89 第8話10:周辺掃討②




「斬り裂けてしまったな」


『斬り裂いてしまったッスね』


 既に事切れた巨大な甲殻系モンスターの前で、まるで黄昏るかのように呆けて佇む主従。

 特に殺生するつもりも無く大太刀を振ったハークの戸惑いは思いの外大きい。


〈同レベル帯であればドラゴンの鱗にも優ると聞かされて、思わず力が入ってしまったか?〉


 珍しく自問自答してしまう。

 それぐらい呆気なかった。


『今のハーク殿の攻撃力は虎丸殿とほぼ変わらぬ。レベル38の魔獣と同等ということは凡そ20のレベル差がある者の攻撃を受けたということだ』


『ほう。つまり我が攻撃したらどうなるか、を考えればよいということか』


 エルザルドの冷静な分析に反応したのは虎丸である。


『その通りだろう。ただ、ハーク殿は多種多様な近接戦闘SKILLを開発し、習得している。それらを使用すれば瞬間攻撃力は虎丸殿にも勝る。何しろ僅かレベル9で我が肉体を斬り裂いたのだからな』


『それはそうだ。あの『ちぇすとー』であればご主人に斬れぬものは無い』


 何故か機嫌良さそうに語る虎丸に、ハークは慌てて訂正を入れる。


『待て待て、虎丸。示現流『断岩』は戦力に考えるな。あれを再び使わねばならぬ場面に、儂はもう遭遇したくないぞ』


 ハークの言う示現流『断岩』は攻撃力こそハークの持つ刀技で他に圧倒して最大のものだが、重大な欠点が幾つもある。それは実戦での使用をハークに躊躇わせるに充分なものであった。


『あ、そうだったッス。でも、ご主人の使う『ダイイチリン』や『カミカゼ』でも充分にオイラを超えてると思うッス』


 少し虎丸の『大日輪』の言葉に違和感を感じたが、ハークはその称賛を素直に受け取ることにした。


『そうか。そう言ってもらえるのは嬉しいよ。とはいえ、総合力で考えればまだまだ儂は虎丸には敵わん。同レベル帯であれ、先に一撃貰えば御釈迦になりかねんからな。これからも頼むぞ、虎丸』


『はいッス!』


『差し当たって、コイツをどうするかだな』


 そう念話で伝え、ハークは見上げた。その瞳には巨大な甲殻型モンスターの死骸が映っている。


『縄で括って貰えれば、オイラが引き摺って持っていくッスよ?』


『大丈夫なのか?』


『問題無いと思うッス! シン達のいる村になる予定の場所までなら余裕ッス! コイツの肉は美味ッスよ』


『ほ、ほう、……そうなのか』


 食い気の話ではなかったのだが、虎丸にとっての一番の興味はそこにあるらしい。

 そう言われて視ると別の視点で目の前の死骸を捉えることが出来る。


〈まぁ、見た目巨大な蟹であるからな。いや、……ヤドカリ、……寧ろヤシガニか? 蟹というよりも海老に近い味であると聞いたことがあるな〉


 どちらであっても美味なる味には違いない。今頃は食事の支度をしている村に運び込んで、皆で舌鼓を打つのも一興だろう。

 そう思うと楽しみになってきたが、今はまだ村に戻る前にやることがある。


『楽しみな話だが、もう少し回ってこよう。出来れば調査範囲内の下見を今日中に全て終わらせておきたい。村に運び込むのはその後だ。それまでコレはここに置いていこう』


『了解ッス! じゃあ、乗ってくださいッス!』


 促されるまま跨ると、虎丸は直ぐに走り始めた。その走りが若干、前の走りよりも速く感じるのはハークの気のせいだけではない気がした。



 ハークと虎丸はその後30分程で予定の区画を回り終えた。

 結局、ラクニやインビジブルハウンド、その他、この辺りでは生息が考えられぬ魔物の反応は全く無かった。過去に居たという形跡すら感知できない。

 虎丸によると、ハーク達と実際に戦ったラクニ族とインビジブルハウンドの残り香は、雨が降った所為で消えかかってはいるが、極々微かに未だ漂っているということから、少なくともこの周辺に侵入したラクニ達はあれで全部だったのだろうという結論になった。


 ハークから視て、厄介そうだなと思える魔物も、アレ以来いなかった。

 他のジャイアントシェルクラブはレベルが低く、躰も小さい。あのレベル19の個体とは大人と子供ぐらいの差がある。脅威ではなく、寧ろ与し易い相手だろう。

 ロックエイプもハークが実際に眼にしたが、アレは群れているだけだ。硬いという背中もそうは思えず、寧ろ擬態に近いのではと思えた。

 代わりに索敵能力は高いようだ。距離をとっていたにもかかわらず、見つかりそうになった。その為の群れなのだろう。この森では弱者の位置にいる魔物と言えた。


 ファイアサーペントは火を噴く蛇ということだったが、あの『龍魔咆哮ブレス』とは比べ物にならない。

 虎丸が前に出て、実際に噴かせて見せてくれたが、ドラゴンのものとは威力、規模ともに別物と考えるべきである。

 虎丸は勿論、難無く躱したし、もしハークがまともに受けたとしても耐えきれそうなほどだった。盾を持ち、耐久力の高いシン達であれば余裕を持って防ぎ切れることであろう。


 また、戦闘能力値も低い。虎丸が以前、便利な特殊能力を持ったモンスターは能力値の偏りが激しい、と語っていたが、ファイアサーペントもそれと同様だとハークは判断した。

 そもそも攻撃手段が乏しい。炎以外は噛み付きと、巻き付いての締め付けしかないのだ。

 こういう敵はシンやテルセウスやアルテオに任せるべきだろう。

 そう決めたハークは、未だに威嚇を続けるファイアサーペントをその場に残し、虎丸に乗ってその場を去った。


 結果、ハーク達はその後戦闘らしい戦闘もすることなく、唯一倒したジャイアントシェルクラブの死骸の元に戻り、ロープでぐるぐる巻きにして、それを虎丸の肩に引っ掛けるように巻き付けた。

 ロープの一端を口にも咥えた虎丸が引っ張ると、苦も無くズリズリと引き摺られていく。前世の記憶を持つハークにしてみれば、軽く3倍以上は質量差があろう存在を、小さい方が楽々運んでいくのは奇妙な光景だった。


 とはいえ流石に速度は落ちる。

 この間にも虎丸には村予定地が襲われたりしていないかを確認してもらっていたが、異常は全く無しであるという。それどころか美味しそうな食い物の匂いを感知したらしい。


 安堵すると同時に、はてこの前ラクニ族達にテルセウスとアルテオの二人組が執拗に狙われていたのは何だったのか、と思う。

 暗殺狙いであれば街の外が最も適しているであろうに尾行して来てもいないようだ。と、言うより最初にテルセウスたちを助けて以来、他の襲撃者が現れる兆しも無いのだ。

 こちらの様子を伺おうとする視線も感じない。ここまで来るとあの日の事はこちらの考え過ぎだったのかとも思えてきてしまう程である。


〈だが、そんなことは絶対にない。あれは確実に彼女たちへの明確な刺客だった〉


 テルセウス達個人、または親族がラクニ族から恨まれるようなことでもしたのだろうか?

 だが、生息場所も遥か北であり、人間の生活圏に足を踏み入れることさえ稀と言われる存在との揉め事などそうそう考えられることではない。この線は考えられないとハークは結論付けた。



 行きは数分で済んだ道のりも巨大ヤドカリの死骸を引き摺ってでは、やはりその何倍もかかった。

 村予定地を出発してからシア達の元に戻ったのは、結局正味1時間程度たった後だった。丁度、食事の用意も完了したところだという。


 最初は虎丸が運び込んできたジャイアントシェルクラブの姿を視て驚いたが、それが最早絶命し喰えるとわかると途端に歓声に変わった。

 殻が硬くて新しい村民の調理組が解体に苦労しているところを見て、ハークが加わったのを皮切りに刀修練組が手伝い始めると殻の除去は直ぐに完了した。


 シン達が用意したごった煮だけでなく、巨大な高級食材まで加わって、その日は酒宴となった。この地に必要な生活用具なら持ってきても良いとは事前に言ったが、何と酒を持ってきた者が複数もいたらしい。

 ハークとシン、テルセウスやアルテオは呑まなかったが、皆、宴会を楽しんだ。

 虎丸は酒をちびりと呑んで顔をしかめ、最後はほんのり酔っぱらったシアの艶姿にハークが珍しく狼狽した姿を見せる破目にはなった。





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