83 第8話04:周辺魔物調査依頼




 ハークの表情が変わったのを見て、ジョゼフが問いかける。


「ハーク。察しの良いお前さんの事だ。もう気付いただろうが敢えて言わせてもらう。またも問題発生だ。まあ発生しているかどうかを調査しなければならないのだがな。ただ、通常の周辺捜査は15人前後の人海戦術で一気に終わらせてしまうものなのだが、3倍ともなると何人必要になるかも判らん。そこでお前さん等に相談だ。虎丸殿は精霊獣なのだろう? エタンニによると虎丸殿の嗅覚はとても優れていて、非常に遠くの敵を感知できる種なのかもしれない、ということだが、どうだ?」


 その言葉にハークと虎丸は視線を合わせると頷き合った。

 次いで、ハークの隣に侍る虎丸から無数の魔力糸がその場にいる全員に伸ばされるのを感じる。


『風下であれば、人の言う単位はわからんが、この街とシンの新しい村予定地までの距離、あれの3分の1程度までは感知できるだろう。逆であればその半分も無い』


 虎丸は相変わらずハーク以外の相手には不遜な口調で話す。というよりそもそも必要に駆られなければハーク以外の人間に『念話』を繋げることさえしない。

 こうして複数の人間に『念話』の接続とやらを繋ぐのも数日振りの事だ。

 ふと見ると、シア以外の2人が固まっている。


「う……おお……、これが『念話』っちゅうヤツか。初めて体験したぜ。こう響くものなのか」


 ジョゼフが狼狽えているのは、もしかすると相当に珍しい光景なのかもしれない。彼は感情豊かではあるが、佇まいは泰然としていて常に頼りがいがある雰囲気を醸し出している。その彼があんな表情をしているのを初めて見た。

 だが、もう一人、尋常ならざる状態に陥った人間がいた。


「す、すっすすすすすっすすすすすすっすすすすすっすすすすすっすすすすすすっすすすすすすすっすすすすす、すっげええっすうう!! こっ、これれれれがねっ『念話』すか!? もう一回言って欲しいす! お願いす!」


 椅子から身体を乗り立たせて、伏せの状態の虎丸にエタンニは迫る。獣の表情の変化は明確には分かり辛いであろうに、ハークには虎丸が不愉快全開であることが直ぐに判った。

 そして、彼女の要望通りに不快感と殺気も全開に乗せて『念話』を送る。


『それ以上近付くな。その頭に齧り付いてやるぞ』


 虎丸の手加減無しの殺気と恫喝を浴びて、彼女が恐慌状態に陥り、ギルド長の鉄拳による強制終了からの復帰にはおよそ10分程かかるのだった。



「あーー……。お前達本当にすまんな……。えーと、話を元に戻そうとは思うが、その前に……エタンニ、お前本当に大丈夫か?」


「? 何のことですか、ギルド長? 私が何か?」


「いや、憶えてねぇならいいんだ……。気にするな」


 多分に疲れをにじませた表情でジョゼフが問い掛けたが、どうもエタンニは記憶がトンでいるらしい。しかし口調が元に戻ったのか、果して変わったのかは定かではないが、マシな方の口調に変わっているのでそのまま流すことにしたようだ。


 溜息一つでも吐きたいであろうに我慢してジョゼフは言葉を続ける。


「さっきの話だが、虎丸殿、この街と村建設予定地までの距離で考えて、最大でその3分の1、最少であればその半分よりも下回る、ということで良かったかな?」


 虎丸が無言で頷く。『念話』を再接続する気はしばらくないだろう。


「うーむ。そうなると最大で10数キロメートル、最小でも約5キロ程度か。とんでもない感知能力だな。それを『念話』SKILLで詳細に説明できるのだから、人間の斥候役の出番も無いな。よし、ここで最初の話に戻るが、正直通常の3倍などという広範囲となると人員が足りん。冒険者の数を揃えることもそうだが、何より、斥候役の職員の数が足りな過ぎる。立て続けに起こったこの街への襲撃事件の所為で、調査員となる人員は常に不足状態なんだ」


 斥候とは非常に特殊な技能である。自分の存在を悟られずして、敵の人数、配置、兵科、指揮官の居場所、士気の状態などを探らねばならない。多岐に渡る才能は元より、特殊な訓練が必要になる。

 この世界にはスキルというものがある。隠密用もあったのだから斥候用もきっとあるに違いない。それがあれば前世よりは短期間な習熟を可能にするのかもしれないが、それは一方で強くなる時間を捨てる選択にもなるはずだ。

 絶対的なレベルとステータスが支配するこの世界に於いて、その選択は生半可なものではないに違いない。斥候役の不足も頷ける話だ。


「この古都の安全と、まだ人の住んでもいない村の土地への安全確認。どちらが重要であるなど考える余地もない、か」


「残念だがその通りだ。またいつ襲撃があるかも分からん。せめて城壁の修復が終わるまでは今の配置を変えるわけにはいかん」


「そんな……」


 ジョゼフの言葉はシン達スラム民への村譲渡がまたも延期されることを示していた。

 正直、仲間たちの限界を度々口にしていたシンにこれを伝えねばならぬのは忍びない。シアが苦渋の表情で嘆く気持ちは、このまま話が終わるのであればハークも同様だった。


「そこで、だ。この仕事をお前さん等に頼みたい。具体的に言えば虎丸殿の探知能力を活用して貰いたいのだ。受けてくれんかね?」


 ギルド長からの新しい仕事の依頼に真っ先に反応したのはシアだった。


「勿論だよ! 放って置くわけにはいかないしね! そうだろ、ハーク?」


「そうだな。仲間達も否とは言わんだろう。だが、2~3確認したいことがある。まず儂らだけで調査できるものなのか?」


「とりあえず、こちらからは専門家を同行させる。虎丸殿の索敵能力であれば問題無いであろうが、もう少し人員が必要ということであれば勿論協力させてもらうぞ。この仕事に関しては冒険者以外もギルドが申請すれば街の外まで行き来出来るようになるからな」


「ほう? 冒険者としての身分を認められなければそう簡単には城門の外に出られないと聞いていたが?」


「本来はな。しかし、この魔物の周辺調査には魔物の専門家や探知魔法の使い手なんかも必要なのだ。彼らは冒険者ではないからな。特別措置というヤツだよ」


「成程、了解した。では次の質問だ。具体的に調査はどうやれば良い?」


「うむ。通常は周囲10キロをくまなく回って虱潰しにモンスターを狩り尽していくのだ。モンスターは食欲はあるが大抵は餓死することが無いからな。自らの縄張りから出ることは滅多に無い。それくらい狩れば新しい村も安心だろう。だが、今回はラクニ族が周囲に潜んでいるかもしれんからな」


「あくまでも可能性だが無視してもおけんわな。かなり虎丸任せになってしまうだろうが、頼めるか、虎丸?」


 ハークの言葉に虎丸は任せておけとばかりに何度か首肯する。


「よし、では最後の質問だ。ラクニ族とは一体どういった亜人族なのだ? 出来れば判っていることを知っておきたい」


「む?」


 このハークの質問に関してはジョゼフにも予想外だったのだろう。いつもの撃てば響くような答えを返せない。


「それに関しては私が説明しましょう」


 それを見て、身を乗り出すように横のエタンニが申し出た。





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