87 第8話08:For New Life
森の夜は早い。そもそも木々が陽光を遮り、薄暗いからだ。だから、日が沈む前には目的地である村予定地に到達しておきたかったが、その数時間前には無事に到着でき、宵闇が訪れる頃には野営の準備がほぼ完成していた。
簡単な構造の、雨風を凌ぐ程度の家を建て、簡易的な炊事場を作成し、火を焚き、食事の用意をする。
短時間でここまでのことが出来たのは、ハークを含むパーティーメンバーが全力で作業を手伝ったからでもあるが、その最大の要因は予定地への道程を憶えたハーク達がほぼ直線で集団を移動させたことによる。
森の中を通行する場合、当然のことながら歩く実際の道程はどうしても曲がりくねってしまう。直線で進んでいるつもりでも明確な道標の無い森を進めば左右にズレを生じ、何よりも木々や地形が真っ直ぐに進む行く手の邪魔になってしまう。
前者はその都度方角を確認することでズレを適示修正していく必要があるのだが、この世界では虎丸という強い味方がいる。動物の帰巣本能めいた正確性で村予定地の方向と位置を正確に記憶しているのだ。虎丸がいれば道に迷う心配は一切無い。
後者はその木々や道を塞ぐ岩などを徹底的に除去していくことで解決していった。
具体的に言えば木々はなぎ倒し、岩は引き抜き砕き、凹凸は極力均して進んだのである。
そんなことをすれば普通、倍以上の行軍時間を要するであろうが、それは前世での話。
今世はレベルとステータスの恩恵が在るのだ。それをフルに活かして、正しく力技で先へと進んで行く。
道の途中にある木々は刀修練組が斬り倒していく。最初こそ生木を上手く断てず、ハークが一文字に両断していたが、刃渡りの長いアルテオを皮切りに、シン、そして最終的にはテルセウスも何度か成功していた。これも修練の一環だ。
斬り倒して使えそうな木材はテルセウス所有の『
残った切り株や進路上の大岩を引き抜いたり、砕いたり均したりするのはシアと虎丸の役目であった。
シアと虎丸はいとも簡単に地中深くに下ろした根っこをブチブチと引き千切りながら抜き上げ、自身の身体と同じぐらいのサイズの岩石も簡単に引っ張り出していく。
工事器具要らずである。凸凹もシアのハンマーで緩やかな勾配へと次々に均されていった。
ある意味ここまで手間を掛けて進むのは、この道がこれから新しき村に住まう者達の重要な通路へと発展していくからだ。村に入り用な物資や食料を運ぶには必須だし、そのまま村が発展していけば、逆に食料などの物資や特産品を売りに行く販路となる。
また、初期の稼ぎ頭として、シンはこの道を冒険者として何度となく往復することにもなるだろう。出来る力と人員がいるのであれば今やっておくに越したことはないのだ。
回り道をする必要が無くなり、行軍時間が縮まるのであれば尚のことだ。
因みにこの世界では街の外を通行中、大きな音を立てながら、というのは厳禁だという。
近くに縄張りを持つ魔物が音に誘われ寄ってきてしまうからだ。街道筋の魔物を掃討する時には逆にこれを利用し、楽師に演奏させ続けて誘き寄せるという。
この街道突貫工事は実はその意味もあった。まさに一石二鳥どころか三鳥を狙ったものであったが、この思惑は外れた。
元々、古都の北部には村々や集落が点在しており、魔物達の数は狩り尽されたという程でもないが少ない。
これは領主の依頼を受けて、ギルドの調査員が定期的に巡回していたことに起因している。
だからこそ、ハーク達が倒すことになったジャイアントホーンボアやトロールを早期発見することができ、その被害を最小限に防いでいたのである。
寝床や炊事場が完成し、付近に流れる小川の横に風呂まで作り始めた連中を視て、ハークはこの場での自分の役割が粗方終了したことを確信し、シアに声を掛けた。
「シア、少し虎丸と共に周囲を見回ってくる。明日の下見だ」
「え? 今からかい?」
シアは徐々に闇に覆われつつある空を見上げる。
「あたしも行こうか?」
「いや、いい。その為の虎丸だよ。それに儂と虎丸だけであれば直ぐに終わる。それよりシアにはこの場を任せたい。頼んでも良いか?」
「了解! と言っても、もうあたしにもやれることは少なさそうだけど、ね」
シアが周囲を見回しながら言う、作業はその大半が仕上げと夕食の用意に移っており、シアの得意とする力仕事の出番はもう無さそうだった。
「そっちではない。テルセウス殿とアルテオ殿から目を離さないでやってくれ」
だが、そのハークの一言を聞き、シアの表情が引き締まる。忘れていたワケでもないが、特に警戒を強めてはいなかった。彼らは仲間だが、正式にハークとシアとシンの3人に依頼された護衛対象なのだ。
「分かったよ。でも、虎丸ちゃんの鼻には、ここに来るまで何の反応も無かったんだろう?」
シアは確信を持って訊く、虎丸が何か感知すればハークに言わぬ筈が無い。そしてハークがシア達にそんな大事なことを伝達しないワケが無いと確信していたからだ。
「うむ。だが、この世界には儂らの知らぬ『すきる』が山ほどある。余り油断し過ぎてはいかん。そこで些か網を仕掛ける。儂は兎も角、この中で最もレベルの高い虎丸が姿を消せばどうなるか……」
「ああ、なるほどね。誘き出す作戦かい」
「その通りだ。襲ってくるかどうかは分からんが何らかの行動を見せるだろう。ま、もし潜んでいれば、だがな。儂も虎丸の鼻をあかせるなどとは思っていないが、万一の備えさ。明日もあるのに寝込みを襲われてもつまらんしな。もし、何者かの襲撃を受けたら食材用の肉をあの焚火の中に放り込め。肉の焼ける匂いならば虎丸は直ぐに気が付く」
ハークは村の中心で煌々と燃える焚火を指差して言った。今夜の献立は『ごった煮』らしい。何かを焼くつもりも無いということだからうってつけだった。
「了解したよ。ハークも気を付けてね」
「今日は下見だけさ。それでは行ってくる。儂のいないうちに料理が完成したら先に喰っていてくれていいぞ。一応、儂らの分は残しておいてくれな。では行くぞ、虎丸」
「ガウッ!」
言い終わると虎丸に跨り、共に闇に支配されていた森の奥へと進んで行った。
森に入ると虎丸は快調に飛ばす。
心なしか虎丸の足がいつもより軽やかだ。楽しげですらある。
『どうしたね、虎丸? いやに上機嫌なようだが?』
本気ではないにしても虎丸に走らせれば、跨った状態のハークからでは余程大きな声を出さない限り風切音に遮られてしまう。だからこそいつもの様に『念話』を使用した。
『あ、はしゃいじゃってすみませんッス。このところずっと街中だったッスから走るのがちょっと嬉しくなっちゃったッス』
それを聞いてハークは、少し悪いことをしてしまったな、と思った。虎丸は犬型の魔獣ではないが、ずっと街中での生活は少し窮屈な思いをさせていただろうということに気が付く。
『謝ることなどない。ここのところ街から出なかったからな。これからは定期的に街の外に出るとしよう。……さて、それで敵となるものはいそうか?』
そう訊くと虎丸は様々な方向に鼻を向けながら何度かそれをヒクつかせる。
『ラクニとか、インビジブルハウンドの匂いは全くしないッス。残り香も感知できないッスから、残党が潜んでいるっていう線は無さそうッスね』
『やはりそうか』
単なる可能性の問題だったから、ハークにとっては気にする必要などない。居なければ居ないでそれはそれで良かった。だが、同行したエタンニはかなり落胆することになるだろう。
出発前の興奮度から考えるにバッタリ倒れてしまうかもしれない。考え過ぎではないような気がした。
念の為、この報告は最後に回すべきであろう。
その時、不意に虎丸が北西の方角へと顔を向ける。
『ご主人、ラクニとかじゃないッスけど、少し強そうなモンスターを感知したッス!』
『よし、やってくれ』
『了解ッス!』
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