90 第8話11:皆の安全を守るだけという簡単なお仕事




 翌朝、スラムの若者10人達とハーク一行、更に調査担当のギルド職員計16名と1匹は、もうすぐ新しき村となる地より意気揚々と出立した。

 美味い食事を摂り、酒も呑んだ彼らのテンションは高い。というのも、話には以前から聞いてはいたものの、初めて新しき村となる場所に足を踏み入れたことで、あと少しで失った生活基盤を取り戻せる実感を得たから、というのが大きな要因であった。


 その中にあって、約3名、集団の雰囲気から外れた者達の姿がある。

 しかも、それは先頭の方、道案内の虎丸を先頭として、その背に乗るハークとすぐ後ろに続くシア、そしてエタンニの3名であった。

 ハークはいつもの精悍な様子が嘘のように虎丸の背に跨って……、ではなくその背に抱きつくように寝そべっていた。

 騎乗している、とはとても言えず、端から見れば、運ばれているようにしか視えない。


「うーーむ、腹が重い……」


『喰い過ぎッス、ご主人』


 ハークが珍しくこんな状況に陥っているのは虎丸の言う通りであった。

 昨日の暴食。

 暴飲が無いだけまだ救いはあるが、昨夜にハークが仕留め、虎丸が運んできたジャイアントシェルクラブの肉を解体した上で、その場に居た全員で分け合うこととなるのは当然だし、それを持ちこんだ人物に一番大きな部位が与えられるのもまた当たり前の話である。


 それがハークの身体よりも大きく、虎丸の体躯に迫る程でなければ。

 勿論、体積的にハークだけで食べきれるものではない。虎丸の分も含めてということは判り切っていたが、直火で焼かれたそれは香ばしく、海老のようでまた蟹のような大変な美味であり、貪るように食べる虎丸に当てられてついつい限界まで腹に入れてしまったのである。

 三日分は喰った。まともに動ける気がしない。


 シアとエタンニは彼とは事情が異なる。

 シアは確かに良く食べて呑みもしたが、いずれも適量を超えていない。問題はその後の己の行動にある。

 昨夜の酒宴でシアは久々に酒を呑んだ。数杯だけだった筈なのだが、度数でも高かったのかそれとも己が弱くなっていたのか、盛大に酔ってしまい、過ごし易かった昨夜の気候が暑くて堪らなくなり鎧などをいろいろと脱ぎ捨ててしまったのだ。


「シア、そんなに落ち込むことは無い。結局、大事なところまでは視えていないから大丈夫だ」


「うん……、そうだね。でもさ、いくら安全を確保した野営地の中だったとしても街の外で鎧を脱ぐなんて初めてだよ……。冒険者失格さ。もう酒は呑まない……」


 どうもハークが考えていたようなことで落ち込んでいるのとは些か方向が違うらしい。

 ハークは下手に慰めるのを諦め、横のエタンニに視線を移す。


 エタンニは顔の大部分を覆い隠している瓶底眼鏡なる両眼帯のせいで表情を窺い知ることが出来ないが、明らかに機嫌とヤル気が昨日より急下降している気がする。

 こちらの原因も分かり易い。

 昨夜の酒宴の内にハークが、虎丸が残り香すらも感知できなかったのでハーク達が討滅したラクニとインビジブルハウンド以外の残党はいない、ということを報告していたからである。

 賑やかな酒宴の場で伝えれば、落胆も紛れるであろうとのハークなりの判断であった。


「そうですか」


 と、その時は然程落胆した様子も見せず、ハークの策は功を奏したかとも思ったのだが、その後明らかに食事量が増えるのを見るにつけ、やはり気持ちの乱高下があったことは想像に難くなかった。

 今もハークの視線に気付かずに、やや俯きがちに歩いている。

 瓶底眼鏡のせいで視線の行方を正確にとらえることは出来ないが、顔の向きから察するに地面か、虎丸の足、もしくは尻辺りに視線を漂わせているのかもしれない。

 虎丸の尻など眺めているなど無い筈なので、相当に項垂れているのだろう。


〈こちらも処置無し、だな……〉


 成す術無しと判断したハークは視線を前方へと戻した。

 しかし、ハークは知らなかった。ラクニとインビジブルハウンドという、普通に生きていれば恐らくは拝めなかった種族との邂逅が叶わなくなったエタンニは、それと同レベルな程に出会えることが希少な精霊獣の観察に、今はその情熱を傾けている真っ最中だったのである。



 昨日、ハークが今回の調査範囲内を虎丸に調べさせた結果、魔物はロックエイプが10数匹で4つの群れに分かれて点在しており、ジャイアントシェルクラブが1匹減って3匹がお互いに広い縄張りを維持した距離に、そしてファイアサーペントが僅かに1匹という状態だった。

 村予定地を中心に半径30キロ圏内でこの数は相当に少ないとのことだ。元々北の森は小村や集落が点在し、開発が進んでいるのがその要因であろう。金に成りやすいジャイアントホーンボアがいなかったこともそれに関係しているに違いないらしい。

 ファイアサーペントが1匹というのはこの辺りでは生息域外の種であるからだ。

 とはいえ、ラクニとインビジブル共のように物凄く離れた場所ではないので、迷い込むことは然程おかしくはないらしい。山火事の原因になるので見つけたら早めに倒さねばならないようだ。


 というワケで、ハーク一行はやや距離は離れてはいるけれどもファイアサーペントから退治するということになり、そこを目指し行軍していた。


「ハークさん、大丈夫かよ? 戦えるのかい?」


 後ろでスラムの若い衆10人を指揮していたシンが駆け寄ってきて心配そうに声を掛けた。


 ハークにとっても本日の体調は想定外だ。それでも気合を入れれば戦えぬ程ではない。しかしながら今日はそこまでするつもりは元々なかった。


「大丈夫、動けぬ程ではない。だが、今日は基本、儂は戦わんつもりだ」


 その言葉を聞き、シンばかりか他の面々も目を丸くする。ハークの今の言葉が聞こえた者ほぼ全員だ。


「そんな顔をするな、心配無い。昨日調べた限りでは、この辺の魔物は全てレベル15以下だ。油断しなければやられることなど無かろう」


「そうなのか? まぁ、それなら確かに大丈夫かな」


 シンのレベルは22。7も差があれば苦戦する可能性も少ない。彼よりも高レベルなシアもいるし、テルセウスやアルテオもいる。普通に戦えば負けるはずないのだ。

 だから、ハークは条件を付ける。


「ただし、シン、お主はあまり積極的に攻撃してはいかん。仲間達や村の者達を上手く指揮しながら戦うのだ」


「お、俺がか!? 指揮なんて、やったことねぇよ!」


 ハークの言葉にシンは急に不安になる。

 いきなり経験の無い事を押し付けられれば不安に駆られるのは当然だ。

 ハークはそれをよく理解はしていたが、折れる気は無かった。


「ひいてはそれが村を守ることに繋がるのだ。よいか、いくら強くなろうとも一人で全員を守りきることなど出来ん。あのドラゴンの時を思い出せ。儂とてヤツを少しの間食い止めるのが精一杯で、あの時『松葉簪マツバカンザシ』の面々が助けに来なければ、お主らも儂も死んでいただろう」


 ハークの言葉を聞いてシンは背筋をぴん、と伸ばした。シンにとってもドラゴン戦は忘れられない出来事だったのだ。スラムの仲間達を自分が守らなければならないと痛感し、その強さを手に入れるために冒険者になることを志したのだから。


「お主が強くなることに全く問題は無いが、その強さを皆に分けてやれ。儂等とてずっとこの地に居られるかなど分からんからな」


 ここまで言う必要は無かったかもしれない。だが、真実であり、シンが早めに認識しなければならぬことだった。


「そうだな……。ハークさん達や皆だって、いつもこの近くに居てくれるとは限らねえんだもんな」


「うむ、兎に角やってみろ。今回、儂は『回復役』というヤツでやらせてもらう。エタンニは魔物の専門家らしいから、彼女とシアに魔物との戦い方を聞いて、テルセウスやアルテオ達にも協力を仰げ。まずはファイアサーペント、レベルは14。道中まで作戦会議だ」


「了解!」


 シンは自分に気合を入れるように返事すると、シア達の元に駆けていった。



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