81 第8話02:Sunny days
ハークはギルドの寄宿学校が始まるまでの一週間を、自己鍛錬やシン達修練組の指導、残りの時間は釣りなどをしてゆっくりと過ごす心積もりだった。
思えばこの世界に招聘されてからというもの、古都3強との殺し合い、ドラゴンへの迎撃戦、冒険者としての初仕事、謎の集団の襲撃とその長との果し合い、と立て続けに全力疾走せざる得ない状況に置かれてきた。
ここらで一つ腰を落ち着けて、考える時間というものが欲しかったのである。
丁度近々にやっておかねばならぬということも無い。
強者ともある程度の対抗手段を身に着けたし、魔法戦闘も経験した。モンスターという危険生物との戦いも虎丸やシアなどの仲間がいれば恐れるに足らないし、これからシン達新しい仲間と共に追々経験していけば良い。
そう考えれば一週間という時間は程良いものであった。
この古都は以前ハークが予想した通り、非常に水が豊富だ。
街中を大小の川が縦横無尽にまるで網の目のように流れている。しかもその水が透明度高く、きらきらと陽光を反射して美しく輝いている。その中に大きな魚影を見かけてしまうと、まさに魚心釣り心となってしまうのである。
ハークは街に帰って来て以来、毎朝ギルドに顔を出している。目的は朝の自己鍛錬を行う為というのが主だ。のんびり過ごそう、などと思っていても毎日の修練を欠かすことは無い。
そして、それに加えて今はギルド長の御見舞も兼ねていた。表向き面会謝絶の筈なのだが、ハークも虎丸も騒がしくはしない所為かマーガレットが何時も通してくれていた。
ハークはジョゼフやマーガレットの二人とよく話が合った。
二人ともハークの容姿から孫と語らい合っているような感覚に陥るのであろう。それでいて実は精神的な年齢は同世代なのだ。話が合わぬ訳が無い。
ハーク自身はその手の話題はあまり好みではないが、最近の若い衆談義はこの世界の人間や良識を知る手がかりになったし、仕事への愚痴はギルドがどういう活動をしているかの補完にもなった。
お勧めの釣具店や書店などの場所を訊き、昼一時間くらい前にモンドの店に行き汗を流している修練組の直接指導を行う。
シンとアルテオは素直な努力家で筋も良く、メキメキと上達している。上段斬り降ろしと袈裟斬りであれば中空の丸太も極たまに両断できるようになってきた。
下から対角線上に斬り上げる逆袈裟はまだまだ上手くいかないが、彼らの熱心さであれば明日明後日、悪くとも寄宿学校が始まる前までには結果を見せてくれることだろう。
彼らに遅れること数日、テルセウスにも漸く上達の兆しが現れた。元々テルセウスは普段から運動をする方ではない。苦手というワケではなさそうだが、それぐらいは少し動きを見てみれば判る。
手首からの連動で
このまま全員が真面目に訓練を続けていれば、各々の刀付加値をプラス10くらいまで引き上げることはそれほど難しくも無く、遠くも無いだろうとハークは予想している。丁度、ハークが同じ刀を装備した付加値の半分だ。シンやアルテオならば本当に一か月で、いや、その前に到達できるかもしれない。
それはつまり型通りの動きであれば、粗方、ハークの理想とする動作が彼らにも行えるようになることを意味する。
実戦でそれを発揮するのは難しいし、体勢が崩されたとしても同じような動きが出来るようになるにはどうしても長期間に及ぶ身体への落とし込みが必要になる。そこから先の上昇はかなり緩やかなものになるであろうとハークは予想していた。
とはいえ有り体に言ってしまえば、今が一番3人にとって最も伸びる時期なのだ。間違った型を憶えないように目を光らせておく必要がある。
ここでの失敗が年単位の遅れに発展する可能性があることを、ハークは良く知っていた。
そして、ある程度の指導と実践を済ませると、モンドの店の前の道路を挟んだ向かい側を流れる小川に釣り糸を垂らすのだ。
さらさらと流れる小川のせせらぎを聞きながら、懸命に努力を続けるシン達の様子を肴に、魚心と水心に想いを馳せればハークにとって最も脳みそを冷やせる時間が訪れる。
充実しつつも落ち着いた時が流れていた。
3日目ともなるとシアもモンドの店に姿を見せるようになった。ちゃんと休息というか寝てはいるようで、虎丸が『鑑定』したところMPSPに問題は無いが、表情に精彩が欠けている。
思い切って話を向けてみると、この2日間1本の刀造りに集中していたらしいのだが、あまり上手くはいかなかったらしい。
「やはり手順を確認しながらだから難しいね。最後の研ぎとかいろんなところで失敗しちゃったよ」
彼女は自分に厳しいので言う程の出来の悪さではないかもしれないが、先の大太刀と比べて、ということであれば納得だった。
アレは様々な要因が良い方向に重なったのか、ハークの眼から視ても会心の出来だと思う。斬れ味、厚さと重さのつり合い、頑強さ、全てが高水準に纏っている。
もっとも、前世では使えない刀ではある。
あの大太刀『斬魔刀』は、この世界のレベルとステータスの恩恵の上に計算して造り上げたものだ。前世の自分であれば、例え全盛期であっても何とか振るうのが精一杯であろう。
ハークからはギルド長の近況を話した。
ジョゼフは前々からの宣言通り、3日目には仕事に復帰した。病み上がりだというのに精力的に仕事をこなしているようで、少し心配だった。
その辺の心配はシアも同じだったらしいが、遠目からでも虎丸に確認させた話をしたら少しは安心してくれたようである。
溜まりに溜まった仕事の所為で時間も無い中、ハークにも声を掛けてきた。
「ハーク、お前さんのパーティーの後日案件だったアレな、明日話すから、全員と言わずシアだけでもいいからお前さん等と一緒に来てくれ」
ジョゼフの言う『後日案件だったアレ』とは、ラクニ族の遺体及び、インビジブルハウンドの各種素材についてのことだろう。この辺では全く見ないどころか生息していないと断言されている魔物等の遺体と素材である。3日前の時点では幾らの値がつくか予想もつかないと後日に回されることになったのだ。
ハークとしては忘れたワケではないが、正直ギルドに預けて以来思い出しもしなかった案件である。
金が欲しくないのかと問われればそうだと言える程達観などしていないが、当座の
ギルド長の言葉をシアだけではなく、全員に伝えると、ハーク達に任せる、ということになった。
明日のギルド長との会談中、シン達修練組はいつもの如くモンドの店で修練を続けたいという意見で一致していた。
彼ら自身も今が大事な時だということを理解しているのかもしれない。連日、3人共手が痛くなるまで練習に取り組んでいた。
今ではモンドの店で弟子たちに混ざって食事をいただいてもいるらしい。その事に関してはハークとしても、もう何も言うつもりはなかった。遠慮など必要ない。ここまでくればハーク達にもわかっていたのである。モンドが彼らを『出し』に刀を売っていることを。
修練組は些か恥ずかしそうに抗議もしていたが、試し斬りの場である中庭を連日好きに使わせてもらっているのだから、それほど強い文句を言えるものでもない。ハークとしても持ちつ持たれつなのだから、気にするなとしか言えなかった。お蔭で店は大盛況らしい。刀の予約はもう既に3ヶ月先までいっぱいだそうだ。
「勿論、旦那のパーティーの皆さんは別だ! 武器に何かあったら遠慮なく持ってくるのじゃよ!? 最優先で直させてもらうぞ、最優先で!」
モンドの心の内からの厚意から出た言葉であるのは百も承知だが、刀の破損の仕方や、どのように修理するのが良いのかという知識も多分に仕入れたい、という面もあるのではないかともハークには推測できるものだった。
翌日、ハークと虎丸、そしてシアは、ハークの宿屋で一旦待ち合わせてから連れ立ってギルドへと足を運んだ。
しかしこのギルドへの往訪が、ハークの穏やかでありながら充実した古都の日々に終わりを告げるモノになろうとは、この時予想してはいなかった。
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