86 第8話07:いざ出陣
シアもそうだが、モンドの店は武具店である。
どちらの比重も現在はかなり武器側に傾いてはいるものの、身を守る防具も一通りは揃えてはいる。
スラムの若い衆の内、戦闘を決意した10名に兜と胸当てが行き渡り、近くの商店から水や食料を買い込んで、出発の準備が整う頃には、冒険者ギルドに申請を提出に行ったエタンニも戻って来ていた。
モンドの店から冒険者ギルドまでの距離はそれ程ではない。それでも、申請からそれに許可が通るまでの時間差を考えれば、事情を知るジョゼフの協力があったとしてもかなり急いだに違いない。上手くいけば今日中に目的地に着ける、つまりは今日中に件のラクニやインビジブルハウンドと遭遇出来るかもしれないという事実が、相当に彼女の原動力を刺激した結果だろう。
そんなワケで、諸々の準備が全て整ったのは正午を回った辺りだった。この時間からであれば、充分日が沈む前には村予定地に到着できる目算である。
「あとは天気か。この空模様なら大きく崩れることは無いかな?」
ハークは晴天ではあれど、雲一つないとは言えぬ空を見上げて、隣のモンドに訊く。
「まぁ、そうじゃのう。元々この時期は雨自体が少ないからのう」
「そうか」
ハークは頷いた。やはり気候に関することは地元に古くから住まうものに訊くのが良い。
「エルフは天候を操る魔法すら知ると聞くが、旦那は使えんのかね?」
「使えんな」
「ふむ、だとすると単なる噂なのかのう?」
突然、話が妙な方向に飛び火して驚いたが、いつもの如く表情には出さない。
「そんな噂があることすら初耳だよ。さて、そろそろ用意も良いであろうし、出発するとするよ。今回も世話になったな」
ボロが出る前に話しを打ち切る。それに準備が完了しているのは本当だ。
「気にする必要など無いよ、旦那! では、ご武運をお祈りしておりますぞ!」
「ありがとう。行ってくる!」
そう言って、ハーク達は同行するスラムの若い衆20人に号令をかけ、粛々と城門を目指して移動を開始した。親しい仲とはいってもここは鍛冶職人店の目の前だ。鬨の声など上げさせては迷惑になってしまうという配慮だった。
東の城門近くに到達すると、数十人規模の見送りに出くわした。子供や女性、若干の老人を含めたその集団の正体は、スラムの人々の中で手の空いている者が全員集ったものであるらしかった。
これはシンにも知らされていなかったらしく、言葉を失う程に驚いている。
子供や女性陣の「頑張ってきてね~!」だの「気をつけて行ってらっしゃい!」だのといった黄色い声援が耳に届いてくる。何事かと往来の注目を浴びてはいたが悪い気分ではなかった。
シンのこの度の大幅な稼ぎのお蔭なのだろう、服も以前のような襤褸纏いではなくちゃんとしたものを着込んでいる。栄養状態も大分改善されたのか髪や肌の色艶も血色も以前に視た時とは大違いだ。
一見して家無しの集団であるとは思えない程である。
「良いモノだな、こうして出陣を見送られるというのは」
ハークは直ぐ後ろに控えるシンにそう話し掛けた。
「あいつら……、俺にも内緒でこんなことを……。すまねえ、ハークさん。もっと静かに街を出たかっただろう?」
照れ隠しなのか、些か困ったかのようにシンが言う。
「何を言っている。気分が良いし、気合が入るものよ。後でお嬢さん方に感謝申し上げておいてくれ」
その言葉に、安心したのか素直に内心を現しても問題が無いことを悟ったシンは、年相応の笑顔を浮かべた。
「そっか! ありがとう! そう言ってくれると嬉しいよ。あれ? あそこにいるの、ユナじゃないか。あいつめ、仕事場にはちゃんと許可取ってるんだろうな……」
シンの視線の先を追い掛けると、集団の先頭に立って弾けるような笑顔で両手を振る少女の姿があった。
〈あれがあの時の子か〉
見覚えのある少女だなとは思ったが、ユナだとは気付かなかった。薄汚れくすんだ服ではもはやなく、明るい色の軽やかな服に身を包み、ボサボサだった髪も、痩せ細って視えた風貌も、艶のある纏った髪に、程良い肉付きと思える体格へと改善されていた。
彼女はハークがこちらを視ていることに気付くと、いっそう輝くような笑顔で懸命に手を振っていた。
その姿を視てハークは、絶対にシンも含めたスラムの民達を五体無事に返すことを胸に誓った。
特に何事も起こることなく城門を通過すると、途端に閑散となる。
というのも2度に渡り襲撃を受けた南東の城壁に最も近く、さらに双方共に東から襲来したと思われているからだ。2度目は明確にこの方角の森に消えていったのも、それに拍車を掛けている。
そもそもこの東門は他の方角の城門に比べ、普段から利用者が少ない。街の真東の方向に村や集落はなく、現在建造中であるシン達スラム民への村予定地もやや東寄りの北に位置している。
古都の周囲、東西南北はどこも森に囲まれているが、東以外はいくつかの街道が存在し、その部分は森が切り開かれている。
森は基本的に魔物の住処だ。森を進もうとするならばいつ魔物と遭遇してもおかしくは無い。古都東の森はそのままずうっと進むと険しい山々に差し掛かりそこを抜けてもずっと森だ。それでも更に東に進み、森を抜ければ国境を越えて帝国領に入る。
帝国とモーデル王国はもう20年以上同盟関係だ。交流も積極的ではないが、それなりにやって来ているので王国側の商人が帝国に出向くことも、その逆も今では珍しくは無い。
しかし、それでもこの古都から東の森を通って帝国を目指すものは皆無だ。それならば一旦ここから北東のワレンシュタイン領に向かい、そこから東の帝国を目指す。そのルートであれば魔物の住む森も、険しい山越えも無い。かつての両国の激戦地となった平野を通過するだけだからだ。
そんな静まりきった城壁の外で、ハークは先程装備を整えたばかりの若い衆達10名を横に並ばせ、順に槍で自分を突くように命じた。勿論、本当に自分を貫かせるつもりは無い。
狙いも頭部や胴ではなく、右の手の平だ。ここを突かせて、その瞬間に手の平を退かせ、槍の穂先以外を掴み取ることで、狙いの正確さや力強さを測るのである。要は、
その趣旨も説明したのだが、皆当然の如くやり難そうにしている。
まぁ、仕方がないと言えば仕方がない。ハークはその場の誰よりも小柄である。そんな相手を傷付けるような行為を誰が率先して行うというのか。
結局シンが、「目の前のハークさんはレベル19だから、レベル一桁のお前たちの攻撃じゃあ万一も無いから思いっきり行け」と説明したことにより、漸くちゃんとした力量を見せてくれるようになった。
全員に一度名乗らせてからの、いわば試し突きを受けながら、一方でハークはその人物の『鑑定』を虎丸に行わせ、内容の記述をテルセウスとアルテオにお願いしていた。
スラムの戦闘担当組は、虎丸の『鑑定』によると低いもので4、最も高いもので9というのがいるようで、そこにヤル気の高さや年齢的な経験を加味して3人の組頭をハークは選び出すことにした。
選出された3人の名は、キーガ、カーツ、レッソといい、各々の元に3・2・2で人員を分け、その全体的な指揮をシンに任せる。
「何か手馴れてンね、ハークは」
その様子を見て、シアが呟くように言うとシンも同調した。
「だよなぁ。前に戦争で駆り出された時よりも綿密な気がするよ。俺が所属してた軍団長も悪い人じゃあなかったけど、突進と後退ぐらいしか指示してくれなかったからなぁ」
シンのその言葉にハークは少し呆れてしまったが、この世界での戦というのは案外そういうものなのかもしれないと思い直した。
何しろこの世界にはレベルとステイタスという明確な力の差が存在する。人数が明らかな優劣の差とは成らないのだ。そうなると前世での隊列を組み、有機的に全体を動かすこともそれ程の効果を齎すものではないのかもしれない。
それでも、身を守る分には少しは有効に働くことにはなるだろう。
「実際に指揮したことはないが、手伝いのようなことはした経験がある。そこでよく言われたのが『戦までに何をするか、が本当の戦いよ。事の帰趨はそこで決まる』という言葉でな。まぁ、出来る事はやれる内にやっておけということさ」
「へえ」
「成程ねぇ」
仲間達は「そんなものか」程度の反応だったが、唯一アルテオだけは眼を見開いてハークを見詰めていた。
しかし、それに気付くことなくハークは総員に檄を飛ばす。
「よーーし、皆の衆! 準備は整った! これからお主たちの新たな村になる予定の地へと向かう! 逸る気持ちもあるだろうが、それを抑えて我々やシンの指示に従ってくれ! そして必ず五体満足無事にこの街に帰ってこよう! 行くぞ、出陣!」
その言葉が終わるや否や、仲間達も含めた「応!」の声が轟音となって辺りに響いた。
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