84 第8話05:ラクニ族という亜人種




「知識を吸収するというのはこの知恵という武器を得た人間種にとって最も崇高な行為です。これにより我らは草原での不利な生存競争を勝ち抜き覇を唱え、街を作り城を建てたのです。新しき知識を貪欲にお求めになられるとは流石はエルフ殿……」


「また始まったよ……」


 ハークの言葉でまたもエタンニの変なスイッチが押されてしまったらしく、いきなり饒舌に直接関係の無いことを口走り始めてしまう。それを見て横のシアからウンザリした様な声が漏れる。


「エタンニ……。おい、エタンニ! その話はまた今度だ。今はハークの質問に答えてやってくれ」


 ジョゼフが見かねて強い口調でツッコむ。それに対してエタンニは少し残念そうにしたものの素直に従った。どうもジョゼフには手綱を握られているようである。


「りょ……了解しました。ラクニ族について分かっていることは多くはありません。生息領域がここから遥か北の、人間種の生息域外に住まう亜人種であるからです。更に現在では周辺諸国において、彼らと交流記録のある国や地域すらありません。これは彼らラクニ族が人間に対して非常に好戦的かつ敵対的な種族であるからです」


 エタンニが正に立て板に水といった形でラクニ族の説明を始める。ただここまではハークも虎丸や仲間達、エルザルドに教わって、既に持っている知識であった。


「ただ、約300年前の書物に当時の高名な冒険者が書き記した冒険譚として若干の交流記録が残されています。それによると一人の王を頂点に頂く部族社会を形成しているとあります。非常に原始的ではあるようですが、社会形成をしている珍しい魔物と書かれておりました」


「魔物……? ラクニ族は亜人種ではなかったのか?」


「300年前は魔物と思われていたそうです。その交流の過程で魔物ではなく亜人種だということが判明したそうですが」


 これに関しては、最初に見た時にハークも亜人種ということを疑ってしまったのだから偉そうなことは言えない。


「成程。それで、どういった交流を?」


「典型的な物々交換だったそうです。旅の物資を購入しようと色々なものを提示したらしいのですが、宝石のみ受けつけてもらえたとありました。その後、生きた魔物とも交換出来ることを知り、彼らがあらゆる魔物を操り、服従させることの出来る能力を秘めた種族であることを知ったようです」


 虎丸の知識によると、『あらゆる』というのはかなり語弊があるらしい。ラクニ族が操れるのは自我の弱い、自分よりも低レベルのモンスターまでだ。トロール程度ならレベルが低ければ操れるらしいが、虎丸のような精霊種やドラゴン種などはレベルの高低に関係なく不可能であるらしい。


「そこまで聞くと、その300年前当時というのは少なくとも人族とは敵対していなかったように感じるが?」


「はい、その通りです。記録では、当時、ラクニ族と同じく明確に人族とは敵対種族ではなかったオーガを通して交流出来たそうです。『彼らの仲介無ければ襲われた可能性もある』、という一文すらあります」


 それはつまりこの300年という時間の中で、オーガとも敵対関係となるような何らかの事件が、人間種との間で起こった事を示している。


「味方の敵は同じく敵というヤツか。世知辛いな。……ということは、今の状態ではどうあっても敵対は避けられそうにない、ということか」


 ハークは一瞬、情報を得るためにどうしてもラクニ族と意思疎通をしようと試みて、結局は頑なに拒否されてしまったことを話そうか、とも思ったが、またぞろエタンニが会話も出来ぬようになっては話が進まぬと思い留まった。


「そうですね。記録には最後に、『彼らラクニ族のみが造り出せる秘宝『ラクニの白き髪針』という、ラクニ以外でも魔物を操り意のままに出来るアイテムを手に入れようと、我々の所持する宝全てとの交換を打診したが叶わず、ならば何となら交換してくれるのかと尋ねたところ、ドラゴン、という答えが返ってきた』という記載があり……」


〈そりゃあ、始めから交換などする気はない、と言っているのと同じことだな〉


 ということは、その『ラクニの白き髪針』とやらは、ラクニ族にとっても・・・・・・・・価値ある物か、他種族に渡すことの出来ぬ掟でもあるのだろうとハークは想像した。


「まあ、ドラゴンを生け捕りなど無理難題過ぎるな」


「ええ。モチロンです。『そこでジャイアントリザードを捕獲し、他の魔物の角を頭部に埋め込み、ドラゴンに似せて引き渡すことで見事『ラクニの白き髪針』を手に入れた』とあります。結局バレた上で追いかけられて、殺されそうにもなったそうですね」


「……………………」


 オチは性質たちの悪い詐欺話であった。

 ここまで黙っていたシアが一つの疑問を感じて口を挟む。


「それってもしかして……、その出来事の所為で今の人間族とラクニ族の敵対的な関係が出来上がっちゃったんじゃないの?」


 それはハークも思った。そうなると人間側が思いっきり加害者側ということになる。


「わかりません。それ以降に彼らラクニ族と交流したという記録は無いからです。因みにその冒険者が持ち帰ったという『ラクニの白き髪針』ですが、ここからかなり西方に位置した国に献上され、国宝として保管されていたということですので実在はしていたようです。ただ、その西方の国は200年近くも前に滅亡しており、現在はその国宝『ラクニの白き髪針』も現在の行方は杳として知れません」



 ラクニ族の話を一通り聞き終わったハークとシアは、一息ついて用意されていた茶を飲み乾すと、エタンニに礼を言い、ジョゼフに向き直った。


「ジョゼフ殿。改めてその依頼、お受けさせていただこう。ついては同行する専門家とやらに会わせて欲しい」


 その言葉を聞いて、ジョゼフは少しだけ渋い表情になり、言い難そうに頭髪をガリガリと掻いた。その様子を見てシアが気付いたようでいった。


「ギルド長、もしかして……」


「ああ。お前らの眼の前に居るコイツ、エタンニ=ニイルセンだ。生きたラクニやインビジブルハウンドを直接視れるかもしれないと知ってから煩くてな。これでもウチでは優秀な調査員であるのは保証する」


「私が調査の記録と確認を担当させてもらうす! どうかお二人共よろしくお願いしたいす!」


 おもむろに立ち上がり、勢い良く、そして深く頭を下げるエタンニに、まあ悪い人間ではなさそうだから、と思いつつも、危険とは別種の嫌な予感というものがハークの脳裏には浮かんだ。



 その後、今回の依頼の手付金を受け取り、ラクニ族の遺体とインビジブルハウンド14体分の素材が現在どうなっているのかの報告を受けた。昨日の時点では本来こちらの方が本題であったらしい。


 どうもこのままであると、どちらとも国に買い上げられる目算が高いらしい。ラクニ族の遺体は魔物を操る特殊能力の解明の為に国の研究機関で詳しく調査され、インビジブルハウンドの素材は加工すると『透明なる外套インビジブルクローク』という準国宝級アイテムの元になるらしい。

 『透明なる外套インビジブルクローク』は完全な透明とはいかないが、暗がりであれば人間の眼で見つけることはほぼ不可能という代物らしい。

 ハークとて、これが諜報機関の手に渡ればとてつもなく有益な品だということぐらいは理解できる。


「本当に幾らぐらいになってしまうのだ?」


 と訊いたハークにジョゼフはこう答えた。


「今のところ本当に分からん。だが金貨100枚を下ることはないと思ってくれ」


 それを聞いて横を見ると、シアは現実感の無い表情で遠い眼をしていた。




   ◇ ◇ ◇




 エタンニを連れて仲間たちのいるモンドの店に向かうと、3人共予想通り汗だくで修練に励んでいた。

 ギルド長から依頼を受けて来た事を伝え、内容を説明する前にシャワーを浴びてくること勧めてから、その間にモンドから商談に使う客間を使用させてもらう許可を貰った。


 ハークは従業員たちが食事する場所を貸してくれれば、と言ったのだが、シアの「こんなに儲けさせているのだから遠慮なんていらないでしょ」という一言でモンドが大笑いしながら許可してくれた。訊くと、刀の予約はもう半年先まで溜まってしまったらしい。

 流石に嬉しい悲鳴状態で、女性客などシアに紹介できるかもしれない一部の客は担当してもらえないかとの交渉も始まっていた。


 10分程してさっぱりとしたシン、テルセウス、アルテオの3人が客間に姿を現した。

 そこで自己紹介がてらエタンニが今回の調査依頼の詳細を改めて説明する。

 最初は修練組が全員エタンニの奇抜な喋り方に面喰っていたようだが、ハークとシアのフォローで何とか全員が理解し、その結果全員が進んで了承する運びとなった。

 テルセウスは、


「スラムの皆さんが安心して生活できる村の早期完成に寄与出来るなら、大歓迎です!」


 と優等生発言をし、アルテオは、


「この数日で学んだことを実戦で試すいい機会だ」


 と張り切り、シンは、


「みんな! ホントにありがとな! 恩に着る!」


 と言って頭を下げた。


 ただ、それで問題が終わったワケではない。シアが言った。


「ところで人員はどうするんだい? 補充することなくアタシらだけかい?」


「うむ、それについては考えがある。シンよ」


「おお、何だい?」


 唐突にハークから呼びかけられたシンだが、慌てることなく応えた。


「お主のところのスラムの若い衆だが、この任務に参加させてみてはどうだ? 確か従軍経験があるのが何人かいると言っておっただろう?」





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