82 第8話03:魔物学術調査員




 ジョゼフからの時間指定は無かったので、ハーク達は朝の早くない時間帯にギルドに着くようにした。

 ギルドは朝早く、しかもその時間が最も忙しい。日の出と共に朝一の依頼を受けてそのまま狩りへと出かけたい冒険者が大多数なのだ。

 街の城門は基本的に日の出と共に開き、日の入りで閉まる。

 日の入り前に帰って来れなければ野宿確定だ。誰しもが余裕を持って行動したいに決まっている。


 ハーク達は本日街の外に出るつもりも無いので、混雑を避ける形でこの時間を選択した。目論見通り、建物の中の人数はまばらで、受付嬢にも待たずに話を通すことが出来た。

 時間指定が無いということは先客がいた場合、大抵待たされることになる。

 食堂で待つと受付嬢に伝えて、『三度一致』を頼んだ。朝食べてきていない、というより自炊をあまりしないというシアの為の軽い朝食というヤツだ。

 この街は食い物屋が多く、出来合いの食べ物が安くて、そして美味い。まるで前世の大坂のようである。つまりは自炊するメリットが薄い土地柄なのだ。


 ハークもご相伴にあずかろうとすると、もう自分たちの番が来たようで、受付嬢が呼びに来てくれた。

 とりあえず、一個だけ全員口の中に捻じ込むと、水で流し込んで残りはシアの『魔法袋マジックバッグ』の中に入れてからギルドの2階へと向かった。


 ドアを開けると一人の人間が立ちはだかった。

 ハークはそこに人がいることは気が付いていたが、害意がありそうな気配も無かったので放置したが、近い。

 分厚いぎやまん・・・・で出来た眼帯のようなものを両目に付けており、こちらからは相手の眼を窺い知ることが出来ない。室内だというのに外套までつけた非常に野暮ったい恰好なので体型も判らないから、太っているのか痩せているのか、男か女かの区別もつきにくい。


 入り口でせき止められて反応に困るハーク達に、声だけは女性の声でその人物は話し始めた。


「こんちはあなた達がインビジブルハウンドを持ち込んだ冒険者さん達すか自分エタンニ=ニイルセンいいますよろし……ガッ!?」


 こちらが聞き取るということをまるで考慮しないその人物は、早口で捲し立てるように語るその途中で、後ろからにゅっ、と伸びた手にがっしとその頭を掴まれた。そしてそのまま後ろに引き摺られて行く。伸びた腕の主はギルド長ジョゼフであった。


「あだだだだだだだだ! ギルド長何するんすか!? イテーすよ、ヤメテヤメテ!」


 ギルド長の太腕で連行される様は憐憫と滑稽が入り混じっていたが、両手をバタバタと必死にうごめかせる様は滑稽の方が勝っている気がする。


「やかましい! いいから座れ! ……すまんなお前達。こちらに掛けてくれ」


 ジョゼフは憐れな被連行者の頭部を掴んだまま無理矢理自分の隣に座らせると、ハーク達に向き直って席を勧めた。些か恥ずかしそうである。

 戸惑いながらもハーク達が3人掛けのソファに座り、虎丸がハークの隣の床に寝そべると、少し嫌そうな声音でシアが口を開いた。


「エタンニ……、あんたがいるのかい……」


 シアはジョゼフの隣にいる人物と面識があるらしい。が、声と表情から、少なくとも好印象を抱いてはいないと推測できる。


「お!? オーガキッズの姉さんじゃないすか!? 久しぶりすね元気して……ゴッ!?」


 容赦ないジョゼフの鉄拳がエタンニと呼ばれた人物の脳天に刺さる。

 強烈過ぎて頭部が一瞬歪んだように視えた。確実に加減していない。悶絶しているから生きてはいるだろうが。


「本当にすまんな。シア」


 謝罪するジョゼフを見るにつけ、この人物の同席を許可、或いは依頼したのはジョゼフ自身なのだろう。


「いや、気にしていないよ。この馬鹿に悪気は無いのは分かってはいるからねぇ」


「悪気が無けりゃあ良いってモンでもねぇがな。ったく、このクソガキャ……」


 散々な言われ様である。悪い人物ではなさそうだが、好人物でもなさそうだった。

 それはそうだろう。種族名といえば種族名だが『オーガキッズ』というのはある意味蔑称だという。ジョゼフでなくとも殴ってしかるべきなのだ。


「シア、知っているのか?」


 ハークが訊いてみると、シアが苦々しい口調で話し始めた。


「ああ、ギルド所属の魔物学術調査員さ。まあ、モンスターの専門家だね。その道では有名らしいし、知識も豊富なんだろうけど……、未だに人の事を種族名で呼ぶ困ったヤツでね。ハークも気を付けた方が良いよ?」


 どうやらハーク達の『後日案件』の件でこの場に呼ばれたらしい。ただ、能力は兎も角、人格面には大きな問題があるのかもしれない。


「すまんな。シアにハークに虎丸殿。皆忙しくてコイツしか居なかったんだ。こんなのでも一応女だ」


 ジョゼフのやや失礼かとも思える物言いに、やはり同様の感情を抱いたのか、今まで一人悶絶していたエタンニががばりと身を起こしてジョゼフに喰ってかかった。


「一応ってなんすか一応って!? 自分はれっきとした女すよ!? そうガンガン頭叩かないで欲しいす! あ、あなたが噂のエルフさんと精霊獣さんすね!? 体液くださ……ンゴッ!?」


 またも強烈なジョゼフの鉄拳がエタンニを襲った。そしてハークは悟った。彼女は女扱いする必要も無いし、人格面に大きな問題があるのかも・・しれないではなく、確実にあるのだと。



 10分程してエタンニが漸くマトモな対応が出来るまでに復帰完了したらしいので本題にやっと入ることとなった。

 どうも滅多に、というか人の世にほとんど姿を現さない半伝説的な存在でもある虎丸を見て大変に興奮していたらしい。いくら興奮していたからといっても女性が口走っていい台詞の範疇をとっくに超過していたようにしか思えないが。


 因みに好奇心で聞いてみたのだが、体液を採取してどうするのかというと、研究に使用するつもりらしい。何が有効で何が有効ではないのかとかが判別でき、好きな食べ物とかも判る可能性すらあるとのことだ。

 そう何度も、眼の分厚いぎやまんの位置を調整しながら答えてくれた。

 瓶底眼鏡というらしい。正式名称ではなく通称だそうだ。体型が判らない程着膨れた服装はギルド学術院生の正装らしい。

 服装に関しては前世を含めてハークにも強くは言えないが、穏やかな陽気漂う季節にその恰好はいただけないというのは判る。そもそも室内であるのだから外套くらいは脱ぐべきだ。


 最早言っても治らないという感情がジョゼフに透けて見える。仕事は優秀かもしれないが色々と残念な性格、そういった人物評価を受けている印象があった。


「では、そろそろちゃんと頼むぞ、エタンニ」


 ジョゼフに促されてエタンニが漸くマトモな様子で喋り始める。


「了解す。体液貰えないのは非常に残念すけど。ああ、もう言わないす! えーーとまずはラクニ族の遺体報告からすね」


 余計な事を言いそうになって、隣のジョゼフが拳を作るのを見たエタンニは速攻で本題を始める。


「明らかにこの辺じゃ無い砂や土なんかの付着物があったので、民族大移動とかではないと思います。胃の内容物も調べましたが、この辺りでは生息例の無い魚の骨が出てきました。干し魚を食料として携帯していたのを死ぬ数時間前に食べたのでしょう。割と形が残っていましたから」


「骨が残っていた? ラクニ族は魚を丸呑みにしているのか?」


 急に口調が変わった彼女に面喰らいながらもハークが疑問を呈する。


「ああ、丸のみではなく、こう、骨ごとバリバリっと、っていう感じですかね。人間族の奥歯にあたるものが無いですから、噛み砕いたというより噛み千切っただけなんです。集めるのは簡単でしたよ。この事から考えると彼らは移住とかの目的は無く、この地を目的に長い距離移動してきた旅人である可能性が大ですね」


 ハークは無言で頷いた。

 有名で優秀という評価は本当のようだ。


(いつもながら仕事モードに入れば本当に優秀なんだけど、……普段がねぇ……)


 納得するハークの隣でシアはそんなことを考えていた。


 目の前の二人がそれぞれにそんな評価を考えているかなど気付かず、いや、気にもせずにエタンニは自分の分析結果を続ける。


「以上の事からこの地を訪れたラクニ族の数は少ないと考えられます。旅をするには大人数であればあるほど一日の行軍距離は短くなるものですから。だからスウェシアさん達が倒したラクニ族がこの地に侵入した最後のラクニ族である可能性もありますが、同時にそうでない可能性も捨てきれません」


「残党がまだいるかもしれないということか」


「その通りです。リーダーやインビジブルハウンド14匹という主戦力を失くしたのであれば、そういった集団はその場からあまり移動しない傾向があります。つまりは……」


 説明の途中だがハークは口を挟まずにはいられなかった。


「あの建設完了間近の村予定地付近にまだ潜んでいるかもしれんということか」


 何とも問題の多発する土地である。ここまで来るとシン達が不憫で怒りすら込み上げてくる。


「ええ、ですので周辺の魔物調査をするのであれば、通常よりもずっと広範囲に展開する必要があります。具体的に言うならば通常の3倍である周囲30キロ圏内です」


 ここから先の話こそが、今日呼び出された本題であるとハークは気付いた。




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