85 第8話06:実戦投入




「ウチの若い奴らも、冒険者にするのか?」


 シンが些か戸惑うかのように尋ねる。


「いや、そうではない。今回の調査任務は冒険者でなかろうとも申請すれば街の外に連れて行くのも問題無いらしい。率先して戦うことなどさせるつもりは無いが、魔物との戦闘を経験させておけば街の防衛として今後役に立つことになるのではないか? 要は地力の底上げだ。レベルが上がるに越したことはないだろうが、一度でも戦闘を経験させておけば色々と変わるものだ。そういう意味では今回の任務はうってつけかもしれん」


「そいつはありがたいが、ウチの連中は俺以外は全員レベル一桁だぜ? 足手纏いにならないかな?」


「それに関してはシンも含め皆にも援護を頼みたい。ただ、街の外に出て、いざ戦闘に不安を覚えるようなら無理に参加させる必要は無い。村予定地で寝泊まりする仮宿造りとかにでも従事すれば良かろう。いや、最初からその為の人員も連れていくというのも良いかもしれん。村の完成予定が早まるぞ。皆、どうかね?」


 そこまで言ってハークは仲間達を順々に見渡す。


 果して、テルセウス、アルテオ、シアの順に声を上げた。


「私は賛成です。ハーク様の仰るとおりに、実際にモンスターを見て判断して無理であっても、村の完成に従事できるのであれば尚更です」


「修行の成果を試すいい機会だ。異存はない」


「虎丸ちゃんの索敵能力があればこそだね。この前の活躍っぷりを考えれば反対する理由は無いかな」


 皆、ハークの案に即決ということで直ぐにまとまった。


 それを見て、シンはもう一度頭を下げた。


「ハークさん、皆! ホントにありがとう! すぐに人員を集めてくるぜ!」


 そう言って、シンはモンドの店を飛び出して行った。

 時刻は未だ午前中だ。用意に手間取らなければ正午前後で出発でき、今日中に村予定地に到着も出来る筈だった。




   ◇ ◇ ◇




 シンがスラムの若い衆達を集めてくる間、シアがテルセウス達に刀習熟への進捗状況を尋ねたり、エタンニが無軌道に皆に話しかけ続けながらも交流していく様子を横目に、ハークは時たま相槌を打ちながらも、『念話』での虎丸とエルザルドとの会話に意識の大半を傾けていた。


 議題は先程エタンニが話した『ラクニの白き髪針』についてである。


『エルザルドよ。『ラクニの白き髪針』のことは知っているか?』


『無論だ。『ラクニの白き髪針』とは当代一の魔力を持つラクニ族の王が死んだ際に、その頭髪に遺体の臓器、特に脳を擦り込む様にして何日も擦り付け、その魔力を染み込ませる呪物だ。死んだ王の遺体は自然死でなければならず、それ故、100年に1本生産できるかどうかのラクニ族にとっても貴重な品だ』


『なんだそれは……随分と気色の悪いものだな』


『全くッス』


『呪物とはそういうものだ。人間種は外法とも言う』


『外法か。そう言われれば何となく理解できるか……。それで、詳しい効果は何だ?』


『効果はレベル差にある程度は関係なく、そしてそこそこ強い自我であっても頭部に刺すことによって、意のままに操ることが可能になることだ。勿論、ラクニ種以外が使用しても効果を発揮する』


『何……!? エルザルドよ、ひょっとしてお主の意識を奪い、怒りに呑ませたのはその『ラクニの白き髪針』ではないのか!?』


『それはない。レベル差をある程度克服できると言っても10レベル差が限界だ。そしてそのレベル差を埋めたとしてもドラゴン種を操れるほどの呪物ではない。具体的に言えば進化前の虎丸殿の種族であるフォレストタイガーであれば、レベル条件さえ合致していれば操ることが出来るだろう』


 ハークの脳裏に浮かんだ想像を、エルザルドは言下に否定する。

 エルザルドがこんな意識だけの状態に現在なっているのは、彼曰く、何かに身体を乗っ取られたように、意識が怒りに急き立てられるままにこの地に到来したことが要因である。

 そんな彼を止めたのはハークと虎丸ではあるが、実際には、操られることを良しとしないエルザルドの精神が、魔法能力と幾つかの器官のみを何とか奪取し、それを使って自決を試みようとするのをハーク達が知らずに助成した、という方が正解に近い。


『ぬう。それはとんでもなく最悪なモノなのだな……。ラクニ族というのはそれ程までに危険な種族だったのか』


 具体例として引き合いに出されてしまった虎丸は、恐怖と憤慨とが混ざった反応を示す。


『そこまで恐れるようなものではないぞ。勿論、今の虎丸殿には効かぬし、そもそも考えてみるがよい。一体どんな存在が暴れ回るフォレストタイガーの頭部に針など刺せるのだ。そんなことはレベルで大いに上回らねば到底不可能だろう』


〈まぁ、それはそうであろうな〉


 ハークは特に実感としてエルザルドの言葉に響くものがあった。虎丸の速度能力は常軌を逸しているからだ。

 とはいえ本題はそこには無い。ハークは話を戻す。


『例えば……だ。その『ラクニの白き髪針』の系譜に準ずる、もっと高位の品、というのは無いのか?』


『聞いたことが無いな。『ラクニの白き髪針』は他者を操る力を持つ呪物や法器の中で最も強力な品なのだ。それを超えるとすれば、我すらも与り知らぬ新しい技術が誕生せぬ限りは不可能だ』


〈新しい技術か……。それすら考え出したらもはやキリが無いだろうが、後々情報を集めることの考慮もした方が良いかもしれん〉


 と、つい最近、新しき刀の製造技術を伝達した男は心の中でそう思った。




   ◇ ◇ ◇




 一時間も経たないうちに、モンドの店の前に20人ものスラム民の若い衆が集められていた。その中の約半数がシンによると従軍経験を持つということだ。

 ただ、魔物との戦闘にヤル気を見せたのはその中でも更に8名であり、従軍経験すらも無いにもかかわらず2名の男性が戦う気概を持っており、ハークはその合計10名に武器を与えてくれるようにモンドに頼んだ。

 その中の何名が実戦を経験した後であってもその気持ちを保ち続けられるかは全くの不明だが、戦う気概というのはハークから見れば強くなるための最も重要な要素だった。それを持たぬ者を無理に戦闘に参加させるつもりはハークにははなっから無かった。


「戦争でも始めるつもりですかい? 旦那」


 モンドは冗談めかして言ってはみたものの、そこには多分の本気も含まれていた。何しろハークからの注文は、「戦う気のあるその10人に、なるべく長物の武器を2本以上与えてくれ」というものだったからだ。

 長物の武器、と言われてモンドの頭に瞬時に思い浮ぶのは槍だ。

 この世界では槍といえば戦争の道具なのである。


「そんなつもりは無い」


 対してハークは苦笑しながら答えた。


「槍のように相手と間合を取りながらも戦える長射程の武器というのは、戦いの恐怖を多少は紛れさせてくれる効果を持つのだよ。戦闘の初心者にとってこれは重要だからな。まぁ、流石に三間半(6メートル強)もある必要などないが……」


 長物の武器が戦争の武器としてこの世界で一般化したのは、為政者や武将がこの効果を知っていて、普段、命がけの戦いなど経験することも無い一般庶民や農民を兵として駆り出すが為ということなのだろう。

 一方で、そのような効果を持つ槍という武器が冒険者の武器としては一般化されてはいないのは、冒険者達の戦う相手というのが同族である人間ではないからであろう。

 槍という武器の主たる攻撃方法は基本的に突きだ。

 ヒトよりも遥かに身体の大きいモンスターに槍の穂先が深く突き刺さって、それが致命傷とならない場合、熟練者であったとしても身体ごと槍を持っていかれてしまう可能性が高い。


 とはいえそれは自らの手でモンスターを倒さねばならない場合だ。主戦力ではなく援護を行う場合であれば深く突き刺す必要も無く、寧ろ恐怖を薄れさす槍の長さが役に立つとハークは考えている。

 そして2本目からの武器は勿論、予備武器として持っていく側面もあるが、目的地はどうせ近いうちに彼らの村となる場所だ。今回使う必要が無かったとしても、常備しておくためにも持てるなら持っていく意味がある。


「ほう。そんな効果が槍にはあるのか。ところでお代なのだがね……」


「ちゃんと払うぞ。いや、頼むからちゃんと払わせてくれ」


 ハークはモンドに皆まで言わせず、先手を取った。


 今度はモンドが苦笑して言う番だった。


「ははは。了解じゃよ」




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