93 第8話14:Banquet




 その日の夜も酒宴になった。

 しかも大宴会である。前日に倍する勢いで街から態々運んできたという甕樽かめだるの中の酒が消えていく。

 ここまでスラムの住民達がはしゃぐのも当然と言えば当然だ。本日、自分たちの村予定地周辺の魔物調査退治が終了し、この場所がいよいよ村予定地から予定地ではなくなる公算がついたからだ。


 エタンニによると、この場所に高レベルトロールが出現した頃から、村予定地開放の時期に関しても領主からギルドに一任されており、今回の任務達成で漸くその許可が下りる予定だったとのことだ。

 それを聞いたスラムの若い衆達の中には、最後のロックエイプを討伐した時点で急いで街に戻るべきと主張する者達もいたが、流石にこの時間からでは古都に戻っても城門が開いている時間までには戻れないだろうということで、再びこの地に戻って来た。


 達成感と未来への展望が開けた充足感で彼らの表情はどれも明るい。

 それを出迎えた待機組も同様だ。昨夜は仮屋根しかなかった張りぼての建物が、壁面としっかりとした屋根を持つに至り、雨風を凌ぎ暖を取るという建物本来の役目を果たせるまでになっていた。

 僅か半日でこれは、10人という人数を考えても驚異的である。

 これも確かな未来への希望という潤滑剤のお蔭か。

 ハーク達を含めた26人と虎丸が全員内部でゆったりと食事を摂ることが出来る。これならスラムの民全員が狭いなりに雑魚寝するくらい出来よう。仮宿も完成だ。


 実はシンとアルテオはこちらでの成人年齢に達しているらしく、昨夜は呑まなかった酒を今日は呑んでいた。

 ハークの視るところ、どちらも気持ち良く上機嫌になるタイプのようだ。


 シアは朝の時点で禁酒宣言めいた事を口にしていたが、スラムの若い衆からしきりに勧められて仕方なしに呑んだらしい。昨日の艶姿を多分に期待されての事であろう。

 この助平どもめ、と思わぬでもないが、場は当然の如く大いに盛り上がるのだから、ハークとしてはそれに水を掛けるような行為は本意ではないので何も言わぬことにした。

 ちらりと横を視るとテルセウスが明らかに引いている。


〈まぁ、仕方のないことであろうな〉


 この場にはシアとエタンニ以外は皆男性ばかりということになっている・・・・・。そして二人は年齢的には大人の女性なのでこういった悪ノリもやんわりと付き合うことが出来るが、成人前の少女には辛いだろう。

 テルセウスの年齢はハークから視て恐らく13~4くらい。まだそういった・・・・・行為にも興味が出てきたくらいの頃合いだ。それだけに余計身の置き場が無いかもしれない。


 それが判っていても尚、ハークから手を差し伸べるワケにはいかない。

 下手に庇えば彼女の正体が衆目に曝される手助けとなってしまう。

 その場合、もしテルセウスらの正体がハークの考えている通りであったとしたら、危険なことになるのは寧ろこの村に住むことになる連中の方だ。


 テルセウス自身はそんな冷酷な性根の持ち主ではないと、まだここ数日の付き合いであってもそれぐらいは判る。だが、国という機関は時に残酷なものだ。


〈要らざる余計な不安は真っ平御免被る、というヤツだな〉


 ということでテルセウスはしばらく放置することに決め、他に視線を見やると、シンは盛り上がりの中心地で増々上機嫌となっていた。


 悪いことではない。

 今日一日、慣れない戦闘指揮官の役割を懸命に、そして必死にこなしていたのだ。今日の最大殊勲者がシンであることは間違いない。

 しかもその功績は全員無事で勝利に終わるという文句のつけようの無いものだ。シンには間違いなくその手の才能、『将器』というものがある。


 そんな思いを抱いて眺めていると、シンがハークの視線に気づき、輪を外れて近寄ってきた。


「お疲れ様だったな。シン、見事な指揮だったぞ」


 ハークが短いが、己としては最大級の賛辞で労う。それを受けてシンが照れたようにはにかみ、ハークの横に座る。


「みんなのお蔭さ。俺は何もしていないよ。何とか体裁だけでも整えようとアタフタしてただけさ」


「何を言う。皆無事でしかも完全勝利だ。確かに皆の協力のお蔭もあろうが、この結果は間違いなくお主の功績であることに間違いはない。誇って良い」


 自嘲するかのように言ったシンにハークはしっかりと彼の功績を伝えた。

 ハークとしては事実を伝えただけなのだが、彼はまるで鳩が豆鉄砲を喰らった顔というのはこういうものか、といった表情でハークを視る。

 そして、頭の後ろをカリコリと掻きながら、しみじみと言う。


「そうまで言ってもらえると、嬉しいけど照れちまうな。……師匠」


 シンの言葉を聞いて、ハークは渋面とまではいかなかったが微妙な表情をする。余りこんな目出度い場で御小言めいたセリフなど言いたくないが、言わなければならないこともあるものだ。


「前にも言ったであろう? 儂はお主の師匠ではないよ。仲間だ」


 せめて優しい口調で告げると、シンはうんうん、と分かってると頷く。


「そうだったね……。いつか、師匠呼びを許可してもらえるように、精進するよ」


〈そういう話ではないのだがな……。ああ、酔っておるのか〉


 酔っ払った人間に素面の人間が何を告げても無駄だ。ハークはそれ以上の問答を諦め、「乾杯」と言って盃をかざした。


「ああ、乾杯!」


 そう言ってシンは自分の盃をハークがかざしたものの縁に軽くぶつける。

 後で聞いたが、これがこの世界の乾杯の流儀だという。



 次の日、一刻も早く報告しようと日が昇る前から一行は出発することになった。

 この地の整備をさらに進めるため、数人が残る。出掛けに虎丸に確認させたが、付近に危険な気配は全くないので大丈夫だろう。


 朝早いというのに皆活き活きとしている。昨日のテンションを引き摺っているのは明白だった。中には明らかな徹夜組もいるようだ。


〈若いな。あ、今は儂も若いか〉


 そんな光景にしみじみと思ってしまったことに、我が事ながらツッコミを入れる。


〈気持ちだけは若く保っていたつもりだったが……、寄る年波には、だったな。この世界に来て様々な体験をした所為か、信じられんことにまだ2週間しか経っていないからのう。半年ぐらい経っちまったかとも思えるわ。……そう考えれば、未だ齢60の爺の心が精神の奥に残っておっても仕方がないか。……おっと、これはもしかしたら結構重要なことではないのか? 精神は肉体に引き摺られる、しかしながら、その変化は肉体よりも遅いということに行き立つのではないか……?〉


 ハークがそんな、少々益体も無い事柄を考え続ける余裕がある程、帰りの道は穏やかに進むことができた。他の面々も自由に談笑し合いつつも歩いている。

 既に往路上で簡単な整備を進ませておいたお蔭でその進みは早く、昼前に城門の中へと全員入ることが出来た。



 ハーク達一行は街の東門でスラムの連中と別れ、報告の為に冒険者ギルドへと向かった。

 その途上で、どう見てもシンは緊張している。


「大丈夫だって、シン。これで許可貰えるさ。そうだろ、エタンニ?」


「ええ。その前に、式典があるとは思いますが」


「「「……式典……??」」」


 シアが宥めようとしてエタンニに振った質問からハークとシアとシンにとって不穏な単語が飛び出す。


 嫌な予感がしつつもギルドの建物に到着すると、数日前の混乱がまだ収まりきっていないのか本来ならばこの時間は人が疎らにいる程度にも拘らず、多くの人々が忙しく動き回っており、その中心にジョゼフの姿があった。


 当然ジョゼフも物凄く忙しそうに見えたが、予想通りエタンニは我道を行くが如く人並みを掻き分けて進み、空気を読まずに彼に声を掛け報告を行う。

 それに対し、ジョゼフは嫌な顔一つせず対応すると、ハーク達の方に近寄って来て言った。


「早かったな。よくやって来てくれた。さぁ、御領主様に報告に行くぞ」


 さも当然の如く言われたその言葉にハークの頭上にはいくつもの疑問点が泡沫の様に浮かぶ。

 慌ててシアが口を開く。


「ちょ、ちょっと待ってよ、ギルド長。あたしはエタンニからあの村に関してはギルドに決定権が移ってるって聞いたけど!?」


 ハークも確かにそう聞いた。


「ああ、そうだ。確かにギルドに決定権は移った。だが決定は出来てもあの土地はそもそも御領主様の管理地だからな。書面に残すためにも簡易的な式を挙げて、お言葉をいただくに決まってンだろ?」


「「ええ~~~!?」」


 急にど偉い人と式典で会うこと聞かされてシアとシンは思わず声を上げてしまう。

 ハークもその気持ちは良く分かったし、出来る事ならご遠慮申し上げたいものだが、そうすることがもっと失礼なことに当たるのは前世で骨身に沁みていた。


 ふと気になって、視線をギルドの窓ガラスに這わせると、そこには常と変らぬ・・・・・様子のテルセウスとアルテオの姿が映っていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る