここに戻って来る手間もいらなかっただろう?」


 この場所に一旦帰還することを提案したのはハークだ。それは勿論失った武器の補充も目的であったが、安全な場所で休息を取らせるのも大きな目的の一つであった。

 特に年若い槍組は慣れない戦闘の連続で既に疲れが視えてきていた。


「儂は元からこの安全な場所で休息を一度は取る必要があると考えていたからな。そう考えれば補充の時期としても悪くはないぞ」


「そ、そうなのか?」


「ああ。だからそう気に病むな。そもそも、戦闘指揮官というのは、何を目指して戦うものだと思う?」


「何を目指して?」


 シンの鸚鵡返しにハークはゆっくりと頷く。


「そうだ。シンの考えを言ってみろ」


 この質問に正解などない。10人に訊けば10人が違う言葉を返してくるとしても何らおかしくはないのだ。

 ハークが訊きたかったのは心構えの問題だった。


「誰も死なせずに、無事に家に帰すことだ」


 シンは確かな決意を湛えた目でその言葉を口にした。


「うむ。この質問に明確な答えや、ましてや正解などないが、お主の考えは儂に似ている。儂の考えでは、『誰一人欠けることなく、全員無事に戦闘で勝利を収めること』だ」


 その考えであれば、シンの指揮は満点である。

 実際に怪我を負った人員さえいないのだ。

 ハークはそこに確かな才能さえ感じる。


「お主はそれをやり遂げている。装備品が壊れたことなど大したことなどではない! この後も思いっきりやってみろ!」


「お、応! 了解だ、やってやるさ!」


 自信を取り戻したかのように視えたシンを視て、ハークは一先ず安堵する。


〈叱咤激励成功、といったところか。まぁ、厄介な敵はもう片付けたからな。上手くすると今日中に終われるかもしれん〉



 事は結局、ハークの予想通りに推移した。

 休憩と装備の補充を完了した調査討伐組が次に目指したのは残り一匹のジャイアントシェルクラブであったが、特に波乱が起きることも無く、初期の手順通りに倒すことが出来た。今度は最初から相手の動きを抑え込む際にテルセウスの魔法を使用させたことで、更なる安定の向上を見せた。


 残る魔物は4つの群れに分かれて点在する10匹強のロックエイプだけである。

 レベルも一桁台が多いので、苦戦はしないとハークは踏んでいたが、予想以上に呆気なかった。

 岩猿と別名で言われるのだから、少しは知恵を使うものかと思ったら全くそうではなかったのである。

 人数差、レベル差を考慮に入れた戦法をとることも無く、各個撃破されていった。


 エタンニによるとあまり頭の良いモンスターではないらしい。ただ、背中の一見岩のような肌は岩でも肌が変質したものでもなく、塩の塊なのだそうだ。ロックエイプが食べた食物から抽出された塩分が溜まり、結晶化したものらしい。

 決して汗から出来たものではないとのことで、内陸に位置する古都ソーディアンでは岩塩の代わりとして重宝されるそうだ。


 それを聞いてハークは、イワザルではなくガンエンの読みの方であったかと少しの間項垂れた。



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