88 第8話09:周辺掃討




 虎丸がこの森で今日感知したモンスターは3種類だった。

 ロックエイプ、ジャイアンントシェルクラブ、ファイアサーペントの3種。

 エルザルドによると、別名、岩猿、巨大宿借、火炎巨蛇というらしい。そちらの方がハークには分かり易かった。


『岩猿……。その『ろっくえいぷ』とやらは無言で襲ってくるのか? そして岩、ということは硬いのか?』


 まさか駄洒落などということはないと思うが、ハークは恐る恐る聞く。


『無言? いや、キーキー寧ろウルサイ方ッスよ? 硬いのは確かに硬いッスけど、それ程でもないし、背中だけッス。背中が岩肌の様になっているのが名の由来だった筈ッス。でも、このモンスターの恐ろしいところはその硬さよりも寧ろ群れることがある所ッス。硬いのが恐ろしいのはジャイアントシェルクラブの方ッスね』


『ほう。想像するだにデカいヤドカリか?』


『その通りッス。人間と同サイズくらいッスけど、レベルが高くなるにつれて巨大になっていくッス。今、その種の割と大物の匂いを捉えたッス』


『了解だ。向かってくれ。どの程度のものなのか確かめたい。厄介そうであれば今の内に狩ってしまおう』


『はいッス』


『ジャイアントシェルクラブは虎丸殿とは別方向性の強さを持つ種族だ。虎丸殿が敏捷性であれば、同レベル帯では圧倒的と言える堅牢性を備える。特に背中の甲殻は龍の鱗並みとも評価される。ジャイアントシェルクラブとドラゴンはレベル帯が全く違うので、正当に比べ合うことは不可能だが、レベルが高くなればなるほど分厚く成長するので、防御能力だけで言えば龍種を凌ぐと考えても良いだろう』


 主従の会話が途切れたところでエルザルドからの補足説明が入る。


『分厚く成長? 宿借と言いながらヤドを借りる種ではないのか』


『その通りだ。彼らのヤドは自前のモノで、背面の甲殻が発達したものだ。故に破壊されたとしても数日で元通りになる。ヒト族はこれを優秀な武具素材として利用するために、ジャイアントシェルクラブを捕獲した後に飼い馴らそうとしていた地域もあった』


『ほう、そんなことが出来るのか。まるで養蚕だな』


 養蚕とは前世の山間部で広く行われていた養殖産業で、特定の植物の葉のみを食料とするカイコガという昆虫の幼虫を飼い育て、成虫に至る過程でカイコガが生成する蛹の繭から絹を産出するものだ。

 一匹のカイコガから産出できる絹は僅かなものだが、非常に高価であるために富を呼ぶ虫とされ、地域によっては「お蚕様」や「白様」、「姫子」などと呼ばれて半ば神聖視されているところもある程だった。


『結局、ジャイアントシェルクラブの成長速度を見誤り、脱走後壊滅させられて失敗したと聞く。だが、これ以外にもヒト族は魔物や魔獣由来の素材を利用すべく同様の行為を各地で繰り返している。結果も同様に失敗が多いがな』


『そういうのはオイラも聞いたことがあるッス。確かドラゴンの鱗を定期的に採取しようと、とあるニンゲンが歳若いドラゴンを捕まえようと試みたことがあるッスよね? それで龍族の怒りに触れて、国ごと燃やされたって聞いたことがあるッス』


〈鱗と国一つか。デカい話になってきたが、また人間側が先に手を出したのか〉


 どうも人族はあちこちの別種族に手を出しては碌な事をしていないようだ。そんな印象をハークは抱く。


『随分昔の話だが、我は存命中もその戦いには参加しておらん。が、気持ちは分かる。他種族には中々理解しては貰えんだろうが、数十年かに一度自然に抜け落ちる鱗も、無理矢理引き剥がせば生爪を剥がされた様な痛みを伴う』


『拷問ではないか……』


『うむ。同朋の怒りは凄まじく、この事が極一部の例外を除いて龍族にニンゲン族への敵愾心を抱かせる結果となった。今ではニンゲンとの交流を持つ者はその極一部の内数体しかいない』


『そう聞くと、以前は交流があったのか?』


『積極的ではないが、今よりはずっと多くあった。ヒト族は数が多いし、何処にでも住まうものだ。交流せざるを得なかったというのが本音だな。言葉も操れるから意思の疎通が出来ぬでも無し。だが、今では大多数の同朋はヒトが簡単に訪れられる土地を避けて生きておる。人の世界に滅多に龍族が現れなくなったのはその為だ。下手にヒト族が龍族の住まう地に入り込めば、喰い殺されることもあり得る』


『成程』


 後半はハークにとって只の世間話の他人事であった筈だが、何故かそう捉え切ることが出来なかった。



 目標に向かい始めて僅か数分で、虎丸が付近では大物と言っていたジャイアントシェルクラブの姿をハーク達は発見していた。

 遠目からでも判る。何しろデカい。

 ハークがこの世界で見て来た魔物の中で、エルザルドに次ぐ大きさである。縦は先日のトロールに若干届かないが、横幅が3倍くらい広い。

 その姿は正に巨大化したヤシガニだ。片方のツメだけでハークを優に上回っており、普通の人間がもし挟まれれば無事に済む筈は無いであろう。


『レベル19ッスね。付近に古くて乾いた血の匂いがするッス。どうやら他の魔物を食べて急速成長したみたいッスね。この匂いはロックエイプ数体分ッス』


 魔物は食事を定期的に摂取する必要も無いし、人間種と違ってレベル25くらいまでは勝手に成長するが、敵を倒してその肉を食すと急に強くなることがあるらしい。

 前にエルザルドが語っていた。


『儂と同レベルか。実力を測るには丁度いい相手だな。縄張り争いの末に場所だけでなく食料も勝ち取ったか』


『そのようッスね』


『よし、儂が一人で相手する。手を出すなよ』


 返事を待たずにハークは身を隠す木の影から飛び出した。


 イキナリ目の前に出現した人間種の肉ごちそうを目にし、それは直ちに突進を開始した。昆虫種や甲殻種に特有の、奔り始めた瞬間には最高速に達する例の爆速ダッシュである。


「うお!?」


 巨大な存在が全くの予備動作も無しに突進してくる光景に、流石のハークも面喰ってしまう。

 転がるようにして横に躱すと、ジャイアントシェルクラブはハークのいた場所を通過し、遥か後ろの木にブチ当たって止まった。流れ弾で体当たりを受けることとなった木の幹がミシミシ音を立てながら後ろに倒れる。


 大した力だが、速度能力にはそれ程脅威を感じない。動き出しの滑らかさは人間種とは比べ物にならないが、それだけだ。不意を突かれた形であるのに比較的容易に身を躱せたことがそれを証明している。


 ハークは背の大太刀を引き抜き、振るった。


「ほっ!」


 大太刀『斬魔刀』はその長さ故、抜打ちが出来ず、一度鞘から完全に引き抜いてからでしか振ることは出来ない。その一手間を挟んでも容易に間に合ったその一太刀は、巨大な鋏を携えた腕の関節部、人間で言えば肘鉄を斬り裂いた。

 ぼとりと、ハークの身体よりも大きい爪が地面へと落下し、切断部分からは人間種の血の色とは明らかに異なる色の液体が噴き出す。


「シュウオオオオオオオオオオ!?」


 どうやらこの世界の巨大ヤシガニは声を上げることが出来るらしい。恐らくは激痛による怒りの咆哮と共にもう片方の鋏を振う。


 ボンッ、と目の前の空間がこそぎ取られたような感覚に陥る攻撃だ。充分に体重を乗せているのだろう。後ろに下がることで難無く躱したが、ハークが喰らえば勿論、シンやシアが受けても吹っ飛ばされて重傷になりかねない攻撃力と視えた。

 その後もジャイアントシェルクラブは遮二無二左の鋏を振り回し続ける。

 まるで癇癪を起こしたかのような乱打だ。人間があれをやれば十数秒で息が切れるだろうが、ジャイアントシェルクラブは一向にその気配を見せない。


『ジャイアントシェルクラブみたいな甲殻系モンスターの多くはSPがアホ程多いので、ずうっと単純な攻撃を繰り返し続けるッス。下手に巻き込まれると同レベル帯では死ぬしかないので地味に強力ッス。なので正面からは攻めず、時間はかかっても背部の甲殻を攻撃するッス』


 虎丸の忠言が有り難い。それが無ければハークは延々とジャイアントシェルクラブの攻撃を、いつ終わるのかいつ終わるのかと眺めながら無為に躱し続け、時間を浪費するところであった。


 確かに一旦後ろに回ると脅威は殆ど感じない。突進に比べて、旋回速度は更に緩やかであるからだ。つまりはこのジャイアントシェルクラブ戦は背部の甲殻を破壊できるか否かに全ては掛かっているわけである。


『理解した。こやつとの戦闘はこの背面の甲殻に攻撃が通じるか、で決まるのだな。もし通じねば全力で逃げる。そういうことだな? よし、とりあえず一当てやってみよう』


『気を付けてくださいッス。かなり硬い筈ッス…………アレ?』


 離れて見守っていた虎丸が眼にしたのは、ハークが刃を痛めぬようにと振った試しの一撃で自慢の背面甲殻をザックリ斬り裂かれ、両断までとはいかなくとも、その身を半ば以上まで断ち割られて重要器官をごっそり失った憐れなジャイアントシェルクラブの姿であった。





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